第十七小節 「兆し」I
「…はぁっはぁ!」
「胡桃っ!急に飛び出すんじゃねえ!」
「だって…!それに…!奏梛には言われたくないもんっ!それよりもあそこ!…間に合うかなっ?!」
「──この距離だと…!」
この樹海に来てからというもの、妙な違和感がずっと続いている。纏わりつく肌に触れる風、空気とでも言うのだろうか。何かが混ざった様に感じる事が多い。現に他の三人は分からないが、俺は傷こそ負ってはいるのだが妙に傷口も早く塞がるし、何よりも枯渇しきっていた脈がすぐに戻ってくる様な、まるで龍脈を大量に浴びて──。
「脈を…浴びる……そうかっ!
「──胡桃っ!近くに龍脈の道は!」
「……!そっか!スズレも居ないし此処でなら良いよね…!」
胡桃はそう言うと、直ぐ様走るのを止め呼吸を整えると波紋を広げた。勢いよく彼女を中心として円状に広がっていく透明な波の様なうねりに意識を込めて──、探していた場所を瞬時に見つけると、奏梛の手を取り、今度は別の式を行う為に脈を集め出す。地面に刺した杖の先端の宝珠が淡く光ったのを確認して合図をだす。
「──準備できたっ!開いたよ!いつでも!」
「よし、時間軸はこれ位か…。距離は…よし入るぞ!」
私達の体は脈と溶け合い、水の様に変化すると大地に溶け合い、瞬時に落下予測地点の近くへ転移した。
大地に点在する龍脈の流れ道を移動する──。時間の流れる速度が違うこの空間は世界中に繋がっていて、これを利用して瞬時に遠距離を移動可能とする方法。かなりの制約があるから、頻繁に使えるわけではないのだけれど──。この場所を私達は龍の方舟と呼んでいる。内部は外界と違って、一方通行で、そして何よりも時間の流れが遅いのも相まって、気軽に潜ることができる訳ではなかった。それに、流れ道を見つけなかった訳じゃない。先日の天災を奏梛が吸い上げたのが原因だろうか?霞がかった様に探知できなかった道が一斉に感じ取る事が出来た。
大きなうねりの中をまるで海流に流されるままに移動すると、奏梛が指定した出口が蒼く輝いているのが見えて一気に飛び出す。
「ぷはぁ……!久しぶりだったから呼吸が続かなくて…」
「──あとは任せて休んでろっ!」
「うん、ちょっと……休憩…はぁ…はぁ…。後…お願い…」
落下の軌道から考えてもこの辺りで間違いない。予想通り、狂いなく空から降ってくるそれを受け止めようと自身の脈を掌に集め、指先で空間に「鍵穴」を刻む様に描く。その先に指先を押し込むと気の幹の様に脈が透明な通路を伝って世界に広がっていく。接続を開始する──。
「奏梛っ…!この辺りの風はなんだか、普段と違うことが多かったから…!注意して…!」
「心配するな、風向きを少し変えるだけだ…!すぐ終わらせる…!」
彼の手から広がる蒼い脈が、呼応する様に突如、大きく風が吹き荒れる。風向きと風量を慎重に制御しながらゆっくりと、落下速度を落としていくと、それを近くに降ろす事に成功した。さすが奏梛だ、と一先ずの安堵感に胸を撫で下ろした。私は奏梛に拳を向けて「お疲れ様」と合図を送る。
「なんとか、間に合ったな。……胡桃、大丈夫か?」
「──うん…ごめん、先走って行動しちゃって」
「珍しいな、胡桃が反省してるなんて…」
「…だって、分かってはいたけど。ただ落ちていくのを見ているだけって抵抗が…あって」
「…そうだな」
胡桃が気づいていない筈はなかった。もう生命活動を停止している事くらい、遠目からでも龍速はある程度測る事は出来る。それに、内心駆け出していく胡桃に奇妙な安心感を覚えた。もう随分と一緒にいる事になって、何ひとつ変わらずに居続ける彼女が羨ましいとさえ思っていた。
俺は思考を一度振り払い目の前のことに集中する。まずはこれを──。地面に降ろしたそれを確認しようと、近づくと──。
「……これは…」
「奏梛?どうしたの?」
近くの木に寄りかかって、呼吸を整えていた私は奏梛が絶句している理由が直ぐに分かった。
「…これって…….」
「──なんだ…こいつの…身体は……」
確かに手があり、足があり、人型ではある。だがそれには、顔がなかった。更には尻尾の様な物が腰から生えており──。この全身を切り刻まれた様な傷跡も相まって、強烈な嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「……酷い」
地面に寝かせた体を観察しながら、多くの傷がどうやら戦闘でついた傷のように思えた。掌には剣ダコの様に無数の凹凸に、関節に隙間なく埋め込まれた、鉄製の何か──。幾つかは以前、ルーグリッドで見たことのある物もあった。奴隷の動きを阻害するための装置。必要な筋力しか使えない様に制限するための器具。実験──?
