第二十小節 「応戦」Ⅱ
「胡桃...おまえは本当に感覚でやってるんだなぁ...」
「奏梛だって同じでしょ!知ってるんだよ!いつも夜中にこっそり練習してるの!」
「見てたんなら声かけろ...」
「はははっ、お二人とも。目の前に集中してください。いいですか?お二人の特殊な色の脈は確かに強力、唯一無二です。奏梛殿は対象に、あるゆる意味で接続を可能とする蒼。胡桃、あなたの脈は対象を意図した瞬間のまま保存する──。ですが考え方次第で、治療する方面以外の使い道があると考えます。例えば──」
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私たちの力は、まだ解らないことが多い。奏梛が発する色は蒼。私は薄紫。でも、この世界に操れる脈の色は二つだけ。白と黒。それ以外はない。失われてしまったらしい。私たちはスズレから式を教えてもらうまで、完全に感覚でこの力を行使していた。スズレが言うには、式とは、吐き出す力の大きさや性質の方向を決定づけるもの、と教わった。正直全然理解できていない。それに──この力は、あまり好きにはなれなかった。対象をそのまま保存する。保存して──、そのあとは?式を利用して治療に応用できる様になったのは、スズレと出会ってから。私は力の使い方にはあまり興味が無かった。
奏梛が描くあの絵の様に──。二人で静かに暮らせればいい。だけど、それを脅かす存在がいくつもこの世界にはあった。私たちが誤って発現した色を見て怯える人、喜ぶ人。神の使いだと崇拝する人。──異端だと密告する人。天災。スズレに会う迄は、行く先々でトラブルが絶えなかった。その度に追いやられて──、腰を据えて一つの場所に留まる事が出来なかった。
だから私は、自分の力をよく知らなければならないと思った。特にスズレと出会った時、私たちは大怪我を負って──、スズレが助けてくれた。命の恩人だ。私たちの数少ない理解者を──傷つける存在は許せない。
「グオオォォ──ー!!!!!!!!」
大きく咆哮と共に吐き出されたその力は私たち目掛けて、一直線に放たれた。衝撃と轟音、そして風圧で立っているのも困難な程の地鳴り。
「絶対に──!!」
杖に脈を急激に収束──。この杖は、奏梛とルーグリッドの地下で見つけた宝珠をベースに作ったものだった。この宝珠には不思議な力がある。私の薄紫の脈を流し込むと、それを増幅してため込んでおく事ができた。これは奏梛には言っていない。もしもの時に──と、毎日欠かさずに脈を流し込んで、いざと言う時に使えるかもしれないと思ったのだ。今、それを全て解放する。全員で、生きて進むために──。このままならない世界から、私たち四人を隔離する──!
「うぁああああああああああああ!!!!!!!」
大きく杖の先端から光が溢れると、天に向かって大きく筒状の薄紫の脈が伸びていく。それは雲を突き抜け、遥か彼方まで真っ直ぐに。この世界以外の、まだ見ぬ星まで届く様に。胡桃の足元からは、円状に光が大きくあふれ出しており、その力は、奏梛、スズレ、グローザを優しく守る様に強く輝いて凄まじい脈の本流から完全に隔離した。
「はぁっ!はぁっ!!ううぅっ...!!!」
「胡桃──!!!無茶をするなっ!これだけの脈をどこで...!!」
「大丈夫だから...!!最後まで私に......私を、信じて欲しい...!!誰一人...!!失いたくないの...!私の力でも...スズレを...グローザを...奏梛を護れるんだって...!!!」
「──証明するんだっ!!!!!」
さらに自身の脈を上乗せし、杖に流し込む。無尽蔵に吸い上げるように、もっともっとと求められているようだった。増幅された脈は、天を突き抜けるほどに真っ直ぐと吹き上がり、そしてそれは、胡桃の合図と共に、前方の黒い龍脈獣──ペシェと呼ばれていたものに向けて一気に、降り下ろす。凄まじい脈の余波と轟音、そして地鳴りと共に世界が共振し、対象は完全に──消失した。
四人が立っている地面以外は抉り取られるように窪み、胡桃の脈の通り道は全てが──消失していた。どこまで続いているのか分からない。延々と、遥か先まで脈の通り道は全てを飲み込みまるで切り取られたかの様に、規模の大きさをまざまざと見せつけた。
「ケホッ...ゲホッゲホ...はぁ...はぁっ...」
「胡桃っ!!大丈夫か!!」
奏梛は、膝をついて息を荒げる私に駆け寄ると、いつものように優しく抱き起こして頬を撫でてくれた。その指先から彼の龍速を感じて、奏梛自身の無事も確かめる迄がいつものやり取りだった。でも、ここまでの危険は最近なかったなぁ、とどこか危機をやり過ごす事に成功した私は、気が抜けてそんな事を考える。
「へへっ...奏梛、どう?凄いでしょ...私だってやれば...できるんだから...」
「あぁ...!ありがとう胡桃...いつの間にあれだけの脈を...」
