前世の記憶を思い出した時にこれから結婚する夫を殺すように命じられていたけれど、諦めて私が死ぬことにした結果。
【コミカライズ】前世の記憶を思い出した時にこれから結婚する夫を殺すように命じられていたけれど、諦めて私が死ぬことにした結果。
「あ」
がたんごとんと、揺れる馬車の中。
私、ウェリタは頭をぶつけた衝撃で、前世の記憶を思い出した。
……一人きりで良かった。誰かが傍に居たら私は訝しがられていただろうから。
私はこれから、クーリヴェン公爵家に嫁ぐことになっている。……これは政略結婚である。別の公爵家と親しくしている子爵家の娘。……私はそれだけの立場でしかない。私が選ばれたのは都合が良かったから。
私がこれから嫁ぐ方は魔法の腕が凄まじく、それでいて冷たい人だと聞いている。魔物や盗賊といった敵対したものに容赦がなく、女性に笑いかける瞬間など見たこともないと。
そんな彼は亡くなった元奥様との間に子供が二人いる。向こうは再婚なのだ。ちなみにその元奥様は次男様を生まれる時に亡くなったそうだ。
「……さぁて、どうしようか?」
私は思わず呟く。
だってなんというか、あまりにも私の状況は詰んでいた。
結婚自体に関しては相手が幾ら冷たかろうが、特に問題がない。寧ろ美形だと聞いているので、そんな美しい男性を旦那様に出来るとか最高だとは思っている。私は前世から面食いなのだ。それに子供に関しても、初婚で血のつながらない子供を持つことを嫌がる人は多いかもしれないが、私は寧ろどんな子だろうって楽しみである。
元々前世の私は子供が好きで保育士を目指していた。大学生の頃に事故死してしまい、その夢も叶わなかった。だから二人の子供と仲良く出来るならそれは嬉しいなと思う。
……だけど、そんなのんびりはしていられない。
というのも私は寄親から、新しく旦那様になる相手を殺すように命じられている。……表面上はクーリヴェン公爵家と仲良くしているが、実は蹴落としたいと考えている系らしい。正直私は下位貴族なので、上位貴族の考えていることは分からない……。
娘が居るのにわざわざ私を養子にしてまでクーリヴェン公爵家に嫁がせるのは、私が捨て駒のようなものだからだろう。
成功しなかったとしても、子爵家の娘を養子にまでしてやったのに恩を仇で返されたとか、勝手にそういう風に言えるだろう。成功したらしたで……どうなるんだろう? どちらにしてもこれから息子になる二人が不幸になる未来しか見えない。いや、だって新しいお母さんがお父さんを殺そうとしたとか地獄絵図過ぎない? 子供が好きな私としては、そんなことは嫌だ。
ただ私が言うことを聞くように、寄親の公爵家には色んな魔法をかけられてしまっている。
まず第一に、私は未来の旦那様を殺さなければ三か月後に死ぬ。そういう魔法を仕込まれている。次に私がこの情報を外に漏らせないように魔法をかけられている。……上位貴族怖い。
私の実家は私が養子になることによって、多額の支援を受けている。天災により、大変な事態になっていたのだ。それこそ民を養っていけないほど。だから寄親からの申し出はとてもありがたかった。……でもまさか、こういう命令を受けるとは思ってなかったけれど。
あれなのよね。
どちらにしても私の死は決まってない?
