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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第三楽章 da capo 「アローガンスムーン」編
54/86

第一小節 「シイラロゴス」

 「リドウ」という西に位置する大国がある。

世界中の人々が双眼の眼の影響を受けながら生活する中で、この世で初めて()()()()()()となり、国中全ての人間を分け隔てなく住まわせていた地。先住民族として、獣人達が元々は支配している土地であり、獣人族は月の民から、()()()()()()もの達でもある。月の民からの啓示を受けられない民族として、長い歴史の中で獣人達は差別を受け、虐げられてきた。


 選ばれる者、選ばれなかった者──。いつの時代も、生物はお互いを意識し、優劣をつけ、劣等感を与え、力のない者達を蔑み排除を繰り返した。


 ある時、一人の獣人──。「シイラロゴス」という者が立ち上がり、月の民の在り方を問い、反発し、独立した国家としてリドウ王国を建ち上げたとされている。

 「シイラロゴス」には、月の民から力を与えられない代わりに、龍脈を利用した「龍還(リュウカン)」という能力を操り、何千年も月の民と、姿形を変えながら戦い続けていた記録がこの国には残っている。

 ──その為、「リドウ」という国に置いては「シイラロゴス」こそがある種の神に等しき存在であり、この世界を正しい方向に導く者として崇拝されている。それはこの国に住まう、受戒している者、そうでない者──。全ての人々の共通認識でもある。だが、()()()を境に、「シイラロゴス」の記録は途絶えており、「龍還」を操ったとされるその力も遠い昔に失われた概念となっている──。


「────」


「…奏梛ぁ、シイラ…ロゴスさんってすごい人だったんだね!」


「──あぁ…」


「このぉ、リュウカンってやつ??なんか私たちが最近作った式に似てない?」


「…あぁー」


「奏梛殿、全く持って興味がなさそうに話を聞く天才ではないか?もう少し胡桃の話に──」


「えぇー、興味ないのー」


「──んな事ねぇよ。シイラ…ロゴス…だろ?それくらい知らない訳無いだろ」


「…ふぅん?」


「──この国では絶対に無視できない存在、知らない方が罪、だよ」


「────」


「──ね、ね」


 胡桃が小声で奏梛に耳打ちをする。()()は今、リドウ王国の酒場で四日ぶりの食事にやっとの事でありつけた最中であり、奏梛と胡桃──、道中で知り合ったスズレという女性と久しぶりの食事に舌鼓を打っている。だが空腹が度を超えて、三人共食事のペースは極端に遅い。数日ぶりのまともな食事に緊張の糸が解け、周りの喧騒に身を委ね、人々の活気に穏やかにあてられている。周りを見渡すと冒険者や、旅の者達、商人──。そして受戒者達や獣人族など、他の国では考える事が出来ない、ある種の混沌とした活気が店内を包んでいる。


「──奏梛ぁ、なんか気づかない?このお話」


 胡桃はそう言うと、リドウ王国の中心地であるスラサタンナ広場で演説をしていた詩人から受け取った書物を、顔の前に広げ奏梛に問いかける。この詩人と奏梛達が一悶着あり、ようやくここの酒場に辿り着いたのだが、今それを思い返している者は誰も居ない。此処にいるのは久しぶりに食事と酒、活気に揺られながら頬を赤らめて、取り止めのない話しをしている若い男女だった。


「──ん?──なにかあったか?」


「んもぅ、ちゃんと聞いてたぁ??このさ──」


「──奏梛殿は、珍しく酔っているな?胡桃、今話しかけても無駄であろう、全く頭が働いておらん様だ」


 奏梛が珍しく頬を少し赤らめて、気の抜けた顔をしているのを見て、普段であれば誰かが気づくところなのだが──。胡桃を諭そうとしているスズレも含めて三人とも頬が赤い。それもそうだった。この国では、昼はとても熱く、夜になると冬の様に冷え込むのだ。その為、仕事を終えて帰路に着く者達も身体を冷やさない様に、夜は独自の製法で蒸留した酒を煽るのが習慣だった。三人は、そんな事はつゆ知らず、飢餓感と、喉の渇きを潤すために普段の感覚で飲み物を注文したのだが──。店員は「初めて飲むのであれば注意してくださいね──」と、なにか事前に気をつける様にと教えていてくれた気もするのだが、まともに話を聞ける様な状態の者はこの三人の中には数時間前には居なかった。もし正常な思考があれば、()()()()()()()()ということには、躊躇を覚える程には強烈であり、注意を要するのが一般的ではあった。


