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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
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第六小節 「想いの秤 / ソワレと久我音」

 ー建国パレード当日ー


 ルクセリア・トレスに王位が受け継がれてから十年。

 当時の王が十年前、ある事故によって王位を退いた真実を知る者はごく少数。当時は口々に根も葉もない噂が飛び交い広がった。王城では火消しを行わず人々の口から上げられる噂には触れずに居続けた。真実を明るみに出来ない歯痒さに耐え続けたのが現女王ルクセリア・トレス──。人生の伴侶を失い「託された」子を自身の子と同じ様に育て上げた彼女は十年一人で戦い続けていた。彼女のその過去を知るものは王城内で玖我音ただ一人。

 人々の思いというのは、移ろいゆく──。例えそれがどんなに悲劇だったとしても、各々の方法で前を見て歩き出さないといけない。前へ進むために必要な儀式を執り行い、ようやく過去のものとする為に。


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼


 奏梛、ソワレ、ゴズの三人は建国パレードが執り行われる中央の広場へと向かっている。行き交う人々は口々にルクセリア女王を称え、十年の節目である今日という日を祝福している。


「あーっ!ソウナあれ美味しそうだよ!」

「ソワレ…さっきたらふく奏梛と飯食ってただろ」


「はいはい、ゴズ君は黙ってくださーい」

「俺の分まで全部食べてたのにまだ足りねえのか…」


 私達のやり取りを見て奏梛は微笑み、それを見てはつられて笑顔が連鎖していく。何も高望みなんてしていない。こんな日が続いて欲しい。それが私とゴズの願いだった。こういう時、誰にこの気持ちを預け、願えば良いのだろうか──。


「──ソワレの手料理が美味しいのは自分が美味しいもの食べたいから…だもんな?」

「そう!そうなのっ!やっぱ食事って大事だし!どうせ食べるなら美味しく食べる為の勉強はなんだってするんだから」


「あんなに食べる割には身体は華奢なんだよな──」

「ソウナっ!流石良い事言ってくれるー。それに加えてゴズ君は私の美貌にも努力があると言うのをもっと理解してほしいよ」


 ソワレはふざけながら、一人前を歩きステップを踏む様にクルクルとロングスカートを靡かせてご機嫌だ。「ちゃんと前見ねえと危ねえぞ」とゴズが注意するものの、ソワレは止まらない。彼女の足取りの軽さが、そのまま今のルクセリアを表していた。彼女の靴の底が鳴らすステップは妙にこの人混みでも心地よく響いていた。

 ゆっくりと歩みを進めていくと、人の波がだんだんと大きく形を成して、広場へ向かう道が遅々として進まなくなる。


「全然進まなくなってきたね…うーん、此処からだともう下手に戻っても人の流れに逆らうだけで時間かかりそう──そういえば、今日、志弦ちゃんってパレード参加するのかな?」


「…どうだろうな。この国に長く住んでる者でも人前に居るのを見た事があるのはごく少数しかいない。普通の生活を送らせてやりたいが──」


 言いかけてゴズは、自分の失態に気付いて奏梛を見て謝罪する。「すまない、浅慮だった」と謝るゴズに奏梛は「気にするな」と返すが、何処か複雑な表情を浮かべている。記憶の保持と、複数色を纏う存在──。この世界で、それがどういう意味を持つのか。


「──────」


 奏梛は一人考えに耽っていると、徐々にその姿は人流の中へと呑み込まれていこうとしている。ここで逸れてしまうと、合流するのが大変だ。わたしは、声をかけようと奏梛の顔を見て──


「…ソウナ?」


「────」


「え、あ、ちょっと待って!ソウナ!逸れないようにしないと!」


「──ッゴズ!」


 ゴズの方へ振り返ると、すでに人混みの奥に飲まれていて合流が難しい。ゴズなら逸れても問題ないと、意識を切り替え、人の波を奏梛の方へかき分けていく。広場を埋め尽くすほどの人が、一定の速度で動き続けているこの場所では、勢いが強すぎて彼の背中は既に視認できない。

 逸れても尚、奏梛が呑み込まれていった方向へ──人流を真横に横断しソワレは前進を続けると──人混みを抜けた建物の入り口前で一人、黒髪の女性がソワレを出迎えた。こちらに気付いたようで、少し驚いた様子だったが、こちらに気づくと表情を緩めて笑顔で迎えてくれた。


「──ソワレ様」


「クガネ?…ソウナは?」


「いえ…ソワレ様達もご一緒なのですね」


「──ソウナと逸れちゃって慌てて来たんだ…何かと思ったら…クガネが呼んでたの?こんな呼び方するなんて何かあった…?」


△▼ △▼ △▼ △▼


「──」


「言い辛い事?」


 少しの沈黙の後、玖我音が続けた。その目は何処か今を見ていない、遠い過去に囚われた者の眼だ。そう、私達と同じ。彼女もまた、苦しみながら前進しているのだ。そんなわたしの気持ちとは裏腹に、彼女は優しく頬んだ。