だって魔法に長けている未来の旦那様を無力な私がどんなふうに殺すの? ちょっとした水魔法は使えるけれど私の才能なんてそれだけだもの。もしかしたら床の場で、未来の旦那様をメロメロにして隙をついて……みたいなのを期待されているかもしれないけれど、私の見た目ってそれなりに可愛い程度だ。うん、悪くはないけれどよくもなくみたいな。
前世の記憶を思い出す前はなんとしても殺さなければ…って私は悲観的になっていた。でも前世の記憶を思い出してみると、これってもしかしたら失敗前提なのかもとも思った。
寄親の公爵家からしてみれば、クーリヴェン公爵家の勢いをそぎたいという思惑があるのだと思う。再婚した妻が夫を殺そうとするのも、失敗して三か月で亡くなるのもスキャンダルだ。
私という捨て駒を使って、クーリヴェン公爵家の評判を落としたいだけだと思う。
となると、私がやることは……ちらりっと馬車の外を見る。正直監視の目はついているので、クーリヴェン公爵家に嫁ぐことは確定。私は逃げられない。
結果、私が結論付けたのは――未来の旦那様を殺そうとせずに、二か月ちょっとで離縁してもらいひっそり死のうということだった。
そう腹を括った私は、結婚式も笑顔で乗り切った。いやだって、短い間とはいえ死ぬ前に美形な旦那様と可愛い息子が二人も出来るんだよ? 折角なら楽しんでおいた方がいいじゃない。
旦那様であるクーリヴェン公爵は無表情だったけれど。
でも流石に私が「事情があって二か月で離縁したい」って言ったら表情を変えていたけれど。
「何が目的だ?」
「理由は言えませんの。申し訳ございませんわ。勝手に私が出て行ったとでも処理していただいて構いませんわ。だから夜の営みもなくていいと思うのですわ! ただこの屋敷に滞在している間は仲良く出来ればと思いますの」
それは私の本心からの言葉だった。
それにしても本当に見れば見るほど、美形! 美しい青い髪に、赤色の鋭利な瞳。彫刻品みたいに美しくて、前世の地球だったらアイドルとか俳優とか出来そうだわ。だってこんなに美しいのだもの。
見ているだけで幸せになれるような旦那様が出来たことが私は嬉しくてにこにこしてしまう。
その日は私が夜の営みはなしでと口にしたので、ただ一緒に眠るだけだった。
馬車の移動で疲れてぐっすり眠ってしまった私を旦那様が呆れた目で見ていたことを私は知らない。
*
「貴方を母親だなんて認めませんから」
長男であるティアヒムにはそう言われ、次男であるクリヒムはその後ろに隠れていて話しかけても来ない。
そういう状況だったけれど、私はにこにこだった。
だってとても可愛いのだもの。ティアヒムもクリヒムも旦那様にそっくりなの。髪の色はティアヒムの方は金色で、クリヒムの方は青色という違いはあるけれど。亡くなった奥様が金髪の美しい方だったらしいわ!
まだ九歳と六歳なのに、とてもしっかりしているわ。
正直こうして私のことを認めないとなるのが当然だと思うので、そういう態度をされたからといって仕方がないなと思うだけだ。
「そうなのね。でも折角だから仲良くしてもらえると嬉しいわ」
短期間で去る予定だから……ここで仲良くしないのも一つの手だとは思う。だけど流石に最初からそういう行動をしていたら寄親の公爵家にどう伝わるか分からない。……だからちゃんとそのあたりは考えて行動しないと。
そんなことを考えていると、何故かティアヒムが変な顔をしている。どうしたんだろう?
「そうですか。……そんなことを言っても私たちは認めません」
そう言ってそのまま去って行ってしまった。
あれね、二か月の間にそれなりに仲良く出来て、良い思い出が作れればいいわ。
私はそんな風に思うのだった。
ただもし私が仲良くなった後に、私がどうなったか知られたら大変だろうからそのあたりは……離縁する前に誰かに私の名で手紙を書いてほしいって依頼をしようかな。仲良くするならきっとそうした方がいい気がする。
私はそんなことを考えながら、残り三か月の生を楽しむことにした。
そういうわけで私は期間限定の公爵夫人生活をより良いものにすべく、なるべく旦那様や息子になった二人に話しかける。
というかね、監視の目も相変わらずあるから仲良くしようという行動に関しては油断させるためって理由がつけられるからね。監視の目がなければもっと自由に出来るのだけど……。私的には仲良く出来るなら旦那様や子供達と仲良くしたいからいいけどさ、でも監視って嫌よね。
「ティアヒム、クリヒム、一緒にお菓子を食べない?」
「……食べない」
「ぼ、僕も」
私はお菓子作りを昔から嗜んでいた。前世の記憶を思い出す前からそうだったけれど、無意識に前世の記憶の影響はあったのかなぁって思っている。だって前世で作ったお菓子もあったもの。
家族には珍しいお菓子ねと受け入れられていたけれど、私の家族って本当にのんびり屋さんだったんだなって思う。だってそうじゃなければ変なお菓子作っているって蔑ろにされそうだなって思うもの。私は家族が大好きだって気持ちもあるから、余計に勝手な行動が出来ないのよね。
あー、でも最悪の場合は……私が逃げて勝手に死んだことに関して、寄親の公爵家が私の家族を害する可能性もある? そうなると、事故死に見せかけて死ぬべきか……?
