第二十二小節 「リドウ王国」
あの空からの襲撃事件から一月が経っている。俺はスズレと周辺の調査と食料の補給も兼ねて一時的な地下の拠点を離れて見回りに出ている。正直に言って、この規模の破壊を起こして何もないはずはない。ここはリドウ王国の敷地内なのだ。自国の領地内で大規模な破壊と異常現象が起これば調査隊の一つや二つ、何もおかしくはない。むしろ、いつ捕まってもおかしくはなかった。それに、遠くからだが、どうやら兵達は俺たちを探しているようだ。それもそう──、アローガンスムーンが登る真夜中に出立して、数日後には、ここまでの大規模な事象が起これば疑われるのは自然な事だった。
「ふむ...奏梛殿。かなりの数の人手が駆り出されているようですね」
「──わかるのか...?」
「はい、気配を辿って──感覚的ですが。日に日に増えているように感じます」
「あぁ...一度リドウ王国に戻ろうかとも思ったが、これではな...」
スズレは眼帯越しのはずではあるが、奏梛が見つめる方向を共に視線を合わせて状況を把握していた。眼下には胡桃の行った脈の通り道が見える。全てが消失し、遥か遠方まで続くその破壊の跡に、改めて規模の大きさを実感する。
「一番厄介なのはリドウの静動騎士団...ですね。捜索隊の中にも結構な手練れが多い様です」
「噂には聞いた事があるな...そう言えばこの国に来たときに入り口の詩人と揉めた時も確か──」
「はい、シイラロゴスを神のように崇拝するこの国は武の国──。世界中からあらゆる強者が集まり、かの騎士団に志願し、入隊する事を望んでいます。リドウが立地の問題こそあれ、長らく平和を維持しているのはこの強固な軍事力あってです。波、動、二つの流派に分けれられて組織されており、その頂点はこの国の現国王、ドラグナド・ゲンティアと名乗る若い女性です」
「まいったぜ...俺たちはただでさえはみ出しものなんだ...。国の政に関わらない、ってのが胡桃とのルールだっただんだがな。このままじゃ、あの場所も直に見つかってしまう...」
「正直にいうと、リスクを犯してでも一度国内に戻るのはどうでしょうか?このまま、原質の森林浴を探すのはあまりにも危険です。本来であれば、すぐにでも向かいたいのですが、先日のペシェと名乗る人物。彼は気になる事を言っていました。リドウとソラリスの、二国で管理している場所──、と。それであれば一度リドウ王国に戻って、少しソラリスに関しても情報を集め態勢を立て直すのがいいかと」
「──だが、もし捕まりでもしたら俺たちは──。この色がもたらすトラブルっていうのは嫌というほど体感してきたからな...。二人だけなら無理もしたが......少し考えさせてくれ」
「──わかりました。ですがあまり猶予はありません。なるべく早く決断を」
「あぁ」
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俺たちは拠点に戻ると、ひとまず事情を説明し意見を募った。時間があまりない事。このまま進むには捕まるリスクが高い事。スズレの眼を失った事。グローザ。未知数が多いこの四人で強行して、原質の森林浴を探すか、リドウに一度戻り、態勢を立て直すか。
「うーん、でもリドウに戻っても私たちを探しているのなら、結局捕まっちゃうんじゃない?」
「確かに、どちらを選んでも危険であることに変わりはありません。ですが、未知の領域──原質の森林浴を目指すにはもう少し、情報が必要かと──」
「確かに...いつもその国には深く関わらないようにしてきたが故、だな。今回も準備はしたがリドウに関して俺たちは知らないことも多い」
「わたしは、ソウナに任せる」
「──グローザ...ちゃんと考えたの」
「ぅん」
胡桃は大きくため息をつくと、グローザをじっと見つめている。グローザは眼が覚めてからというもの、どこか思い切りがいいというか、決断が早くなったような気がしていた。彼女なりに何かを考えて実行しようとしているのかもしれない。
「よし──決めたぞ」
三人は奏梛の方へ視線を集めるとその今後の方針に耳を傾けた。だが皆が予想した答えは想像の上をいくもので、ある意味では平常運転ではあった──。
「──リドウの騎士団に入隊しよう」
「え...?」
「わかった」
「奏梛殿...」
「──まあ聞いてくれ。スズレも言ってただろう?世界中から、強者が集まる国、だと。だったら騎士団に入隊希望って事で滞在すれば、しばらくの間は怪しまれずに過ごせるんじゃないか?別に本気で入団するわけじゃないんだ。情報が一通り集まれば姿を消して、大樹海に戻ろう。どうだ?」
「簡単に言いますが、そんな──」
「賛成!私も騎士団に入る!」
「じゃぁわたしも」
「──リドウに来たばかりの頃、吟遊詩人と揉めたのを覚えてるか?」
「あぁー!あのオジサン!本当に嫌な人だったんだから!私がたまたま脈をちょっと出したらすごい形相で絡んできたんだよ!」
「まぁあれは胡桃が悪い...だが、あいつは言ってたんだ。どんな力も騎士団の入隊のためならば不問とする!ってな」
「もう、そのおかげで騎士団に入るつもりはないって断ると途端に町中に言いふらそうとして──」
「確かにあれは大変でした...」
「ようは、この国で神聖視されているシイラロゴスあっての騎士団だ。だったらそれを逆手にとればいい」
スズレは額に手をあてて、本当に困ったというそぶりを見せている、だが同時に悪くもない──と。シイラロゴスという象徴の名の下に成立する武の国──。先日の詩人の件も然り。かの騎士団に入隊し、この国をシイラロゴスの名の下に護るという口実は、確かに一考の余地はあるが悪くない。それに国内の深いところまで足を踏み入れる事になるが、今後の情報収集に関しても動きやすくなる。
ただ一つ心配なのは、奏梛の右腕だ。先日のペシェの一件で右腕にまとわりついていた黒い紋様が数日立つとすぐに消え去ってしまったのだ。何度も胡桃が触診し脈を確認し龍速も診ているが、あれから完全に回復してしまったのだ。それにグローザの生まれのこと。リドウの中枢部分に潜れば何かわかるかもしれない。
「はぁ...わかりました奏梛殿。私は情報収集を主に行います...。戦闘はどのみち無理ですから」
「...すまない、スズレ。今はこれが最善だと考えた。それと、騎士団に入隊するのは俺だけだ。胡桃とグローザはスズレのバックアップをしてくれ」
「えぇ!?なんで奏梛ひとりだけなの!私もいくに決まってるじゃない!」
「ソウナがいくのならわたしも入団する!」