「はぁ...はぁ...もっと......褒めてくれてもいいよ...?」
「軽口を叩けるなら大丈夫だな...?一度、休める場所を探さないといけない...休んでいろ。スズレとグローザも俺が見ているから心配するな...」
「うん...ひとまずは大丈夫だよね...でもスズレの治療も急がないと...」
スズレに目をやると胡桃の式によって脈で包まれているが、彼女の意識が途絶えると、おそらくこの力も消失してしまう。すぐに移動を開始するため、俺はすぐに辺りを駆け回り、休める場所を探した。意識を集中してどこか安全に休める場所を──。そう考え始めた矢先、胡桃の脈の通り道から、抉れた地面に、建物の扉のようなものを見つけた。どうして地中に建物が──。いや、今は考えている暇はない。入り口の扉の様なものを蹴破り、中に入ると、そこは病室の様だった。長い間人が居ない事を証明する様に一面に埃が被ってはいるが、やけに物資などが充実している。すぐに俺は、そこに三人を運び込むと、スズレの治療──、そしてグローザの容態を確認しながらひとまずある程度のところまで治療を終えると胡桃を休ませた。
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しばらく室内で皆の様子を観察していると、窓の外から寒気が流れ込んできた。もうこんな時間に──。俺は三人の様子に変化があればすぐに対応できる様にと、集中しすぎていたのか──あっという間に月が昇り寒気が辺りを覆い尽くしていた。慌てて蹴破った扉を閉め、暖をとると灯に照らされて色々な考えが浮かんでくる。
「...俺は──、もっと強く...」
いや、強くなる必要がある。皆を護れるように、それは大前提ではあるが、ただでさえ生きていく事が難しい世界だった。常人であればまだ違っただろう。スズレと出会う前は特に──。リドウに来るまでも、多くの都市、村を渡り歩いてきた。本来俺たちは、こんな辺境のリドウまで来るつもりは無かったのだ。あの式を胡桃と成功させてから──何か、歯車が噛み合ってしまったように感じている。胡桃と出会って最初の頃は、お互いに今を生きる為に、感じたまま好きに生きていた。いつ死んでもおかしくなかったのもある。その日を越える事だけを考えてはいたが、お互いにそれは望んでいた事でもある。後悔はない。だが、俺たちは生き延びている──。そういえばスズレが言ってたな。腰を下ろして一つの場所に留まってみてはどうか、と。それに──。
考えに耽っていると突然──酷い嫌悪感が背中に張り付いた。なにかが空から、力のままに弱者を押しつぶす様に──。大地に根ざす全ての生命に対してなのか。圧倒的に底知れぬ圧。だが、これは俺のよく知るところだ。──殺意、そう、規模の違いこそあれ、これは殺意だ──。
皆を起こさぬように静かに立て付けた扉を開け外に出ると、大きく綻びた月がすぐに目についた。この国で見慣れ始めた光景。寒気が、一際ひりつく様に頬を撫でてはいるが、先ほど感じた殺気の発生源が見当たらない。
寒空の中、胡桃の破壊の残滓の凄さが改めて眼に飛び込んでくる。一帯は抉り取られた様に地形が切り取られており、その凹凸から抜けると、開けた場所を見つけた。木々がその周辺だけ切り取られたかの様に、ぽっかりと生えておらず、そこには奇妙な花が顔を覗かせている。月からの光を一身に浴びているようだった。その花に目を奪われて、反応が遅れてしまった。
「──そなたがやったのか?」
「......」
──振り向くと殺される。指先一本でも動かせば切り取られる。全身の至るところ、毛の先までもが掌握された感覚だった。初めてのことだった。ここまで格の違い──、力の差を見せられたのは。
「──余の質問に答えよ。肯定は沈黙。否定は首を一度振れ。二度振れば首を落とす。理解したか?」
「............」
「物分かりがよいな。この辺で凄まじい脈の放出があったと報告を受けた。ただの脈であればどのような規模であっても興味はない。だが──その脈には、色が付いているという報告を受けた。そなたか?」
ゆっくりと慎重に、一度首を振った。
「質問を変えよう。そなたからは妙な龍速を感じる。双眼の風を受けたものか?」
少しの沈黙の後、もう一度首を振った。
「最後の質問だ。そなたの仲間に──銀髪の少女はいなかったか?」
「............」
「それ以上拳に力と脈を集めた場合、首を落とす」
「............」
「──ご苦労であった。そなたとはまた、どこかで会うことがあるやも知れぬな」
その言葉を残すと、俺の背中を何度もズタズタに切り裂くように、膂力のままに押し付けられていた殺気は一瞬で消え去った。
「...っはぁ......はぁ......」
背筋には溢れるように汗が一気に吹き出し流れた。額からも大粒の汗が吹き出して視界を歪めた。
長時間呼吸すら自由に出来なかった。まるで深い海の底に沈められていくように──。