「ん──…」


「確かに、そのリュウカンってヤツは、この前胡桃が──」


「──奏梛、口にご飯ついてるよ」


「あぁ…」


「私が取ってあげ──」

「おい、バカ危な──!」


 急に席を立ち上がり、奏梛の口元にテーブルの食事や酒を押しのけて、前のめりに身体を傾けようとする胡桃だが──。案の定テーブルの上の食事やグラスに横から倒れ込み、ガタンと勢いよく音を立てて、食べかけの食事と酒で身体を染め上げた。ただでさえ度数の強い酒を被り、彼女の桜色の髪からは鼻の奥を突き刺す香りが揺らいだ。


「──ーいったたた…」


「ったく──、何やってんだ」


「あはは!奏梛見てこれ!ベタベタッ!」


「子供じゃねえんだから──、ほら、ちょっとこっち来い」


 胡桃は身体を起こすと、そのまま席を立ち、改めて奏梛へ体を向けて座り直すと無防備に手を広げ「拭いてくれ」と無邪気に笑っている。それを当たり前の様に、胡桃の身体を拭きながら世話をする奏梛を見てスズレは引き笑いが止まらない。三人とも十分に酒が回っているせいもあってか、会話の内容も脈絡もなく変化し続け、意味もないやりとりにただただ笑いが溢れている。


「いやはや──、本当に仲の良い二人であるな、見てる此方

がおもはゆい」


「スズレ…仲が良いんじゃなくて世話が焼けるんだよ」

「誰にでも世話を焼く訳ではない──、のだろう?」


「スズレぇ、その丸いお肉何ー?美味しそう!」

「──動くなッ、拭きづらい!」


 落ち着きなく動き回ろうとする胡桃を押さえつけて、一通り汚れを落とすと奏梛は「飲み直しだ」と酒を注文する。落ちきっていない汚れもあるが、宿に戻ってから洗濯でもすれば良い、とある程度のところで手を止めた。そのやりとりを終始穏やかに笑いながら見ていたスズレは奏梛に尋ねる。少しだけ酔いが抜けてきたのか、変わらずに頬には紅が刺してはいるが、構わずに──。


「さて、奏梛殿…色々あったがリドウ王国まで来たのだ。──大樹海、イセリアフォレストに向かうのであろう?」


「イセリアフォレストか…」


「なんだ──、それが目的でリドウを目指していたのではないのか?」


「いや、確かに目的地ではあったんだが──」

「ふふっ…珍しく歯切れが悪いのう」


「胡桃と完成させた()()()なんだが──」


「俺たちの脈だけじゃ起動すら危ういんだ、何処かで大量の龍脈を──」


「其方達ですらままならないとは、そもそもこの世に執り行える者がおるのか?」


「…世辞は良いよ──、扱えきれてないのも事実で──」


「素直に賞賛は受け取るものだよ、奏梛殿。貴方達が起動できない式など、私達には──」


「──ねぇ!!二人とも真剣な顔で話して!私を忘れてるよ!」


 胡桃が紅い頬を膨らませて奏梛とスズレを交互に見る。スズレは「すまなかった」と謝るも、奏梛は「はいはい」と頭を撫でながら、動物をあやす様に自身の膝に胡桃の頭を寝かせて、黙らせようとする。奏梛は()()をすると、一発で胡桃が静かになるのを知っている。言うなればとっておきの胡桃対策の一つ。想定した通りに、気持ちよさそうに何か言葉を発していると途端に寝息を立て初めて、あっという間に深い夢の中へと意識を落とした。これだけ騒がしい空間であっても眠りに誘うとっておきだ。スズレはくすくすっと笑いながらも、彼女の寝顔を目を細めて優しく見つめている。


「今回はかなり無茶をした。しばらくこの国でゆっくりと態勢を立て直そうと思っている」


「そうであったな。確かに…もうこの前の様に、飲まず食わずで山岳部を超えるなどは御免であるな」


「全くだよ…それにあの寒さにも本当にこたえた──」


 リドウ王国は双眼の眼という巨大な門の近く、オスレリアの山岳地帯を抜けると辿り着く場所だ。立地も相まってか、この国の()()()、受戒者を受け入れるという側面から本来であれば、他国からも干渉や軋轢が多そうなものだが──、容易に移動が叶わない場所に位置している事もあってか、ある種完全に周りの国から独立した国家となっている。そもそも、本来辿り着く為には、専用の登山道があり、二月程かけて抜けることのできる道ではあるのだが──。事もあろうに、この三人は強引に脈と式を用いて、真っ直ぐにリドウへ向けて山を駈け、突っ切ったのだ。双眼の眼の影響で天災級に吹き荒れる豪雪、激しい気温の変化がある為、通常は半年に一度の「安定期」にしか通行ができない。安定期には豪雪や風の影響も一時的に収まっており、その期間に商人などもこぞってリドウへ向けて移動を開始するのだが──。


