第三十三小節 「レミュエル」Ⅴ
数刻前。第七編成隊馬車内に取り残された俺達は護衛対象の少女と向かい合っている。ギリギリと弓を番えて引き絞るような静かな緊張感。これは格上の相手を前にした時の感覚だ。そう、先生の様な──。馬車内を覆っているそのひりつく原因は言わずもがな、だ。護衛対象の少女が、レミュエルの所まで行こうと、馬車から飛び降りようとしたからだ。
「お嬢ちゃんよ、いきなりそういうのは──よくねえ。よくねえよ。レミュエルの元へどうやっていくつもりだ。この悪天候の中でアンタが満足に移動できるだなんて思えねぇ。それに──アイツの場所はシノがギリギリで把握している。護るはずのアンタが飛び出しちゃあ意味がねえだろう」
「──もう一度言う。あやつ…あのままでは殺されるぞ」
「えっと…レミュエルはね。リドウで今、一番の剣士なんだよ。君が心配するよりも彼女は強いんだ。だから大人しくここで帰りを待ってて欲しいな。ね、ヴィジル?」
「…子供に言い聞かせるように話すのは止めよ。妾は自分の意思で、自分の考えで此処にいる。幼子を相手にする様に言葉を包むな」
「うん。でもね、君は子供なの。私達は君みたいな子供達が安心して暮らせる様にって剣を手に取ったの。それに君を護る様に任務──命令も受けているよ。この隊の隊長はレミュエルとレミュアンだから。これは絶対なの」
「助けに行けば命は救えるのに、か?その貴様の幼稚な誓いが、大事な親友を奪うというのは許容される事なのか?この世界では誰もが死と隣り合わせ。順番が早いか遅いか…」
「ただそれだけじゃ──」最後の言葉は消えかかる程にか細く小さく響いた。
「見捨てたりなんてするわけない。皆が与えられた任務を全うするの。貴女にだってそれは──」
「──妾の方が其方達よりも強い。それにあの女──レミュエルと言ったか。あやつにはまだ死なれては困る。イリシャキルへの道中の障害が、今だけなどと思ってはいまいな?妾とて考えなしに言っているのではない。それに、補足した存在は──どうも厄介な相手の様だぞ?どちらにしろ助けが必要なはずじゃ」
「──アンタ、名前を聞いていいか?護衛対象を詮索するつもりはねえんだが…俺たちよりも強いなら、護衛なんざ必要ねえ。だが──アンタを護りイリシャキルまで送り届ける任務を受けた。しかも、だ。今回の大規模な編成隊の中で、アンタを送り届ける任務の詳細を知るものは他にいねえ──つまり、言いたいこと分かるよな?アンタは確かに俺たちよりも強いんだろう──だが、その力を振るうことが出来ない、違うか?」
「ふん──ただの戦闘狂ではない様だな。訳あってこの力、人前で振るう事を禁じられている。だが──」
「この悪天候でなら──一目につかずに力を振るえる、か」
「そう言う事だ。この悪天候ももう直ぐ収まる。このオスレリアの平原を越えるまでが勝負。それに──向こうも同じ様な制限がある様だぞ?」
「シノ、此処は一先ず──」
シノに声をかけようとした矢先に、全編成隊への号令となる角笛が鈍く鳴り響く。この角笛が意味するところはただ一つ。
「敵襲」だった。
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荒れ狂う自然現象の中に幼い声音が響く。それは護衛対象の少女であり、仮面の少女と同様に深くフードを被っていた赤毛の少女。
「其方が何者なのかは解らぬが…おおよそ見当はついておる。──妾はイリシャキルに行くと決めた。邪魔をするな」
この突然の砂嵐の中、寸分違わずに私の目の前に現れたのは護衛対象の少女──。深く被っていたフードから顔を表すと鮮烈的な紅髪が一度見たら忘れるのは難しい鮮やかな紅。それに、馬車内では目視できなかったが、左目を覆う様に仮面が顕になっている。それは眼前のそれと同じ──
「貴女は…!どうやって此処へ…?それにシノとヴィジルはどうしたのです…!」
彼女がここに居る理由に、一瞬理解が追いつかなかった。シノとヴィジルが送り出すはずなどないのだ。つまり彼等に何かあった──そう考えるのが妥当だった。
「ふんっ…お前達が手をこまねいている内に本隊も襲撃された。まぁ本隊の方を襲撃しているのはただの盗賊の様だが──何やら紛れ込んでいる者も居たな」