「ふふ…」


「──ソワレ様、ご立派になられましたね」


「ええっ…?どうしたの玖我音、いきなりそんな事言って」


「いえ…十年も経っているのです。当然ですね」


 その言葉を聞いて、ソワレは何処かでしまって置いた感情が少しだけ。そう、少しだけ溢れそうになった。無理やりに蓋をした様なものなのだ。何かの拍子に不意に出てしまうその言葉──それは恐らく、わたしの本心なのだろう。



「──私達。同じ国にいるのに十年顔を合わせてない」



 少し言い方に棘があったかもしれないと、少し後ろめたい気持ちになった。だが事実だった。同じ国に住みながら、十年顔を合わせないというのはルクセリアでは意図的にそうしないとほぼ不可能に近い。いくら王城で勤める者とそうでない者といえどこの国は島国であるのだ。国の大きさなどはたかが知れているのだ。お互いにそれは分かっている。意図して会わずに十年を過ごした───だからこそ、わざわざ口に出す事では無いのを知っている故に、罪悪感の様なものを感じた。


「そう…でしたね」


「...それで?玖我音は奏梛を多分呼んでた?んだよね──何かあったの?」


 この時、私はどう表現したら良いのかわからない感情を抑えるのに必死だった。出来るだけ平然を装ってはいるが、そんなのはおそらく彼女には透けて見えていた事だろう。


「──志弦様の…」


「…」


「結界の維持は出来ていますが、綻びつつあります…。ここ数日、パレードの準備などもあって人前に出る事が少なからずありまして、一度、奏梛様に───」


「──ソウナに結界の再構築をさせる、の…」


玖我音が言い切る前に私は口から言葉が溢れてしまった。


「────」


 玖我音は複雑な表情を浮かべ、返答に困っている。彼女自身も「理解」はしている。今の”主人”にそんな高度な式を行う事は非常に難しい、いや不可能に近い。

 だが、玖我音は志弦と奏梛を天秤にかけた時、今、彼女の中では全くの同一の重さを占める程、志弦の存在が彼女にとって大きくなっている。奏梛が秘匿結界を張ったあの日。常に離れずにそばに居続けた玖我音には、もう家族同然の存在だった。ソワレは表情を曇らせて、だが視線は鋭く玖我音を捉えている。ソワレがこんな表情を見せるのは、此処に居ない二人の男性ならばすぐに気付くところだ。


「…ねえ、クガネ──ソウナには…そんな余力…ないよ…。志弦ちゃんの事は……理解してる。だけど、一緒に居られないって事もっ…!」


「──もう、ソウナの身体は本当に酷い状態で…!!」


 自然と掌を強く握りしめて感情のままをぶつけてしまう。 奏梛の体の状態を直接的に全て見ている訳ではないが、所作や常に体の一部分を庇うような動きをしているのだ。彼の状態が芳しくない、油断ならないという事は、ここ数日共に過ごす中で痛いほどに理解していた。それ故に、どうしても言わずにいられなかった。


「はい…。重々承知しております。先日も限界を超えてお体を酷使されていた事には気づいて…」


「──じゃあどうしてっ…!!志弦ちゃんの結界を維持するために力を貸してほしいってお願いしようとしてたんじゃないの…!!今の彼にはそんなの無理だよッ!!」



「もうソウナを()()に──」



 言いかけて直ぐにソワレは失言だったと気づき、口を抑えるが、それでも玖我音を真っ直ぐに見つめた。玖我音の瞳が揺れている。彼女も()()()()()()のだ。


「ごめん…今のは失言だった──けど、わたしは間違った事は言ってないよ…」


「…奏梛様になんとかして頂けないかと、相談しようとした事は事実です…。ソワレ様──十年とは、人が変わるには十分な時間ですね…」


「──ねえ、王城で過ごさなくても…私達と一緒にいるって選択も志弦ちゃんにはあると思う。知ってるでしょ、ゴズは”調律師”だよ。志弦ちゃんだって楽器に囲まれている方が今より──」


「そう、ですね…。私は戦う事しか出来ません、それにこの力も奏梛様から受け継いだ力ですが、【奉還】も近い…。私には志弦様をお守りする力も…」


「それならッ!!じゃあどうして奏梛は一人で旅に出ないと行けなかったの…!この国に戻ってきたのもクガネが呼んだんじゃないの!」



「──わたしはッ!!…私だって、ずっとソウナに会いたかったよ…」



「でも……わたしはこの国を離れられないし、彼がこの国に来るってことは一つしか…ないんだよ…!!どうして一緒に居てはいけないの…?ソウナだって自分の手の届く所で守りたいに決まってるのにっ!!」


「────」


 玖我音は必死で堪えている。彼女の言い分はその通りであり、自身もまた、全く同じ事を思わずには居られないのだ。あの日から──。玖我音は苦しそうに小さく呟いた言葉は建国パレードの熱気の中で掻き消える事なく二人の間に大きな距離を感じさせずには居られなかった。



「私も…許されるなら()()と共に──」


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