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君の隣  作者: 文屋 夜
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第二章

いろいろと立て込んで、更新が遅れました。

それでは続きをお楽しみください。

三日が経って十月二十九日日曜日。時間の流れは早く、あっという間に奏と浩平が遊びに来る日だ。昨日、散らかったものを片付け、見られたらまずいものをベットの下に押し込んで、部屋にファブリーズをまき散らして、来客用の部屋を完成させていたが、俺はまだ人を迎えられる状態に完成していない。そう、今起きたのだ。時刻は八時四十五分。確か昨日のLINEでは九時に家に来ると言っていた。今日浩平たちが来ることは母さんも知っていた。なんで起こしてくれなかったんだ!と、八つ当たりしたくなるが、それではただ情けない男子高校生だ。できる男子高校生は、ここから挽回するのだ。

 

 まだふらつく足で階段を駆け下りて、洗面所に直行。鏡には寝ぐせ髪の頬によだれの伝った跡があった。とりあえず、洗顔をして、髭を剃る。鼻の下を切らないように丁寧にかつ速く。終わったら、髪を濡らす。洗顔の時点で水の冷たさで目は覚めたが、髪にかかると、頭の芯から冷えて、さながらかき氷を一気食いした時のような感覚だ。まんべんなく濡らしたらよく拭いて、ドライヤーをかける。そのあとは着替え。白いTシャツに、ベージュのズボン、ズボンより濃いベージュジップパーカーを羽織る。安牌な組み合わせだが、まぁいいだろう。着替え終えたあたりでインターホンが鳴った。間に合った~。安心して、奏と浩平を迎え入れた。浩平は、ベージュのパーカーに黒いズボン。奏は、花柄の真っ白なハイネックに深緑でチェックのサロペットを着ていた。なんだか、カップルが遊びに来たようで、認めたくないがお似合い……。奏の顔もなんだか火照って見える。ただ寒いだけかもしれないけど。

「二人ともおはよう」

 そんな考えなど吹き飛ばそうと、元気よく挨拶をしたのだが、二人の目は点になっていた。

「おはよう……あのー温大、もしかして寝起き?」

「え、浩平なんでわかるの」

「だって寝ぐせがついたままだよ。ね、奏ちゃん」

「うん、なんかアニメキャラみたいになってるよ。ほら、後頭部のところ」

 ここだよと、奏は背伸びして寝ぐせがあるところを指摘してくれた。

「一応、直したんだけどなぁ」

 二人の目はじと目に変わった。疑われてるなこれ……。

「いや!ほんとだよ!信じてよ~」

 なんとか説得しようと玄関で話しているとリビングから母さんが出てきた。

「奏ちゃん、浩平君。いらっしゃい」

「お邪魔します~」

「お邪魔します。これ、お母さんからです」

 浩平はそう言って紙袋を母さんに手渡した。紙袋を開けるとクッキーのカンカンが出てきた。

「あらーわざわざいいのに。ありがとうね。おやつの時に出そうかしら。さ、どうぞ上がって」

 母さんに促されて、浩平と奏は家に上がった。

「じゃあ、楽しんでね。またお昼の時呼ぶわね」

 リビングに戻る母さんを背に二人を部屋に案内、というか何度も来ているから、二人は我が家のように、勝手に上がっていた。

「温大の部屋、やっぱり綺麗だな」

「実は、急遽片付けただけってこともあるんじゃない?」

 部屋に入るなり、痛いところを突かれる。やっぱ、バレてしまうものなのか?