……本当にこう考えると、どうしたら一番いいのだろうってそればかり考えてしまう。
子供たちが食べてくれなかったお菓子に関しては旦那様に持って行った。
「……このお菓子はどうした?」
「私が作りました。ティアヒム達には断られてしまったので、食べてもらえると嬉しいなぁって。このままだと一人で食べなければいけなくなってしまって太ってしまいますわ!」
そう言って話しかければ、旦那様は呆れた様子をして、その後、まじまじと私の作ったクッキーを見る。そして口に含んだ。少しだけ口元が緩んだ気がする。
もしかして甘い物が好きなのかしら?
「これは……中に入っているオレンジか?」
「ええ。そうですわ。美味しいでしょう? 実家の家族にも好評でしたの」
私は家族のことを考えると、思わずにこにこしてしまう。
だって私は家族のことが大好きだもの。私が養子になって、クーリヴェン公爵家に嫁ぐことを心配していた。私は大丈夫と言って此処に来たわけだけど……元気に帰ることは叶わなさそうなことだけが心残りだ。……なんとかできるならこの状況をどうにかしたいと思うけれど、私にはそんな力がないのよね。私にもっとこういう状況をはねのけるだけの力があれば別なのに……とそんなことを考えてしまう。
「……どうした?」
「あ、なんでもありません! それよりこれからも此処に居る間は子供たちにお菓子を作ろうと思っていますの。もし食べてくださらなかったら旦那様が食べてくださいますか?」
「……別に構わない」
旦那様がそう言ってくれたので、私は喜んでお菓子を作ることにした。
こうやってお菓子を作ることによって屋敷で働く人たちとも仲良くなれるもの。……それにしてもあれね。私が死んだ後、寄親の公爵家がどう動くか分からないのでクーリヴェン公爵家が危険な目に遭うかと思うと嫌だなとは思う。……何か残せればいいけれど、でも手紙などで伝えるとかも無理なのよね。やろうとしたら私は血を吐くというか、苦痛を与えられてしまうというか……それでも少しずつ書きましょう。
二か月の間にどうにかその情報を書ききれたらいいたのだけど……。
それにその手紙を渡すタイミングも重要。誰が味方で誰が敵かも分からないし、下手な行動をしてしまったらその場で大変なことになりそうだもの。
うーん、本当に困ったわ。
でもやれるだけのことをやるしかないわ! 私はそう思って公爵様や子供たちに話しかける。
子供たちが勉強だったり、魔法の練習をしている中でお菓子を持っていく。何度も何度も笑顔で話しかけると受け取ってくれた。先に従者に毒見をしてもらっていたけれど。
でもお菓子を食べたら子供らしい笑顔を浮かべてくれて嬉しくなった。
「喜んでくれて嬉しいわ。また作るわね」
私がそう言ったら、公爵様と同じような表情で「勝手にするといい」とティアヒムは言っていた。
なんだか公爵様とそっくりだなと思うと、思わず笑みがこぼれた。
私がそうやって過ごしている間に、思い出したくないものも関わってくる。寄親の公爵家からの遣いが、「上手くやるように」とか、「殺さなければ死ぬのですよ?」と言ってきたりとかして折角の楽しい気分が台無しになったりしていた。
そういうのって本当に嫌よね。折角私は楽しい最期を迎えようと思っているのに。
私はそういう暮らしをしながら、一生懸命苦痛などを感じながら手紙に今回の件を書く。何度か血を吐いたり翌日体調不良だったりして、ごまかすのが大変だった。正直、ごまかせているのかも……分からないけれど!!
