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自殺少女とOD少年 第1幕 その2

 朝と空腹は怪力でやってくる。抗いようがない。明けない夜はないというが、鬱病の身からしたら夜が明けるのが問題だ。眼を焼く太陽光と人々の通勤通学の姿と声。健全な人々。比べても詮無いことだが思考も止めようがない。そして腹も減る。ついでに糞も。


 そんなことを考えている間に今日も夕方だ。


 スマホが震える。通知だ。相手はメメ子ではなくフレンドの凜々花りりかだった。その名前の由来はプレガバリン――神経障害性疼痛の薬だ――の商品名「リリカ」で、当然リリカODが大好きな姐さんだ。


 リリカネキ(とネット上では呼んでいる)の要件はXのODコミュニティに入りたい子がいるからよろしくとのことだった。


 そう俺は病み界隈、OD界隈に息している。


 色々あってXのコミュニティを立ち上げた。OD勢のための場所だ。現実をオミットされた連中がコミットする場所だ。


 今年の4月1日にコミュを作り、7月現在、人数は1,000人を超え毎日人が増え続けている。それだけみんな病んでいる。


 ストゼロ文学と言われてたのはもはや昔で、“今”を象るのはODだと俺は考えている。実際社会問題化しているのは確かだ。


 凜々花に了承の旨を伝え、夕飯を買いに街に出ることにする。目指すのは生鮮食品を扱っているドラッグストア。主として東海にローカル展開するクリエイトSDである。


 外に出た瞬間眩しさに目が眩む。陽が長い。煌々とした太陽を恨めしく思う。梅雨はどこにいった。


 今日は7月5日金曜日。ちょっと店が混んでるかもしれない。気持ち足早に歩を進めた。

 外気が何度か知らないが汗っかきだからしんどい。夕凪は生暖かい。


 凜々花からのラインの返事に現場猫スタンプでヨシと送った。何でもかんでも現場猫スタンプで返すのがマイブームなのだった。


 ちなみに現場猫は商標的に問題があるとかで正しくは「仕事猫」なのだが、現場猫の語感が好きでそっちで呼んでいる。


 影踏みのように、少ない街路樹と建物の影を縫うように進むとようやくクリエイトが見えてきた。混んでるな。まあコンビニは美味いけど高いからな。「コンビニ人間」になれる程の余裕を持った人は少ないのかもしれない。未読なので内容は知らないが。


 手汗が気になったので入口の消毒液で手を濡らす。すっと液体が気化するのが冷たく気持ち良かった。


 カゴを取ろうと目をやる。


 と、5歳くらいの男の子が若い父親にカートに乗せてもらってはしゃいでいた。その幸福な家族の一枚絵のような光景に、ちょっとほっこりする。


 昔、カイジで有名な福本伸行の漫画に「親子連れを見るのは辛い」とあったなと思い出す。まだ自分は大丈夫だと謎の言葉が浮かんだが適当に流した。


 さて何を買おう? 入口左にあるレジはなかなかに混みあっていて「4番レジ解放願います」とのアナウンスがちょうど聞こえた。バイトのJKが無表情でバーコードをを読み取っていた。


 自動化の今や、店員とのやり取りは簡素で、釣りを受け取るのにも触れることもない。なんだか皮肉げに感じた。


 ともあれまずは咳止めコーナーを目指す。お目当ては鎮咳薬のメジコンだ。もちろんOD用。


 第二類医薬品で厚生省のお達しだか条例だかで一箱しか買えない。ブロンも同じだ。薬品の入手はOD勢の悩みの種ではある。安さならAmazonだが手軽さは店舗だろう。最近はウーバーもしてくれるとかそうじゃないとか。他にも個人輸入のジェネリックがある薬もある。


 メジコンの空箱をカゴに入れ、次はライターとカップ麺を買うことにした。


 この混雑具合だと無理だろうなと思っていた通り、やはり惣菜と弁当コーナーの品はほぼ無くなっていた。みんな生活がキツイんだろうな何とはなしにと思う。庶民はコンビニでなくドラッグストアやスーパーで割引のを買っているのかもしれない。


 やはり目当ての惣菜がなかったので一番安い豆腐を選ぶ。今日は冷奴にしよう。



 汗だくで帰宅する。


「ただいま、父さん」


 無人の部屋の隅の小さな仏壇にそう告げ、豆腐をそこに置くと線香を一本焚く。


 祖母は信心深かった。小さい頃から先祖供養だ何だと躾けられた結果、しないと落ち着かないどころか罪悪感にも似た感情を抱いてしまう。呪いともいえた。


 冷奴を平らげ、すっかり涼しくなった。食後の金ピに手を伸ばす。と――スマホが鳴った。通話だ。


「やっほーお疲れぇ」


 ちょっと呂律の怪しい女の声。凜々花だ。


「お疲れ。こいついっつもパキってんな」


 ネットスラング交じりに返した。


「えっ? でも二日ぶりだよぉ?」


「立派なジャンキーやないか」


「健全な常習者ぁ!ヨシ!」


 この辺はお決まりのやりとりだ。


「で、何かあった?」


「暇電」


「でしょうね」


「人と話したくてさぁ」


 リリカを入れた凜々花はちょっとカマチョになる。まあこれもいつもの通りだ。


「選挙でうるさくてさぁ」


 そういえば明後日は都知事選だったな。彼女は東京住みなのだ。


「誰に入れる?」


「えー行かない。人混み無理ィ。パニックなるて」


「そか。てかTwitterのTLエグくね?」

「ねー何かみんなイライラしてるぅ」


 都知事選終盤、Xのツイートには各候補の信者連中がディスりとアゲのツイートをこぞって垂れ流している。インプレ数も凄い。


「みんなリリカすれば良いのにねぇ。ハッピーハッピーだよ」


 リリカODはダウナーで多幸感があるとよく言われる。俺は副作用の横紋筋融解症という筋肉が壊れ、筋肉痛のようになり次の日動けないから基本的にやらない。でも一応ストックはしてある。二人とも立派に健全な常習者だろ?


「ああ幸せぇ。ブリろうかな?」


 止めてもするだろ。大麻大好き姐さんだ。特にリリカOD中の凜々花は(トートロジーみたいでややこしいな)基本的にハッピーハッピー連呼しどんどんチャンポンしていく。これで血液検査は全く問題ないのだから羨ましいというかなんというか。


「俺もブリろうかな」


「しなしなぁ」


「ちょっと吸うわ」


 机の上のヴェポライザーを取る――電子タバコで言う本体、加熱器だ。アトマイザー内のリキッドの品種はOG KUSHでダウナー寄りのインディカと呼ばれる株だ。


 プレヒート機能で加熱してからゆっくりと味わうように吸う。松の香りに似たフレッシュな味。やっぱり美味いな。


「何吸ってる?」


「OG KUSH」


「インディカじゃん。いいねぇ」


 凜々花は何でもやるネキだが、どちらかと言えばダウナーを好んでいた。


 メメ子のことを話そうか。腐れジャンキーだが彼女は信頼できる。二回会ったこともある。が、パキってる時のことは忘れがちネキだ。それを逆手にとってもいいが。


 少し吸いすぎたのだろう、心地よい気怠さが体を支配し始めていた。この状態の俺はまあいっかとなりがちだ。


 結局、適当に30分ほど雑談して通話を終えた。自称健全な常習者の腐れジャンキーは次の薬を物色するため旅立った。


 そしてそのタイミングを計ったかのようにスマホが振動した。


 メメ子からだった――。

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