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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第三楽章 da capo 「アローガンスムーン」編
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第五小節「生存本能」

 俺は父として失格だった──。

 あの子が龍脈中毒である事から目を背け、食い扶持を減らす為に、村で日常的に行われている「それ」に従い、あの子を()()()。そんな彼女を抱えてこの村にあの人達がきた時は天罰だと死を覚悟した。()()龍脈の海から還ってきて()()()()あの子を見て、正直いつ殺されてもおかしくないと震えが止まらなかったのだ。だが──、あの子は記憶を失っているようで、俺の顔を見てもまるで他人を見る目で──。俺が誰なのか、何も分からないようだった。他人のように振舞われた事によって、自分の中の罪悪感が刹那的に緩んだのを実感し、許されたと勘違いした俺は、考える事を辞め、ただ今日を生きる事だけを考えて逃げ続けたのだ。


だから、今日遂にそのツケが回ってきたのかと──。



△▼△▼ △▼△▼



 突如として胡桃の式の陰から姿を表した少女が奏梛に切り掛かる。目元は黒く澱んでおり、何やら体の節々が赤黒い印のような者で覆われている。身体を回転させて捻りながら、胡桃の式によって一時的に隆起した地形を上手く利用し、高速で駆けながら体勢を低くし近づいてきたのだ。だが、何かがおかしい。こういう時、真っ先に狙うべきはスズレか胡桃が殆どではあったのだ。一番の実力者を率先して狙うその理由──。見た目の幼さ通りであればそこまで考える事も無いのだが、身のこなし、手にした短剣に込められた尋常ではない殺気にも似た奇妙な──。


「──奏梛殿!!離れてッ!!」


 咄嗟のスズレの掛け声が数秒早く奏梛に届くと、彼は拳に脈を瞬時に集めその少女をいなし、裏の拳で弾き、距離を取る。ギリギリのところで反応出来たが──、目の前の少女の異質さもそうだが、スズレの表情もいつになく厳しいものだった。拳の裏で薙ぎ払われた少女は直ぐに身体を空中で回転しながら立て直し、近くの木の枝に着地すると、此方を静かに見つめている。


「奏梛殿!怪我はありませんか?!」


「っぐ…!あぁ…問題ない…!それよりスズレ、あの少女の身体──」


「──はいっ、間違いないでしょう」


「受戒者──か…」


「ですが、妙です──。身体の周りの赤黒い紋様が浮滲結晶を抑え込んでいる様な…」


「──奏梛!スズレ!どうするの!ここで戦うの!」


「胡桃、ここは撤退しましょう!あの少女は危険です!奏梛殿に近づけない様に三人で固まって移動します!」


「──分かった!」


 三人は互いに、手の届く距離まで近づくと円状に陣形を組んでゆっくりと少女を警戒しながら移動を開始する。それを見て、少女は微動だにせず奏梛だけを注視しており、先程の殺気は緩まずに此方を静かに、高所から視認し続けているが──。スズレは進行方向を確認しながら、得体の知れない少女とを交互に視線を移動させていると──、一瞬姿が消えたかと思うと、周囲の木々を突然切り倒し始め、三人の進行方向を意図的に限定する様に誘導を始める。轟音を立てて倒れていく木々、進行方向を誘導されている事には気付いているのだが、三人は迂闊に動けない。そう、この場所には奏梛の治療が目的でやってきたのだ。さらなる負担をかけるわけには──、ましてや彼の脈を使わせるわけにはいかなかった。

 スズレは出会ってから、奏梛の脈について医者の視点から研究し分かっている事が一つだけある。まだ旅に同行する様になってから三ヶ月程ではあるが、どうやら奏梛の力は龍脈と深い関わりがあると言う事だった。彼が発現する力の源が龍脈にある──。これがスズレの現時点での仮説である。本来人の身で行使できる力ではないのだが、彼はどういうわけか、この力を源に操っている様なのだ。胡桃も近い性質を持ってはいるのだが、彼女は力の出力はあくまでも「自身」なのだ。


「ねぇ…あの子…奏梛にだけ凄く執着してない…?」


「……」


「──恐らくは」


 胡桃は少女から向けられる感情に殺気以外のもの──。執着心の様な、言い換えるのであれば強い飢餓感のようなものを感じていた。当の奏梛もそれには気付いている様子で、二度目の波紋(ソナー)の前に、彼は掌に蒼の脈を集めていたのだ。あの蒼の力は対象と自身を強制的に脈で繋ぐ力を持っており、それを応用する事で戦闘に生かし、ここまでやってきたのだ。誰よりも知っている筈のその能力に、あの少女が惹かれている──。そんな感覚が胡桃の頭を何度か過っていた。それに蒼の力には、()()()()()()()()()効果もあるのだ。スズレが言うには、奏梛の放つ蒼い脈は、龍脈獣にとってはまさに極上の餌にも等しく映るものだと教えてくれた。


「──止まるんだ」


 奏梛は静かに背中越しの二人に声をかけると先程までは視認できていた少女を見失っている事に気付く。


「──姿を隠した、か」


「…このまま遅々として進むよりかは、此方も仕掛けてみましょうか?」


「いや、どうやら目的は俺みたいだしな…。一つ考えがあるんだが──」


「却下」

「──ですね」


「いや、何言ってるんだ二人共…まだ何するかも言ってないぞ…」


「──こういう時の奏梛殿の案は、総じて良い案だった試しがありません」

「賛成。奏梛がこういう時に出す案って大抵自分を囮にするとか──どうせそういう感じなんでしょ」


「うっ──」


「その顔から、図星の様ですので受け入れられません。早く次の案を──」


「────」


「……」


「…いや──、試したい事がある」


「ッえぇ?!奏梛?!」


「奏梛殿!いけません...その体で無茶をしてはっ...!!」


 奏梛は一人隊列から外れ、近くの木に瞬時に飛び移ると、その木を通して大地の脈と自身を「接続」する。そして体内に溜め込んだ龍脈を一斉に解放を始めると、彼の力に呼応して辺り一体が蒼い脈で包まれ始める。

 一帯が龍脈影響下と化したその状況に胡桃とスズレは呆れて開いた口が塞がらない。現在この地域の龍脈の流れる位置を調べた訳ではない奏梛は、ここで溜め込んだ龍脈を放出し、補充ができない場合、最悪死に至る可能性があるのだ──。それを先日スズレから聞いておきながら、ここで龍脈を解放している奏梛は、生き永らえた場合の二人からの尋問と言う名の説教も折り込み済みである。だがそうしてでも、確かめたい事があったのだ奏梛には。あの少女は恐らく──。


「来たな…!」


 遠方から凄まじい速度で木々を渡り歩きながら接近してくるシルエットを確認すると、奏梛は無防備に手を上げて「こっちだ」と言わんばかりに誘導している。少女は高速で近づきながら奏梛を視認すると、さらに速度を上げて一気に距離を詰めてくる。普段であれば、彼の無茶な提案にもなんだかんだと肯定的な胡桃とスズレであったが、今回は全く同意が出来ない。完全に「自分を喰え」と言わんばかりの行為なのだ。龍脈獣の反応はまだ無いのが幸いだが、もし近くに龍脈獣がいる場合、この地域一帯は二度と人が立ち入れなくなる可能性さえある。

 本来、そんな考えなしに動く人じゃ無いのを分かっているからこそ、二人は思考を加速させながら奏梛の意図を全力で理解するために思案しているが、状況の変化の早さに理解が追いつくよりも早く、それは起こった。


 彼女は姿を表すと案の定、奏梛を喰らったのだ。いや正確には彼が発する蒼い脈を身体ごと──。


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