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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第三楽章 da capo 「アローガンスムーン」編
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第二十一小節 「休息」

 全身から吹き出した汗に荒ぶる呼吸。時間にしても一二分、と言ったところだ。質問に正確に()()()だけでも命懸けだった。得体の知れない突然の来訪に、身体中の細胞という細胞を全て掌握された感覚、そして突然の開放に心と体が悲鳴をあげていた。


「はぁ…っはぁ…!ったく…とんだバケモンがいたもんだ…。一体何だったんだ…突然現れて...質問だけして居なくなりやがった……」


 何か超越した存在──。一瞬思考をよぎったそれを、かぶりを振るって払い除ける。滴る汗を腕で拭い顔を上げると、先程、意識を奪われた一輪の花に眼がいった。この花、何処かで──?いや、今はすぐに皆の所へ戻るのが先だ。

 呼吸を整えて、皆を休ませている一時的な拠点、地下の建物に向かうため、急ぎ踵を返しその場を後にした。静かに扉を開け、室内に戻ると、スズレが──意識を戻した様だった。


「──奏梛殿…」

「スズレ…!意識が戻ったのか…!」


「実は先程から()()()()()はいたのですが…開かない眼というのが慣れずに黙っていました…」


 スズレは、微動だにせずに天井に向かって言葉を反響させている。妙なやるせなさ、喪失感を感じる声音だった。彼女の声が、どこかで俺の頭の中で、自身の声と混ざって自責の念が湧き上がる。拳を強く握りながら、目の前の現実にしっかりと向き合わないといけない。だが、口をついて出た俺の声はさぞ頼りなく聞こえたに違いない──。


「スズレ…謝るのは俺の方だ。駆けつけるのが遅くなってしまった…その眼は…少し...時間をくれないか。必ず元に戻してみせるから──」


「──いえ、それよりもなすべき事をして下さい。旅に同行するようになってから...いつも言っていたでしょう?私が、自分で決めたことです。どうかご自分を責めるのはやめてください。...ですが、暫くお二人の顔が見られないと言うのは少し寂しくはありますが…」


「すぐに...元通りにしてみせるから…...少しだけ耐えてくれ」


 ──どうやって?心の中で冷たい声がこだましている。胡桃の色はあくまでそれ以上傷口などが進行しないようにするためのもの。怪我の治療自体は白い脈でしか行えない。俺と胡桃は白い脈を使うことはできるが、スズレのように細かくまだ操作ができない。外傷に関して、あくまでそのまま瘡蓋で覆うような手当てしかできない。


「えぇ…貴方がそういうのでしたら。それと──。グローザは無事ですか?」


 この中で一番軽傷だったのはグローザだった。足首を捻ってしまったようで赤く腫れ上がってはいたが、それ以外は目立った外傷もなく安堵したのを思い出す。ただ一つ気がかりなのは、俺の脈──。蒼い脈がグローザに完全に馴染んでいるように思えのだ。この事は、まだ誰にも伝えていないが、胡桃あたりは気付いているかもしれない。その代償とでもいうのか、髪の毛がやたらと伸びており、腰の辺りまでだった髪が踵に達するほどに急激に変化していた。何やら毛先も妙に輝いている。だが今の時点では分からないし、本人がまずは目を覚ましてからだ──。


「あぁ…全員無事だ。胡桃も今は休んでいる。グローザも消耗は激しかったが、今は龍速も落ち着いているし、眠っているよ──」

「──奏梛殿。グローザについて話しておかなければいけない事が、一つあります…聞いていただけますか?」


「先日──、言いかけた事だな?」

「はい──彼女の名前に関してですが…」


「グローザ・フィルブリング・ソルスティス…と彼女は言いました。私の記憶違いでなければ、()()()()()()というのは()()()()()()()()()()()()()()()です。元々ソラリスという国が、世界に知られる様になった事件があるのですが──。いえ...これは今は関係ありませんね。すみません...話が逸れました。ソラリスには、いくつかの有名な貴族がおり、その中の一つにソルスティス家があります。」


「貴族...」


「ソルスティス家の発祥は、元はイリシャキルだと言われています。何故か、ソラリスが国として名を挙げた時、世界中の名だたる貴族がかの国に集まり建国したという背景があるのですが──。遠い昔に、()()という、世界を統べる器を持つものに仕えた、とされる高明な家系です。ですが、数年前にソラリスという国が、世界に対して国家として認知された時期に、()()()()()()ソルスティス家は建国時の内乱に巻き込まれ滅んだ、と聞いております。これはあくまで表向きの情報です。今となっては真相は誰にもわかりませんが...それに──」


「つまり──。グローザはソルスティス家の生き残りの可能性があるって事か──?」


「はい…。あの空中浮遊国家はわからない事がただでさえ多い国──。グローザの出自が分かったとしても、特に私たちの態度はもちろん、するべき事も変わらないのですが...。貴方は知っておいた方が良いでしょう」

「────」


「それと──。胡桃が気にしていた事ですが…これは私も確かに感じていた事です。グローザと、奏梛殿は何処か似ている。具体的な根拠などは提示できないのですが、瞳の色と髪の色くらいでしょうか?ですが、もしかすると何かしらの関わりがあるのかもしれません」


