第七小節 「彼岸」
「…奏梛殿と、この少女が…心で──」
スズレは顎に手をやりながら、状況を整理する。そう、彼の能力には解らない事が多く、その力を目の当たりにする度に驚嘆しながらもその事象を深く洞察し理解を深めていく──、という工程を彼女なりに繰り返している。だが、心となると話は変わってくる。
脈で癒せるのは外的損傷のみなのだ。精神に作用する式となるとスズレは専門外であり、さらには心という曖昧な概念を繋ぎ合わせるとなると──。少なくともスズレの知識内だけでは説明はしきれないのだ。
だが一つだけ──。思い当たる節は無くもない。奏梛は自身の力をある一定以上行使すると決まって、その前後の記憶が曖昧になるのだ。彼は以前からこの現象に頭を抱えており、だが決まって彼が記憶を欠落する時、何かしらの生命が失われる瞬間である事が殆どなのだ。よって、スズレがこの旅に合流してから特に──。出来るだけ意識下で制御できるギリギリ以上は脈の行使を抑えるという約束事があった。
そんなスズレを横目に胡桃は「心」の接続が解除出来ていない状況に、ある種の確信を持っている。そう──、二人は恐らくあの場所にいるのだ。
「龍の方舟──」
「──胡桃…?心当たりがありそうですね、お聞きしても?」
「────」
「……」
「ごめん……ぃの…」
「胡桃…?」
「──言えないの…」
「────」
「…理由はお聞きしても──?」
「…奏梛の許しがないと、これは──言えないの…ごめんなさい」
「……」
「──ふむ」
「でも…二人がいる場所は想像つく」
「────」
「………」
「──分かりました。まずはここを移動しながらどうやって二人を呼び戻すのかを考え、整理しましょう」
「ただでさえ、この気温で消耗が激しいのです──、意識が戻らない二人を護りながら進むのは、奏梛殿も望むところではないでしょう。まずは休める所を近くに探します」
「──胡桃は奏梛殿を、私はこの少女を」
スズレはそう言うと、奏梛と同じ銀髪の少女を応急手当てしながら、傷などを確認すると、背中に背負い移動を開始する。
道中二人の間に会話は殆ど無かった。胡桃が話しづらそうにしているのを見て、スズレは何となく察していたし、彼女が話せる様に準備ができてからでも遅くはない──。それに、奏梛が目を醒ませばそれでいいのだ。彼女は裏表のない性格なのだ。誰にでも平等に嘘がないのだ。そんな彼女が言い澱む理由など自身が思い当たる訳がなかった。よくも悪くも、奏梛と胡桃と旅を共にして、密度の高い綿密な時間を過ごしてはいるが、二人の絆に比べるとスズレはまだ、何処かで及ばない、と感じていたからだ。
二人を担ぎながら、少し進むと高く聳える岩場の壁面に窪みがあり、雨や風を凌げそうな浅い洞窟を見つける。洞窟内で、辺りの安全を確認すると、直ぐにスズレは火を起こし、二人を横に寝かせて症状を観察する。奏梛の背中の傷は中々に酷いものではあるが、治せないほどではないと診断した。
だが──、奏梛の隣で意識を失っているこの少女は、全身に細かい傷をこさえており、こういった野外での生活が長期に渡っていた事を連想させた。踵や指先に至るあちこちに野外での生活が長かった痕跡が残っている。こんな──、幼い子が一人、この様な悪辣な環境下で生きて行かねばならない理由など──。
「スズレ、あの──」
「…どうしました、胡桃」
「この子──、外での暮らしが長かったのかな」
「恐らくは。指先や踵の皮の厚さなどかなり過酷な暮らしだったのやもしれません」
奏梛は──と言いかけて、つぐみそうになった口を勇気を出して開き、だが、本来話さねばならない事では無く、別の言葉を吐き出す自分に嫌悪感を感じた。しかし、この言葉も嘘では無いのだ。どうしてあの時──。
「──奏梛は…どうしてこの子を庇ったんだろう…」
「……」
「そうですね…奏梛殿は何と言うか──、突然思い切りが良いと言うか、突拍子もない事をする方ですからね」
「前は──、なんて言うか奏梛はとても慎重な感じだったんだよ?」
「────」
「奏梛殿も、変わった、という事ですか?」
「──解らない、けど」
「少し、遠くに行ってしまってる気がして──」
「それはお互いの距離が離れたわけではありませんよ、胡桃」
「──以前もお伝えしたと思いますが、お二人の歩幅が大きくなっているだけです。移動する距離が以前よりも成長し大きくなっているのでしょう。離れている様で、胡桃の歩幅も大きくなっているのですから。直ぐに手の届く距離にいますよ、貴方達は」
スズレは、胡桃に答えながら、少し胸が苦しくなった。嘘ではないのだ。だが──、この二人の成長の速度は規格外であり、よくも悪くも急ぎすぎているとさえ感じるのだから。
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大きな、大きな、蒼い龍がいる。此方を見て、静かに喉を鳴らしている。目の奥に紅い光を宿しており、その色が目に入った瞬間、景色が一変した。大地から溢れる脈が大きな広場の中央に向かって流れている──不思議な街並み。薄い紫色の花弁が舞う不思議な木。其処にはどこかで見たことのある男を含めて、何人かが楽しそうに笑いながら談笑している。特に銀髪の青年と、もう一人、銀髪の女性が嬉しそうに笑って──。
「……あれは──、わたし…?」
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「目を...覚ましたか?」
後方から聞こえた声の主の方を振り返ると、先程の薄紫の花弁が舞う大きな木の近くで笑いながら談笑していた銀髪の男が、此方を見て静かに笑っていた。先程目にした時よりも少し若い──?肩口からは大量の出血の跡があり、大きな怪我を負っている様だったが、傷口の大きさに対して出血は止まっている。私の視線に気付いたのか、男は肩口を見て眉を顰めたかと思うと、問題ないとでも言いたげに「気にするな」と言葉をこぼした。
「──名前は?なんて言うんだ?」
「わた…し?」
「他の誰が居るってんだよ、ここには俺とお前の二人だけ。警戒せずとも心配ない。ここでの会話は外には絶対に漏れないしな…」
そう言うと男は何やら自嘲気味に顎に手を合わせながらバツの悪そうな、不思議な表情をしていた。二人の間に静かに静寂が流れた後、その唇が震えながら言葉を紡いだ。
「………」
「──」
「──グロー…ザ」
「──グローザ・フィルブリング・ソルスティス…」
「──奏梛だ」
「奏梛、ここは…どこ?」
「此処は、龍の方舟。龍脈の流れる無数の通路のうちの一つだ」