なんだろう、こういう時にもっと私が誰にも知られないように出来ていれば良かったのにな……。なんだかこれはこれでかっこ悪い。なんて思ってしまう。
ああ、でもなんか……私が二か月で離縁するうんぬんの話をしていたことは私が病弱だからと思われているかも……。その誤解はそれはそれで助かるけど。
「……今日は体調は大丈夫なのか?」
でもそうなってから、旦那様が優しくなってきて落ち着かない!!
子供たちに関してもなんか、態度が軟化している気がする。ただ何故か、ティアヒムに関しては時々難しい顔をしている。それは私と一緒に居る時とか、触れた時とかに余計にそうなの。
なんでだろう……。私、何か失敗しちゃったかな。嫌われてしまったかなとか、そんなことを考える。だけどちょっとずつ笑顔を見せてくれたりもしている気がするのよね。うーん、分からない。
ただ旦那様が少しずつ笑顔を見せてくれるのが嬉しくて、そして子供たちが私に心を許してくれることも嬉しかった。
特に旦那様は妙に話しかけてくるようになったのよね。なんでかしら。
私が手紙に情報を収めるのに必死で寝込んだ時なんて、旦那様も子供達もかけつけてくれた。
流石に三人の予定を狂わせるわけにはいかないと思って、「私は大丈夫ですわ」と口にしたら旦那様の執務室のソファに寝かされた。
良い笑顔で「心配だから目の届く範囲にいるように」などと言われてしまったら、私は本当にもう……なんかあり得ないぐらいときめいてしまった。いや、だって顔が好みの美形にそんなことを言われたら落ち着かない!
仮にも公爵夫人という立場なのにこんな風にダメダメな私なのだけど、何故か侍女たちはにこにことこちらを見ていて……クーリヴェン公爵家の屋敷は冷たい屋敷だと聞いていたのに全然違う。
旦那様も人を人と思わないような冷たさで、嫁いだとしても大変だろうと言われていた。実家の家族にも「……ウェリタ、家のためとはいえ無理しなくていいんだよ?」と何度も言われた。それでも家族が大切だから、渡りに船とばかりに政略結婚を受け入れたのは私だ。
なんで、皆、こんなに私に優しいのだろうとそんなことばかり考えてしまう。
ぼーっとしながら、ソファから旦那様を見ていると目が合う。
あ、笑った。
……口元を緩めて、小さく笑う。
その笑みが綺麗で、あまりにも優しくて驚いてしまう。
「寝られないのか?」
「……はい」
頷いたら、私の傍による。そして旦那様は私の手を握り、子守歌のようなものを歌い始める。
「……子守歌ですか?」
「ああ。昔、私が乳母から聞かされたものだ。歌いなれないから不恰好だが」
「全然、そんな風に思いません。寧ろ、旦那様が歌ってくれるならゆっくり眠れそうです。旦那様は本当に優しいですわ」
私がそう口にすると、旦那様は照れたような様子を見せた。こういう旦那様の一面を見ていると……何だか、このまま自分が死んでしまうのがもったいなく感じる。
……本当は死にたくなんかない。だけど目の前の旦那様や子供たちのことも、私の大切な実家の家族達のことも傷つけたいわけじゃない。助けてって誰かに縋れたら楽だけど、そんなことは難しいから。
今だってそう……この場には、寄親の公爵家につながっている人がいるから。
本当は……無理やり手紙に書いてはならないと魔法をかけられていることを書いているから、私の体はボロボロだ。少し書いただけでも血反吐を吐くぐらいなのだ。連日続ければ……その影響で体の中の魔力回路はズタズタで、嫁ぐ前と同じように魔法は使えないだろう。
まだ……内側に出る形で良かった。
寄親の公爵家からしてみると今の段階で私にそういう魔法がかけられていることをクーリヴェン公爵家に悟られないようになるべく表に出ない形にしたのだろう。
監視も私が魔力回路がズタボロの状態で平気を装っているなんて思ってもいないようだ。ただの貴族令嬢ならば、そうだろう。私は前世の記憶があるから腹をくくっただけで、そうじゃなければ……きっともっと違う行動をしたはずで、こんな痛みには耐えられなかったはずだから。
旦那様にはただの夏風邪だから、医者は呼ばなくていいと言い張っている。だけどあまりにも続くようなら呼ばれそうなのでまたしばらく手紙にしたためるのは中断するか……。
どうにか旦那様に悟られないようにしなければならないのに……最近、旦那様が妙に私に近づいてくるからばれないように進めるのって大変だわ……。
それに子供達も、「母上」って私のことを呼ぶようになっていて……子供好きの私からするとそれだけで本当に感涙極まったわ。
