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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第三楽章 da capo 「アローガンスムーン」編
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第十五小節 「欠けた片鱗と」

 綻びた刃のような輪郭を伴って、六時間だけ姿を表すその月が引き起こす事象。凄まじい程の急激な温度変化。この国の人々はこの「夜」の事を「アローガンスムーン(驕り高ぶる月)」と呼んでいる。語源には諸説あるのだが、過去に「シイラ・ロゴス」が月の民に与えた影響の名残りだと言う説が主流ではある。長い戦いの中で互いに負った傷跡の大きさをそのまま月が表しているのだと──。


「──グローザは随分と博識なのですね」


「村にいた頃…よく読んでいた本があった。何度も読み返した。スズレはお気に入りの本、ある?」


「そうですね…。この旅を始めてからは特にそういった事から遠ざかってしまって…」


「…そっか。あの...もしスズレが良いなら...」


「はい」


「…スズレ、今度わたしにお医者さんの知識を教えて欲しい」


「…ええ、構いませんよ?ですが、私は教えるとなると手を抜けません」


「…うん、頑張って覚える」


 四人は陣形を組みながら、歩みを進めている。前にはスズレとグローザ、奏梛と胡桃で警戒しながら二人一組となって隊列を組む様にした。提案したのはスズレだ。先日の一件から胡桃がいれば、気を緩めさえしなければ奏梛を無理矢理にでも静止することが可能だと踏んだ。肩の傷も塞がっただけで、いつ傷口が開いてしまうかわかったものではない。出来るだけ戦闘から遠ざけておきたいという思惑がそこにはある。

 事実奏梛は本調子ではない。歩き方、重心の掛け方がおかしく、本来であれば一月は安静にしていて欲しいものなのだが──。「原質の森林浴」の手掛かりを掴んだ以上、その場所に回復の可能性に賭けた。医者としては、到底考えられない選択である。だが、彼の症状を考えるとあまり猶予はないと、スズレは考えている。それに、これは伝えてはいない事だが、()()()()()()()()()()()()()はずなのだ。


「──ねぇグローザ、この方角…」


「どうしたの」


「うーん...」


 訝しんで煮え切らない胡桃に、スズレは声をかける。らしくもなく、顎に手を当てて首を傾げながら唸っている胡桃は酷く不格好だ。


「胡桃?どうしたのですか?」


「うん…さっき通った気がしない?気のせいかな」


 胡桃が眉を顰めてグローザとスズレに改めて問いかける。鬱蒼とした森林地帯に突入しているが、どんどんと木々の密度が高まっているのと変わり映えしない景色に何処か違和感を感じているのだ。併せて極度の気温差が引き起こす湿度の影響で辺り一体は霧が深まっている。


「──大丈夫、迷ってない。ここは()()()()()()()()()人を近づかせない様にしてる」


「──なにそれ、性格悪いぃ」


「……うん」


 毒づく胡桃に小さく返事を一つ打ち、グローザは歩みを進めている。ここは()()()()()()なのだ。もう一度ここに足を運ぶとは思っていなかった。ソウナがここに来たいと言わなければ──。いや、正直にいって私はまだ躊躇してる。彼の纏う不思議な脈がそうさせるのか、妙に皆と打ち解けている。


「もう少しで、着くよ」


「......」


「グローザ、一つ気になることがあるんだが...」


「どうしたの」


「──グローザは言ったな、原質の森林浴に捨てられた、と」


「...うん…。でも、ソウナが探してる場所がそこなのか…ごめんなさい。わからない。…ただあそこには──。とても大きな龍脈の溜まり場があって...私は()()()()いたの」


「...そうか」


「見えたよ、あの雲が渦巻いている下──」


 段々と霧が晴れてきた先にグローザが指を差す。その先には、空に漂う雲が大きく切り離された様に円状に分離しており、白く淡い光が地上から天に向かって真っ直ぐ伸びている。大樹海(イセリアフォレスト)にこれほど大きく空に向かって光が突き抜けている場所があるのであれば、冒険者にすでに開拓されていてもおかしくないはず。あたりも妙に静まり返っている。これだけの異常地帯、遠目でも確認できそうなものであるはずなのに──。それに先ほどから体に何かが纏わり付くような感覚が拭えない。そのことを身をもって知るのには特に時間はかからなかった。


