第二十四小節 「レミュエル」I
「迎えに来たぞ!青年!!」
「アンタ...昨日の──」
「──うむ!しっかりと覚えているな!話によると...君だそうじゃないか!緊急の医療要請の書簡を渡された人物というのは!」
「医療要請...?」
おれはまだ目覚めきっていない頭で理解に時間がかかってしまった。やはり、しっかりと休んでおくべきだったか。頭の回転がいつもより遅いことに、内心舌打ちした。すぐに踵を返して振り返ろうとしたその時──。
突如、頭の奥深くに言葉が響いたかと思うと、体の自由が奪われた。この感覚には覚えがある。この前の夜に──。だがあの時とは何か根本が違う。一体なんだこれは?俺は微塵も動けずにその言葉に従うしかなかった。だが──このまま捕まるわけにもいかない。
「──すごいな...静止をお願いしているのに、君は今にでも動き出してしまいそうだ!益々気に入ったよ!」
「ははっ...これがお願いだって...?ふざけたやつだな...!」
俺は強引に、力任せに静止を打ち破る為に、見えない様に極少量の脈を発現すると、自身と彼女の空間の間に接続する。──思った通りだ。全身の自由をすぐに取り戻すと、俺は部屋に駆け上がっていく。階段を駆け上がり、部屋のドアノブを回し──。
「すぐに起きてくれ!見つかっ......」
そこには眠っている筈の三人が、見当たらない。見回すと荷物ともども、もぬけの殻だった。まるで、初めから宿泊していない様に。そこには誰の痕跡も残っていなかった。
「皆...どこへ...!一体どうなって…!!」
そこへ、金髪の女性が追いつくと、静かに歩み寄りながら俺の首元に、後ろから刃物を押し当てた。明確な殺気を感じる。今ここで捕まるわけには──。
「──あれを解除するのか…君はやはり想像通りだな...!大丈夫、心配ないよ。連れの者達は既に、隊舎へ傷一つつけずに連れて帰った。こうでもしなければ、君は私と来てくれないだろう?」
「あんた一体何者なんだ...!もしあいつらに何かあったら...!」
どうにもやりづらい。俺を連れていこうとしている筈なのに、どこか相手を想うその表情──。そして、行動は強引そのもの。完全に相手のペースに乱されている。ダメ押しは、実力の差を首元に向けられた切先から痛い程に感じる事──。
皆の安全をこの女が握っているとわかった以上、迂闊な事はできなかった。ひとつだけ──、とっておきが、あるにはあるが──、今ここで行おうものなら、周りへの被害も考えると得策ではない。それに──胡桃にもこれ以上心配をかけたくない。おれは慎重に、静かに振り返ると金髪の碧眼を真っ直ぐ射抜いた。そう──、この眼だ。
「説明はあるんだろうな...」
「勿論さ。一先ず警戒を解いてくれた事に感謝する。君を力づくで捕らえようとすると...私としても、ある程度の覚悟が必要だと思い、難儀していたところだよ」
そう言うと、剣を納めて突然子供のように無邪気に笑って挨拶をした。仰々しくもあり、品があり、これが貴族というものなのか。華やかさの中に嫌味がない──というのだろうか。状況も相まって目の前の女に悪い感じはしないことに内心、舌を打った。
「──私は……レミュエル。この国で...そうだな。まぁ...一応は剣と医術を教えている。訳あって其方のような者を探していた」
「...おれはただの一般人だよ。それに受戒もしている。あんたの探し人は、こんないつ死んでもおかしくない奴なのか?」
俺は服の袖をまくり上げると、受戒の紋様を彼女に示した。大体はこれを見せれば押し黙って、近づくのを止めるほどに強烈な証──。受戒した者に現れる紋様だ。だが──、
「ふむ...そうか。我が国では珍しくもない。この国は受戒していようがなんだろうが、分け隔てなく過ごせる国だ、安心して欲しい…知っているだろう。それに──我らが王、ゲンティアも受戒者なのだ。なにも心配する事はない」
返ってくる反応は予想以上にあっさりとしているものだった。それに今なんと──。この国の最高位の人間が受戒者──?俺が事前にスズレから聞いていた情報には含まれていなかった。スズレがそんな大事な情報を見落とす筈がない。それは、つまりごく一部の物しか把握していない情報。よくも悪くも目論見通りに、中枢に近づいている訳だが──。