「なっ…!直ぐに応援に戻らないと──」私は言いかけて──少女の静止に我に返った。
「たわけ。目の前のあやつを前に本隊に戻れる訳がなかろう。予想はしていた事だが──。それに護衛の二人がおるし問題無さそうじゃ。それよりもこちらだ。誰が裏で画策しているのやら…」
「貴女は一体──!いえ…先ずは此処から貴女を連れて本隊へ戻ります!話はそこでしっかりと聞かせてもらいますよ…!」
「ほう…敵わぬ相手を前にしてどうやって、この場を後にするのじゃ?」
「──貴女がここにきた…!それがこの場から撤退できる何よりの証拠です!力を…!」
「──ふんっ。護衛の癖に何を言っているのじゃ。貴様には騎士たるやの矜持は無いのか?まぁ…妾とてそんなものに興味はないが──だが、自分の実力を理解すると言うのは誰にでも出来ることではない。気に入ったぞ」
護るはずの少女はそう言うと、掌に紅い脈を集め出すと空間に大きく亀裂が走る。異音と共に響いたその時空の歪みの様な空間から銀色の旗槍を手にした姿、その様は異様そのものであり、何よりも──相対する仮面の少女と同様の、何処か言葉にできない恐怖を感じた。
「妾は──ドラグナド・ゲンティア。その身に刻んで帰るのだな。かの龍の最後の直系、貴様如きなりそこない等、取るに足らん」
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同時刻、第七編成隊にて。敵襲の角笛と共に各隊から悲鳴や、轟音、鍔迫り合いが聞こえ始める。先程混乱に乗じて「じゃあの」と、少女は飛び出して行ったのも束の間、馬車内に盗賊と思われるもの達が数人、この暴風の中から馬車の窓を破り侵入する。吹き荒ぶ暴風と白い雪が車内をゆっくりと白く染め上げるが──。盗賊達の中に一人。そう、一人だけ、獣人族の女がいた。獲物は短い双剣。背中には矢の様なものが数本。腰までの長い髪を強風にはためかせているその様は、周りの盗賊達とは物腰がまるで違う──。
「っぐ…!獣人が盗賊だぁ?珍しいモンが今日は続くなぁ!」
「────」
「ヴィジル、他のやつは私が!彼女をお願い!」
「言われなくても…!」
この獣人族の女。他の奴らとは格が違う。他者を殺す事に躊躇いのないものの目だ。それに──この狭い馬車の中じゃ剣を思う様に振るえない。体術を組み合わせていなすしかない。暫し二人の間に沈黙が続いたが──先に仕掛けてきたのは獣人族の女だった。
「速いな…!」
踏み込んだ重心のまま体をしならせて、回転切りを二撃。弾いたはずが、その勢いのままに間合い外に飛び去る間に数発の脚技を容赦なく入れてくる。若干距離を取ったのも束の間、双剣の柄と柄を繋ぎ合わせ、この距離で矢を番え撃ってきた。それも通常の矢ではない──これは波動式だ。獣人族が得意とする人の式とは違うルーツを辿った戦闘式。それに、これは先生の得意技と同じだ。
「あっぶねえ…アンタ──随分と他の奴らとは違うじゃねえか…!シノ!」
「──!」
ヴィジルの呼び声にシノが一瞬反応すると、車内から飛び出し他の者を外に誘導する。シノはヴィジルと何度も死線を越えてきた戦友だ。彼が何をしたいのか──直ぐに理解をした。状況が一転した事に獣人の女は眉を顰めて俺を視線で射抜き、静かに一言何かを呟いた。消え入りそうな言葉だったが俺には確かに聞こえた。
「ふざけろよ…!オレァ簡単に殺せはしねえからよっ!!!」
咄嗟に両脚に脈を込めて踏み込むと、馬車内の床板がひび割れる。この狭い空間では剣は思う様に振るえない。シノが手解きをしてくれた格闘術──使う機会はほとんど無かったが今がその時。少し腰を落として一気に距離を詰める。先生が言っていた。「どんな武器にも間合いがあり、その間合いというのは何も外側だけでは無い」──と。超近距離戦を仕掛けて動きを封じる。これしか無い。捕まえてしまえば増幅したこの脈で抑え込み生きたまま取り押さえられる。
俺が瞬時に、間合の更に内側に潜り込もうとすると、すぐさまそれを理解したのか双剣を腰に戻すと、左手の手甲を利用して接近戦に応じてきた。
「──!普通こんだけ近寄られたら嫌がる筈なんだがな…!」
「貴方のその動き──」