「──奏梛殿...これほどの異常地帯を外部から確認できずに、今まで発見すらされていなかったというのは考えづらい。警戒を怠らないでください」


「リドウからそこまで離れてるわけでもないのに...どうして誰もいままで辿り着けなかったんだろう?」


「それは──」


 グローザが胡桃の質問に答えようとした矢先に、()()は起こった。

 空に向かって伸びていた光が急に、大きな轟音と共に飛散していく。その粒子が辺り一体に雪のように鋭く降り注ぐと、突如先ほどまで霧がかかっていた周辺が突然の豪雪に見舞われて気温が急激に下降していく。


「…奏梛っ!これマズいよ!さっきまで一切感じ取れなかったのに...!!」


「これは...龍脈…?」


「──皆さん!離れずに密集体形を!」


 スズレが声を荒げると、四人は逸れないようにお互いの手を取り合う。背中越しに円状に寄り添いながら体制を立て直そうとする。突如として、まるで住処を荒らされた獣の様に、牙を剥き一行の足をその場に留めようとしている。余りの事象の大きさに、すぐに胡桃は式を構築しようと杖を媒介に力を行使しようとするが──。


「...?!どうして…!」


「胡桃...!?早く空間の隔離を...!」


「それが…!ダメっ!力が集まらずに飛散して...!なんでこんな時に…っ」


 突然の豪雪と辺り一帯を襲う天災級の環境変化に通常であれば常人など冷静さを欠いて呑まれてしまう。だが胡桃と奏梛、スズレは違った。ここに来るまでに多くの困難を強引に己の脈と式の特殊さでねじ伏せてきたのだ。だが──。その頼みの綱とも言える力がこの天候変化と共に上手く発現しないのだ。本来であれば収束し、思いのまま、感じるままに操れる脈が、吹き荒ぶ風に絡め取られるように──。上手く集めることが出来ずに胡桃は表情を歪めている。


「奏梛!ごめん…!なんか無理、かもっ…」


「──胡桃っ!手を…!」


 ますます風が強くなり、身体を寄せ合うくらいに密集していても、瞬きの合間に相手を見失いそうな程に天候が荒れ狂っている。俺は胡桃の方へ手を差し伸べると、目を開けていられないほどの悪天候の中、彼女の額にまで顔を近づけると()()を求める。


「…!ダメだよ!あれは負担も大きいんだから!せめてもう少し身体が回復してからじゃないと、奏梛が耐えられない!」


「──早く…しないと手遅れになるっ!大丈夫だろ!何とかしてくれるって信じてるぞ!」


「…こう言う時にそういうのずるい!!」


「奏梛殿、まさかっ…!」


「スズレっ!グローザ!俺と胡桃にしがみつけ!早く!」


「ソ、ソウナ!」


 スズレはグローザを抱え上げると、奏梛と胡桃に言われたままにしがみつく。どうにも嫌な予感が拭えないが、致し方ない。この場は二人に任せるしかない。


「…行くぞっ!」


 俺は胡桃の手を取ると、直ぐに蒼い脈を発動させ片方の手で地面を探る様に起点となる場所を探し出す。身体から大地を伝う様に、根を張りながら辺り一帯を蒼い枝分かれした脈が覆っていく。十分に行き渡ったのを確認し胡桃に合図を送る。


「胡桃…良いぞっ!やってくれ!!」


「やっぱりダメっ!今の奏梛じゃ耐えられないよっ!今度あんな事があったら私…!!」


「他に策があれば教えてくれ!気づいてるんだろ!この吹雪もそうだが、吹き荒れてる風に乗って…!」


 先程から暴風が肌に触れる感触に、妙な違和感を感じているのだ。突然の天災に驚きつつも、この感触は二人にとっては馴染み深いものではあるのだ。違えることは、ないと断言できた。


「…!だけど…!」


「早くしないと手遅れになる!俺を信じろ!やってみせる!」


「…もぅ!!!」


 胡桃はそう言うと枝分かれした奏梛の脈に伝う様に自身の脈を伝わせていく。彼女の薄紫の脈が蒼と混じり合い、よりはっきりと紫へと変化し染め上げていく。広げ切った全ての枝の色が変化すると、胡桃は力を込めて脈を今一度集め、力押しで式を展開する。


