第三十一小節 「レミュエル」Ⅲ
身体を起こすと肩から先にかけて激痛が走った。酷い激痛だ。彼との戦いの傷がどんどんと身体を侵食していく。まるで私自身の脈を喰らっていく様だ。こんな筈では無かったのだ。本当は──彼を見つけて、そのままゲンティアの元まで連れていく予定だった。だが、あの男──奏梛を目にした時、レミュアンが私の制御を破って意識下で激しく干渉して来たのだ。
「あの時の少女と一緒だ──と」
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私はレミュアンの双子として生を受ける筈だった。だが、実際に母親の腹の中からこの世界に産み落とされたのは、レミュアンのみだった。彼女が生まれた時──助産師達があらゆる手を尽くしたが、私は死ぬ運命だったそうだ。母とその助産師達──そしてイリシャキルの神官達は、私をレミュアンの意識に留める為に「加護」を施した。
だが──「加護」とは非常に強力であり、絶対である反面、代償も大きい。それに、いくら「イリシャキル発祥の式」とは言え、死にかけの赤ん坊の意識を双子のレミュアンに移植する等、聞いた事が無かった。最近になって分かった事だ。あれは──禁忌とされている、「色持ち」の力だったと。そしてその持ち主は──母親である、シエラのものだった。
母は死の間際に、命をかけて私の意識を、加護と偽ってレミュアンの中に保存したのだ。
代償に母シエラは命を落とし、私達は一つの身体を二つの意識で共有する存在となった。一つの身体に二つの意識──。私達の奇妙な人生は、こうして母の手によって生まれた。
幼い時は制御ができずに、無意識に人格が交代してしまったりと苦労をした。だが物心つく頃には、意図して意識の交代が出来るようになっており、頻繁にお互いが互いの振りをして大人達を騙して遊べる程にはなっていた。
レミュアンはあまり口数は多くないが、幼い頃から先々の事を見据えて生きている様な、少しばかり大人しい変わった子供だった。私はというと、彼女とは打って変わって楽観主義が過ぎる、レミュアンにはよく小言を言われたものだ。
私達は成長するに連れて、自分達が受けた「加護」について調べ始めた。どうしてその様な式が存在するのか──最初は純粋な好奇心だったと思う。この世界に存在する脈と式とは別の第三の術式──。
母が宿していた「色持ち」という存在は数十年──数百年に稀に現れる稀有な存在。加護について調べるうちに必然的に失った色を操る者達にも結びついていった。そのどれもが、言い伝えや物語に出てくる登場人物ばかりであり、伝説上の人物とされるものが多い。私達は幼いながらも、世界に散らばる禁書──今となってはイリシャキルが禁忌としている文献や情報を集める為に、生まれた国であるイリシャキルを飛び出し世界中を旅した。
幼いながらも世界を旅するのは容易なことではなかった。最初の頃は旅芸人や傭兵連中の馬車に同行を願い出たり、命の補償は出来ないから──と、見様見真似で身を護る為に剣術を学んだ。必然だった。道中で何度も命の危機に直面したからだ。この世界では自分の身は自分で護れなければ刈り取られるだけだ。
レミュアンは剣には余り興味を示さずに、道中で手に入れた書物や、傭兵達から教わった医術を独学で学び消化していった。お互いが、今出来ることを懸命にやっていたと思う。数年が経過する頃には、ある程度の剣術の腕と医術を身につけており、一人でもなんとか生きていける位にはなっていた。数え年で二十を越えた頃には、旅の途中「リドウ」にて、当時の騎士団長に見初められて、そこから──今現在まで「リドウ」に身を寄せている。だが、最初に「色持ち」の存在を知るきっかけとなった母の死からもう十年以上──「色持ち」の情報は思う様に集まらず、存在も文献や言い伝えの中のものが殆どの眉唾物──時間と共に、何処かで「本当に存在するのだろうか」と、失われてしまった「色」の存在を疑う様にすらなっていった。
そんなある日、リドウに身を寄せて二年目の冬──。私達は、ある極秘任務を受ける事になる。
