13.幕間3
さくらと隼人の通っている少学校の畑は、裏門の直ぐ横にある。
畑は学年別に区分けはされているが、毎年一人ずつ好きな野菜の苗を選び、それぞれが自由に育てて収穫をしている。水やりも剪定も自己判断で自分が選んだ野菜の面倒を見る。
「隼人のスイカ豊作じゃん」
学校にある如雨露に水を入れ、隼人が畑で水をやっていれば、隣でクラスメイトの紺屋洋がすげーと声を漏らした。
洋は昼休みに隼人をサッカーに誘う友人の一人だ。
「おはよう」
「おはよう。今日は一緒じゃないんだな。公民館の方か?」
誰が、と洋が言わなくても隼人はさくらのことだとすぐわかった。
「中央の図書館だ」
「なんだ、公民館に行けば会えるかと思ったのに」
「……何か用でもあったのか?」
「え~、気になるの~?」
茶化すような洋の言い方に、隼人は顔を反らす。
「別に」
「つめた、そこは『え~、気になる~』って言ってくれてもいいだろ!」
「いや、別に」
洋のふざけた様子からして、大したことでもないと思い、隼人は水やりを再開した。
「まあ、隼人には関係ないんだけどさ」
ピタッと手を止めた隼人に気付かず、洋は隼人に背を向けて雑草を抜く。
「お、上手く根っこまで抜けた」
洋は雑草についた土を払い、また雑草を抜くを繰り返し、たまった雑草をバケツに入れる。
「なあ、終わったら校庭で遊んでかないか? 今日来てるってことは、特に予定もないんだろ?」
せっせとバケツにためた雑草を、一回捨ててくるかと洋が立ち上がって隼人の方を見れば、隼人はしかめっ面をしていた。
「…………」
「……おま、……っふ、」
無言の隼人に、洋は吹き出しそうになるのを何とか堪えようとするが、顔に変に力が入る。
「あ、まって、っ、……俺いま、絶対、変な顔、してるっ」
しかめっ面から、よくわからないものを見る目に変わった隼人に、洋は堪えきれず、今度こそ吹き出した。
「ふはっ、……っ、あはは! ……っ、あー、おま、お前、ふっ……、はははっ!!」
「………………何だよ」
「いや、ふっ、くくっ」
転げ回ってないのが不思議なくらい笑う洋に、隼人は眉を寄せる。
「本当、何なんだ」
「いやー、っふ、……っんん、いや、…………やっぱ、怒りそうだからいいや」
ちらっと見てくる洋に、隼人はすでにいらっとしているのだが。
「それで、佐倉のことだけど」
「おい、」
こいつ、話をそらしたな。
隼人がそう思っている間も洋の口が塞がることはなく、要は去年の自由研究についてだった。
『傘下のプラネタリウム』
濃い紺色の傘に穴を開けて夜空と星になぞらえた作品だ。
傘は元は紅一の物で、仕事中に破れて捨てる予定だったのをさくらがほしいと言ったのだ。
「破れた所を縫っても、もう傘としては使えないと思うが」
珍しく困惑した様子の紅一にさくらが笑う。
「雨の日用じゃなく、夏休みの自由研究で使いたいので、これがいいんです」
「……そうか」
そうして傘を手に入れたさくらは星座早見を見ながら針で傘に穴を開け、できた時に隼人は見せてもらったことがある。
室内は明るいのに、開いた傘が明かりを遮って暗くなる。
「上見て」
説明のため、傘の中に一緒に入ったさくらの言う通りに上を見れば、そこには星空が広がっていた。
「綺麗でしょ」
思いの外近い声にはっとして隼人が横を見れば、肩がぶつかりそうな距離にさくらがいて、隼人は傘の取っ手を持つ手に力が入った。
さくらは上を見上げてどれが何の星座かと言っていたが、登下校の時ですらここまで距離を詰めてきたことがさくらはなく、隼人は頷くので精一杯だったのを覚えている。
そんな、隼人にとってある意味、忘れられない作品が企業賞を取ったのだ。
そして、その企業というのが洋の父親が経営している所で、去年の冬休み前ぐらいに、洋の父親がきっちりとスーツを着て、さくらの作品を商品化したいと家に来た。
隼人たちが四年に上がる前には、商品のサンプルが出来たと傘を何本か持って来て、使ってみてほしいとあり、今は隼人たち五人ともそのサンプルの傘を色違いで使っている。
「あの傘かなり人気でさ、一緒の傘に入ると、その相手と仲良くなれるって流行ってるんだよ。ほら、消しゴムに好きな人の名前を書いて、最後まで誰にも気付かれずに使いきれれば叶うとかあるじゃん?」
「あー、言いたいことはわかった」
「んで、傘以外にも色々作ったサンプルをまた佐倉に見てもらいたいなって」
「何で洋からなんだよ」
「いや、俺経由で父さんと佐倉が手紙のやり取りしてるから」
「は?」
「いや、はじめに佐倉たちがサンプルの感想を書いた紙を俺に渡しただろ?」
「そっちの方が気を遣わないからって渡したな」
「で、父さんからも手紙を書いて」
「お前から受け取ったな」
「で、父さんからまた手紙を書いて」
「ん?」
何か二回同じこと言ったよな、隼人は洋を見るが、スルーされる。
「それに佐倉が返事を返して」
「え?」
「何か今も文通してるんだよな」
「いや、何かじゃないだろ。それ絶対さくら困ってるだろ」
手紙を受け取る度、困った顔をしているさくらが隼人は簡単に想像できた。
「それが、佐倉のこと娘みたいに感じてるっぽくて」
「何でだよ?! というか、お前のお父さんそんな人だったか?」
隼人が紅一の所に引っ越す前、洋の家は近所だった。よく家に誘われて遊びに行っていたから、洋の父親とはそれなりに顔を合わせている。子ども相手にも挨拶すれば返事をしてくれる人ではあったが、そこまで子ども好きでもなかったはずだ。
「そんな人だったっぽい」
「……何か、お前変わったな」
ふと、隼人がそう口に出せば、洋は目元を緩め、にいっと口元を上げた。
「そう? お前程じゃないと思うけど」
「どう言う意味だよ」
「さーね。あっ、俺雑草持ってかないと!」
洋はバケツを手に走り出した。
「おい、」
隼人は洋を追いかけようとしたが、まだ水が入っている如雨露を持っていたことを思い出し、足を止める。
「感謝してるってこと」
誰が誰にと洋は言わなかったが、隼人にはそれが誰のことかはっきりとわかり、はーっとため息を吐いた。
「それは俺もだよ」
雲ひとつない空を見上げて、隼人はそう呟いた。