「……母上、何か悩みはないですか? あったら父上にすぐに言ってください」
ティアヒムにはそんなことを言われて、私は「悩みなどないわ」と答える。
ティアヒムは本当に優しい子だわ。でもたった一か月程度で私に心を許すなんて大丈夫かしら。いつか悪い人間に騙されたりしないかしら。そんな風に心配になってしまう。
「本当ですか? 嘘だったら嫌ですよ」
「嘘なんかじゃないわ」
どちらにしても最大の悩みに関しては子供に言うことでもなければ、誰かに言おうとしてもできないことだもの。だから仕方がないことだわ。
私の返答を聞いたティアヒムは、その後笑みを浮かべて「分かりました」と言った。その後は普段通り過ごせたのでごまかせたかなとほっとした。
それから私は残りの生を楽しもうと旦那様や子供達と過ごしていたのだけど――しばらくして驚くべきことになった。
*
「ウェリタ、しばらく此処に居るように」
「母上、勝手に出ちゃ駄目ですからね? 医者も呼んでいるから」
「母上、めっ!」
どういうことなのかさっぱり不明だが、私は部屋から出ないように言われた。
身の回りのことをする侍女達と、護衛として傍にいる騎士だけである。
……それ以外の人達は本当にかかわらない。至れり尽くせり! でも医者だけは断固拒否した。だってどういう状況でこうなっているか分からないけれど、魔力回路のことは知られたくないもの。それにしてもこうやって周りに常に人がいる状態だと、手紙の続きも書けないわ! 時間がないのに……。
「奥様……、私達はくれぐれも奥様の体調を確認するように当主様から言われているのです。ですからお諦めください」
何日も何日もそう言われて……、私が拒否するのを続けているうちにしばらく部屋にいるようにと言って姿を現わしていなかった旦那様達が戻ってきた。
「ウェリタ、医者にきちんと診てもらってくれ。後は魔法師を連れてきたからこちらにも見てもらうように」
「嫌です!」
「ウェリタ……大丈夫だ。全て分かっているから、私のためにも診てもらってほしい」
「え?」
ど、どういうこと? 全て分かっているとか、旦那様のために診てもらってほしいとか。
まさか……、私にかけられている魔法とかについて知られている? そうなるとクーリヴェン公爵家にも被害が……。だって知られたからにはきっとこのままでは済まないはずだもの!
寄親の公爵家はそんなに甘い家ではないもの!
私が慌てていると、旦那様の後ろにいたティアヒムが口を開く。
「母上、その通りだけど大丈夫だよ。あの公爵家はつぶれたから」
「はい?」
「母上、その件に纏わることを聞かれて頷くとかだけでも辛いですよね? だから、まずは医者に診てもらって、魔法師に魔法解いてもらって」
私はティアヒムの言っていることに混乱しているままこくこくと頷き、そのまま医者や魔法師に診てもらった。
……というか、私、口にしていないわよね? それなのにティアヒムが答えたってどういうこと??
それから私は自身を死に至らせる魔法や命じられている件について喋ったら苦痛を感じる魔法などを解いてもらった。
「こんなになるまでボロボロになって……どれだけ奥様は我慢強いのですか? もうこんな風に無茶をする必要はありませんからね」
「後は公爵様達とゆっくり話してください」
医者と魔法師の二人は、私に対して薬などを処方し、そして今後安静にするようになどを呼び掛けてそのまま退室していった。旦那様が「皆、出ていくように」と口にしたため、侍女達も出ていく。この場に居るのは、私と旦那様と、子供達だけである。
「ウェリタ、君が苦しんでいるのにすぐに気づけずにすまなかった」
思いっきり謝られて、私は困惑した。
「え、いえいえ、旦那様が謝ることではないです! というか、旦那様、いつから……その、私が密命を受けていたこととか知ったのですか? それにあの公爵家が潰れたっていうのは……。旦那様達は大丈夫ですか?」
私が困惑したまま、そう口にしたら何だか急に「ウェリタ!」と名前を呼ばれて旦那様に抱きしめられた。
「だ、だだだ、旦那様?」
「クリティドと呼んでくれ。ウェリタ」
「えええ、っと、クリティド様?」
「呼び捨てでいい」
「……え、っと?」
「君は本当に他人のことばかりだ。自分の命がかかっているのならば、もっと自分を大切にすればよかったんだ。私は……、君が居なくなったら悲しい」
抱きしめられたまま耳元で囁かれて、赤面してしまう。いやいや、だって!! 旦那様……えっと、クリティド様がこんなことを言ってくるなんて思わなかったのだもの。呼び捨てでいいなどと言われたけど、呼び捨てなんて!
