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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
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第七小節 「桜」Ⅰ

 志弦が月の民から「選民」によって、選ばれた際の事だ。彼女はまだこの世に生を受けていない。胡桃が身籠り、本来であれば安静に日々を過ごすはずだった当時──。「月沙」は「ソラリス空中浮遊都市」と戦争状態にあった。戦局はソラリスの一方的な侵略と奇襲、そして内部の裏切りによって、月沙は瞬く間に滅ばされてしまう。ソラリスからの追手を何とか振り切り、当時、胡桃はルクセリアに寄港し志弦を()()()


 俺は──すぐに「選ばれた」と理解した。胡桃の脈を引き継ぎ、唯一の複数色の脈を扱える者として生まれた彼女の運命を案じ、彼女に秘匿結界を施したのがそもそもの始まりだった。


 この世界には「白」と「黒」の脈しか残っていない。ソラリスが求めたのは正に、「それ以外の色を操る者」である()()だった。【原色の時計台】という七つの色を司るとされる、月の民が住まうその地に辿り着くために必要な色───彼の国「ソラリス」から狙われることを危惧しての事だった。


 ()()()()()()()()()()()───俺はまだ言葉も発することも出来ないその幼子に、結界と加護を施しソラリスからの追手を振り切ろうと考えた。あれから十年──。


「いっそのこと……」


 様々な感情、記憶が次から次へと乱雑に溢れてくる。収まる場所のないその感情と記憶を思考の隅へと追いやり、またうねりを上げて近づいてくる。建物の屋根から屋根へ飛び移りながら、志弦がいる王城へと、ただただ急いだ。普段であれば転移で移動したいところだが、正直なところ、今は脈を纏うだけでも体にとって負担が大きい。自身の脚を使い王城へと潜入した。


▼△▼△ ▼△▼△


 多くの人で賑わう広場中央で、ソワレと玖我音の会話を聞いてしまった。本来、俺は此処に来るべきではない。だが、それを言うなら、俺は──そもそもこの国に、いやあの子が成人するまでは近づくべきではないのに──。



「奏梛はさ──どうしたい?」



また、聞こえない筈の声が聞こえた気がする。



▼△▼△ ▼△▼△



 王城内に着くと、ごく小さな波紋状に脈を一瞬だけ掌に集めゆっくりと広げる。広がっていった粒子状の脈はすぐさま志弦の場所を捉えた。胸の辺りを強く抑えながら脈の反動に耐え、何とか志弦の場所を把握した。禁書庫のある東棟の志弦の自室へと向かう。ゆっくりと扉を開けると、そこには桜色の髪の少女が苦しそうに息を荒げ眠っている。


「志弦…」


 この距離で──しっかりと瞳に捉えて実感した。()()()()()()()の髪色──。

 意識を切り替え、その場で大きく息をはき出し呼吸を整える。空間に印を刻み、式を行使しようとしたその時──開けっぱなしの窓から桜の花弁が鼻先を掠めたかと思うと、その場で意識が薄れ──膝から崩れ落ちた。


「──これは…胡桃の…」



▼△▼△ ▼△▼△



 気付くとそこには桜の樹が立ち並ぶ見慣れた場所だった。それは俺にとって、いや、()()()にとっての特別な場所。「月沙」だった。かつての仲間と共に建国した国──。

 失われたはずのその光景だが、眼前に広がる景色があまりにも現実味を帯びており、現実との区別が付かない。意識の揺らぎから、しっかりと状況を確認し道なりに通りを真っ直ぐに歩きだした。

 しばらくすると、大きな建物を囲うように桜の木々が建ち並ぶ広場へとたどり着く。中央に大きな月と剣聖の称号である「鍵」と呼ばれる二対の刀をモチーフにしたモニュメントがある。その光景に記憶のそこから、様々な感情が溢れ出そうとした時──その声は聞こえた。



