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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第三楽章 da capo 「アローガンスムーン」編
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第三十小節 「訓練開始」

 翌朝──早速宿の下にはヴィジルが待ち構えていた。階下は普段とは違う緊張感に包まれている。人だかりに比例した物珍しさや、喧騒──とは違う。何処か、緊張感のあるざわめきに、内心少しため息が溢れた。ゆっくりと階下へ──手すりを伝いながら降りていくと、レミュエルと対をなす動騎士団の隊長がそこに居た。

 長い黒髪に漆黒の瞳。かなり鍛えられているガッチリとした体に、肩には獣の顔だろうか──苦悶の表情をそのまま象った無骨な肩当てと胸元には動騎士の称号となる、時計を表す記章──。


「アンタ──わざわざ出迎えてくれるだなんて随分と手厚いこった」


「はっ!起きて早々減らず口が叩けるのなら、問題ねえな。レミュエルとの傷はもう癒えたかよ?」


 掌を見つめながら、何度か手首を返して──だいぶ回復している。寧ろ思った以上に体が軽い。恐らく胡桃やグローザ、スズレが何かしてくれたのだろうか──。


「──ああ、問題ない」


「俺ぁ、アイツみてえに甘くねぇぞ。今日からすぐに訓練を始める。それと女──胡桃だったか。お前もだ」


 既に、階下でグローザとスズレと共に食事をしていた胡桃を指差し顎を上に向けながら、挑発気味にヴィジルは手招きする。指名された胡桃はというと、表情を変えずにもぐもぐと朝食を頬張っており、そんなヴィジルの様子など意にも介していない。俺の姿を見つけると胡桃はいつもの様にこちらに駆け寄って笑顔──いつもの彼女がそこに居た。昨日の()()は本当に大変だった。


「おはよう、奏梛。あれから体調はどう?一応眠ってる間にスズレとグローザで協力して、治療式を少しだけかけたんだ。龍速も大分落ち着いた筈なんだけど──大丈夫?」


「──成程な、通りで体が軽いと思ったよ。ありがとう」


 嬉しそうに口角を上げながら「どういたしまして」と、口にすると、後ろからグローザとスズレもそれに続いた。


「奏梛──無茶しないで」

「改まることではないですよ奏梛殿」


「おい、テメェら!呑気に食事してる場合じゃねえんだ!行くぞ!すぐに支度しろ!──なんだ!揃いもそろってそのあからさまに嫌そうな態度は!」


「だって──」


「ったくどんだけ肝が据わってんだ。今日の夜にも同じような態度で居られるのなら褒めてやるよっ!さっさと来い!」


「行くか」

「奏梛殿、私もご一緒しても?」

「ああ、勿論だ。グローザもな」

「うん」


「奏梛──無茶しないでね」


▼▼


 俺たちは先日──レミュエルと戦闘を行った訓練場の様な場所に来ている。驚いたのは、あれだけ破壊の痕がまざまざと刻み付けられたはずのその場所は、ほぼ完璧に修繕されていたのだ。所々、修繕が間に合っていない部分はあるものの、ほぼ元通りといったところだ。


「元通り、ね…」


 俺は小さく呟くと、それに合わせてヴィジルが漸くか──とでも言わんばかりに背にした大剣を無造作に抜くと地面に突き刺した。


「…いいか。これからお前たちを徹底的に鍛えてやる。姉さんからの命令だから仕方ねぇ、完璧にこなす。ブロディウェットとそこのガキは、そこでコイツらが怪我をしたら治療してやれ。さて──まずはこの世界の力の根源から説明してやるからよく聞け」


「はーい」


「ガキじゃない、グローザ。ちゃんと名前ある」


「ああん?良いからちゃんとご主人様の状態を見てりゃいいんだ」


「──言われなくてもそうしてる」


 グローザは珍しく、少し不機嫌そうにヴィジルに返答した。対するヴィジルは大剣の柄を掴みながら話し始める。今日からこの男とレミュエルが俺達の修行──指南をすると道中で聞かされた。レミュエルの姿はないのが気になるが──先日のあの怪我、大事がなければいいのだが──。


