第六小節 「生と死に座礁する者」
獰猛に、獣の様なその出立ちも相まってまさに獅子のような──、十分に膂力の乗った一撃の後、少女は剥き出しの獣性をそのままに蒼い脈を纏う奏梛へ。勢いよく噛み付くと血と脈が溢れて声にならない声で低く呻きを上げながら肩口を噛み砕こうとする。少女の歯は、野外での生活が長い故なのか、その強靭な顎でかなり深く奏梛の肩に食い込み、離れていてもわかる程の鈍い音が響く。
──そう、これは何処かで見たことがあるのだ。この、本能のままに。生きるだけに特化したような生存本能は──。あれは確か胡桃と会う少し前に──、生を諦めるのか否か。謂わば生と死の彼岸に座礁した者のみが知る強烈な生きる意志に他ならなかった。
「っぐぅぅ…!!!!」
だが──、奏梛の肩に噛みついたそれを自身が掴もうとするよりも早く反応し、消滅させようと言わんばかりの脈を胡桃が放とうとしている事までは奏梛も気が回っていなかった。だが彼女の手から放たれようとしているその力を、この少女がまともに受けて原型を留めておけるかは五分五分。そこまで思い至ったのは、胡桃の手から圧縮された脈がまさに直撃しようとする刹那。しかし、肩口を噛み砕かれようとしている奏梛はあろう事かその少女を庇うように胡桃の式を、少女を掴んだまま自身も同じく圧縮した脈を瞬時にぶつけると、大きな爆発音と共に対消滅させ、背中に大きく傷を負ってしまう。
「──っ奏梛!!!どうして…!」
「────!!胡桃っ!!待ってくれ!!!」
胡桃がたった今放った式──。溶け合わない脈の色同士を、強引に逆回転で同調させ反発し合う威力を極限まで特化させた反共鳴の式だった。スズレなど、白と黒の脈しか操れない者達にとっても、この共鳴式は基本中の基本であり、事実スズレは数刻前には胡桃と奏梛を案じて熱風を、この共鳴式によって発動させていた。だが胡桃の共鳴式は、かなり趣向が異なるのだ。溶け合わない事で反発し合うその瞬間的な力を、都度保存し続けたものなのだ。命中した対象には、反発しあった回数だけ生じた力の奔流を瞬間的に爆発させる。スズレが先程見せた式とは威力の桁が違うのだ。その凄まじさは彼の背中の傷跡がまざまざと見せつけている。奏梛が対消滅させて尚、あの威力なのだ。
「──奏梛っ!!!私の反共鳴なんて受けたらどうなるかなんて解ってる筈でしょ!!どうしてそんな無茶を…!!」
「奏梛殿!!」
大きな轟音がゆっくりと彼方まで響き渡ったかと思うと、奏梛の肩口に噛み付いていた少女は今の爆発で気を失い彼の肩にそのまま項垂れている。そんな少女を胡桃は嫌悪感と共に鋭く奏梛の肩越しから射抜き続けており、隣のスズレは彼女がこんなに怒りを前面に押し出す事があるのかと、心の何処かで──、この状況にはそぐわない一種の安堵感を覚えていた。スズレにとっては、この二人は何もかもが規格外なのだ。瀕死の重症で彼女の元に運び込まれた時も、二人は同時に意識を戻したため、彼女たちのこう言った激情をスズレは初めて目の当たりにした。
「──奏梛殿っ!そこから動かずに!私が脈で足場を作りますゆえ!!」
「あぁ…すまねぇ…な…」
スズレはこの三人の中で唯一冷静で居続けなければならないと常々意識している。初めて見せた胡桃の昂る感情もそうだが、先程の奏梛の独断による行動を踏まえても──、この二人は危なすぎるのだ。場をなんとか出来る力をたまたま持っているだけの、年若い男女だと言うことをスズレは常に念頭に置いていた。そして、先程の爆発から──、胡桃の様子がおかしい事にも気付いている。意図せず結果として奏梛を傷つけた事で気が動転して手元の杖から行き場所を失った脈がまだ渦巻いており、彼女の感情に呼応して飛散せずに留まり続けているのだ。
「私っ──、奏梛に傷、を…」
「────」
「胡桃っ!しっかり意識を持ちなさい!奏梛殿は無事です!私が完全に治してみせます、今は目の前の事に集中をっ!」
「──スズレっ…」
だが、スズレは奏梛を高所からゆっくりと下ろすと状況はそこまで易しいものでは無かった。少女の口元は彼の肩口を噛み付けたまま意識を失っており、爆発の衝撃でさらに食い込んでいる為、かなりの深傷となってしまっている。意識を失っている少女の顎をゆっくりとスズレは開きながら奏梛の肩から外そうとするが、このまま離すと傷口からの出血が大き過ぎるのだ。一人では──。だが今の胡桃に治療の手助けは可能なのだろうか──、逡巡するが答えは一つ。今やらなければ今後の生活にも支障をきたしかねない大傷なのだ。
「──胡桃!早くこちらに手をっ!」
「…胡桃っ!!」
「──う、うん…!」
胡桃は行き場もなく集まり続けていた脈を漸く飛散させると、杖をその場に力無く落とした。直ぐに奏梛に駆け寄ると震える手をそのままスズレの指示に従って、なんとか少女を奏梛から引き剥がす事に成功するも──、出血が止まらない。胡桃は指示通りに自身の力で一時的に傷口を固定、そのままの状態で封印を施した。大量の出血は伴ったが、失った血の量としては五分五分といった所であろうか。余談は許さない状況ではあるが、まずは一つ目の峠を超えた。
奏梛自身は、傷口から少女を引き剥がす際にも声を上げずに、その強靭な精神力で二人の治療を受け入れていたが──。途中から呼びかけても、何やら意識がハッキリしない様子で声をかけても返事がないのだ。そして、それは横に倒れている少女も同様だった。胡桃は自身への強烈な嫌悪感と、目の前の少女への感情の整理が上手くいかず、表情を歪めながらもなんとか奏梛の応急処置を終える。
「奏梛──、聞こえる…?胡桃だよ…?」
「────」
「…….」
「──今できる事は終えましたが、奏梛殿とこちらの銀髪の少女、意識は戻っている筈なのに…」
「──まさかっ…」
胡桃は妙な胸騒ぎを感じ、銀髪の少女の口元を伸ばしっぱなしでボサボサの髪を掻き上げて確認すると、唇と歯に蒼い脈が纏わりついているのだ。奏梛の蒼の力は胡桃は誰よりも理解している。彼女は直ぐに気付いたのだ。──そう、これは対象との接続を解除しない限り、お互いが繋がり続ける式なのだ。奏梛の意識もあるのに返事がない、つまりそれは精神──、心が繋がり続けている状態なのだ。それは胡桃にとっては特別な意味を持っており──。
「胡桃…?何か気付いたのですか?」
「うん──」
「この子と…奏梛の接続が解除されてなくて──」
「あの爆発の影響なのかな…心まで繋がってしまってるみたい…なの」