「とりあえず、入って待ってて」

 急いで洗面台に行って鏡を見る。奏の言っていた通り、見事に重力に逆らって毛が立っている。どうするか……。というか、何気に浩平と恰好が似ていたんだよな。このまま普通に直したら、浩平に差がつけられない……奏がいるし、気を引けるような感じに髪を整えたい。何かないかと洗面台横の棚を漁ると、銀色の丸い缶のようなものが出てきた。見覚えがある……確か、ワックスだったような。蓋を開けると白いクリームが入っていてワックス特有のにおいがする。興味本位で安いやつを買って、結局使ってなかったんだよな。あまり迷っている時間もない。これを使おう。と言っても、使い方がわからない。ネットによると、手のひらに十円玉くらいをとって、まんべんなく手に広げて髪につけるらしい。さて、どういう髪型にしようか。オールバック、は変だな。センター分け?……ちょっと恥ずかしいな。うーん。本当にどうしよう。考えあぐねていると、母さんが洗濯物を持って入ってきた。

「あら、なにをしているの?」

「寝ぐせを直すついでに髪型を変えよう思ったんだけど、どんなのがいいかわからなくて」

「そういうことなのね。なら、私に任せなさい!これでもこういうことは得意なのよ」

「え~じゃ、じゃあ、お願い」

 母さんはクリームを手に取って、慣れた手つきで髪を整えていった。

「さ、これでどう?」

「お~~」

 自然なパーマが出来上がっていた。これはいい。あとでやり方を教えてもらおう。

「ありがとう」

「いいえ。楽しんでらっしゃいね」

「はーい」

 洗面所を出てスキップ気味で自分の部屋に行く。髪型が変わって少しうきうきしているのを感じた。奏になんて言ってもらえるか、わくわくと緊張を胸に、部屋の扉を開けた。部屋に入ると、ベットの側面にもたれて浩平のスマホを覗き込む奏の姿があった。奏が食い入るように見ているせいで浩平と奏の距離が近い。少しバランスを崩してもたれ掛かれば、肩が触れ合ってしまうほどに近い。……近すぎじゃないか?そう思っていると、浩平と目が合った。

「お~いいじゃん」

「ほんとだ!似合ってるよ!」

 奏も浩平につられてこちらを見た。久々に奏の驚いた顔を見た気がする。

「ありがと!前に買ったワックスを使ってみたんだよ」

「ほー、温大そういうの買うんだ。僕もつけてみようかな」

「浩平はいらないんじゃない?」

「えー私は見てみたいな~」

「じゃあ、今度やってみようかな」

 髪をいじりながら浩平はそう答えた。奏がすぐにスマホで髪型を調べて浩平に見せて、浩平はこんな感じかなと、手でそれっぽい髪型をつくっている。浩平と差をつけようとしたのに、まさかの敵に塩を送る羽目になってしまうとは。もう奏の目には浩平しか映っていない。奏の世界から俺が消されてしまったのか。嫉妬の感情が深まるばかりだった。


「あ~また負けた。温大も浩平君強すぎ」

 奏のご希望通り、浩平の持ってきたマリオをswitchでやっているが、そのマリオというのはマリオカートだった。持ってきたカセットを渋々見せて謝る浩平を、少し嬉しく思えてしまった。別に普段の俺ならこう思うことはない。ただ、奏の前で浩平がミスをして、奏からの好感度が下がればいい。そして……この先は不要だろう。ただただ、それを願った。だが、そんなことはなく、むしろ面白そうと苦手なものでも興味津々な態度を奏は見せた。浩平が持ってきたから、浩平への好感度を上げたかったから、浩平に悲しい思いをさせたくなかったから。理由はいくらでも挙がる。それでも、奏が浩平のためにとった愛を含んだ行動であることに変わりはない。悪いもののように捉えることが愚行であることはわかっているが、そう捉えなければ自分を保てない。いつからこんな、卑屈な人間に成り下がってしまったのだろう……。浩平のことをこんな風に考えたくはないのに。

「そんなことないよ。奏ちゃん、もう少しコースの真ん中を走るといいよ」

「そうなのね、頑張ってみる!」

「あとは、適度にアイテムを使いなよ。さっきは最後にまとめて使ってたけど」

 そう俺が言うと奏は口をヘの字にして、

「だってなんかもったいない気がしたんだよ、わかるでしょ?」

「……いや、わからん」

「え〜浩平君は?」

「ん〜まぁ、タイミングが難しいよね」

「ほら〜」

 隣に座る奏は腰に手をやって、えっへんと自慢げな態度で俺を見つめていた。この目にどきりと心臓が跳ね上がった。座高は俺のほうが高く、奏の視線が自然と上目遣いになっている。こんなのドキドキしないでいるのは不可能だ……。なんだか、奏がずるい。俺も、仕草一つで人を惹き付けることができたらいいのに。

