第二十六小節 「歯車」I
「ねぇ、まだなの…!」
「すまない、落ち着いてくれ。すぐに着く」
ロシェと名乗る大柄な青年の後を、私達は早足で進んでいく。せっかく宿で一息着いたと思うと、目が覚めると見知らぬ場所に連れてこられているのだ。不安を拭うのは無理な話だ。それに──奏梛が居ない。先日の大量の脈の放出の影響なのか、上手く奏梛の脈を捉えることも出来ない。
そんな私の表情を、下から覗き込む様にグローザがこちらを見て繋いだ手を優しく何度か確かめる様に握った。「奏梛は大丈夫──」そう言っている様だった。前を歩くロシェルが振り向かずに歩みを緩めずに私達に説明をした。
「──すまないが…歩きながら聞いて欲しい。君達はレミュアン様が先刻、突如として隊舎に運び込んできたのだ。理由は機密事項なので、隊長の口から直接聞いて欲しい。だが──、私達はあなた方の敵ではない。それは違えないと約束できる」
「じゃ、じゃぁ…どうして無理に連れてくる様なこと──」
「そうだよ!話があるならちゃんと言ってくれれば…それで──、レミュアンっていうのはあなた達の隊長…だっけ?何者なの…」
「胡桃、口調がまたキツくなってますよ。落ち着いて」
「だって──」
「いえ、当然の事でしょう。お気になさらず。元々レミュアン様は少し──、言葉が足りない方ではあるのです、無理もありません。レミュアン様は、この国の静騎士団を統べる方です。主に治療を主として、レミュエル様と共にこの国の頂点、ゲンティア様と実力で肩を並べる程のお方です」
「…一つの騎士団に隊長が二人いる…って事?」
「──まぁ、そうなります。っと…着きましたよ。ここで──」
ロシェが扉を開けようとしたその時──。扉越しから凄まじい轟音が響き渡った。立っているのも大変な程の地響きが建物全体を襲う。門の前で一切の立ち入りを禁じていたのだろうか、周りの騎士たちも突然の轟音に不安の表情が汲み取れる。
「レミュエル様…!!」
「奏梛…!!」
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「はぁ…はぁ…くそがッ…」
時間にしては十秒ほど。一瞬で片をつけるつもりだった。だが、この女は耐え抜いた。今までこんな事は一度たりとも無かった。自分でいられる限界値とは言わないが、威力は十分だったはずだ。なのに、この女は肩で息を荒げているものの、まだそこに立っている。一体コイツはなんなんだ。今までに幾つもの脈獣たちや強者と言われる者に、出会い、ギリギリではあるが退けてきた。だがコイツは今までにあったどの強者とも、根源的に何かが違う。
「奥の手だぞ…!耐え抜いたってのか…!」
「はぁ…はぁ…!っぐ…うぅ…!」
膝を付いて──、レミュエルは乱れた前髪の隙間から上目遣いに、剣を支えとして堪えている。
「奏梛…!とんでもない切り札を持ってるじゃないか…!流石に…これは私も…」
「──アレを食らって、はぁ…はぁ…立ってるなんざ…ふざけた奴だ…」
時間にして僅か十秒ほどだった。頭の片隅で胡桃やスズレ、グローザの顔が過ぎったせいで無意識に時間を抑えてしまった。誤算だった。だが、コイツはまだ意識がある。くそっ…こんな所で──。
「…奏梛、命をかけて…向き合ってくれた事、礼を…言う。力の器として…問題ない事が確認できた…はぁはぁ…っぐ!」
「気にいらねぇ…な…」
最後にそう呟くと彼はその場に膝をつき、そのまま意識を失った。彼の後ろには、黒くひび割れた空間から、白い稲妻の様に力場を形成している。空間から一瞬だけ顔を出した龍の顔も、巣穴に帰るように一瞬で粒子となって消えてしまった。
先程の奏梛の姿…アレは──。時間にして僅か体感としては数秒、この男は蒼い脈を纏ったかと思うと、突然彼の周りの空間からひび割れた様に、黒い腕と、龍の口が現れて──。想像異常だった。かつて、私達の家系において、この男の様な力を持つ者は報告も記述も無い。色持ち自身が変容するなど──。
それに咆哮の様に龍の口から放たれた、凝縮された脈。これは龍脈そのものだ。思っていた通り、彼は龍脈という概念を恐らく取り込めるのだろう。だが──、代償はあまりにも大きい。右腕が上がらずに腕の感覚がない。レミュアンとの異相圧縮によって、なんとかやり過ごしたが、もうこの腕は使い物にならない。
「本当に…言う通りでしたよ…先生──」
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「胡桃…!行こう!」
グローザの掛け声でロシェを押し退けて扉を開けると、屋内だというのに天井は突き抜け、瓦礫と土埃が舞い上がっている。突如現れた上空の空に、土埃が舞い上がって攫われていく。そこには血まみれの金髪の女性が息を荒げ咳き込んでいた。足元には──奏梛が、意識を失い地に伏せていた。
「──!!!」
その姿を見た瞬間、先日の大樹海での出来事が脳裏を過ぎった。全身の神経が逆立ち──、私は力任せに脈を一気に解放した。