「染式・還!」


 胡桃がそう唱えると同時に、一瞬世界が動きを止める様に低く唸る様な音が響いた。かと思うと、大地が大きくうねり脈動を始める。波紋の様に地形を隆起させながら発した音が彼方まで飛んでいくと、辺り一帯を突如襲っている吹雪は奏梛の体へ急激に吸い上げられていく。この凄まじい豪雪と荒ぶる風もろとも、細かな赤い粒子となって彼の構えた掌へ集まり収束し、吸収されていく。彼の首元から見える赤い痣が共鳴して赤く輝いているのをグローザは見逃さなかった。時間にしてものの十秒にも満たない。突然の天災はまるで何もなかったかの様に彼の掌へ消え去り、辺りを包んでいた霞や風も収まると、空には青空が太陽の光と共に顔を出した。


「──た、助かった…?」


「はぁ…はぁ…」


「凄い…」


 スズレは二度目になるが、改めて目の前で起きた事象を起こしたのが、まだ年端もいかない若い男女だと言う事に驚きを隠せない。だが、目の前で起きた奇跡の前に霞んでいたが、これは確か──。根本は龍脈を吸い上げる式だった筈だ。


「…奏梛殿っ!!」


 胡桃と奏梛は膝を着き、その場に倒れ込んでいる。胡桃の顔には疲労感こそあるが問題ない様だ。だが──。


「…はぁっ!…ゲホッゲホ!!」


「ソ、ソウナ!大丈夫?!」


 スズレとグローザは二人をゆっくりと起こすと呼吸を整えさせる様に、何か出来ないかと必死で思案している。苦しそうに胸を抑えながら、身体中が紅く発光しており、収まる様子がない。奏梛は息をするのも苦しそうで──、だが何をして良いのかもわからず、咄嗟に思いついたのは──。


「ソウナ…!今楽に…!」


「…!グローザ!今の奏梛に接続しちゃ…!!」


 奏梛から渡された脈──。蒼の脈をグローザも発現すると彼に流し込む様に脈を注ぎ始めた。次第に奏梛の呼吸はみるみると収まり始めるが──。

 それを胡桃は直ぐに切断しグローザに険しい顔で問いかけた。突然善意から行った行いが中断され、グローザは驚いている。だが、それを中断した者の表情は一際険しいままだった。


「この、式はね…はぁっはぁ…龍脈を…濾過する、式なの。媒介とするのは奏梛自身。彼が濾過を終えるまで…脈で繋がるのは…駄目…!グローザが…中毒になってしまう。奏梛の痣が紅く光っているの…見える?それが収まるまでは…」


 息を荒げながら、乱れた呼吸でグローザに説明する胡桃の眼は今までにないないほどに真剣だった。その真剣さに気圧され、グローザは素直に過ちを認める。


「ご、ごめんなさい…」


「ううん…知らないんだから気にしないで…ゲホッゲホ…。大丈夫…もう、すぐ…終わる筈だから…」


 胡桃がそう言うと、奏梛の身体が紅く一際大きく発光したと同時に、完全に意識を戻した。彼は目を覚ますと掌を何度か握り返しながら、身体の感覚を確かめている。


「ゲホッゲホゲホッ………はぁ…はぁ…。なんとか…成功した…な」


「本当に…バカ…」


「二人は一体…」


 グローザが言葉を続けようとすると、スズレは肩に手を優しく置いて、まずは移動と休息を提案した。「まずは此処にとどまらず、休める場所を探しましょう」と。



△▼ △▼ △▼ △▼



 四人はその場を少し離れて、すぐ近くに簡易的な休息するための拠点を設営した。リドウで準備した物資がようやく出番というわけだ。先ほどまでは、深い霧や夜になると訪れる急激な気温変化のため、場所を選ぶ必要があったが、先ほどの事象以降、辺り一体は春の様に暖かな風が穏やかに辺りを包んでおり、一時的な拠点設営に問題なしとスズレは判断した。月が出るまでに休める場所を見つけて移動すれば問題ない。グローザはあれから横になって休んでいるソウナにつきっきりで側を離れようとしない。胡桃はそれを見ながら何処か複雑そうな表情で見守っている。


「ソウナ…あなたは一体…」


「気になる…か?」


「うん…」


「別に意図していたわけじゃないんだがな…。自分達が受戒し、死んでいくだけの人生に抗ってみようと…胡桃と考え抜いた結果があの式でな…。あれは、受戒者を治療できるんだ…九割ってとこだがな」


