自殺少女とOD少年 プロローグ
<プロローグ>
頭ン中ブロンブロンでBlingBangBangブロンと替え歌を口ずさみながら俺は玄関のドアを開けた。
ムワッとした空気が纏わりつきメガネが曇った。七月上旬、静岡県浜松市の真夜中は少し暑いが静かだ。
ブロンはオーバードーズの女王だ――或いは王様か。含有される無水カフェインとメチルエフェドリン塩酸塩がシャキっとアッパーな感じを、ジヒロドコデインリン酸塩がダウナーなふわふわとした感覚を、その二つが混合して独特の効果になる。またやけに動ける。職場や学校に飲んでいくOD勢も多く覚せい剤とも揶揄される。
俺はそんなブロンをキメて深夜徘徊するのが好きだ。人影のない夜の地方都市は圧倒的に孤独だ。無機質に点滅する信号機が世界に独りぼっちな感覚をより増してくれる。
取り敢えず駅北を目指すことにする。少し雨が降ったのかアスファルトは濡れていて、そこに反射するオレンジ色の街灯が綺麗だった。
駅北の電車の高架下に着く。ベンチが濡れていないか確かめて腰を下ろす。ポケットからシガーケースを取り出し金ピースを咥え火を付け長く一吸いする。肺を紫煙が満たしていく。10秒我慢。ゆっくりと吐き出す。
「ふー」と一息ついて口内の味を楽しむ。
金ピースのタールは21㎎で結構高い。味もそうだがヤニクラがしたくて吸っているのだった。
しばらく黒い木々を眺める。ゆらゆら揺れるその様を。
――ふと気付く。
風はない。なぜ揺れている? 鳥か何かだろうか。少し気になって煙草を消すと揺れる木に近づく。
揺れる枝のその先を追うと――何か動いている。
「――ぐぎゅっ」
何やら声もする。
人か?
カップルだったらダルいなという考えがよぎった瞬間、また気付く。
首吊りだ!
「ちょっ――」
驚きすぎてうまく声が出ない。ってそうじゃない俺。
「だ、大丈夫ですか!?」
大丈夫なわけなかったが他に言葉が浮かばなかった。
駆け寄る。小柄だ。苦しいのか浮いた足をしきりに動かしている。
見やると木の枝から黄色と黒の縞々のいわゆる虎ロープが伸びている――どうする!?
「た、助けます! あ、足支えますね!」
そう言って何とかロープをたゆませようとしたが蹴られる。痛っ。
俺はよろめいて尻もちをつく。痛っ。皮肉にも傍目には滑稽に見えるだろう。アンガールズのコントみたいだ。
何とか努めて冷静に考える。苦しいのだろう首を掻きむしっている。何が最善だ? 急げよ俺。
そこで閃く。俺も首吊り未遂経験者だがこんな場所でやるには踏み台がいるんじゃないか? 少なくとも俺はそうだった。
慌てて周囲を見渡す。
ビンゴ!
よく見ると足元から少し離れて踏み台らしき影があった。
急いで手に取ると、
「踏み台置くから乗ってください!」
聞こえていますようにとバタつく足元に踏み台を置く――乗ってくれ!
永遠のような数秒。
つい神や仏やらご先祖やら何やらに祈ってしまう。
人影は少女らしかった。
所在なさげに動いていた少女のつま先が台に触れる。
そして永遠のスローモーションの中でゆっくりと靴のかかとが台を踏みしめた。
瞬間、少女はバランスを失ったのかもんどりうって地面に倒れた。幸か不幸か首はロープから外れたようだ。
「おえええええええっ――げっほっぜー」
良かったと言っていいだろう。荒いが息をしてる。呼応するように虎ロープが揺れていた。
――先ず駆け寄って声を掛けようとする。
が。この自殺者に何と言うべきか、生きているならどう説得するべきか俺は少し迷っていると、
「ワイちゃん! スティル! アライブ!」
「は?」
面食らって素の声が出てしまった。
自殺少女はガッツポーズを挙げている。
「うおおおお首と喉ちょー痛てえー! マジ超生きてるー!」
喉をかばいながら少女が笑った。
失敗して喜んでいるチグハグさに俺はしばし呆けてしまう。自殺少女は九死に一生を得たかのように歓喜していた。
「えっと・・・・・・」
「うう、君ありがとうねー」
たじろいでいる間に礼を言われた――ますます混乱する。死にたかったんじゃないのか?
「いやーそっかそっか」
何やら一人で納得している。それに対し気の利いた一言も浮かばなかった。
「あたしメメ子!」
最初何を言っているのか理解できなかった。ワンテンポ遅れて少女が名乗ったのだとわかった。
「えっとめめこ?」
「そーメメクラゲって知らないー?」
「・・・・・・あ、つげ義春のやつか」
ペースを乱されっぱなしながらも会話を続けようと思った。まだ安心できなかった。
メメ子ね。××子。匿名の自殺少女ってわけだ。まあ未遂ではあるが。
メメクラゲは「インド人を右に」と並んで(?)有名な漫画の誤植だ。××クラゲだったのを編集者だか写植オペレーターが読み違えてメメクラゲとしてしまったという。今も修正されずそのままだ。
「あー死ぬかと思ったあー」
まだ痛むのか喉をさすりながらメメ子が言う。いや死のうとしてたんじゃないのか。
取り敢えず俺も名乗るべきか。本名を言うかしばし逡巡し思い付く。
「仮名・堂島」
「?? 亀井戸島?」
疑問符を浮かべながらメメ子が首を傾げる。明らかに違う漢字で言ってるな。
「名前。堂島(仮)」
「なにそれー?」
まあ知らなくて当然か。だがそれで良いと思った。
「てか大丈夫ですか?」
やはり気になって野暮なことを聞いてしまう。相変わらず俺はアドリブに弱い。もっと相応しい言葉があるだろ。
「生きてるよー」
見ればわかる。何故だが知らないがメメ子は笑顔だ。自殺しようとしていたとは信じられない。
首吊り自殺をしていたのに喜ぶ彼女に繋ぐ言葉が見つからなかった。
梅雨明け前の七月初旬の夜半、いつの間にかカエルが鳴いていた。
すっかり忘れていた暑さを思い出す――筋の汗が頬を伝った
。
ハイテンションに歓喜する自殺少女を前に俺はただただ戸惑い面食らっていた。
おおよそメメ子との出会いはこんなものだった。
二〇二四年夏が始まった――。
<プロローグ おっ死んでぶっ生き返すプロロー 完>