自殺少女とOD少年 第1幕 その6
エスカレーターを乗り継いで駅ビルのショッピングモール、メイワン7階に到着する。レストラン街みたいな感じだ。本屋の谷島屋はこの上だ。吹き抜けになっていてエレベーターで本の森に入っていくようなデザインが好きだ。
そしてメメ子と漫画コーナーへ。地元では最大級の書店である。新刊の漫画だけで数百冊ありそうだ。漫画コーナーの奥にはBLとラノベも結構揃っている。
「ジョジョあった?」
「んーあったー」
メメ子が少し目を輝かせて単行本を3冊手に取った。安い文庫版もあったはずだがそっちではないらしい。
「電子版て読んでる? カラーじゃなかったっけ?」
「最初は白黒の漫画で読みたくてねー。漫画→アニメ→カラーの順にしよっかなって」
思ったよりガチ勢なのかもしれない。俺は文庫版で3週くらいしているが大まかにしか覚えていない。ODをするようになって記憶力がかなり落ちてしまった。
レジへと向かうメメ子にこの辺をブラついていると指で示して俺はアメコミコーナーを物色することにする。
アメコミ映画が流行ったせいだろう、最近はDC、MAVEL、バンドデシネ系など様々な海外漫画が翻訳されている。
何だかんだで一番好きなのはバットマンだった。ただ鬱のせいか近頃は漫画自体にあまり触れていない。ジョジョも8部の最初しか読んでいなかった。完結したことだしそろそろ読まないとな。
「お待たせー。何ーアメコミ?」
「バットマンが好きなんで」
「おーワイちゃん映画版は全部観てるよー。ジョーカー大好き。HAHAHAHA」
メメ子は両方の口角に人差し指をあて持ち上げてジョーカーのものマネをする。どうやらノーランバットマンのジョーカー、ヒースクリフのようだ。
「秋に新作やね」
「うん! 楽しみだねー」
自殺少女から本当にワクワク感が伝わってきた。でも首を吊ろうとしてたんだよな。咄嗟にそんな考えがよぎる。かぶりを振るようにしてかき消した。
「ねー。バットマンがマスクを取ったら誰か知ってるー?」
唐突になぞなぞじみたことをいたずらっぽく聞かれる。
バットマンの真の正体ってことか。
最初に浮かんだのは「こどおじ」という葉だった。バットマンの秘密基地バットケイブは様々な“戦利品”が飾ってある。子供の昆虫収集のように。
「ちょい待ち」とそこから考えを発展させてみる。
――Yes,Father,I shall become a bat――そうだ、父さん、僕はコウモリになろう。
ノーバディからコウモリになった男。目の前で強盗に両親を殺された男。やはり子供だ。
「そうだな……両親を殺されて暗がりで絶望する少年とか」
「おーいい答えだねー。でも残念ーぶっぶー」
お手上げだと外人みたいに手を挙げて正解を教えてくれと促す。
「答えはジョーカー!! バットマンがマスクを取ったらジョーカーなのだHAHAHAHAHA! だから永遠に救われない」
今度はホアキン・フェニックスっぽく笑うメメ子。
なるほど。悪くない考察だ。バットマンとジョーカーは黒と白、正気と狂気。その境界線上の存在のように描かれることが多い。
「ウォッチメン」で知れられるアメコミ界の巨匠アラン・ムーアの「キリングジョーク」はそんな感じだった気がする。
「ホントはただのショタホモなんですけどね」
「HAHAHAHAHA」
そういえばジョーカーも初期のころは子供にいたずらするようなまさに道化師のイメージが俺にはあった。
「面白いなぞなぞやん」
「自信作」
おどけた調子で胸を張り言う。ジョーカーみたいに謎な自殺少女だな。
「アメコミは読んだことないから今度良かったら貸してよー。バットマンかジョーカーのねー」
「おけおけ」
どうやらまた会うってことらしい。友達なのか? よくわからないKANKEIだ。まさに半透明少女関係だなと思った。
「いらっしゃいませー」
七階に戻り目当ての「とろろや」に入る。
そこそこ混んでるが待つ必要はなさそうだ。店員に案内されて向かい合って席に着く。
「なんでも頼んでねー」
そう言われてメニューに目を通す。ランチとしては少しお高い。
とはいえどのレベルか知らないがP活までしてくれたんだ――っていうか助けたんだからある意味メメ子の命の値段と言えないか?
