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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第二楽章
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第二楽章 十六小節 「覚悟 溶け合う者達」

 託宣使──。かつて月の民が地上に降り立つ際に遣わされた者の呼称。いつからかソラリス浮遊都市は月を目掛け登っていく段階で自分達がその名前を使う様になる。まるで月の民が当時数々の人間を選び、呪いを与えていった様に──。自分達が取って代わり、選ぶ側に立つ意思表示。

 託宣使には一から九の序列がある。ソラリスは自国の、特に才ある者達を何度も、何度も、選び抜き、ふるいにかけて、他者と並び立つ者のない九人を据えた。託宣使がソラリスに据えられた頃から、ソラリス浮遊都市は風向きを大きく変えていった。それぞれが様々な方向に特化した九人の中の序列五位。ルベド──。


 極度の「好奇心と探究」に取り憑かれた男。自分自身ですら実験の対象にし、考え得る全ての事柄を試さずにはいられない男。元はセグメラ家と言うソラリスの貴族出身者であり、イグノアの兄である。だが本人にはその記憶が残っていない。そしてイグノア自身も兄が誰だったかなど覚えていない。


 この家系は、【関心のない記憶を留めておけない】


 ルベドはイグノアが形相を変えて報告に来るも、殆どが上の空であった。この地域での実験が次の段階に移行するのに後数年は要するからだ。彼の興味は剣聖にしかない。正確には剣聖が操ることの出来る、【神骸】にしか目がいかないと言うほうが正しい。神骸(シンガイ)──。「時代を動かす者」と伝えられる存在。そして剣聖にのみ付き従う最上位存在。それを従える能力を持つ者が「剣聖」──


 ルベドはその剣聖をイグノアが捕まえたと聞いた時は、歓喜に震え血涙を流すほど喜んだ。ソラリスから地上に降りるには、ある手段が必要でルベドは地上に降りられるのを今か今かと待ち望んでいた。だが「観測機」によると、ルルシナ要塞から剣聖は脱走。捉えていたソノマの学者達も脱走。一緒にいたとされる薄紫の式を操る女も行方が知れない。観測機からの伝達を受けると、ルベドはもう地上に降りる理由が無かった。空気は汚いし、双眼の眼の風の影響もある。ルベドは完全に地上に興味を失っていた。だが一度ソラリスから降りると()()()()戻れない──。その為ソラリスに何時戻れるのか──それが唯一の関心事だった。


──イグノアの報告を聞くまでは。


 剣聖を手駒を使って追い込み、傷を負わせているというではないか。途端にルベドは身体中の血が脳に回っていく様な、強烈な目眩の様な感覚を覚え興奮する。待ち焦がれていた瞬間の突然の到来にルベドは震えが止まらない。


「…みつけたッ!!」


 イグノアの報告を受けているが、そう遠くない先で、見たこともない薄紫の巨大な式が展開されているのを確認すると、報告の完了を待たずに全身の血が沸騰する様に飛び出し、結界に干渉を始めた。


「…これは凄い!!!!一体どうすればこれほどの…!」


 ルベドは()()()()()()()()()()()()()()

 体内を強引に改造し、埋め込んだ体内で繁殖させている生物の力を自身の身体を媒介とし発現させている。目の前の式を舐め回す様に分析し結界を解こうと試みると、途端に結界がブロック上に変化して崩れ──消失した。すぐさまルベドは発生源を認識すると、体内培養を続ける生物の一つ、龍脈虫の力を絞り出し地面を蹴り上げた。


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


「──シヅル、いくよ」


「……わかってる」


 グローザがレイピアを自身の真下に突き刺し、彼女の脈が瞬く間に辺りに広がっていく。その色は志弦の主人の操る色の一つ。


「蒼い式と脈…」


 志弦は合図とともに自身の結界を一度紐解くと、全身に悪寒の様な、体にまとわりつく気持ち悪さを同時に感じる。意識を目の前に戻すと、先ほどまではそこに居なかった男が残像と共に瞬時に現れる。顔の半分をグローザと同じ様に仮面で覆う細身の男。手足の関節が妙に長い、異様な体型だった。


