10.大人と大人
エスパーのエピトは確かに少ないが、オルクには三人、エスパーのエピトがいる。
人の顔に色が塗られたように、白なら潔白、赤なら危険、黒ならもうすぐ死ぬなどがわかる者。写真でも動画でも、見た場所の数日から数ヶ月先に何が起こるか視える者。対象の人物を見ることでどんな繋がりがあるかわかる者と、警察や他の場所でも引っ張りだこな者たちだ。
当然のように、危険に捲き込まれることもあるため、強化のエピトが必ず一緒に行動する。二人一組だと何かあったときに身動きが取れないので、大体三人一組で、ローテーションだったり固定だったり、関わる案件によって違う。
「こないだはどうもー」
バアンッと開けられたドアから、気だるそうに紅一の目の前までつかつかとその人物、蒼山藤司は詰め寄った。その後ろにもう二人、荒川満と利根川類が続く。
「終わったのか?」
紅一がじっと藤司を見れば、藤司は眉をこれでもかと寄せて、ふんっとそっぽを向いたが、そっちには明がいて反対側に顔を背けた。
「終わりましたよ! 詳細はパソコンの共有ファイルに記録残したからそれ読んで下さい! あー! 疲れた!!」
紅一の隣の椅子にどっかりと藤司は座る。
放置してもいいが、したらしたで面倒なことを知ってる明は、アイスコーヒーにコーヒーフレッシュを一つ、ガムシロップを三つつけて藤司の横に置いた。
満と類にはアイスコーヒーだけを用意する。
「すみません」
「ありがとうございます」
「いえ、お疲れ様です」
言いながら、明は共有のファイルをクリックして藤司が記録した報告書に目を通す。
「で? こっちは俺たちも他の奴らも駆り出されて、てんてこ舞いだったんですけど」
明が用意したアイスコーヒーに、コーヒーフレッシュもガムシロップも全て入れて、ストローでぐるぐるかき混ぜた藤司は、半分飲むと息を吐き出した。
先月、自動運転機能のついた自動車の事故があった。突然走行に乱れが生じたという。運転者は手動に切り替えたがハンドルもブレーキも効かなかったらしく、左の車体からガードレールに衝突。
その時運転者は車のドアから脱出したため、軽い打撲はあるが命に別状はなし。車の不具合か他の原因かは不明。それがはじめの一件だった。
ニ週間後、また同じような事故が起こった。信号待ちをしていたら、急に車が走り出したそうだ。前に信号待ちの車がいなかったため、そのまま交差点に侵入。
右側から走行中の車が来て衝突。衝突した側は自動ブレーキが作動したが、すでにぶつかった後で、運転者は右腕を骨折、衝突した側はむち打ち。両名損傷はあるが命に別状はなし。
一週間後、公園の柵に車が突っ込んだ。運転者は意識不明のため、聞き取り不可。現場にはブレーキ跡なし。
ドライブレコーダーを確認したところ、運転者の焦った声からハンドル、ブレーキの操作ができなかったと推測。坂道からカーブになっているところを曲がれず、道路から公園の柵に衝突。道路と公園は高さが違うこともあり車は落下して公園内に入ったが、事故時深夜だったこともあり、他に怪我人はなし。
三件ともメーカー、車種に統一性なし。この時点では警察側からオルクに依頼はなかったが、紅一が公安委員会に連絡したことにより、今回の事件と関係している可能性があったことから、別件で警察の捜査に協力していた藤司たちの課に、更に協力要請が行ったのだ。
「バスのルートたどってトラック割り出して、トラックの会社に調査に行って、整備士たちが車バラして原因突き止めて、由井なんか目と頭の使い過ぎで、しばらくアイマスクと枕と友だちですよ。俺と最上はまだ動けますけど、由井はまだ慣れてない部分もあるんですから。猶予がある案件はもっと時間くれてもよかったと思うんですけど」
藤司と同じ課、同じエピトの由井紬と最上悠真は同じ年齢だが、悠真の方が先に入社し、紬の方が後から入った。藤司や悠真は紅一と似たような境遇だったが、紬は違う。大学を卒業して、今年入社したばかりなのだ。
三ヶ月の試用期間は過ぎても、実務経験が少ない。ただでさえエスパーのエピトは個人差があり、判断が難しい。ちょっとの無茶が一生に響く。
使い潰されてたまるか、という至極真っ当な意見だった。
「ちょっと待って下さい」
「何?」
「紅一君が電話してた時、僕も近くにいましたけど、そんな指示出してませんよ?」
紅一が連絡したのは交通規制のみだ。細かいことは公安側がやると言っていたため、それ以上は何もしていない。
「は? それ本当? 公安から至急対応って連絡あったんだけど。まさかあっちが勝手に? …………ふざけんなや」
一気にグラスを傾けて、藤司はアイスコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「戻る」
唸るようにそれだけ言って、藤司は出て行こうとしたが、一つだけ思い出したように紅一に言った。
「あ、そうだ、今度、会わせて下さいね」
何の事かわからない周りをよそに、来た時と同じようにつかつか歩いて行った藤司に、満と類もぺこりと頭を下げて後を追う。
あれは、公安に苦情を入れに行ったな、と明は見送ってドアを閉めた。余計なことは言うまい。
「蒼山さんが言ってたのって、何のことです?」
紅一の方を見て明が言えば、紅一はパソコンから顔を上げる。
「さくらのことだ」
さくらを診療所に連れて行った日、紅一は会社を休んだ。
その日は藤司の課と打ち合わせがあり、明はただ紅一は私用で休みとだけ伝えたのだが、今まで紅一が休暇以外で休んだことがなかったから、藤司は理由が気になったらしい。子どもを引き取ったことは藤司も知ってたが、まさかなと何とはなしに調べたら、さくらがエスパーのエピトなのが目に留まり、気になったのだという。
「蒼山さん、さくらちゃんのこと知らなかったんですか?」
エスパーのエピトの情報があれば、人員確保で東奔西走してる課でもあるのに、明は意外に思った。
「まあ、まだ十歳にもなってないからな」
さくらが十代だったら、藤司がさくらを引き取っていたかもしれない。
そう思うと、紅一は変な気持ちになる。
同じエピトの方がわかることもあるだろうが、今の今までさくらのことを藤司に一度も話そうとは思わなかった。
合わせたくないわけではないが、合わたいとも思わない。
「十代だったら名倉君がいますけど。彼、エスパーのエピトですよね?」
「本人が興味あるようだったら会わせるか」
明が言った言葉に、紅一は、今度はすんなりそう口にした。