「どうすっかな」
ここはご厚意に甘えましょう。
ごちそう五種盛膳二千八十円也にするか。
「そっちは決まった?」
「うんー」
店員を呼んで注文を伝えた。
メメ子はさっき買ったジョジョの入った紙袋をチラチラ見ている。
「読んでもええよ?」
「やーダメ! ガマンガマン」
何やらこだわりがあるようだ。
「ジョジョ以外に好きな漫画とかは?」
「うーん?? タコピーの原罪と進撃の巨人かなー。あとねじ式!」
どっちも少し前に完結したばかりだ。進撃は俺も結構好きだ。
「進撃のさ、外国人リアクション動画知ってる? 第二期の六話のアレとか」
「あー知ってる知ってるー。アレおもろー」
そんなこんなで進撃の巨人話を続ける。好きなキャラはエルヴィン団長だそうだ。声優がジョジョの承太郎と同じだ。
そうこうしていると料理が運ばれてきた。おひつから香る麦飯に涎が出た。
「では、ありがたくいただきます」
「いただきますー」
ほぼ同時に食べ終わると(食べるペースを伺ってなるべく合わせたのだが)、メメ子はスマホをチェックした。
「あー堂島さん、このあとちょっといい? 友達紹介するよー」
やけに慕われているというか、そうだ命助けたんだった。
「おっけ。じゃあ行く?」
「うん!」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまー」
今度はエレベーターで1階まで降り、新浜松駅西のスクランブル交差点へ。
真夜中のスクランブル交差点も孤独で好きだが、真昼は真昼で白昼夢めいた孤独を感じる。
仕事途中のサラリーマンにOL。平日の学生。おじさんおばさん。何やら募金活動をしてるお爺さんたち。種々様々な人々が一斉に交差点を行きかう。
なんとなくXのツイートを流し見ているような感覚になる。存在するのに数秒で忘れてしまう人たち。袖振り合うも他生の縁とはいうが、視界から外れたら彼らはもう存在していない。そんな気がした。
「ん?どしたー?」
悟られたのかメメ子が尋ねてくる。
「暑い……」
適当に取り繕って横断歩道を足早に歩いていく。
KANKEIない KANKEIない
俺と貴様は関係ない
それでも繋がる関係
Zazen Boysの「半透明少女関係」が脳内にこだました。
ゼロ年代の曲だが夕暮れの街とディスコミュニケーションという今では死語になった言葉が似あう曲だ。世紀末の焦燥感。そんな感じがした。
交差点を抜けまた少し北へ。園子温の映画「新宿スワン」で使われた辺りだ。
新宿に行ったことはないが確かにゲーム「龍が如く」シリーズの雰囲気に似ている。龍が如くではなく同日発売のローグギャラクシーを買ったおじおば馬鹿でありがとう。
それらを過ぎ百貨店ザザシティが見えてきた。
エントランスに入った瞬間クーラーの効いた空気に救われる。
「あづかった……」
思わず口をついて出る。
「すずしーね」
やる気のないヨシをしてエスカレーターを昇り2階へ。3階にシネコンがあるのでポップコーンの香りがする。
「デス子どこかなー音ゲーかなー」
匿名自殺少女の次はデス子かよ。でも悪い気はしなかった。俺は好奇心旺盛なのだ。元ネタはゲーム「ディスガイア戦記4」かそれともカネコアツシの漫画か。どっちでもいいがクセのありそうな子な予感がした。