第十一小節 「グローザ・フィルブリング・ソルスティス」I
目を覚ますと、二人の女性がこちらを警戒しながら視線を注いでいる。一人は獣人族だ。もう一人は桜色の髪が特徴的で、彼女もまた此方に鋭く視線を送っている。恐らく、いや、確実に行動次第では殺される──。特に獣人族の方は、眼の奥に一握りではあるが殺気が混じっている。
私は何故、奏梛を襲ったのだろう?記憶がない。覚えているのは、空腹で倒れて蹲っていたのが最後。
そうだ、あの時──。何か悍ましい感覚と共に襲われて──。何度も思考を繰り返すが思い出せない。逡巡する思考と、目の前の状況が組み合わさりながらも敵意がない事を証明しなければならない。
「…ここ、は──」
「お目覚めかな、お嬢さん?」
「──あなた、たちは…」
少し大きく呼吸を整える様に咥えた煙草をふかしながらスズレは答える。吐き出す煙に目を細めながら、その眼前に起き上がった少女をしっかりと見据えている。
「──わたしは、スズレ。こちらは胡桃。あなたの横で未だ眼を閉じている、奏梛殿の仲間です」
「目が覚めたばかりで申し訳ないのですが…奏梛殿が起きない内にハッキリさせておきたい事があります」
目の前の獣人族は、口元の煙草を咥えたまま、だが目の奥に途端に殺気が混じり出すと、淡々とわたしに向かっていくつか質問を投げかけた。
「まず、貴方はどうして奏梛殿を襲ったのですか?返答には気を付けてください、何せそこで眼を覚まさぬ男の想い人がいる故、何をし出すかわたしにも検討がつきません」
「スズレ…言い方」
「ん?間違ってはいないでしょう?」
「いや、そうなんだけど、いや違くて…」
「だが胡桃も、そろそろ一人の女性として奏梛殿を──」
「スズレ?!待って、話の方向がおかしい!わたしは──」
「もう少し胡桃は積極的にですね──」
「今はこの子をどうするか!でしょ!」
「ですが──」
目の前の二人が途端に気の抜けた様なやりとりを始め出し、言い出すタイミングを掴めぬまま、まずは事実を伝えようとわたしは素直に言葉を選び正直に、自分で理解できる事から伝えていく。
「──敵じゃない…」
「────」
「……」
「その割には…奏梛の肩に!随分と美味しそうに噛みついてたけど…!」
桜色の髪の女性──。綺麗な瞳に整った顔立ち。それに優しい脈を纏っている。こちらの獣人族の女性も脈こそ普通だが、穏やかな脈を纏っている。私には龍速という、体内の生命の循環が見える。それは、その人の本質を表す様に、脈は決して嘘をつかない。
「ご、ごめん、なさい…私…き、記憶が抜けてて…」
「──続けて」
「は、はい…私…捨てられて…何日も食べる事が出来ずに倒れてしまって…」
「意識が、ず、ずっと朦朧として、う、動けなかった、は、筈なのに…」
「何か最後に覚えてる事は無いのですか?」
「…ご、ごめんなさい…」
「ふむ」
スズレは少し考え込んだ後、咥えていた煙草を消すと、新たにもう一本火をつけて、大きく息を吐き出す。さてどうしたものかと、スズレは内心この子を連れていくかどうかを考えている。奏梛と胡桃の事だ。おそらくは、結局この子を保護し、安全な所まで送り届ける、といった方向に着地する筈だった。だが、ここで予想外の方向へ話が進んでいく。
「そ、奏梛は…まだ、眼を覚まさない…?」
「それがどうしたの」
「わ、わたし、奏梛と、ゆ、夢の中でお話し、した…」
「────」
「夢って言った…?」
「胡桃…?」
胡桃は表情を一変させると、黙り込んで下を向き何やら小さく呟いている。スズレが声をかけるも胡桃は返事をせずに、何かを一人確認している。
この子は、ドラグナドショアに入ったという事?奏梛の脈で繋がったせいで強制的にあの場所へ入ってしまった──?だけど、あれだけの龍脈濃度の中で精神体でとは言え、無事にこちら側へ戻って──
「──胡桃!」
「…ご、ごめん!…考え込んじゃった」
「そ、そうだ、貴方の名前…聞いてなかったよね。わたしは胡桃!…貴方は?」
「…グローザ・フィルブリング・ソルスティス」
わたしは、つい隠し名まで正直に伝えてしまった。何故だろう、この人達の前では正直に居なければいけない、と感じている自分がいる事に気づく。だが、それは裏を返せば嘘が通用しないという事──
「なっ…」
「ご、ごめんなさい、グローザ…です…」
「スズレ?今度はどうしたの…??」
「……」
「────」
「────」
「今の…家名みたいなのは?」
「そ、それは…あまり言わない様にって村で言われてて…」
「二人してまた質問攻めか?」
三人とも声のする方向へ振り返ると其処には満身創痍の男、奏梛が目を覚まし、立ちあがろうとしていた。