「父上、母上が困惑しているから一旦離してください」
「そーだよ。父上! 母上と話をするんでしょ」
クリティド様は子供たちにそう言われて、私の体を離す。
「母上、顔真っ赤! 大丈夫?」
「ええ、心配してくれてありがとう。クリヒム。大丈夫よ」
私がそう言って笑いかけると、クリヒムは嬉しそうに笑った。可愛い。
「もしかしたら……母上に嫌われてしまうかもしれないのですが、まず最初に一つお伝えします。私は……人の心の声を聞くことが出来ます」
「え?」
「……気持ち悪かったら、離れてもらって構いません。生みの母親もそれで私を傍に起きたがらなかったので」
悲しそうな顔でそんなことを言われて、私は衝動的にティアヒムのことを抱きしめた。
「え? 母上……?」
「気持ち悪いなんてそんなこと言うわけないじゃない! それにしてもそんな素敵な能力を持っているのね」
喋らなくてもお話出来るなんて何だか素敵だわ。童話などに出てくる妖精か何かみたい。確か妖精の逸話の中ではそういう話があったわ。
幼い頃の私はその絵本を読んで妖精と喋ってみたいなんて思っていた気がする。はっ、ティアヒムはこんなに可愛いから、妖精の血でも引いているのでは……。
「はははっ、本当に母上は可愛いですね。私は人の心を読み取れる力を持っただけの人間で、妖精じゃないです」
私の心を読んだであろう、ティアヒムはそう言って今まで見せたことのないような笑顔を浮かべている。
「兄上だけ、ずるい! 僕も母上と話したい」
「そうだぞ。君がその能力を持っていたからこそ、ウェリタのことを救うことが出来た。その点は感謝しているが、独占をするのはやめてほしい」
クリヒムとクリティド様にはそんなことを言われる。
ティアヒムは呆れたような表情で笑った。
「父上、そんな発言をしていると母上に嫌われますよ?」
ティアヒムがそう言えば、クリティド様は私の方をまっすぐ見る。どこか不安そうに見えるって……私に嫌われるかもって思っているってこと……?
「えっと、嫌ったりなんてしません!」
「そうか。なら、良かった」
にっこりと笑われて、ドキリっとする。何だか、クリティド様、ずっと笑顔を大放出してません? クリティド様の笑顔なんて貴重だって聞いていたのに。こんなに向けられていいのかしら。
「ぶっ、母上はやっぱり可愛いです」
「……ティアヒム、ウェリタはなんて?」
「勝手に母上の思っていることは伝えられませんよ。それより話を続けますよ」
にこにこしているティアヒムはそのまま、クリティド様に話の続きをするように促す。
「君が大変な状況にあることは、ティアヒムがその心を読み取って知ったことだ。それで君がどうして二か月で去ろうとしていたのかもわかった。……私は、ウェリタに死んでほしくない。だから、ウェリタに密命を与えた公爵家は潰した。王家にもきちんと報告をし、正当な手段で潰したから安心してくれていい」
「そ、そうなんですか。そんなことをしても大丈夫なんですか……?」
「問題ない。君はあくまで自分の命を盾に命じられていただけなのだから、何も心配しなくていい。それにしても……なぜ、それで自分の命を諦めようとしたんだ?」
「え、だって……結局、命令を聞いても聞かなくても待っているのは私の死じゃないですか。私は魔法もそんなに使えるわけではないですし、失敗する未来しか見えませんし。それに私はクリティド様……」
「クリティドだ」
「……クリティドに死んでほしくないと思いました。それにティアヒム達から父親を奪うことなんてしたくないと。だからそのまま消えてしまおうと思ったのです。事故に見せかけて死んだら、大丈夫かなと思って……。魔法のせいで事情をクリティド達に説明することも出来ないですし、屋敷内で監視――って、クリティド、本当に大丈夫ですか? 屋敷内にも……」
