第三小節「約束」
翌朝、三人は早くに身支度を整えると早速、大樹海に向かう為に、物資の補充と準備を開始した。本来であれば一月程はゆっくりと身体を休めたいところであるが、そうも言っていられない。傷ついた装備品なども急ぎ一式揃えないといけない──、手に入れている情報からも不確定ではあるが野営が必須となる事は三人とも理解していた。
彼らの能力を考えると、どんな極寒地域であってもオスレリアを超えた時の様に、強引に脈と式を使用して夜を越える事は可能ではあるのだが──、スズレと胡桃は特に、今回はできるだけ奏梛に負担をかけない方向で夜を越えようと考えた。その為、一般的な人間が野宿をする際に必要な物資の調達にと、スズレと胡桃は道具屋から雑貨屋、武器や防具屋に至るまで国中の店を渡り歩き、必要な物を揃えていった。そもそもが本来、移動する距離の長さに対して装備の比率がおかしいのだ。今まで軽装が過ぎる故に、普通であればこの荷物量で、よくこの大陸を渡り歩き続けてきたものだと、聞く者が聴けば開いた口が塞がらない位には、この三人の装備は必要最低限が過ぎていた。
「胡桃──、そんな買い込んでも持ち運ぶのも大変だろう」
「──ううん、今回は必要なの!良いから奏梛はご飯でも食べてゆっくりしてて!」
「いや、どんだけ食わそうとするんだ──」
「まぁ、良いのではないか?奏梛殿もたまには我らに任せてゆっくりと過ごすのも悪くなかろう」
「そうそう!」
「────」
「手持ち無沙汰で時間が過ぎるのが苦痛であれば、そうだな…女性でも買って暫く──」
「──ちょっとスズレ!!何言ってるの!?」
「何って──、奏梛殿も一人の男。一人や二人──」
「──ダメに決まってるんだからっ!!」
「…んで、嬢ちゃん達──、結局どれにするんだい??」
道具屋の店主が騒がしい三人に割って入って注文を催促する。かれこれ、もう二時間ほどはこの店で購入する予定の、ある物を決めかねており、店主も痺れを切らし出している。
スズレと胡桃は三人が一つの寝袋で寝るか、一人一人寝袋を購入するかで数時間議論しているのだ。奏梛の力を使わず、かつ胡桃の式も使用しない場合、三人で肩を寄せ合って眠る方が暖かいのではないか?これが胡桃の意見ではある。だが、スズレは「若い男女が三人で床を共にするのであれば当然わかっているのであるな?」と胡桃を焚き付けたのが原因で延々と二人は議論し続けており、かれこれ二時間ほど寝袋の購入数で白熱していた。
「──寝袋なんて、みんなで固まって寝た方が良いんだから大きい方が良いだろう」
そう言うと、奏梛は三人で一緒に入る事の出来る寝袋をさっと購入すると、「手間ぁかけたな」と行って店内を後にする。後ろで二人が何やら騒いでいたが、気にせずに店を出ると、既に陽が落ち始めている。胡桃と延々と議論を続けていたスズレも外に出ると表情を戻し「そろそろ一度宿に戻って最後の準備をした方が良いのでは?」と提案し、何やらまだ言いたい事がありそうな胡桃を落ち着かせて──、三人は急いで宿へ駆けていった。
▼△ ▼△ ▼△ ▼△
三人は宿に戻ると、購入した物資を広げて丁寧にバッグに詰めながら荷造りと必要な物資が抜けていないかの確認を急ぎ開始する。三人が用意したものは、普段であれば購入しない様なものばかりであり、先ほど白熱した議論の元となった寝袋に始まり、簡易テントから調理器具、回復効果のある脈草、状態異常を治癒する薬品等多岐に渡る。それらをバッグに詰めながら、胡桃とスズレはくすくすと笑いが止まらない。一般的な旅者の荷物とは本来こうあるべきなのだろうか、と自分達が如何に軽装で行き当たりばったりの旅路であったかを、手元の道具たちから教えられている様だった。
「──二人とも何がそんなにおかしいんだ?」
「ふふっ──、奏梛殿。これを見て解らぬとは其方もなかなか──」
「私たち、こんなに旅に必要な物買い込んだ事ないでしょ?なんかおかしくって──」
奏梛は二人からの返答を受け、改めて自分達の荷物を確認すると、確かに普段からは考えられない──、倍以上の量になっており、抱えているバッグは、もうこれ以上は入らないと言わんばかりに悲鳴を上げている様だった。よくここまで買い揃えたものだと感心する。おそらく二人は俺の力をできるだけ使用させない方向で考えているのであろう事は大体察しがついていた。だが、それにしても──、この量は抱えるには中々の量であり奏梛は少し気が滅入っていた。
「さて──」
「ある程度は終わったのであれば、夕食後にでも出発となるが──、二人とも構わぬか?」
スズレは荷物で大きく膨れ上がったバッグと鞄の上に腰を下ろすと、加えた煙草に火をつけて煙を燻らす。本来であれば胡桃はそれを見て、お医者さんなんだからそんなの吸ってたら──、といつもであれば突っ込みがある事をスズレは予想していたのだが──。胡桃は真剣な表情で詰め込んだ荷物を見つめて考えに耽っていた。その様子を見て奏梛が声をかけようとするが、それよりも先に声をかけたのはスズレだった。大きく息を吸い込み、口から美味しそうに煙を吐き出すと胡桃に優しく声をかけた。
「胡桃よ──そんなに心配せずとも大丈夫だよ」
「──うん」
「…胡桃、俺はそんな簡単には死なないし、お前を残してなんかいなくなる訳がねえだろ」
「奏梛…」
「俺はお前より先には死なない。約束しただろう」
「──うん」
「──でも…今回は無茶はしないで、出来るだけ私たちに任せて欲しいの」
「──わかった」
「──では、そろそろ行こうかの」
スズレは加えた煙草の火を指先で纏った脈で消すと、室内には燻された煙草の残り香が静かに揺蕩って、三人を包んだ。その香りは行く場所もなく彷徨いながら、ただ静かに滞留し、この三人の旅の行く末を暗示する様に空間にゆっくりと飛散した。