「────話してくれてありがとう、スズレ」


「いえ、私の仕事ですから──。それに...これくらいしかお役に立つ事は出来ませんので」

「何言ってるんだ──。...スズレ、今はもう休め」


 私はもう一つ伝えないといけないことがある。彼らの旅に同行しているのは償いのためだと──。だがその償いがこの両眼なら──。


「...はい、ではお言葉に甘えて──」


 すぐに一定の呼吸でまたスズレの寝息が静かに室内にゆっくりと力なく響いた。


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


 深い──。底が見えない海の底に沈んでいく。灯りも届かない深い深い海の底。浮かび上がろうと踠いても、重石をつけられた様にどんどんと深く沈んでいく。受け入れるしかない。沈み続けることに、抵抗する事に疲れ、ただただ光なき海面を見上げている。

 しばらくすると、何も聞こえない、見えない筈のそこには、大きな蒼い龍が海中で体を休めていた。美しい──と思った。規則正しく連なる光を纏った龍鱗に、たくさんの色の光を纏っている。竜の眼が開かれると、頭のなかに言葉が響いた。


「そなたは()()──、と」


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


「グローザ...!意識が戻ったか!!」


 手を伸ばした先には銀髪の青年と薄紫の髪の色の女性、そして眼帯で目元を覆った獣人の女性が居た。今の夢はなんだったのか──。目の前にいる自分の大切な人たちのことで思考は埋め尽くされ、先ほどの夢の記憶は泡となって消えた。


「ソウナ...!!」

「ったく心配かけやがって...!っておい...」


 私は、奏梛の胸の中に飛び込んで思い切り抱きしめていた。さっきまでの夢──。なんだかすごい大きなものに会って──。記憶の片隅で、その時の感情が一瞬戻ってくると身震いした。それをかき消すように奏梛に強くしがみついた。


「よくがんばったなグローザ...。よくスズレを守ってくれた」

「ごめんなさい、わたし...!気づいたらまた暴走して...!!」


「グローザが一生懸命に俺たちのことを考えてくれた結果だろう?謝ることじゃない。みんな無事...今はそれでいいだろ...?」

「ゔ...ぅん...」


「んもう、グローザはいつもくっつきすぎなんだけど!十数える間に離れなさい!」


「胡桃...」


「だれもグローザを怒ったりなんてしないんだから...ほら。早く離れて!」


「ふふっ...ようやく四人とも揃いましたね、なによりです」

「スズレ...!ごめんなさい...私のために眼を...!」


 私はソウナの胸の中から飛び出すと、スズレに駆け寄り、背伸びをしながらスズレの頬に手を伸ばす。だが、身長差で届かない──はずのその手をスズレは膝をつき、グローザの手をとり、自身の眼にその指先を当てた。


「スズレ...!ゔっぅ....もう...見えない...の...?!」


「何を言っているんですか、グローザ。あなたたちが治してくれるのでしょう?」


 スズレは優しく微笑んだ。眼帯越しにスズレの瞳が浮かんで私はずっと泣いていた。


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


 私は一月ほどずっと眠っていたらしい。飲まず食わずで一向に起きない私を心配して、奏梛と胡桃が交互に私を看病しながら、白い脈を使い、体内の脈が枯れないように調整し続けてくれたとスズレから聞いた。


「グローザ...まだ食べるの?もう五人前くらい食べてる」


 スズレと奏梛は今、見回りに外へ出ている。胡桃は頬杖を着きながら私の前に座って、食事の様子を見守ってくれている。スズレは割と早くには動けるようになっていたと聞いた。外傷が一番少ない私が眼を覚さない事を一番つきっきりで看病してくれたのは胡桃だとも聞いた。私としては奏梛がよかった、とは本人には伝えていない。胡桃にも本当に心配をかけてしまったようだった。


「胡桃...おかわり」

「もうダメ!奏梛達の分がなくなっちゃう!」


「──でも胡桃を困らせるくらいたくさん食べろってソウナが...」


「それは例えっ!夜まではもう我慢!はい!ご馳走様でした!」


「...うん、わかった」


 胡桃は私が食べた食器などを片付け始めている。私に姉がいたらこんな感じなのだろうかと、ふと頭をよぎった。彼女はこの四人の中でよく自分から料理番を買ってでていた。胡桃の作る食事は本当に美味しかった。上手く言えないが、食す相手のことを考えて作っているといえばいいのか。私は彼女の手料理が大好きだった。これも、もちろん本人には伝えていない。


「胡桃...ありがとう」


「うん?なにか言った?」


「なんでもないよ。この場所──ソウナが見つけたの?」


「そうだよー。グローザも起きたし、そろそろ移動したいんだけどさ──」


 なぜか胡桃がバツが悪そうな顔をしてこちらに振り返った。そういえば、私たちを助けてくれたのは主に胡桃のおかげだった、と奏梛とスズレから聞いた事と関係あるのだろうか──。


「胡桃...?」


「私、ちょっと頑張りすぎちゃったせいで...外にリドウ王国の調査隊が出回ってるんだよねぇ...」


「え...?」


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