「──しばらくは登山は御免だ、胡桃も含めてかなり負担をかけた、すまなかったな」


「…確かに、我ながらよく生きていたと思う程には無茶な旅路であったよ」


「ふふっ」


「しばらくは旅の疲れを癒す必要もあるのだ、数日は羽を休めるのも悪くない。()()()()()()()()だよ、色々と」


「急ぎすぎ──、か…」


 奏梛が暫く思案していると、スズレは席を立ち「勘定を済ませる」と言ってカウンターへ向かっていった。奏梛はそんなスズレの後ろ姿を追いながら、彼女の腰から生えている尻尾の揺れる方向を意味もなく目で追っていると膝下で寝息を立てていた筈の胡桃が目を覚ます。


「奏梛……尻尾が気になるの」


「いきなりどうしたんだ、寝てた筈じゃなかったのか?」


「べぇつにぃ──」


「────」


「……」


「──スズレと途中で出会わなかったら、私達…今こうしてリドウには辿り着けてないよね…感謝しなきゃ」


「へぇ…珍しく胡桃がもっともな事を言ってるな…」


 膝の上で横になっていた胡桃は体を起こすと、奏梛の額に自身の額を当てて、何かを測る様に至近距離で奏梛の瞳を凝視している。側から見れば、恋人同士のじゃれあいだが──。胡桃は今、奏梛の体内の脈の循環とも言える「龍速」を確認している。

 「龍速」とは言わば脈を使用する者にとっての、体内の活性度を指す。龍速が早すぎると活性化し過ぎて、不必要に脈が溢れて疲労するし、不活性を起こすと体内の生命維持に支障をきたし、臓器などにも影響を及ぼす──。言わば健康であるがための指標のようなもの。

 この概念は奏梛自身が生まれもって記憶していた事なのだが、この世界には龍速という概念は()()()()()()()──。それを知ったのはスズレが旅に加わってからの事だった。


「心配しすぎだ」


「私、()()()を作る為にかなり奏梛に無茶をさせた自覚はあるの、心配するに決まってるよ」


「────」


「うーん、大丈夫かな…」


「酔ってる状態で龍速を計っても──」


「──お邪魔だったかな?お二人さん」


 会計を終えたスズレが戻ってくると、二人の様子に嬉しそうに微笑みながら茶々を入れる。スズレは元は小さな町医者の一人であり、旅の途中で胡桃と奏梛が担ぎ込まれた先で生死を彷徨うほどの大怪我を治療した、二人にとっては恩人でもあった。付き合いはまだ短いが、意気投合し、半ば強引に町医者を辞めさせて、主に胡桃の強引な説得によってだが──、旅に同行してくれる事になった。


「──奏梛の龍速がなんかおかしいの…ちょっとスズレも見てよぉ」


「胡桃…私は龍速は計れないよ?何時も言っているだろう?」


「どれ──」


 スズレは指先に小さな式を構築すると、奏梛に目掛けて印を刻んで静かに波紋を放った。放たれた式は奏梛の額に溶けていくとスズレの指先と奏梛の額が白い脈で繋がる。スズレは指先を優しくゆっくりと円を描く様に回しながら、奏梛の体内の異常を探ると──。途端に表情を変えて式を中断してしまう。


「──スズレ?」


 胡桃が訝しむ様にスズレを見つめる。彼女の真っ直ぐな瞳が、スズレが把握した事実を伝えるのに躊躇させてしまうが、彼女も元医者として伝えるべき事は伝えねばと、先程までの穏やかな三人を取り囲む空気とは一転する。


「スズレ、何かあるならちゃんと言って欲しい。そういう約束だろ」


「────」


「スズレ──?」


「……」


「一先ず、精密に検査が必要だと判断しました。今日はこの辺でお開きにして宿へ戻りましょう。話はそこで」


「──わかった」


 一日中続くかと錯覚する程に、一向に勢いを失うことのない喧騒を惜しみつつ、三人は酒場を後にした。


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