「──若様」



 ()()()を聞き間違えるはずはない。そう、何度も何度も──。この声の主はいつも俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、濁りのない瞳で笑っていた。本当に長い間を共に過ごし、死戦を潜り抜けた。そんな一生で自分という人格を形成するに至った者の声を違える筈はない。振り返ると、本来背中まである髪を月沙の簪で美しく結い上げた女性が、微笑んでいた。それは、いる筈のない過去の余韻、想いの残滓──。十年ぶりに目にするその姿に、感情が大きく揺さぶられた。



「──胡桃」



「はい、若様の──お久しぶりですね。こうやって会うと少し...恥ずかしいですね...」


 目の前に映る俺の知っている胡桃と、同じ姿をしたその女性は、少し照れながら頬を指先でなぞりながら、変わらない笑顔で、変わらない瞳でこちらを見つめて、語りかけてくるが──


「───」

「───────」


「…待ってくれっ!声がうまく、聞き取れな──」

「───」


 胡桃は、此方を見て悲しそうに俯く。届けたい言葉が何かの力によって──。認識を阻害されているのだろうか。しばらくの間、静寂が二人を静かに包んでいた。永遠とも思わずにいられないその沈黙の後、彼女は呼吸を整えて再度真っ直ぐに俺の瞳を見つめると、一息に空間に印を刻みはじめた。

 俺はその式が何を意味しているのか、すぐに理解する。何度も何度も、繰り返し目に焼き付いた式と空間刻印。それは「秘匿結界術」──。生まれたばかりの志弦に行使した式を、今行うという事、それはつまり──封印の解除を指す。


「どうしてだ…何か…理由があるのか──?わかんねぇよ!胡桃…!何とか言ってくれよ…!!」


 高度な式を「解除」する場合、同じ式を再度対象に刻み込み、それを融和する事で解除となる。

【胡桃の本来の力】であれば、その段階を飛び越えていくことも可能だが──胡桃の式が構成されていくのと同時に、俺は後ろから──もう一つの足音に気づき振り返った。

 そこには、桜色の髪が特徴的な少女が立ちすくんでいた。そう、俺が一生をかけて守ると誓った少女が──そこにいる。驚いた様子だが、どこか冷静に状況を飲み込もうとしているようだった。


「…ピアノの人…?…ねえ、貴方達はだれ…ここは…?」


「志弦──()()()()()()()()()()──?」


「───。──────────────」


「─────────。──────」


 モニュメントの前で胡桃が志弦に向かって何か話しかけているが、またしても言葉が上手く聞き取れない。もどかしさを感じながらも、その光景を見守り続けるしかなかった。それにどういうわけか、俺の声も志弦には届いていない様だった。ただ、その場に居合わせる事しかできない──心の奥底で、彼女を失ったあの時の無力感が燻って火がつく様だった。


「─────────。──────」

「うん…構わないよ…」


「─────────。──────」

「───」


 しばらくそのやりとりを見ていることしかできなかった俺は、その後に胡桃が発したであろう一言を聞き、志弦が複雑な表情を浮かべているのに気付いた。向きを変え、此方を見つめながら静かに呟く───「貴方だったのか」と──。志弦は何かを察した様に頷くと、胡桃の方を向き微笑んだ。


「…私は──」


 志弦が言葉を続けようとすると、今度は志弦自身も上手く発音が出来ない事に気付く。届けられる筈の、その言葉は、空間をただただ、無色の振動として空気を振るわせただけだった。戸惑いながら状況の把握に努めようとするが、桜の花びらが風と共に、その場の三人を包み込むと、この世界が軋みを上げて一気に崩れ出す。


「若様──。わたしは───志弦の───を──」


 崩れ出す世界に呼応するように、胡桃の身体にもひび割れが始まり、欠片が桜の花弁となって志弦を覆い隠していく。俺は手を伸ばし──腕の中で二人を優しく抱き寄せようとするが、触れるのと同時にバラバラに跡形も無く砕け散った。


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