「まぁまぁ、ほら次のレースが始まるよ」

 浩平に諭されて、奏はまたswitchの繋がったテレビの方を向いてしまった。もう少し、あの目を見ていたかった。こういうことがあると、奏は、俺のことが好きなんじゃないかと心の隅で思ってしまう。そんなことはないのに。余韻に浸っていると、発進のカウントダウンが始まった。俺の操作するカートは、合図に合わせて飛び出した。だが、それよりも少し早く、浩平が発進していたらしく、すでに二位になっている。ちなみに俺は五位だ。奏はというと……ドベから三番目。この調子だと、また奏が負けてしまうだろう。

「うぅぅん」

 実際、奏は納得がいかないようで、隣で唸っている。それでも、少しずつ、順位を上げていく奏。他のカートにぶつかったりすると、きゃっと小さく悲鳴をあげている。二週目後半には、奏は五位まで上り詰めていた。この時、俺は三位、浩平は一位。そして、ラスト一周。虹色に光る奏のカートが隣を通り過ぎていった。そのままぐんぐん順位を上げて、ゴール。結果は、浩平が一位、奏が二位、俺は四位だった。

「やったー!温大に勝った!」

「奏ちゃんうまいじゃん。」

「へへ。浩平君のおかげだよ~。もちろん、温大のおかげでもあるけどね」

 奏はぐっとマークを右手に満面の笑みを見せてくれる。その笑顔に、俺は、はにかんで見せた。でも、今はその笑みを素直には受け取れない。俺のおかげでもあるとは言っても、浩平のおかげでもあるなら意味がないんだ。奏は俺だけに頼って欲しい。浩平の影がある限り、俺のこの嫉妬は止まないのだろう。 


 昼時のリビングに奏の元気な声がする。

「温大のお母さん、おかわりお願いしまーす」

「はーい、ちょっと待ってね」

 母さんのオムライスは好評で、奏は二杯目を食べようとしていた。俺はあのことが頭から離れず、なかなか箸が進んでいない。昼ごはんにオムライスは珍しいなと思ったが、母さんが言うには、前に遊びに来た時に奏が食べたいと言っていたらしく、それで作ったそうだ。

 奏が俺の向かいに座り、俺の隣に浩平がいるのだが、向かい合わせに座っているせいで何回も奏と目が合って、なんだか居心地が悪い。と言っても悪い意味じゃなくて、気まずさに近い。それに、なんだか奏の目が怖いような気も……浩平の隣に座りたかったのかな。まあ、真実は奏のみぞ知るってところか。

「ねーこの後どうする?」

「うーん、もう一回マリオカートをやるか、それか他のことをするか」

 ゲーム。ゲームかぁ。個人的にはもう今日はやりたくないところ。今のままやっても上手くプレイできるとは思えない。

「俺の部屋にはゲーム以外はないぞ」

「そうだよね。温大の部屋のゲームほとんど終わらせちゃったし」

 浩平は少し考えて、

「じゃあさ、たまには公園にでも行く?僕が一旦家に帰ってサッカーボールとか取ってくるからさ」

 と少し前のめりになって話し出した。

「まー俺はいいけど、奏は?」

「うん!私もそれがいい!」

 奏はスプーンに一杯一杯のオムライスをのせて頬張った。

「よし、じゃあ僕は家に道具を取ってくるよ」

「おう」

 なんだか、浩平が異様にうきうきしているように見える。……奏が賛同してくれたからか?この間も変な返し方をしてきたし、浩平は、俺に何か隠していないか?でも、確かめようがないんだよな。

