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「それでお前は何をしているんだ?」

「それでお前は何をしているんだ?」


 わたしは蟻にやっていた瞳をチラッと上げる。「……」三秒ばかし眺めた後、蟻の観察に再び戻る。さっき捕まえたカマキリの赤ちゃんを放ることにする。どちらが勝つだろう。いいえ。そもそも勝負が成立するだろうか。カマキリの赤ちゃんはわたしの手のひらから、なかなか下りようとしない。蟻が怖いわけではないだろう。こいつにそんな意思なんか備わっているはずがないから。視力の問題? 下手に動くことでってやつか。ならば動かしてやろう。ひょいっ。

「おい。無視すんな。母ちゃんが大変なんだろ。付いてやらなくていいのかよ。あとカマキリいじめてんじゃねえよ。俺は昔から嫌いなんだ。弱い者いじめが? いいや、違うね。虫に残酷な仕打ちをする奴らが大嫌いなんだ。いんだろ? トンボの羽持って身体割いたり、蛙を爆竹で爆破させたりするガキは心底から死ねばいい」

「今、そんなことやる子供いないよ」

 わたしは身体を起こした。ずっと蹲っていたから、太ももと足首がへん。屈伸運動をして血の巡りをよくする。

 カマキリは草むらに離してあげた。タメダは「へっ」と鼻で笑った。


 正面に立つ。

 ろくでもない大人が公園のベンチを一人占領している。両手を広げてあしを広げてにやにや笑って顎を上に向けて。

 実に偉そうだった。

 白のワイシャツにギンギラのシルバーのイカツイネックレス。下は黒のスラックス。無精髭にパーマ。川崎にいそうなチンピラが目の前にいた。

「なんで川崎なんだよ。お前川崎行ったことあんのか? いいか? 今の時代、俺みたいなわかりやすい見た目の奴はな。意外と良い奴だったりってことがな。あるんだよ。服装にこだわり持ってるだけかもしれないだろ? 俺か? 俺は」

「うるせーな暇人。仕事しろ」

「聞けや。ま、少なくともお前よりは仕事してるわな。俺は無聊をかこっているわけじゃなくて、ひと仕事終えた後なんだよ。戦だ。戦。ひと戦」

 今度はわたしが「へっ」と鼻で笑った。

 わたしだって仕事を終えたんだ。学校という名の。仕事。……家の方角に目をやる。見ていられなくて逸らす。

 そんなわたしの心の内を読んだ男。

 タメダ。

 なんかいつも公園にいる仕事をしてるんだかしてないんだか分からない暇人。ある日、このへんの近所の悪ガキの一人が、馬鹿にするつもりかなんか知らないけど、おっかなびっくり話し掛けた。そしたら、こんな感じ。子供相手にもガンガン遠慮なく言うもんだからだんだん人気になってった。

 もちろん、近所のお母さんたちからは気味悪がられている。

 本人は気にしていないようだ。


 ちなみに、悪ガキたちを焚き付けたのはわたし。


「タメダ」

「あ? さんを付けろよ。くんでもいいが。なんでお前らの中で俺は呼び捨てで構わないみたいな認識になってんだ? んな舐められる格好してるか? 俺?」

 虫。タメダはほんとうるさい。

「お母さん。どうやったら治せる?」

「治ると思ってんのか?」

「……」

 思ってるわけない。

――現実逃避ね。子供でもするんだな。

 タメダはそう独り言みたいに呟いた。

 そうして、いくつかの気になることを上げていった。

 それは一昨日公園でわたしの話を聞いた後にタメダが一人考えたことだという。それをひとつひとつ真剣に言ってのけた。ちょっと難しかったからいくつか聞き返した。すると、タメダは何の家無しに箇条書きにしたメモをわたしに手渡してきた。その仕草はあまりにも自然で、わたしの為を思って可哀想だからやったというより、タメダ自身が本当に気になって考えをまとめる為にメモしてたみたいだ。本当に、今思い出したってみたいにぽっけからそのメモを取り出してみせたのだ。

 タメダのこういうところが人気ある。

 タメダはきちんと事後報告しろよ、とわたしに言った。俺も気になってんだ。と。わたしは「うん」と頷き自分の家へと戻った。違う。違くないけど。一旦隣の敷地に回って庭を迂回して自宅へと戻った。


 トイレの窓の鍵が閉まっていた。


 誰か知らないが閉めたようだ。

 お母さんしかいないけど。

 どのお母さんかは知らない。

 わたしは庭に目をやった。


 わん!わん!わん!わん!

 わん!わん!わん!わん!


 こあい。

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