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自殺少女とOD少年 第1幕 その1

 閉じたカーテンの隙間から差す僅かな光りの眩しさに起される。布団の傍でタオルを布団代わりに寝るぬいぐるみに脳内でおはようと言って時計を見ると昼近かった。


 昨日のブロンの離脱だろう倦怠感と憂鬱さに顔をしかめる。これは耐え難い。何か“入れないと”マズいと感覚が告げていた。


 逡巡し脱法ドラッグのカチノンを摂取することにした。のっそり起き上がるとテーブルに置いたちいかわの丸い缶ケースを手に取る。元々はチョコレートの缶で、お気に入りのハチワレの描かれてるやつだ。


 ふたを開け、カチノンの入った小さなジップロックを取り出す。白い粉末。きめ細かい塩のようなそれをスプーン代わりの耳かきでガラスパイプに移す。


 ターボライターでガラパイを炙る。コツはすぐに吸わずに二秒くらい待ってちゃんと気化してから吸い込むことだ。映画やドラマでは描写されないあるあるだ。


 口をつけゆっくりと吸う。カチノンが肺を満たしていく。


 漢方をケミカルにしたような独特の苦味が腔内を襲うが何とか我慢

 粉末がほぼ溶けきるがまだ終わりではない。ガラパイを回しながらその上部に炎を当てた。気化後再凝固したカチノンが上に付着するからだ。覚せい剤でも同様だがこれも映画やドラマでは知りえなかったあるあるだ。


 吸い切ったところで息を止め、30秒待つのが俺のスタイル。カチノン独特の味が舌にねっとり広がるのを感じながら目を閉じカウントする。


 ゆっくりと白煙を吐き出す。


 ほどなくして脳がカチノンに侵食されていく。灰色の脳細胞がカチノンに染まっていく。憂鬱さと倦怠感が晴れるのが解る。その高揚感にふうと息をつく。


 ドラッグは簡単に言えばアッパーとダウナーに分類される。カフェインなんかはアッパーだ。覚せい剤やコカインは言わずもがなである。


 そしてカチノンもアッパーだ。端的に言えば離脱作用のない覚せい剤と表現できる。脱法で効果も強く低価格なのが魅力だ。ただコカインと同様、作用時間は短く三十分から一時間程度だ。だからすぐに気分を上げたいときに重宝している。


 すっかり機嫌が良くなった。行動的になるというかやる気がみなぎってくる。ごみごみと散乱しエントロピー増大中の部屋を見てると掃除したくなってきた。


 その衝動を抑え込むとスマホを手に取った。


 色々通知が溜まっている。


 まずSpotifyを開きながらスマホをスピーカーに繋げて「あなたのTop Mix」をタップ。


 聴こえてきたのはこっちのけんとの「はいよろこんで」だった。


 上機嫌でフレンドにおはようとLINEし終わると、Xを立ち上げ一通り通知に目を通す。


 都知事選間近だけあって政治系のツイートが結構流れている。喧しい。それに紛れてどこかの中学生の自殺予告がバズっていた。本当に死んだのだろうか。


 考えないようにしていたメメ子のことをどうしても連想してしまう。


 昨日はあの後、半ば押されるような感じでメメ子とFFになって別れた。彼女のアカウントはまだちゃんと見ていない。気にはなる。だが何となく見るのが躊躇われるのだった。


 その躊躇の壁ををカチノンが乗り越えさせた。


 フォロワーからメメ子のアカウントを開く。


 最新ツイートは昨日の夕方だった。「お腹すいたー」とある。それが最後のツイートだった。つまり昨日の首吊りは、いわゆる死ぬ死ぬ詐欺ではないことを意味してるように感じた。人知れず死のうとしていたのだろうか。「トントントンツーツーツートントントン」も無く……。


 昨晩のことが思い出される。自殺を止められて喜んでいた彼女。心情は想像できるがよくわからなかった。


 不可解という言葉が浮かんだ。そういえば旧帝大の自殺者の遺書の言葉だったか。


 万有の真相はただ一言につくす。曰く「不可解」と――。


 確かに死ぬのは怖い。生物としての本能だ。


 俺も数回の自殺未遂をした。そこにあったのは不幸で最期まで孤独の絶望。そして失敗して結局死ねなかったという無情と精神科へ措置入院という現実だった。少なくとも俺は。


 メメ子はどうなのだろう? どうしてわざわざあんな場所を選んだのだろう? 首を吊るなら家のドアノブでやればいい。実際問題として人気が無く、ロープを掛けるに適した場所はあまりない。


 俺はクリスマスに教会の前で死んでやろうと勇んで行ったが、どこにも首を吊れそうな木なり何なりがなくて失敗したことがある。一応笑い話だ。誰も笑ってくれないが。


 それはともかく、どうメメ子と接するのがベターなのか。


 取り敢えずおはようとDMで送るか。


 喉が渇いたのでエナジードリンクのモンスターを飲み(もちろんピンクのだ)、煙草を吸いながら少し待ってみたが既読はつかなかった。


 カチノンのおかげか嫌な想像はそこまで首をもたげなかった。


 金ピースでは物足らず、俺は違法大麻リキッドに手を伸ばした。


 ――これが俺。深いよどみの不幸と孤独とドラッグと。そしてとっ散らかった薄暗い部屋と。オーバー“ドープ”。これが俺の最新の令和。極東最前線。クソゲー日本。子殺しの国へようこそ!

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