溢れ出す脈の膂力のままに、金髪の女性に向けて杖を構えると、対象を即座に切り取った空間に閉じ込め制圧する。周りの目なんか気にしていられない。一瞬で立体的に切り取られた空間内で彼女の自由を無力化した。彼女は驚きを隠せない様で、身動き一つ取れないその状況がまるで初めてだと言わんばかりだ。
だが、そんなレミュエルの様子を見て一番に反応したのは──奏梛だった。足元で倒れていたはずの奏梛は、レミュエルの動きが封じられた事を即座に好機とみなし、保存した空間内に蒼の脈を接続し、強引に空間を圧縮させようとする。
私が切り取った、閉ざされた空間を、奏梛が外部から接続し、その空間内毎引きちぎる。これを奏梛が選ぶという事は、本気だということは私にはすぐわかった。だってそれは、確実に相手へ致命傷を与える危険な式だから。
「胡桃…!助かった…!」
「──うん!!」
凝縮した空間内での破壊、胡桃の式によって、さっきから躱され続けたあの動きも今は無理だと踏んだ。全力だ。さっきのをまともに食らってるんだ、ここで決められる。コイツはヤバい。あれを食らって、まだ立っているのもそうだが、何よりも知っていたんだ。
全力の「染式」を今まさに発動しようという所で──。空間内が歪み始めたのと同時に、突き抜けた空が見える天井から、一本の槍が、勢いよく奏梛の腕に鋭く一直線に寸分のズレもなく突き刺さった。溶け合っていた二人の式は色を失い、ゆっくりと式者の支配が解かれ、飛散していく。
「…っが?!?!」
「奏梛ッ!!!」
式を構築していた私が反応に遅れるが、それを見越してグローザとスズレが、私を追い越して奏梛に駆けつける。大きな槍が、彼の腕に真っ直ぐに鋭く突き刺さっており、地面に杭の様に撃ち込まれている。その傷口からは銀色の光が溢れている。
「奏梛ッ!大丈夫…?!」
「グローザ!奏梛殿の治療を始めます!ゆっくりと体を!腕には極力触れないで下さい──!」
「う、うん…!!」
私は槍の突き刺さった奏梛の上空──。崩れた瓦礫の上から腰を落として、此方を鋭く射抜く少女がいる事に気付いた。一瞬、私達に個別に、視線を回したかと思うと、大きく息を吸い、開口一番に怒鳴りつけた。
「──そこまでじゃっ!!レミュエルッ!」
「妾は、そんな事を頼んだ覚えはないぞっ!申し開きはあるかっ!!──そこの色持ちの二人がそうなのか、レミュエル!!」
「はい…も、申し訳…ありません…私が…見つけたのは彼、奏梛だけです。勝手な行動をして…全て甘んじて受け入れます…ですが、まさか彼女も色持ちだとは…」
「戯けがっ!!…色の保有者を二人も同時期に連れてきたのは、幾らか考えてやらんではないが、レミュエル、言ったはずだ。それではソラリスと同じじゃと…!レミュアンはどうしたのじゃ!」
「はぁ…はぁ…申し訳…ありません…今は私の制御下に置いています…直ぐに枷を解いて──」
言い切るよりも早く、瓦礫の上のその少女はレミュエルに音もなく近づくと、私が施した保存式を、解けかかっているとは言え、こともあろうか、破壊したのだ。なんの事はない、とでも言う様に、造作もなく行った。余りにも自然な動作に、言葉を失った。
「っな…?!」
「──ふんっ…構築が甘いぞ、女。それに綻だらけではないか。よくもまぁ…今まで生きてこれたものだな」
冷たく淡々と発せられるその言葉はどこか真意が読み取れない。いや、どこか憂いている?目の前の少女の言葉は冷たさだけではない、複雑な感情が入り混じっているように思えた。
「いきなり出てきて何──」
するとまた少女は一瞬で音もなく奏梛の前に移動すると、暫く何も言わずに地面に伏す奏梛をじっと見つめている。まるでそれは、死んだ筈の家族に、想い人に再会した様な──。奏梛の周りには、銀髪の少女が一人、そして──。よく見知った顔が一人いると言う事は、この後知る事となった。二人にゆっくりと視線を移しながら考えに耽っている様だった。
「…見せもんじゃねぇ…さっさとこの槍を抜けよ……」
「──ふんっ、気づいておるのだろう。それに刺されても血は流れぬ。それは楔だ。かつての──月の民の名残りだ」
少女は手を前方に突き出すと、刀が鞘に仕舞われる様に、その手に瞬時に槍が移動した。言葉通り、刺された箇所には傷一つない。だが、あの槍に刺されている間、一切の脈を扱えなかった事実に気づいたのはもう少し後の事だった。
「さて──、レミュエルの処遇についてはしっかりと対処する。済まなかった」
「…謝罪はいい…それよりも俺たちをさっさと解放してくれ。俺たちは国の政治には関わらないって──」
「もう、遅い。奏梛…だったな──」
少女は振り返ると、手にした槍の柄に巻かれた旗を解き、空に掲げながら仰々しくも、だが静かに名乗った。
「──妾はゲンティア。ドラグナド・ゲンティアだ。この世界の最後の龍の直系、かのイリシャキルの娘であり、リドウ王国の長である」




