第二十三小節 「静騎士・レミュエル」
四人はアローガンスムーンが登る真夜中に行動を開始した。常人であれば、そもそも外に出るのも躊躇うほどの寒気の中、行動を開始する。周辺を調査している部隊も、流石に月が昇るこの寒気の中では見張りに歩兵を一人立てるくらいのものだ。それもそうだ。寒気が強すぎて、注いだ湯が空中で一瞬で凍りつくほどに冷え込む中、外に出ようなどと考えるものはそもそもいないのだ。
「奏梛...この格好」
「まぁ、しょうがないだろ。これが一番安全だと話しただろ?」
「でもサイズが合ってなくて、ぶかぶかで...」
「なかなか似合ってるぞ?」
「グローザに合うサイズは流石にないから──こうして、と」
俺たちはリドウ王国の捜索隊キャンプを襲撃し、彼等の装備品を一式ずつ、人数分揃えている。いくつかに連なるテントの中から狙いを定めて、見張り番もろとも捕らえると手早く気を失わせた。
驚いたのがスズレだ。彼女は眼が見えないというのに、脈の流れでおおよその位置関係を把握しているようで、手際良く兵達の意識を奪った。やはり、スズレは元医者にしてはやけに腕が立つ──。それに、彼女の情報収集力や知識。どれも今の俺たちには欠かせないが、抜きん出たその優秀さに、スズレはおそらく俺たちにまだ伏せていることがある──というのはなんとなく察していた。
装備を一式奪うことにしたのも彼女の提案である。捜索隊の格好でリドウ王国に戻れば、怪しまれずに門も容易に通過できると踏んでのことだった。それに彼らは顔の半分を覆う奇妙な仮面をつけており、その仮面が顔を隠すのにもちょうどよいと、おれはスズレの提案を採用した。
「よし──、グローザ。おいで。体の大きさに合わせて調整した。靴の底にも、かなり布を詰めたから身長が少しは稼げると思うんだが...どうだ?」
「──うん、ありがとう、ソウナ」
四人全員が捜索隊の装備に身を包むと、もうそれは正規軍のそれだった。
「...なんだかこの格好視界も悪いし動きづらいし...」
「確かにな...この仮面もなんか意味があるのか?」
装備を整えた俺たちは、キャンプ地をすぐに出発すると、リドウ王国へ。道中変わったことはなくとてもスムーズに戻ってこれたのだが──。
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「──予定より早い帰還ですが...静騎士隊長からの命令でしょうか?」
「...俺たちは副隊長に言われて引き返してきたんだ。うちの隊の者が道中で怪我を負ってな。応急処置は済ませたが、すぐに騎士団内の医者に見せる必要がある。我々だけ部隊を離れた」
「わ、わかりました、ではこれを──。隊舎の方で受付にお渡しください」
「これは...?」
「レミュエル医務官への緊急治療要請です。受付に渡せばすぐに駆けつけてくれるはずです。なにせ、皆が彼女の治療を臨むばかりに、治療要請が殺到しており、緊急時の対応に弊害がでております。これを渡せば直ぐにでも優先的に治療を受けられるはずです」
「へいがい──?」
「グローザっ...しーっ」
「──わかった。ありがとう、恩に着る」
「いえ!もったいないお言葉!静騎士隊長の側近の方にそのようなお言葉!あの──、その勲章は、先日の脈獣討伐の際のものですよね!?あれは本当に素晴らしかった...隊長とサリア医務官の──」
「──あ...ああ。すまん仲間を早く治療しなければいけない、今度ゆっくりと聞かせてくれ」
「はっ!申し訳ありません!どうぞお通りください!そちらの眼帯のお方もすぐに良くなるはずです!」
「──お心遣い感謝します」
リドウ城内へ戻ってくると、月が登る時間だというのに街には妙に活気があった。出発する時は特に気にも留めなかった。すぐに立ち去る場所だと思っていたが──。
この国は、中心にリドウ城がそびえており、城の周りを筒のように石段で囲っている。その外周に沿って城下町が広がっているのだが、城下に住う市民は、城の全貌さえ拝めない。高く高く連なっている白を包む外壁は、特別な石材を積み上げたものだ、とスズレから教わった。初めてこの国にやって来た時は気にもしなかったが──。改めてその高さに目眩を覚えた。
「ねぇ、奏梛...こんな時間なのに、みんな出歩いてる?ね...お店も...前はこの時間には全部閉まってたのに」
「あぁ...なんだか以前と様子が違う」
「ひとまず宿を借りて落ち着きたいが──。この書簡を受け取ってしまったからな...どうしたものか」
「奏梛殿──。書簡の中身を読んでくれませんか?」
「あぁ......」
「────」
「ソウナ......?」
「............」
「スズレ...すまん。読めない字が多すぎる...」