「いっとらっしゃえ」

「口がいっぱいなのにしゃべらない」

「……はーい」

 意外とこういうところがあるんだよな。まぁ、またそれがいいんだけど。欠点を見せてくれるくらいにはリラックスして、関わってくれているのかな。

「温大はもういいの?」

 奏が見つめる先には、俺の皿に乗った三分の一ほど残ったオムライスがあった。

「うん。これくらいでいいかな。この後遊ぶし」

「じゃあ、早く行けるように急いで食べるね」

「喉に詰まらせるなよ」

 パクパクと食べ進める奏を残して、母さんのいるキッチンにオムライスを持って行った。

「さっき浩平君が急いで玄関の方に行ったけどどうしたのかしら?」

「この後公園に行くからそれで浩平が道具を取りに帰った」

「そうなのね。あら、そんなに残すなんて珍しい。冷蔵庫に入れておくから、あとで食べなさいね」

「うん。わかった。」

「まぁ、緊張もしちゃうわよね」

「え?」

 母さんの言いたいことがわからなかった。戸惑って何も言えずにいる俺を横に母さんは続けて、

「奏ちゃんかわいくなったよね~」

 と言い始めた。

「まぁ、そうだね」

 こういう質問は回答に困る。かわいいとストレートに言えばいいのかもしれないが、なぜだか、そうは言えない。どこか気恥ずかしい。明確にこれと言った理由もないけど。だぶん、これは俺だけじゃなくて、全国の男子が同じように思うことだろう。その恥ずかしさを取っ払って、かわいいと、その一言を言えたら、どれほどいいか。

「彼氏とかいるのかしら」

 ……なんで今になってうちの母親はこういうことを聞き始めたんだろう。なんだか探られているような気もする。もしかして、バレているのか? いや、それはないか。

「そんな話は聞いてないけど」

「そうなのね。覚えてる?温大、昔、奏ちゃんと結婚するって言ったの」

「……え?」

 頭が一瞬真っ白になった。子供の頃のあるあるとはいえ、今になって聞くと恥ずかしい。

「ほんとよ」

「そう……なんだ。覚えてないな」

「あらら。現実になるといいわね」

「……」

 それは、たぶん無理なんだろな。そもそも結婚以前に奏の気持ちが変わることなんかなくて、付き合うことすらできないんだから。

「温大のお母さん、ごちそうさまです」

 奏が食べ終えたお皿を持ってやってきた。

「あらあら、置いといてくれればよかったのに」

「そんなの悪いですよ~ごちそうになったのでこれくらいはやらないと」

「ありがとうね」

「温大、そろそろ行こ」

「おう。じゃ行ってくるわ」

「二人とも気を付けてね」

「「はーい」」

 二人揃って行ってきますの挨拶をして、玄関に向かった。

 奏の後に続いて、廊下を歩く。小学生の時は隣に立って、手をつないで。中学生の時は隣に並んで。家族と同じくらい、長い時間を一緒に過ごしてきた。この次は、完全に離れてしまうんだろう。この変化に気づいて、止めればよかった。奏はずっと隣にいてくれる。そう思い込んでいた俺が馬鹿だった。まだ、まだ取り返しがつくのだろうか。


 お昼時からそんなに時間が経っていなかったということもあって、公園には人は誰もいなかった。来る途中で手をつないで歩くカップルを見た。恋人として、休日のデートの一場面として、奏と二人きりで過ごせたらとどんなにいいか。奏は確かに隣にいるのに、俺と奏が同時にその場所にいないように感じる。もどかしくてしかたがない。