リドウ王国とイリシャキルとの「協定」により始まった物資の支援に伴うもので、物資──即ち「人」だった。当時イリシャキルは、龍の生まれた地として聖都と呼ばれてはいたが、内情は酷いもので、貧富の差が激しく、龍を祀る神官達──「イェネファ」と人の手にこそ全ての権力を集めるべき、という「レトリック」の二大勢力がぶつかり合っており、市民は紛争に巻き込まれ続け、幼子、赤ん坊に至るまで容赦なく手にかけられるような国だった。かくいう私達も、例に漏れず、「イェネファ」の立場で生まれたのもあって、「レトリック」との衝突は本当に悩みの種だった。私達の特殊性も相まってか──「イェネファ」に属し続けるのに疑問を抱き、国を逃げ出したのだ。なのに──私達は何かに導かれる様に、生まれた国にまた戻ってきた。
任務の内容は至極単純なもので「幼い赤毛の少女をイリシャキルまで護衛し送り届ける」というもの。ここ数年で見様見真似で始めた剣術や医術も大分様になった。この国で名を挙げている騎士団とも互角以上に渡り合える様になっていたし、不安は感じなかった。それに何より「先生」と出会えた事が大きい。人として、騎士として、彼からはたくさんの事を教わった。
今でも時々──彼の事を思い出す。
極秘任務とはいえ、イリシャキルまでの道のりは正直に言って気が乗らない──というのが本心だった。今でこそ成人し、物事をある程度俯瞰的にも捉える事ができる。だが、私達は「イェネファ」と「レトリック」が二分するあの国には余り良い思い出がない。逃げ出した国にまた舞い戻る事になった心境は、自分で想う以上に複雑だったし、レミュアンも任務を受ける事になった際には珍しく言葉を濁した。
そして、この任務を受けてから私達の人生は大きく一転し始める。
出立の当日、私達を騎士団にと推薦してくれた「先生」はどこか歯切れが悪い様に見えた。いつもハッキリと真っ直ぐに物を言う彼が終始、言葉の端々で濁す様な表現をしているのだ。
「先生──護衛対象の少女は何処に?」
「あぁ…彼女は既に、人目につかない様に先に馬車に乗り込んでいるよ」
「そうですか。徹底していますね。それだけこの任務は重要──という事ですね。先生、先程から表情が曇っていますが…どうかしたのですか?」
「レミュエル、レミュアン。二人とも…気をつけて行くんだぞ。他の者に迷惑をかけてはいけないよ。困ったらシノとヴィジルを頼りなさい。あの子達なら君達を支えられる。本当であれば私が受ける筈の任務を──まだ年若いお前達に託す事になって…不甲斐ないと感じていてな…」
「──そんな顔では安心して教え子は巣立つ事等出来ませんよ。ふふっ──かの、ルーシャス・ブロディウェットの最後の弟子なのです。貴方の教え子は、そんなに頼りないですか?」
私は意地悪く先生を覗き込むも、当の本人は何処か厳しい表情のままだ。漸く、覗き込んだ私の眼を見つめて微笑んでくれたが、私には分かる──これは後悔だ。頭の中でレミュアンもお別れの挨拶を──と意識を交代したが、先生の表情は心から晴れる事はなかったように思う。
「先生、暫く戻ってこれないと思うけど、教えはちゃんと護るから──暫しのお別れです。行ってきます」
「あぁ…そうだな──極秘任務に着くお前達にかける言葉では無いが…その、自分の命あってこそ、だ。逸らずに、堅実に任務をこなすんだ」
「何ですか、その見送りの言葉は──ふふ。お土産、期待して下さいね」
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リドウからイリシャキル迄の道のりは決して簡単なものではない。リドウを中心に大きく山岳地帯が聳え立ち、一度山岳地帯に入れば、常に天災級の暴風が吹き荒れている。数ヶ月に一度、暴風が収まる安定期に私達は出立したが、それでもかなりの寒気に気が滅入らなかった、と言えば嘘になる。リドウからの、唯一他国へと繋がるオスレリアの平原まで出る頃には幾分か寒気もやわらいではいたが、過酷な行軍だった。
