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お姉さんが赤ちゃんの頬を拭いている。

 お姉さんが赤ちゃんの頬を拭いている。


 言うまでもなく、お姉さんとは舌打ちしつつも、甲斐甲斐しく世話しているお母さん(お姉さん)のことで、赤ちゃんとはスプーンを不器用に使っているお母さん(赤ちゃん)のことである。

 これはメモには書いていないけど、タメダも不思議がっていた。


「普通の記憶喪失とは違うよな。身体に刻まれた習慣的行動まで綺麗さっぱり消えているわけだろ? 本当に記憶退行なんだな。映画か小説の中の話だ。まるで」


 わたしもそう思う。

 そして、おばあさんの場合は……なんて言うんだろう……? タイムリープ、は、違うような。おばあさんからしてみれば記憶を保ったままの若返りだし、わたしからみればー……若年性の認知症?

 さらに不思議なのはみんながみんな、お母さんがお母さんがお母さんがお母さんがこの状況を受け入れていることだ。いや。受け入れているは違うか。学校に行きたいと困ったことを言ってくるお母さんもいるし。

 そうじゃなくて。

「ばっ」

「あっ! ばっか。牛乳は口に入れろ! なんでそんな大振りでいく!? そう、ここまで持ってきて。ゆっくりだ。ゆっくり。って、あー!もう!」

「うふふ」

「うふふじゃねーよ。ばーさん。タオル持ってこい」

「はいはい」

 ぱたぱたと楽しげに駆けていくおばあさんが何もないフローリングでつんのめった。おばあさんはわたしと目が合って恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。その瞬間、わたしはこんな風にして幸せそうに笑ってくれるお母さんの未来が見えたようで心にぽっかりと光が灯るのが自分でも分かる。だが、ぼんやりとした灯のおかげなのか明確に姿を現した影が見えて、それがわたしの違和感の正体。

 受け入れ過ぎている。いや、それもあるけど、今ぼんやりと見えたのはそうじゃない。

「ん」


 もしかして、身体の感覚に戸惑っている?

 慣れていない?


 赤ちゃんに目を向ける。

 飲み物を飲もうとして、コップを大振りに口元まで持ってきて、勢い余ってこぼす。ほらまた。スプーンの使い方もまるでフライパンで炒めるポップコーンだ。爆発。さっきから横にいるわたしにまで飛んでくるんだから、もう。

 わたしは頬に張り付いた人参をつまむとそのままぺろりと舌先で掬った。

 味は一緒なんだよね。お母さんと。

「ごちそうさま」

「もういいの?」

「ガキ。食わなきゃ大きくなれねーぞ」

 成長期は……流石にないか。

 コミちゃんは応えず背中を向けた。ややもすればそのままおばあさんと衝突!する勢いだったが、コミちゃんはひらりと躱し廊下へ去っていく。階段を上がる音が聞こえてきた。

 ……慣れてる。

 コミちゃんとはお母さんの下の名前をもじったものだ。母方のおばあちゃんと――本当のおばあちゃんの方――おじいちゃんが変わった人で、ふつう美子とでも付けそうなところを何故か逆にしてしまったらしい。理由はそっちのが珍しいからだそう。美しい子を逆にしたら意味変わっちゃうんじゃ? と、わたしなんかでも思う。『子が美しい』だと子供時代のみを、美化ないしは賛美しているようでわたしなんかからすればもやもやするが、それはお母さんも同様だったみたいで、自分の名前は嫌いじゃないけど、漢字で書くのはとにかく昔から嫌いだったと言っていた。

 それもあって、てかなんとなくこの状況に陥った時に思い出して、年が近いのもあってわたしは六歳のお母さんをコミちゃんと名前で呼んでいる。

 わたしはお姉さんに目を向ける。

 目が合う。すぐに逸らされた。そうするのが自然だとでもいうように、また赤ちゃんのお母さんに向き直り食べさせる。


 慣れてる組と慣れてない組。

 九十二と、二だか三だか四だか知らないけどとにかく赤ちゃん。物心つく前くらいの。

 状況に慣れるのが早いというのは、六歳と八歳という年齢を考えると理解できるが……。

 わたしはタメダのメモを思い出す。


・精神に宿っているのは本当にあいつのお母さんか?


 

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