「浩平君何持ってきてくれるんだろうね」

「んー、サッカーボールは確実でしょ。あとは、フリスビーとか?」

「フリスビーはある程度できるけど、サッカーかぁ」

 奏は不安げな顔を浮かべて、ベンチに腰掛けた。足をふらふらとさせて、地面を見つめている。

「どうしてそう言うの?」

「私、足使うスポーツ苦手なんだよね。上手くできないところ見せたくないなぁ……」

「あ~」

 その顔になるのも納得だった。俺も奏に、自分のカッコ悪いところは見せたくない。

「少し教えてあげよっか?」

「ほんと?教えて」

 奏は目を輝かせて、こちらを見ている。が、この申し出を少し、後悔した。

「どうやるの?」

「足は、内側のあたりで、こう蹴る」

 ジェスチャーをしながら教えるが奏はいまいちピンときていないような顔をしている。

「それだけ?ボールのどこを蹴るとかは?」

「うーん、まぁ、力いっぱい蹴ればなんとかなるよ」

「……温大もしかして、説明下手?」

「うっ」

 そう、スポーツ系はだいたい感覚でやっているせいで、人にアドバイスを求められても、上手く答えることができない。奏の話を聞いて、自分も気を付けないと、と思った矢先にこんなことになるとは。

「なんか、他にアドバイスはないの?」

「えー」

 奏の前で頼りない姿を見せたくはないが、正直、これ以上、言えることはない。どうしようかと思案していると、浩平が公園に入ってきた。

「おまたせー」

「お、浩平、さんきゅ」

 助かった。でも、浩平が来たなら奏は浩平にアドバイスを求めるよな……。それって、俺よりも、浩平の方が奏にとって必要な存在になるんじゃないか。

「道具持ってきてくれてありがと」

「いえいえ」

 浩平は手に持ったナップサックからサッカーボールとフリスビーを出して、フリスビーをこっちに投げてきた。

「よっと」

 考えることに集中しすぎて、反応が遅れた。が軽く飛んでキャッチして、また浩平に投げ返した。浩平はフリスビーをキャッチすると、こちらを向いて、にやりと笑みを浮かべた。

「温大、取ってこい!」

 浩平は!俺のいない方向にフリスビーをぶん投げた。俺は犬じゃないんだぞ、と思いながら楽々フリスビーをキャッチした。焦って取りに行く必要がないようにしてくれたのは、浩平の優しさなのかもしれない。振り返ると、奏が浩平に近づいて話している。浩平にそんなつもりはないだろうが、温大は邪魔だよ、と言われた気がした。


「奏ちゃんいい感じ」

「そぉ?浩平君が教えるの上手いからだよ」

 あれから、十分ほどだろうか、奏は浩平にマンツーマンでサッカーを教えてもらっていた。奏の言う通り、浩平は教えるのが上手い。奏は確実に上達している。俺はというと、ベンチに座って、悲しく一人でフリスビーを手元で回していた。まともに奏に教えられないのだから仕方がない。目の前にあるのは、俺の理想としていた一場面。当然、そこに俺は入れない。夕暮れの教室の時と同じように、地面からなにかに足をつかまれて、中身だけが引っ張られるような感覚がする。

「温大~いくよ!えいっ!」

 奏がこちらにパスを出しだ。あまり、パスを返すことに乗る気にはならなかったが、少しばかし、目の前の理想にヒビを入れたくなった。かといって、暴力的だったり、そっけない態度を取るのは間違いなくダメだ。なら、二人の鼻を明かそう。奏のパスをしっかり止めて、足元で転がす。どうしよう。上手くいかないかもしれないが、リフティングをやるか。ボールを足の甲に乗っけて、そのまま頭上に上げる。何度かヘディングをして、太もも、足でリフティング。最後に、高くボールを上げて、落ちてくるタイミングを合わせて、トラップした。

「お~流石浩平」

「すごーい!」

 二人の驚く顔を見て、少し気分がすっきりした。ボールを奏に返して、二人に近づいた。

「奏上手くなったね」

「でしょ~」

「奏ちゃんも上手くなったし、鳥かごやらない?」

「鳥かご?」

「鬼を一人決めて、パスをその人が妨害する、パス回しのトレーニングだよ」

「面白そう~やろやろ」

「じゃあ、僕と温大のどちらかが鬼になろうか」

「そうだな」

 じゃんけんの結果、俺が鬼になった。浩平と奏がパスを回すが、まだ慣れていないのか奏のパスはあちらこちらに行って、浩平が必死にボールを取りに行った。次第に奏がどこに飛ばすか分からなくなってきたので、俺と浩平の二人がかりでボールを取りに行く。それの繰り返し。大変に見えるかもしれないが、無性に楽しく感じた。二人もそうだろう。笑みが滲んでいるように見える。この二人といつまでも、この関係でこうやって遊んでいたく思うが、そうはいかないだろう。