「受戒者、だと...?」
「──あぁ、これは言ってはまずかったのか…。まぁいいだろう!さぁ、一緒に来てもらうよ!まずは隊舎へ戻る。それと──、道中で変な気を起こさないでくれると助かるよ。君を力づくで捕えるのは、先程も伝えた通り大変な気がしていてね...大人しく来てくれると助かる」
──まただ。放った言葉と表情がチグハグだ。強引に連行しようとしている相手に対して、妙な気遣いの様なものがある。この女の実力なら有無も言わさずに連行も可能なはずなのに。
「…さっさと連れて行け、だが、あいつらに会うのが先だ」
「勿論さ。直ぐに合流できるよ。うん、約束しよう。──あぁ!そうだ、君の名前を聞いていなかったな!」
「──奏梛だ」
「奏梛……いい名前だ!ではすぐに出発しよう!」
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レミュエルと共に隊舎へ向かうと、そこは充実した医療設備に、隅々まで手の行き届いた空間だった。兵達が暮らしている場所というのは、こう──もっと殺伐とした空間を予想していたが、真逆の印象に面食らった。それにこのレミュエルという女。道中でも、かなりの人望なのか、道ゆく人に声をかけられ、話し込みながら、屈託なく笑っていた。それもそうか、彼女はこの国でも一二を争う程の実力者だと、スズレが言っていた。何処となくだが、彼女が慕われる理由を感覚的に理解し始めていた。だが、そのおかげで隊舎に到着したのは昼過ぎだった。
「──おい、何時になったらあいつらに会えるんだ」
「焦らないで欲しい、奏梛。彼女達は奥の治療室で傷を癒している。まったく、君の仲間だけあってタフな者達だよ!暴れて大変だったんだ。苦労したよ。約束通りにすぐに会わせる。だが、その前にやらなければならない事があるんだ。着いてきて欲しい」
レミュエルの後ろを黙って歩みを進めて行くと、建物の中に大きく開けた訓練場にやってきた。あたりには同じく訓練を行なっている騎士達が、此方を見ながら、どよめいている。生まれや、身分、受戒者であろうと受け入れる国──。一見して大人から子供まで、人種を問わず訓練に励んでいる。受戒者である事を当然の様に受け入れているこの国の在り方がそこには在った。
周りに視線を移しながらも、前を行くレミュエルは、他の騎士たちの視線や話しには目もくれずに、開けた空間の中心部分まで歩みを進めると、腰の剣に手をかけて、大きく息を吸い込んだ。
「よし──ー」
「今からいかなる理由を以てしても!この場所に立ち入る事を禁ずる!私が良いと言うまで、隊舎外への出入りも一切認めぬ!さぁ!すぐに出て行くんだ!」
突然の命令にも、その場に居合わせた騎士達は不満ひとつ漏らさずに、手際良く一斉にその場を去る。あっという間に、そこには彼女と俺の二人のみとなった。兵達の様子からも、この女──レミュエルの絶対的な地位、実力を垣間見る。
「──これでいいだろう。では...構わぬぞ?」
「............」
レミュエルが何を言っているのか、本能が理解した。こいつは俺の力を見せろ、と言っているのだ。人払いをしている辺り、大方どういう結果になりかねないか予想している可能性すら織り込み済みということだ。だが、仲間達に合流していない以上、迂闊に面倒事を起こせない。
「......」
「──ふむ、そう警戒するな。だが、力の片鱗の底──と迄は言わないが…終わらなければここからは出られぬ。どうしても嫌だと断るというのなら…」
「──こうするしか あるまい」
前屈みに腰を落とす。右足を踏みこんだかと思うと、その刹那。彼女から放たれた斬撃が首をかすった。今のは、わざと躱せる様に放ったのだ。こいつはいつでも、その気になれば俺を殺せるとでも言いたいのか──。
「いきなりかよ...!!」
「仕方ないさ!ゲンティアからの勅令なのだ!其方の力を測る必要がある──。期待外れであれば、それで終い。簡単だろう?」
「勅令、だと…?良い加減目的を──!」
「──それはすぐにわかる!観念して、早くいつも通りに力をだせ!さもなければ、奏梛!そなたの首が飛ぶ──」