私は途中まで話して、クーリヴェン公爵家の屋敷内にも、監視が居たことを思い出し声をあげる。
「問題ない。それも対応している」
「なら良かったですわ! えっと、それで監視もあったので違和感を持たれないように行動しました。私自身、クリティド達と仲良くなりたいと思っていましたし、最期に良い思い出を……と思ったので仲良く出来て嬉しかったです。監視は私が密命をこなすために仲良くなっていると判断してくれたみたいです。もちろん、そんなことはないですけど」
「大丈夫だ。ちゃんと、分かっている。それにしても……本当に君を救えてよかった」
私の説明を聞いたクリティドはそう言って、安堵したように息を吐く。……私は、私が死ぬのが一番丸く収まると思った。
……そうすることが、最善だって。
でも違ったのかも知れない。今、これだけ目の前で私が居なくなったことを考えただけでこんなに悲しそうな表情をしているのだ。こんな風に、彼らのことを私は悲しませたかもしれない。
「……はい。ごめんなさい」
「なぜ、謝るんだ?」
「……私は、誰かに助けてほしいっていうのも、無理だって。だから私が……死ぬ方が丸く収まるって、そう、思いました。でも……、勝手に、諦めてしまっていたなって……。私、本当は……生きられるなら、生きたいって思っていたから。だから……」
私はそう口にしながら、気づけばぽろぽろと涙があふれだしてしまった。
……私は前世の記憶を思い出して、現実味のない感覚になっていた。ううん、そういう風に切り分けて考えるように無意識にしていたのだと思う。
だって自分の死はそう簡単に受け入れられるものじゃなくて。
だけど、私には力がなくてどうしようもないから……だから前世の私と、今の私を切り分けて考えて……なんだろう、敢えて現実だと思わないようにしていた。そうしないと、ずっと泣き出してしまいそうだったから。生きたいって叫んで、壊れてしまいそうだったから。
しばらく泣きわめく私のことを、クリティドは抱きしめてくれた。
温かい体温に、私もクリティドも生きているのだなとまた泣き出しそうになった。ひとしきり泣いた後、私はこれからのことを考えなければならないと思った。
「この後のことなのですが、私は実家へと戻ろうと思います」
「何を言っているんだ?」
「え? 何をって。だって私は密命のために養子になった身ですし……。元々子爵家の出ですもの。それにクリティド達が許してくれても私がクリティドの命を狙う密命を与えられたことには変わりありませんし……」
そんな私がこのまま公爵夫人としてとどまり続けるなんて体裁も悪すぎると思う。だから私は大人しく実家に戻った方がクーリヴェン公爵家のためだと思ってしまった。
あることないこと噂されてしまうだろうし、そもそも私とクリティドの結婚は密命があったからこそ結ばれたもので白い結婚だし、問題ないと思うのだけど……。
「ティアヒム、クリヒム、外へ」
考え事をしていたらいつのまにかクリティドがそう言って、子供たちが部屋の外へと出て行った。
「ウェリタ、口づけをしても?」
「え?」
「嫌か?」
「え、えええっと、い、嫌ではないですけど。な、なんで、突然!?」
結婚式の時には軽く口づけはした。その時にこんな素敵な方と口づけが出来るなんて一生分の幸福だなどと思っていた。それなのに、なぜ、今!?
い、嫌なんてそんなわけはないけれど。それにクリティドにそんな表情をされたら断るなんてまず無理!