「いいか。まずはこの世界には各々が元々生まれ持った、脈という体を流れる力がある。それを体外に具現化する力──それが式だ。脈には、以前七つの色があったが──今は白と黒のみ。そして俺が扱うのは黒。主に力の奔流を体外に出力する事が得意な色──一番わかりやすい色だな。ここまではいいか!」


「私は──白の脈は使える!でも奏梛も私も黒の脈は使えない?よね」

「そうだな──」


「お前達は()()だ。そもそも白と黒の脈は成人と呼ばれる一二才を迎える頃までに、()()を受けるんだ。それでどちらかの色が発現し使える様になるんだ。だが、どうせお前達の事だ。そんな事も知らずにここまで来たんだろう。それに──すぐに使えるようになる。だがお前達には、()()()()行ってもらう。これから俺が教えるのは主に戦闘技術に焦点を当てる。まぁ、なんだ。もうめんどくせえから、二人で同時にかかってこい。だが致命傷を与える様な攻撃はダメだ。姉さんからの命令だからな──それに後ろの二人もそんな事態に陥ったとあれば気が気じゃないだろうしな」


 後ろに控えるスズレとグローザに顎を引きながら、ヴィジルは視線を飛ばし、不敵に笑った。スズレは深く呼吸を整えているが、グローザは何処か不服そうだった。


「それで──二人がかりって──。本当にいいの?」


「胡桃、アイツが良いって言ってるんだ。いつも通り俺たちのやり方でやろう」


「うん、わかった」


 先日のスズレの話を聞いた後──。胡桃は訓練にはずっと反対していた。胡桃を納得させるのは中々骨が折れた。俺の体を心配しているのは勿論だが、何よりも胡桃はリドウを離れたがっていたのだ。「奏梛の身体は私がしっかりと看るから──」と譲らなかった。途中からは、スズレとグローザも、逆に胡桃を説得する始末で話し合いは朝方まで平行線だった。それだけ心配をかけているのは理解していたつもりだったのだが──無意識に胡桃を見つめながら、言葉を発さずにいた俺を訝しげに胡桃が覗き込んだ。


「奏梛──?」


「いや──何でもないよ」


 まずは、訓練に集中しないと──スズレの()()()()といい、事態は思っていた以上に複雑だった。だが、まずは目の前の事を一つずつ──。

 俺には力が必要だ。自分に何度も言い聞かせると、目の前の男に照準を合わせ、意識を切り替えた。このヴィジルと、これからみっちりと修行し、力をつけなければならない。自分の中に存在した、いつからか不思議と使えたこの力を制御する方法を学ばないといけない。

 今までの様に行き当たりばったりでは、もう限界を感じていたというのもある。そもそもの始まりがすぐ死ぬ筈の状態から、その場しのぎで今日まで生きてこられたのも奇跡に近い。だが、胡桃と出会って──少しでも長く一緒に居たいと──思っている俺が居た。頭の中で、心の声を整理していると──早速だ、と言わんばかりに、先に仕掛けてきたのはヴィジルだった。



「二人共!いつまで気抜いて突っ立ってんだ!もう始まってるぞ!戦場だと思えっ!」



 その言葉が聞こえたと同時に、目の前に瞬時に黒い大剣が振り下ろされる。ギリギリの所で回避するも、ヴィジルの構える剣は、黒く稲妻の様に放出された脈に刀身が──黒く染め上げられている。


「なんだそれは…!それは…また随分と物騒なモン纏ってんな…!」


「これが俺の得意技って所だが──何も黒くなっただけじゃねえぞ!」


 言い終えた瞬間、ヴィジルが前のめりに剣を突き出すように構え、左足を踏み込むと、踏み込んだ足場に黒い脈の力場が出来て──瞬間、ヴィジルを見失った。気づいた時には、勢いよく大剣の腹で壁に打ち付けられると、俺は意識が飛びそうになる程の衝撃が遅れて全身を伝った。叩きつけられた壁から、修繕したばかりとはいえ亀裂が入り、石や土埃に早速塗れた。