本気だった。低く──再度腰を落とし、見慣れない剣を腰から前方に伸ばすように真っ直ぐに右手を添えると、一瞬で剣閃がこちらの急所を狙ってくる。まただ──。反応するだけで精一杯だ。かと思えば、突然勢いよく踏み込んでくると、瞬時に間合い内での剣の柄を上手く使い、超接近戦を仕掛けてくる。遠近距離を自在に行き来するその戦闘スタイルに、反射だけでは限界がある。
「──むちゃくちゃなやつだな!俺には別に特別な力なんて...!っぐ…!」
「──何を言うか!私の居合をそこまで反射神経だけで躱し続け、絶歩の移動にすら付いてきている!奏梛!この国でこれを避けられるのはゲンティア位のものだ。君がおかしいと言うことに早く気づいてもらいたい!」
「っく...!」
生きるか死ぬか、それほどの殺気を纏った切り込みをしてくるのに、その表情は何処か──憂いている。こちらに語りかけながら、レミュエルはどんどんと、まるで自身に重石をつけているような、枷を開放していくように──速度と威力を爆発的に押し上げていく。
「…あっぶねえ!!加減ってもんを知らねえのか!本当に死んでしまうぞ…!」
「はははっ!これ位しないと、君は本気を出してくれないだろう?」
レミュエルは更にもう一段、速度を押し上げると、もはやその姿は肉眼で捉えられずに残像と化し、移動した地面が速度に耐えきれずに大きくひしゃげるように凹んでいく。
「っ...!!!!」
まずい、完全に斬られる。ここで死んでは元も子もない。瞬間的にまた脈を発動し、彼女と自身の間の空間に接続すると、空間と空間の距離を、強引に引き寄せる。イメージはまるで海に突然大きな隕石が降り、水嵩を戻す様に──巨大な歪みを生じさせる様に。透明な亀裂が、対象との間に突如として大きなうねりと共に現れる。
「いい加減にしろ...!!」
「──なっ!!」
レミュエルは歪められた空間に凄まじい勢いで引き寄せられて、ひしゃげそうになるのを──。その勢いを利用して体を捻り、瞬時に空中で体勢を立て直し回避した。正直これで決まって欲しかった。あのまま吸い込まれていれば、威力は抑えた──、ひしゃげて消し飛びはしないまでも動きは止めれたはずだった。
「──奏梛...!加減を知らぬのは其方の方だ!今のに巻き込まれていたら、私はもう肉片になっていたところだ!」
「くそ...!一緒にするなっ...!アンタと違って加減はしてるよ!どうやったらそんな動きになるんだ…!」
かなりの緊張状態での力の行使に、出力が予想以上にうわずってしまっている。ここ最近は妙に、特にあの大樹海で、突然の天災を取り込んでからは体の調子が良かった。
だが──、反動のせいなのか突如、胸の辺りに激しい激痛が走る。胸部を痛みの強さに比例して強く、手で抑えつけ必死に呼吸を整えるが、上手く呼吸が難しい。段々と、蒼い脈の力を行使するたびに反動が大きくなってきているのか──?
「がはっ…ゲホッゲホ…!!」
「君は──そうか。どうやら、相当に負担を強いているようだ。条件付き、と言う意味ではレミュアンと同じだな」
「……ゔぅっ…!!知った風な口ぶり...だな...はぁっ...はぁっ...」
剣の鋒をこちらに真っ直ぐ据えながら、一定の間合いを維持して静かに──、彼女は続けた。心なしか、レミュエルの口調が先ほどまでよりも少し、冷たくなった。刃を向けてはいるが、表情がよく見えない。自分に話しかける様に俯いて静かに言葉を並べている。先程までとは別人の様だった。
「君の脈の色...。それはかつての失われた色の一つ…だろう?それは...ドラグナド・ゲンティアと同じだ。彼女も──、君と同じなのだ」
「はっ…面倒なモン背負ってんのが他にも居るってか…」
「──失われた色を持つものは数年に一度、または数百年に一度、世界に不定期に現れる存在だと言われている。そして、白と黒の脈以外を扱う者は、総じて、極めて短命となる。普通のそれ──、往々にして殆どがその生命を全盛期で終えるのだ。だがこの事は全くと言っていい程に、知られていない…。何故だか解るか?」
「はぁ…はぁ…!」
「シイラロゴス──。シイラロゴスの伝説はこの国では知らぬ者の居ない、信仰、象徴のようなものだ。だが実際のところ、その真実について知るのは、極一部の者のみ」
「解らないか──?」
「──あまり、聞きたくねぇな...…!」
「私達が──処分してきたのだ」