今、「リドウ」は初めて他国との交流を開始し、その先駆けとなるのが今回の物資──人的支援と聞いた。初の国同士の交流とあって、編成隊の装備は十分なものだった。十三に区切られた、大の大人が十人は乗れるであろう大きな馬車に揺られて、私達は移動している。私達はその七番目に位置する馬車──。例の赤毛の少女と共に馬車に揺られている。この馬車には私と、護衛対象である少女。そして同じく護衛任務を受けた騎士団の精鋭が二人。シノとヴィジル。この二人は、私とほぼ互角の腕を持つ選りすぐりの剣士、そして数少ない私の友人だった。
当の赤毛の少女──護衛対象はというと、深くフードを被り一言も発さずに、馬車の窓から静かに外を眺め続けている。窓から見えるのは真っ白な暴風。平原に出た後も雪景色が続き、変わり映えのしない風景が続いている。
「────」
「ヴィジル、慣れない馬車で酔ってない?先生が薬を持たせてくれたんだけど飲む?」
「あぁ…確かに…思っていた以上に辛いぞこれは…。シノもレミュエルもよくそんな微動だにせずじっとしていられるな…」
「先生から──託された任務ですから。先生の酔い止めはよく効きます。早めに飲んでおいた方がいいですよ」
「あぁ、そうする。イリシャキルに着く頃にはボロ雑巾みたいになってそうだ…うっ」
二人の様子に、何処か気持ちが落ち着いていくのを感じていた。この二人なら安心してイリシャキルまで行ける──。少し緊張気味の心を解く様に、想うままに言葉を伝えた。
「シノ──今回は同行を願い出てくれたと聞いた。ありがとう。二人がいれば私達も心強い」
シノはヴィジルに薬を渡して背中をさすりながら「うんうん」と、こちらに応えた。シノは獣人の剣士で双剣使いだ。ヴィジルと共に黒い脈で、体内の血流を強制的に刺激して爆発的に運動能力を高めた高機動戦が得意だ。かく言うヴィジルは、彼の横に無造作に立てかけられた身の丈を越すほどの大剣を、シノと同様に黒い脈を駆使して操るパワータイプだ。シノが相手を翻弄し、ヴィジルが止めの一撃を決める連携は、本当に長年の相棒だからこそ出来るものだ。私達──特に私はこの二人が好きだった。お互いがお互いの事を思いやり、軽口を叩きながらも時に背中を預け、共に戦える彼らが少し──羨ましかった。私とレミュアンの仲は問題ないのは勿論だが──一つの身体を共有している身にとって、触れ合える大事な人──というのは少し眩しくて羨ましかったのだと思う。
「ううん、レミュエルだけじゃいきなりこんな大きな任務大変だろうし…それになんだか一緒に行かなきゃって思って…先生にお願いしたんだ。ヴィジルはレミュエルが行くって聞いて、騒ぎ立てて仕方なく──だったけど。ねー?」
「へっ…この国で一二を争う剣の腕を持つお前が直々に受けた命令──行かない訳が無いだろ。テメェが行くんなら、そこには俺もいなきゃなんねえ。一人で勝手に出し抜こうとすんじゃねえ…うっ」
「はいはい、ヴィジル君。強がってもそんな馬車酔いで、フラついてる様じゃまだまだね」とシノが背中をさすりながら介抱している。この二人とはもう長いこと一緒に剣術を学び、お互いに切磋琢磨し合った。私がこの国に来てから、「先生」の指導の元、厳しい訓練を共にし、戦場でも幾度も命を助けられた。この二人になら安心して背中を預けられる。そんな私達の様子を見て──声を発する訳でもなく、少女は視線を逸らし、窓の方へ向けると、じっと動かずに、窓から見えるはずのない遠くを見つめている。暫しの静寂が馬車内を包むが、特段居心地が悪いものではなかった。護衛対象の少女とは出立の時に馬車内で初めて会った。色々と話が出来るのであれば、道中気が紛れるのかもしれない──と声をかけようかとも思ったが、当の本人は「妾に構ってくれるな」と、一言──挨拶の代わりに、気の利いた一突きを貰ってからは仰せの通りにと、必要以上に干渉をしない様にした。そんな愛想のない護衛対象である少女が──静かに、静寂を破って、窓の方を指差した。
「あそこ──、何か視える。ずっと一定の距離を維持しながら此方を伺ってる」