「え…」


「信じられないだろ…?まぁ俺もまだ自分で言っておいて半信半疑な部分はあるんだが…。要は俺の体はどうやら龍脈に耐性がある様なんだ。それを利用して龍脈を吸い上げて、俺の蒼い脈で純粋な龍脈に戻し、吐き出すって訳だ」


「りゅ、龍脈を濾過って…さっきの風に龍脈が混ざっていたの知って…」


「──グローザもやっぱり気づいてたか。そう、大地を流れる…この星に元からある力の流れ…」


「まだはっきりとしたことは言えないが…どうやら、今この世界にある龍脈ってのは、()()()()()じゃないみたいなんだ。これに関してはスズレが詳しいな」


「そうですね、私が同行しているのはその為もありますし。奏梛殿を媒介とし、本来あるべき龍脈の力を用いて受戒者を治療する方法を、この二人は見つけたんです…とんでもない人達でしょう?」


 少し呆れた様な、困った顔で口元の煙草を巧妙に咥えながらスズレは深く息を吐き出しながら答えた。そんな様子に胡桃は言わずにはいられない。


「──スズレ、それ褒めてるのかなぁ?」


「胡桃。褒めているに決まっています」


「…まぁ、偶然の産物ってヤツさ。元々俺と胡桃はもういつ死んでもおかしくないほどに侵食が進んでいて…。ちょっと()()()がきっかけでもう少し生きてみようってなったんだが…。──色々試していくうちにこの方法を見つけてな」


「奏梛殿…今現在、過去を含め、世界中を探しても受戒者の治療法など存在しませんよ。ましてや自身を媒介にした式など…そもそも龍脈は人の手に負えない、()()()()()()()()()()()()()でもあるんです」


「そりゃあ、私と奏梛が作った式だし!真似できる訳がないよね!」


「──受戒者…の、治療…」


「どうした?グローザ」


 わたしの意思とは無関係に頬を伝ってくるものに気付いたのは発した言葉の後だった。どうしてだろう、止められずに溢れてくる。感情がわからない。私は今、何を感じて、何を伝えたいのだろう──。


「あれ…。なんか、涙。止まらない……」


 目を擦りながら、つい口をついて出た言葉はありきたりな、一人の人間としての希望だった。一度侵されたら死を待つだけの病──。こんな感情が、言葉が溢れても、おかしくないのだろうか。わからない、わからない事が多すぎる。


「わ、わたしも、治るのかな…」


「…ほとんどの症状は抑え込める筈だ。もう少し後で言おうと思ってはいたんだ。俺も胡桃もスズレも…。隠していた訳じゃないんだ。言うのが遅くなってすまない」


「いや、奏梛殿。伝えるべき相手を選ぶ必要がある非常に繊細な事柄です」


「…….」


「そうだよね…。直ぐに信頼なんか…できる筈…ない。受戒して…浮滲結晶が出て…。拾ってもらった先でも捨てられて…。ソウナに会って…わたし何も考えずにソウナを信頼してた…」


「…」


「グローザ。信頼する人は間違ってないよ。奏梛はちょっと無茶ばっかりして、愛想もなくて、思いつきで飛び出していく様な無鉄砲さがあったり、子供っぽかったり…」


「褒めてんのか貶してるのかどっちなんだよ…」


「今回は奏梛には発言権はないんですぅ。私とスズレの言う事を絶対に聞かないといけないんですぅ」


「そうですね…今回は私も奏梛殿には医者として言わなければいけない事が山ほどありますよ?」


「だけど、あの場ではああする他に…」


「────」


 胡桃が優しくグローザにウィンクをして微笑んだ。


「──もう少し休んだら移動しよう?月が出ればまた極度に冷え込むのは変わらない筈なんだから」


「わたし…」


「なぁに?まだ奏梛にお説教する?」


「えっと…。皆に…話せる…。いや、話したい」


「……」


「わたし、この先の龍脈の溜まり場に捨てられたって言った…よね。奏梛達の目的地が、そこなのかは分からない…けど…そこに捨てられる前の事が、あの場に長い間居たせいで…記憶が前後してて、ぐちゃぐちゃなの。でも…一つだけハッキリと思い出せる事があるの…」


「──わたしの生まれは、()()()()って言う国なの…。何処にあるか、知らないかな?」


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