「っが…!!」


「──奏梛!!!」


「胡桃!奏梛を気にしてる場合かっ!!集中しろ!」


 ヴィジルはまた大剣を先程と同じように、前方に突き出して胡桃に構えると、踏み込んだ足場に黒い力場が現れ、膂力でひしゃげたと思ったその瞬間──胡桃目掛けて大剣の腹が再度、高速で振るわれる。


「うっ!!!」


 先程と同じく、大剣が薙ぎ払われた瞬間に合わせて──。胡桃は咄嗟に、その大剣ごと力場を封じ込めた。行き場を失って黒い稲妻の様な脈が四角い空間に小さく封じ込められるが──。


()()!!」


「えぇぇ?!ちょっと!!そんなのあり?!」


 封じ込めた筈のその空間自体を力任せに拳で握り潰す様に強引に破壊すると、ヴィジルはそのまま体術で胡桃を伏せて、うつ伏せになった彼女に大剣を押し付けた。両の足で上から押さえつけ、完全に動きを封じる。


「いったたた…わたしはだんだん調子を上げてくタイプなんだから少しは手加減してよ…!」


「ふん、加減はしてるさ。胡桃、まぐれなのかわからねえが反応は悪くねえ!だが、封じ込める対象が小さすぎる!俺の脈は部分的なもんじゃねえ!それに、二人とも!お互いを良くも悪くも支えようとし過ぎだ!個の力をもっと使っていけ!!全身に──」


 そう言いかけて、ヴィジルは押さえつけていた胡桃から飛び上がり、奇襲をかけた俺の攻撃を無造作に振り払った。一瞥さえせずに反応するその姿に、少し苛立ちを覚える。そこまで実力差がある訳ではない筈なのに。やはり今のままでは遠く感じてしまう。これが()()()()()の動きなのか──。


「そうだ、今のは良いぞ!遊びじゃねえんだ!卑怯だなんて思うんじゃねえ!!」


「っは…ったく出鱈目なやつだぜ…!」


 俺はここまでの旅の中で、武器を使った戦闘はしてこなかった。放出した脈や体術を主に危機を乗り越えてきたのだ。まぁ、当たり前の事だった。幼い時の記憶がないとは言え、物心ついた時にはルーグリッドにいたのだ。戦い方等教わった事など勿論ない。

 今は目の前の男が、()()を示している──恐らくヴィジルは俺達にも同様の戦い方が出来ると伝えようとしている──それなら。


「────」


 ヴィジルは構えた大剣を背に、一度動きを止めて此方を注視すると、口角が上がっていった。全く──反応が一々戦闘狂のそれだ。だが、レミュエル含め、コイツらが実力者である事は疑いようがない。正攻法で行けば負けるのは明らかだった。レミュエルを退けようとした時と同じく、()()力を制御するんだ──。



「へぇ…!なかなかいいセンいってるぜ奏梛!」



 身体中に、木の幹の様に根を張り巡らすイメージだ。レミュエルの時とは違う。あの時は必要に駆られて解放したが──今は違う。自分の意思で制御し、訓練という名目もある。ヴィジルは身体能力を黒い脈で増幅し、劇的に運動神経を高めていると感じた。なら、俺の蒼の脈でも可能な筈。

 もっとだ。深く深く、体の隅々まで行き渡らせるんだ。そう、全身を研ぎ澄ませ──。体内の中心に深く収束した脈が一瞬──水面に一滴の水滴が落ちる様に。

 何かが──俺の中で大きく波打った。ドクン、と大きく俺の心臓の奥深くの、「何か」が──。


「っぐ……!!!」


「そ、奏梛?!」


 蒼い脈が奏梛の周囲に収束し纏い出すと、途端に目を開けていられない程の光が辺りを覆い出した。地鳴りの様な鳴動と共に、辺り一帯が共鳴する様に細かく振動している。そして咆哮が響くまでに、さしたる時間は掛からなかった。


「なんだ…?!奏梛テメェ…!?」


「奏梛…!!ダメ!!!」



「──ウガァァァァァアアアアアアアアア!!!!!」

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