 「はぁー遊んだね」

 奏の嬉しそうなため息が夕暮れの空に流れていく。俺、奏、浩平の順でベンチに座って、俺はあてもなく空を眺めていた。ベンチに三人で座ると流石に狭くて、奏の方から柔軟剤の匂いが香ってくる。

「私、疲れて途中から見てるだけだったけど二人ともあれだけ動けるの凄いね」

「試合だともっと動くから、これくらいでへばってられないよ。ね、温大」

「そうだな」

 と、言いつつ、何気に最後の方はキツかった。試合まで時間はあるし、ランニングとかで体力を作ろう。浩平を誘ったら来てくれるかな……。

「あ!試合といえばさ」

 人差し指を立てて、思いついたように奏が話し始めた。

「差し入れにあれが欲しいとかある?」

「あー差し入れかぁ」

 個人的には、スポーツドリンクとが嬉しいけど、サッカー部としてはどうなんだろ……。勝手なことは言えないな。そうと思って浩平の方をちらりと見る、手を顎に添えて、考えている。

「そうだね、差し入れは大丈夫だよ。マネージャーが色々準備してくれるからさ。応援してくれるだけで十分だよ」

「うーん。個人的に二人に何かあげたいんだけど……試合後にこれ飲みたいとかない?」

「それなら、俺はコーラで」

「僕も同じのでお願い」

「わかった!用意しとく。渡すのは試合後でいいかな」

「うん、ありがとね奏ちゃん」

「いえいえ〜試合頑張ってね」

「もちろん!」

 奏の顔は浩平の方を向いていて、よく見えないが、普段より少し高い声から笑顔なのがわかる。その笑顔を少しだけでも見たい。

「奏」

「ん?」

 しまった。無意識に名前を呼んでいた。笑顔ではないが、機嫌の良さそうな柔らかい顔がそこにある。

「いや、なんでもない」

「もーなんなのさ。言いたいことがあるなら言ってよ?」

 ……君の笑顔が見たい。君と話したい。触れ合いたい。君の、隣にいたい。こんなことでも言っていいのか。いや、良い訳がない。言いたくても、言えないんだよ。

「わかってる」

 今できる精一杯の返答だった。

「そろそろ帰ろうか。暗くなってきたし」

 浩平がそういうので、ボールとフリスビーをしまって公園を出た。奏とは帰り道が逆方向なので、公園を出たところで別れた。


 夕焼けが濃くなって雲が紫色になっている。一日の終わりには、ぴったりだった。街路灯が点灯し始めた道を並んで歩いていると、

「奏ちゃん、応援張り切ってたね」と、浩平が話し始めた。その応援の殆どは浩平に向いているんだと思うと、羨ましくて仕方がない。勿論、奏は俺への応援を全くのゼロにする気はないと思う。それでも、応援の熱量が俺と浩平とでは桁違いだ。その差が、チクチクと胸で唸っている。それでも、少しでも応援してもらえるのなら、答えられるプレーをしたい。