「ふぅ...困りましたね」
スズレは肩を竦めて苦笑いをしているが、確かに言われてみればそうだった。俺と胡桃は字が読めない。いや、読めない事はないのだが、非常に、時間がかかるのだった。いつもスズレが教えてくれるのもあって、読み書きをサボっていたツケがこんなところで回って来ようとは──。だが意外な人物が名乗りを上げてくれた。
「ソウナ...わたしかわりに読むよ」
「──グローザっ!読めるの!?」
胡桃が驚きを隠せずに、口をぱくぱくとさせている。スズレは穏やかに笑いながら「グローザ、お願いできますか?」と優しく奏梛から受け取った書簡をグローザへ渡した。彼女はゆっくりと書簡を開くと、数秒確認したかと思うと内容をゆっくりと読み上げてくれた。
「うん、問題ない。えっと...。緊急、治療要請。リドウ王国...救護隊兼、静騎士レミュエル、医務官...シュリた...たい?ソウナ...ごめんなさい。思ってた以上に...難しい。これ以上読めない...」
「グローザ、すごいな...!」
「...あんまり私達と変わらなくない?」
「胡桃。また嫉妬」
「リドウ王国...救護隊兼、静騎士レミュエル...。奏梛殿......レミュエルはこの国で一二を争う剣術の腕を持つ有名な騎士の一人です。彼女の名前を近隣の国で知らない者はいません」
「聞いたことあるな...確か、レミュエルは幼い頃の加護が影響で、存在の半分を切り離された...とかだったか」
「存在の半分──?奏梛、もっとわかりやすく...つまり?」
「すまない、おれも人伝に聞いたことがあるだけなんだ。それこそ、この国に最初に来た時に...確か詩人が詠ってた一文にそんなのが無かったか?」
「──全然覚えてないよ...」
「そうだよな──」
「一先ずどうしよっか?リドウには戻れたけど、この書簡を使って隊舎に行ってみる?それとも一度どこかで宿を借りる?」
「──この書簡もすぐに申請を出さないといけないものでもないだろう。まずは宿を探そう。皆疲れているはずだ。それにこの格好なら、どうやらそこまで疑われずに宿泊もできそうだ」
奏梛は胸元の記章を指して──。それが過ちだったのに気付くのはすぐ翌朝の事だった。
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「よし──スズレ。痛みは引いた?」
「ええ、いつもありがとうござます、胡桃。だいぶ楽になりました」
スズレの眼は、傷が塞がったが浸食を完全に除去できた訳では無かった。時折痛みと共に浸食部位の奥から黒い脈が溢れる様に出てくるのだ。膿を取り除くように定期的な除去が必要な状況だった。
「はい、次はグローザだよ?こっちに来て」
「うん、お願い」
私はグローザの龍速に異常がないかを定期的に診ている。これは奏梛の指示だった。暴走の理由がわからない以上、普段から変化にすぐ気付ける様に──とのことだった。だが、診れば診る程に──。奏梛の脈が今では、ほぼ完全に、定着しているのだ。龍速とはその者自身が持つ脈のうねりの様なもの。うっすらと波形のようなものを感覚的に捉える行為。ここから感情を読み取ったり、体の異常まで様々な事がわかる。だけど──。
「はい...終わり!他にどこか気になるところはない?ここが痛む──とか」
「うん、大丈夫。皆のおかげ」
「よし──。じゃ最後は奏梛ね──ってあれ?」
「奏梛殿でしたら、階下の酒場で少し飲んでくる、と先ほど」
「...珍しいな...一人になりたいのかな...ちょっと私も見てくるね、スズレとグローザは先に休んでて」
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「アンタ...さっきから言ってるじゃないか。しつこいぞ...」
「──いや!決めた!アタシ達の隊に入ろう!君なら絶対に上まで駆け上がれるよ!それに私みたいな綺麗な女に指示されるっていうのも悪くない!!だろ?」
「だから俺はそういうの、興味ないんだよ...他をあたってくれ」
「ふむ...なかなか手強いな...!本当にすまないが、私は一度決めたことは曲げない主義なんだ。明日の朝迎えにくるから準備しておくんだよ!」
「一体どこまで本気なんだ...俺はこの国に長居するつもりもないし、そもそもアンタ誰なんだ...」
「私か──?あぁ、すまない私は──」
その時酒場の扉が勢いよく開かれると、こちらに赤毛の女性が駆けて来た。身長はグローザと同じくらいだろうか?こいつも顔の半分を仮面で覆っている。この国の兵はみんなこうなのか?少なくとも、初めて訪れた時は誰一人として仮面などつけていなかった。まっすぐにこちらに向かってくると、息を荒げながら声を上げた。