「──何かの拷問や実験に遭ったのかな…」
「あぁ…だが傷の量もそうだが、この身体から生えている尾や、顔が削ぎ取られた様に平面だ…一体…」
「──奏梛…もう…休ませてあげよう…?」
「あぁ…」
俺たちはその場に小さな墓を作った。埋葬し気休めにしかならない、いや自己満足なのかも知れない。道端に生えた小さな花を添えて。胡桃はショックが大きいのだろう。俯いて静かに涙を流していた。声を上げる訳でもなく、静かに。
肩を寄せて、俺たちは墓の前で安らかに眠ってほしいと黙祷を捧げた。
「──胡桃…行こう。俺たちに出来る事はもうない。スズレもグローザも心配してる」
「うん…」
服の袖から指先を探す様に俺の手を握ると、しばらく彼女は静かに涙を流して肩を震わせていた。
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「──さて、もう一度聞きます。先日此処にとぉってもすごい吹雪が起きていたはずなんですがぁ…。どうしてまだ生きている人が居るのでしょう…?」
「あなた達は、どうしてこんな大樹海の奥で両の脚で立てているんですかぁ?」
「────」
「…グローザ、私から離れない様に」
ソウナ達が駆けて行った後、彼らは突然空から光と共に降りてきた。降りてきたのは三人。三人ともなんだか鼻を突くような独特な香りが、離れていても漂ってくるのが分かった。
「──いえ、私達はたまたま此処に居合わせた、しがない旅人ですよ。あなた方がどちら様なのか見当もつきませんが、彼女も怯えています。要件を私共にも分かりやすく教えていただけませんか?」
「わかりやすく……?ハハハッ!面白いなぁ君は!要件も何も!一つしかないだろうぅ?!あの天災とも言える環境でどうして生きていられるのかと聞いているのに!!それに…君たちはどうやら、こんな樹海の奥深くで野宿していたようじゃないか?!興味をそそられない方が…おかしいだろぅ……!」
男はそう言うと、大袈裟に一歩を踏み出す素振りを見せてスズレの警戒心を煽っている。
「困りました…何度もお答えしていますが、私達は家族で大国の喧騒から離れ旅を始めたに過ぎません。先日の天災…といっても遭遇していない以上お答えが難しい…」
「この子も怯えておりますので…そろそろお引き取り願いたいのですが?」
「何を言っているのだぁ?お引き取り願いたいのはこちらの方だよっ!本来なら人が居るはずもない、いや、徹底して管理された区域に人がいるのだ。此処は我が国──。ソラリスとリドウが半分ずつではあるが所有権を持っている、禁域の一つ」
「王国関係者でさえ、人を選ぶような場所にいるのはそちらだよぉ?だが、わたしは君たちに興味が湧いたのだ。それ故に、捕らえずに申し開きをする機会を与えていると言うことに気づかないのかね…」
「……」
「最初の質問に戻ろうぅ…先日の天災をどうやって凌いだ?」