「ハッ!かのルーシャス・ブロディウェット直伝の歩法とシノから教わった合わせ技だ…!ったく絶妙に間合い内で打点をずらしやがって…!やりづらいったらねぇよ!アンタ一体何モンだ…!」
相手と接触するほどに近づいて、人体の関節を利用した締め技をかけようとするが、直ぐ様掴んだ手は解かれる。それに打撃を打っても、水が流れる方向を変えられる様に、打ちたい方向に打撃を打てない。手技、脚技、締め技──全てが躱され、かつ近づくたびに俺の体に必ず致命に近い程の威力の打撃を返してくる。
「その動き──誰から教わったのですか」
「ああん?先生から教わったんだよ。ルーシャスブロディウェット!尊敬する俺たちの師匠であり先生でもある、な!」
「──相手を一度でも掴んだのなら必ず致命の一撃を──とは教わらなかったのですか」
女は静かにそう呟くと、ヴィジルの裏拳を右腕で造作もなく弾き返すとその勢いのままに深く踏み、左の腕で手甲を使い身体ごと体重を乗せて前に押し付ける。体勢を崩してたヴィジルにそのまま深く腰を落として脚を払うと手甲に潜ませていた暗器の細い刃物で首筋を捉えた。
「────!!」
「満足しましたか?わざわざ一騎打ち等仕掛けておいて──この様では、彼女も判断を謝りましたね」
「そうでもねぇ…!」
外を包む強風の中から一人、勢いよく馬車内へ──。ヴィジルに覆い被さっていた女を勢いのままに蹴飛ばすと、そのまま車外へ対象を吹き飛ばした。
「──ヴィジル!無事なの?!」
すぐさま駆け寄りヴィジルの身体を確認するが──。打撃の痕がかなり腫れ上がっていて相当な一撃を貰っていたことが分かる。
「あぁ…なんて事はねぇ…だが気をつけろ!タダもんじゃねえ」
「他の子達は一通り無力化したよ!早いとこ終わらせて他の隊の加勢に行かないと──」
シノは言いかけた言葉を飲み込むと、すぐに構えをとる。さっきの一撃は横っ腹に思いっきり蹴り込んだ。衝撃の瞬間に皮膚を捻る様に回転も加えたし、致命傷だったはず──。骨の数本は貰った筈なのに。平然と、一瞬で私たちの前に何の事はないとでもいう様に現れる。
「────」
「私は…ここに居るはずの赤毛の少女に会いに来たのです。彼女は何処へ?」
「んな奴は此処にはいねぇよ…!」
「そうですか…力ずくで行きますよ?今の内に教えて貰えるとありがたいのですが──」
「ハッ…!二対一の状況で力づくか…舐められたもんだぜ、シノ」
「君は…危険な香りがする。此処で大人しくレミュエル達が来るまで大人しくしてもらうよ」
「────」
「────!!!」
開戦の合図は剣戟だった。何も言わずに勢いよく踏み込んだ必殺の一撃。ヴィジルは辛うじて受け止めるも膂力で体勢を崩しかける。狭い車内で後ろに構えていたシノを護るつもりだったが、受け止めた剣戟はそのままヴィジルを床に叩きつけると馬車内の床板を突き抜けた。
「ガハッ…!!!」
ヴィジルが受け止めきれない程の威力に、シノは波動式を発動。青白い粒子が全身の筋肉に一瞬で広がっていく。同時に床下に抜けたヴィジルを叩きつけた女に、大きく振りかぶった回し蹴りを見舞う。
「──波動式を肉体に併用するのは運動効率を落としますよ」
「うるさいッ!ヴィジルを痛めつけてくれたお礼だよ!!」
かなりの速度で打ち込んだ蹴りは、その勢いをそのまま利用されて空中で体勢を崩される。すかさず空中の無防備な状態に陥った一瞬で──女の武器から波動式の光が見えた。
「っぐ…!!!」
「うちの紅一点を傷モンにしようとすんじゃ、ねぇよ…!」
直撃すると覚悟を決めたシノだが、ヴィジルが床板の大きな穴から飛び出し、空中で無防備だったシノへ向けられた波動式を背中で受け止めた。
「っがはッ!!」
「ヴィジル…!!ごめんっ!大丈夫…?!傷が…!」
「貴方は──その頑丈さには敬意を表しますよ」
「ハッ…効かねぇな…!!それに敬意だぁ…?んなモンいらねぇから持って帰ってくれよ…!こちとら大事な任務の最中だってのに…!」
「大事な任務──ですか。ではやはり此処からは退けません。もう一度聞きます。この馬車にいるはずの少女は何処です」
「しらねぇって言ってんだろ…!クソが…!」
「そうですか──」
女は手にした双剣を柄を組み合わせて、矢の様に波動式を発動。車内から溢れる光と轟音が響いた。