「もうぅっ探しましたよ!!すぐに戻って来てください!急患の申請が先程あったと報告を受けました!緊急の書簡が届く予定です!すぐに隊舎へ戻ってください!」
「──おぉ!ロシェル!いいところに!!良い逸材を見つけたんだ!彼の龍速は凄いぞ!普通と違って──!」
「一般人に龍速なんて伝わる訳ないでしょうぅ!はやく戻りますよっ!!」
ロシェルと呼ばれた赤毛の少女は、彼女を力のままに引きずり出すと、強引に外へ連れていった。ようやく静かになったと、酒を煽ると──。ちょうど胡桃が二階から降りて来て目の前に腰掛ける。
「奏梛──、今の人たちは?」
「あぁ、勧誘がしつこくてな...参ったぜ...」
「そっか」
普段の胡桃であれば、色々と聞いて来そうなものだが──。あっさりとしたその返事に若干拍子抜けしてしまう。酒を注文すると、何も言わずに静かに、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
胡桃にも改めて礼を言わなければならない、今回は多くの場面で俺は力不足だった。
「え...?そんなことないよ。何とかなったんだし...それに奏梛には、あの式のことで沢山負担をかけたし...」
「──まだ何も言ってねえよ...相変わらず龍速だけで判断するな」
胡桃とは本当に様々な脈の使い方を二人で研究していたため、なまじ龍速のちょっとした変化で俺の言わんとしていることを理解できるようになるまで研ぎ澄まされていた。ある意味では考えものだが、そこに甘えてしまっている俺がいる。伝えなければいけないことは言葉にだしていかないといけない──。そう感じていた。
「間違ってた...?」
「だいたい合ってるよ...」
「──ずっと前に...描いた絵...覚えてるか?」
「忘れないよ、忘れる訳ない──」
「俺達が──安心して暮らせるように、漠然とだが一つ...決めたことがあるんだ」
「──うん」
「────────」
「...なんだか気恥ずかしいな...。もう少し形になったら伝えるよ」
「──そこまで言ってお預けなの?もうぅ...」
なんとなくだが、彼の伝えたいことは予想できた。言葉にすると簡単だけど、それは以前からずっと話していたことでもある。そして、それを考えるようになったということは、これからの事に眼を向け始めているから。私は嬉しかった。本当に。毎日をなんとなく生きるために暮らしていくのも──。二人であれば悪くなかったし、幸せだった。私はいつだって──。
「胡桃...?」
「......んー...」
穏やかな寝息が聞こえてくる。座ったまま寝てしまっていた。先日のあの巨大な脈の放出も然り──。かなり疲れていたのだろう。十分に休むことはここ一月満足にできなかった。
俺は胡桃を抱えて二階へ上がると、彼女をベッドに寝かしつけた。隣ではスズレとグローザも既に休んでいる。少しずつ──大事なものが増えているのだ。しっかりしなければいけない。
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結局朝方までうまく寝付けなかった俺は、改めてこの国について色々と調べる為、部屋の中にあった書物を読み漁っていた。文字を読む訓練もそうだが、スズレに任せきりではいけないと、何とか夜通しかけて本一冊が限界ではあった。所謂、宿泊者向けの簡潔にまとめられたガイドの様なものだ、大した情報は得られなかったが、静騎士レミュエルについての一文を見つけたのが収穫といえばそうだった。
齢二十歳にして、剣技、医術に深い造詣があり、この国で初めて──。ドラグナド・ゲンティアと肩を並べるほどの実力者──。だが本人は血を好まず、もっぱら戦場に出る兵達の治療に専念している。最後に剣を奮ったのはドラグナド・ゲンティアが認めた、エゼルフレイ戦役。その時のみ──。
どことなく人物像が掴めない。強いて言えばスズレだろうか。実力のある者ほど、それを見せびらかすことはせずに、誰かのために役立てる──。もしもこの記述通りの人間ならば──。
まだ冷めない頭を起こすため、俺は階下へ降りていくと、宿の主人がせっせと宿泊客の料理を用意している。その様子をはっきりしない頭のまま、ゆっくりと視線を動かしながら手すりに沿って降りていくと、見覚えのある後ろ姿が現れる。
背は俺と同じくらい。金髪の髪を剣の紋章のような髪留めで結い上げている。肩には騎士団の紋章があしらわれた肩当て。格好もどこか軍人と言うよりは、旅人のそれである。ロングコートの腰回りには、たくさんの器具の様な物が留められている。俺の足跡に気づいたのか、こちらを振り返った彼女は、開口一番にこう言った。
「約束通り迎えに来たぞ、青年!」と。