「そうだな。頑張らないとな」

「にしても、凄い張り切り様だったよね。今まで差し入れなんてなかったのに」

「まぁ、部活も終わりに近づいてきたし、最後はいい成績をとってほしいからなんじゃないか?」

「……そっか。温大」

「ん?」

「勝とう、絶対」

「もちろん」

 奏のこともあるが、それよりも勝つことに集中しよう。どんな高校が相手でも……。あれ、そう言えば、浩平から試合の概要を少しも聞いていない。

「なぁ、浩平」

「なに?」

「今更だけど、試合ってどういう試合なの?練習試合なのか大きめの大会なのか」

「あー練習試合だよ」

「……今の会話さ、すっごい大きい大会で優勝してやろうみたいなのじゃなかった?」

「それ、僕も思った」

「ふっ。ははは」

 すっかり暗くなった帰り道に俺達の笑い声が響く。

「はー。なんか、全身の力が抜けたよ」

「温大にしては珍しいね」

「まーあんな事言われちゃーね」

「リラックスしてこ。力が入ってたら良いプレーは出来ないでしょ」

「そうだな」


 浩平とは俺の家の前で別れた。

 ただいま、言うと母さんがキッチンから出てきた。

「おかえり」

 奥からはジューっと音を立てて何かを焼いている音がする。ほんのり、スパイスのいい匂いが廊下に漂っている。

「何焼いてるの?」

「豚肉よ。スーパーで安いのが合ったから買ってきちゃった」

「美味しそう」

「もうすぐ焼けるから、手を洗って座って待ってて」

「はーい」

 手を洗い、机の方に向かうと、既に箸やサラダ、お茶の入ったコップが二人分置かれていた。こういうとき、親父は夕食の席にはいない。いつもなら日曜日はいるのだが、恐らくは会社の人とでも飲みに出掛けたのだろう。1年ほど前に、これが一週間ほど続いたときは少し寂しかった。身近な人がいなくなるというのは、辛い。

 ネットサーフィンで暇を潰していると、母さんがお盆に出来上がった料理を乗せて来た。

「はい、これ温大の」

「ありがとう」

 受け取った皿の上には程よく焦げ目のついたお肉が二枚あった。スパイスの香りがして、食欲を唆る。端にはポテトサラダもある。ふと母さんの皿を見ると一枚しかお肉が乗っていなかった。

「母さん、お肉一枚でいいの?」

「うん。元々一人一枚だったけど、あの人取引先の人と飲みに行っちゃったから、その分温大が食べればいいよ」

 やっぱり飲みに行ったのかあの親父。まぁ、仕事なら仕方がないか。

「わかった。それじゃ、いただきます」

 箸を手にお肉を掴むと、その圧倒的な重さを感じた。

お肉の大きさが手のひらほどあるからか、とても重い。箸でダンベルを持ち上げてるようだ。口元まで運び、一口かぶりつく。口の中にスパイスのうまみが広がって、ご飯が食べたくなる。お肉をおいて、ご飯を食べた。また、お肉にかぶりついて、ご飯を食べる。なるほど、手の筋トレができそうだ。

 食べるのに夢中になって、母さんと特に話さず食事を終えた。

「ご馳走様。食器、シンクに入れておくね」

「うん、お願い」

 食器を重ね、キッチンに運んで、自分の部屋に行った。椅子に座って、背もたれにもたれ掛かると、ギギギと椅子が唸り声を上げた。天井を見ながら、今日一日を回想して、確かに楽しい一日だったと思う。ただ、奏と浩平の関係が深まって見えて、気が気ではなかった。ここから、俺が奏と付き合うことはない、悔しいが認めるしかない。これからどう二人と接すればいいのか……。正直、奏への恋心を忘れるなんてのは無理だ。なら、いっそ関わるのを辞めるか?いいや、そんなことする勇気なんてない。今まで、一緒にいた人がいなくなる寂しさはわかっている。だから……。だからか。あの日、奏から浩平のことが好きと告白されたあの日。浩平のことを恋敵と思えなかったのか。恋敵としての存在を上回って、身近な人を奪う存在として浩平のことを無意識に考えたから。もう、どうすればいいのかわからない。悩みかねて、気を紛らわそうと椅子を窓の方に向けた。窓に見えたのは月に霞がかかった風景。なんの励ましにもならない。むしろ、より深い霧が心に立ち込めていった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

さらに深まる浩平と奏の仲。何かをにおわせる浩平の態度。次の第三章ではこのあたりを拾っていこうと思います。

それではまた。

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