混乱している間に深く口づけられて、その後はもうすごかった。
いや、あの……ひたすら口づけされて、抱きしめられて、「好きだ」とか「可愛い」とか愛を囁かれてしまったの。夜の営みはなかったわ。
「――ウェリタの気持ちが追い付いてから」
そんな風に言われたのだけど! でも口づけだけでも本当に凄かった。私がどうして私なんかをと言う度に、クリティドが私をどれだけ好きかが倍になって返ってくるというか……。
い、いつからクリティドは私のことをそういう意味で好きだったのかしら。確かに優しくはしてもらえたし、笑いかけてももらったし……。でもどうせすぐいなくなるしって深く考えていなかった。
私は私自身のことを客観的に見るように心がけて、そういうことも考えないようにしていて……ああ、だから気づいてなかっただけなのか。
私は散々、クリティドに愛を囁かれて、赤面して、動揺してばかりだった。そんな私を見て、クリティドは本当に楽しそうに笑っていた。
それから私はそのままクーリヴェン公爵夫人として生きていくことになった。他の家からどんなふうに言われるだろうかと正直怖かった。相応しくないなど言われるのではないかと思った。
でもそんなことはなかった。
寧ろ私のことをほめたたえ、受け入れる声ばかりだった。これはクリティド達が手回しをした結果らしい……。クーリヴェン公爵家の力は凄いわと驚いた。
クリティドが私を溺愛していると噂になっているみたいで、嬉しいけれど、恥ずかしい。本当にクリティドはパーティーでも私への好意を隠しもしなくて、あなたそんなキャラだったの!? と落ち着かなかった。
でもその好意は嬉しくて、結局しばらくして私も「好きです」って返すことになったのだけど。
その時のクリティドの嬉しそうな顔と、にこにこしているティアヒムとクリヒムを見て――私は幸せだなとそう思ったの。
――前世の記憶を思い出した時にこれから結婚する夫を殺すように命じられていたけれど、諦めて私が死ぬことにした結果。
(私はいつの間にか家族たちに助けられて、幸福の中にいる)
勢いのままに書いた短編です。
もしかしたら矛盾点などもあるかもしれませんが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
ウェリタ
子爵家の娘だったが、クーリヴェン公爵家をよく思っていない公爵家の密命により養子になり公爵夫人になった。
嫁ぐ直前に前世の記憶を思い出す。クーリヴェン公爵を殺すように密命を受けており、その行動をしなければ自分が死ぬ状況だった。が、前世を思い出し腹をくくり、自分が死ぬことにした。
密命について口外出来ない魔法もかけられており、人生詰んでいた状態。でも残りの人生楽しもうと前向きだった。
その後、気づけばそのことを夫や子供たちに知られ、救われ、愛される公爵夫人として生きていくことになる。
子供が好きで、お菓子作りも好き。のほほんとした雰囲気。
クリティド・クーリヴェン
公爵家当主。結婚当初はウェリタに疑問ばかり。最初から期間限定で離縁などと言われ、白い結婚になり、だけどにこにこしながら近づいてくる、そして時折体調を崩している様子に途中から興味を持ち、心配していた。近づきがたいと言われている自分に躊躇せず笑顔で近づいてくるのにほだされたともいえる。
長男のティアヒムの心を読む能力から、断片的にウェリタの状況を知り、権力を使って調べ、事情を知ってからはブチ切れて問題の公爵家を潰した。
事情を知り、ウェリタを失うかもしれないと思った時に完全に自分の気持ちを理解した。それまでは無自覚でウェリタに笑顔を向けたりはしていた。前妻とは政略結婚。
ティアヒム・クーリヴェン
クーリヴェン公爵家の長男。心を読む能力があり、実母からも敬遠されていた。それもあり、人間不信気味。
心を読む能力に関しては制御が出来るようになっているが、時々無意識に読んでしまう。無意識に読んだ時にウェリタの事情を知る。それからは望んで心を読んで、ウェリタの事情を把握。
父親同様にこにこ笑いながら近づいてくるウェリタにほだされる。すっかりウェリタを慕っている。
能力のせいで年の割に大人びている。
クリヒム・クーリヴェン
クーリヴェン公爵家の次男。家族の事が好き。まだ六歳なので詳しいことは分かってないが、ウェリタがいじめられていることだけは分かったので事情を知って怒っていた。
子供ながらに魔法が得意。ウェリタのことは最初は警戒していたけれど、途中から大好きになる。実母はクリヒムが産まれる時になくなったので記憶にない。知識としては知っている。