第十四小節 「出発前夜」
「案内…?」
「そうだ」
「奏梛、こんな小さな子に案内なんて無理だよ。それにこの気温もそうだし、グローザには過酷過ぎない?リドウに戻って施設に預けて──」
「!!」
「──施設はいやッ!」
目の前の少女が似つかわぬ声を突然上げる。場の空気が少し張り詰めていく。胡桃は彼女の表情を注視すると、俯きながら小さく消え入りそうな声で何かを呟き震えている。
「……」
「ふむ──」
「奏梛殿、一緒に同行して問題ないのでは?」
「────」
「何かあっても、私達がいるのです。あの登山に比べたら、か弱い少女一人増えたところでなんら支障はないかと」
「そうだね、スズレもいるし──。わたしも問題ないよ。その…ごめんね、グローザ」
グローザはずっと心ここに在らずといった様子で、そんな少女を見かねて奏梛は彼女を抱き抱えて持ち上げた。一瞬驚いた様に身を震わせたが、触れた相手が奏梛だと気付くと直ぐに受け入れて、彼の胸元に顔を埋めている。
「すっかり気に入られてしまった様ですね…」
スズレは胡桃の方を意地悪く視線を投げかけて口元を緩めている。そんなスズレの様子を胡桃は気にせずに言葉を続けた。
「グローザっ!奏梛にくっつき過ぎ!」
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一行は体制を立て直すため、祠の中で数日休んでから進む事にした。その間、グローザはすっかり皆と打ち解けたようで、まだ幼い少女が胡桃とじゃれあう姿を見て笑っている。スズレは何処か遠目でその状況を俯瞰するかのように見つめる奏梛の側に腰を下ろすと、焚き火の前に手を当てて薪を焚べる。
「────」
「……」
「これで…命を救われたのは二度目だな」
「ははっ…わたしの記憶ではもう十を超えてからは数えることを辞めたのですが…認識に相違がある様です」
少し意地悪い顔をしているスズレは炎から視線を逸らさずに奏梛に答えた。彼は申し訳なさそうな表情をしているのは、顔を見ずとも容易に想像できた。そんな彼もスズレには視線を向けずに目の前で揺れる焚き火に向かって言葉を続けた。
「なにか──、聞きたいことがあるんじゃないのか」
「ふふっ…そんなにわかりやすかったでしょうか?警戒しないで下さい奏梛殿」
「……」
「私にも…口には出さずに留めておいてある事があるのはご存知でしょう?」
「…スズレ」
「奏梛殿も、もう少し私を頼ってくれても良いんですよ」
「十分助けてもらってるよ…どうしたんだ」
「──二人が担ぎ込まれて、治療をして…妙な縁があって一緒に旅に同行する事になって──」
「スズレもそんな感傷的になる事があるんだな。ハッキリと聞いてくれたって構わないんだ」
焚べた薪がパチンと響いた。それを合図として少し踏み込んで話してみようと、スズレは背中を後押しされた様な感覚に襲われる。気後れする事はない。彼の身体を治療する医者として──、当然の権利でもあるのだ。
「──奏梛殿、今のままではいずれ手遅れになります。何処かで、皆で腰を据えて過ごしてみるっていうのは考えていただけませんか?」
「勿論、今旅を続けているのは例の式の件だという事はわかっています。ですが──」
「……」
「…その言い方だと、俺がいつ死んでもおかしくない様に聞こえるぞ、スズレ…」
「…この旅の間は私が保たせてみせます。ですが──」
「…」
「それと、もう一つ気になることが──」
焚べた薪が激しく破裂し、じゃれあう胡桃とグローザはこちらに気付いた。グローザは直ぐに小走りに奏梛の元へ行くと、包まれる様に彼の前に座り、後ろから手をとり彼の温もりを感じている。
「奏梛、何を話してたの。わたしも聞く」
「…大した話じゃないよ」
「嘘、話さないなら脈に聞く」
「待て待てっ…」
グローザは手のひらに力を集めると蒼の脈が収束しだす。そのままゆっくりと奏梛に蔓を伝う様に伸びて行き──。
「もう、グローザ!ダメだってば!」
胡桃が反対側からこちらに、杖を構えてグローザと奏梛の接続を断ち切った。
「…これは会話が必要なくなるくらい、相手のことが理解できるから、奏梛の隠し事こっそり聞く」
「もうっ!この前まであんなに怯えてたのに、馴染みすぎだよっ!その式は相手に負担も大きいから気軽に接続しようとしない!」
「ごめんなさい…。胡桃、嫉妬してる。私が羨ましい」
「んなっ!」
「ははっ…」
「奏梛…笑ったね」
幼い銀髪の少女は、奏梛に向き合うと、頬に手をあててその笑みを言葉以上に肌で感じたいと手を伸ばす。
広角は優しく緩んでおり、その姿はどこか遠い昔に見たことがあるような錯覚を覚える。あれはいつどこで──。記憶を辿るよりも早く、目の前の双眸は視線を私から逸らさずに穏やかに答えた。
「──いつまでもこうやって暮らせたら良いなってスズレと話してただけだ。グローザは胡桃の言う事はちゃんと聞け」
どこかで、こんなやりとりを遠い昔にしたような──。それが何時だったのかは霞がかかったように上手く辿れない。どちらにしろ確かなのは、そのやりとりはとても心地の良い思い出だったということ。
「──うん、わかった」
「それとスズレ。さっき言いかけてたのは──」
スズレは奏梛からの問いに、眼を見ずに目の前の焚火に向かって言葉を続けた。
「はて…タイミングを逃してしまった様で失念してしまいました」
「…切り出すタイミングは任せるが、溜め込みすぎるなよ」
「…わかりました」
かぶりを振るう様に意識を払うとスズレは内心で言いかけた言葉を復唱した。グローザが先日話した名前──。ソルスティス。近いうちに話しておいた方が良いのは間違いない。それは、彼女のよく知る家名の一つでもあるのだから。
「さぁ...明日の朝一番で出発だ、今日は早めに休んでおこう」
「グローザ、先日も話したが無理に案内する必要はないんだ。本当に良いのか?」
「うん…わ、わたしも確かめたい事、あるから…」
「そうか、わかった」
奏梛はそう言うと、グローザの方を優しく見つめて「無理はするな」と声をかけると立ち上がり、明日の準備を始め出した。