「シヅル…!」


「…ッわかってる!」


 意識を切り替えてグローザの合図と共に超高密度に練り上げた共振の塊を志弦は練り始める。空間の共振を、封印の式と解除の力で無理矢理圧縮し空間を捻じ曲げ続ける。大きなうねりを起こすその脈を、志弦の式で小さく小さく志弦の手の中に収まる様に圧縮していく。


「──わたしに構う余裕があるなら、あれを早く何とか…!」


 グローザは呼吸を整えると自身の剣を地面から抜き、自身の掌に突き刺すと、そこから流れるはずの赤い血ではなく、青い脈が溢れ出す。


「はははははははは!!そこの女!お前が剣聖に同行していた者だな…!」


 目の前のルベドがグローザの攻撃に備え、自身の手を喉奥に押し込み、身体の中から青黒い虫を取り出す。龍脈虫──。この地上で唯一龍脈を食す、未だ生態が解明しきれていない生き物のひとつ。


「──姉様、アイツ…何時見ても気持ち悪い」


「アスタロス、無理させるけど、お願い」


 グローザがそう言うと、アスタロスは自身の大きな戦鎚を振りかざし、グローザが目で合図した地面を勢いよく殴りつける。


「邪魔をするなグローザ!!他の託宣共の能力を、私が知らない訳がないだろう!!」


 アスタロスが殴りつけた地面から青い脈と式が溢れ出し、全方向からルベドを包み込む。枝分かれしていく細かい脈は無数に絡みつきルベドを拘束する。


「ふふっ!良いぞ!これで終わらないよなあ?!」


 ルベドはそう言うと拘束されて身動きが取れない体に「関節を増やして」蒼い脈の糸から抜け出そうとする。


「──姉様、アイツやっぱり嫌い」


「次、いくよ」


 グローザは想定済みの様に、自身の胸の前で手を突き刺しているレイピアを抜き去り柄の部分を握り構えを変える。


「ルベド、遊んでる時間はないの。じっとしてて」


 グローザはそう言うと、柄の部分から剣舞の様な動きで左右に一閃ずつ剣を振るう。するとグローザのレイピアがルベドに絡みついていた青い脈と──()()()()()()いる。絡みついていた蒼い脈は無数の細剣に入れ替わり、身体中を串刺しにされているルベドだが、全く怯む様子がない。


「っぐ…!!まだ私に見せていない技や式があるのか!相変わらず食えない女だ…!」


「──アスタロス」


 グローザが合図をするとその無数の細剣を横から強引に薙ぎ払う様に粉砕し、ルベドごと思い切り真横に殴りつけて戦鎚を振りぬく。大きく吹き飛んで民家を突き抜けて土煙をあげる。身体中に刺さっている剣を無理矢理に、力でバラバラに砕かれ体内に剣の切先が残る様に粉々に粉砕させた。並の痛みでは止まらない。そう判断したグローザだが、仮に傷が再生できたとしても、彼女の力で生み出した剣が体内に深く突き刺さり、それがそのまま粉砕されているのだ。体内に無数の剣先が残り複雑に傷を構成する──。生半可な治療では、「元に戻す」事すら難しい。グローザは追い討ちをかける為、志弦の方を見て頷く。

 志弦の手のひらには、一点に凝縮された脈が大きくうねりながら抑え付けられており、まるで国を一つ滅ぼしてしまいそうになると錯覚するほどの脈が集まっている。額には汗が鼻筋を通って地面に溢れている。


「…この規模の脈を集めたことは無いから…どうなっても知らないから…!」


「──問題ない、任せて欲しい」


 グローザはそう言うと、また剣を構えて剣の切先で式を描くと、自身の手のひらに剣を突き刺す。

 グローザの能力。それは【転化】だ。

 彼女の蒼い脈と繋がりを受けた者は、強制的にグローザの脈と同化させられる。対象の脈を吸い出す、または離散、入れ替える等、様々な事象を起こす事が可能であり、先ほどルベドに行ったのは脈を纏わせ、それを自身の脈で構成した細剣と入れ替えた。

 グローザが手のひらにレイピアを突き刺すのは、自分が構成した脈を吸わせ、脈の対象者と剣を媒介に一時的に【接続】を行うため。グローザの脈と繋がれた対象は、グローザが行う事象と強制的な繋がりが出来るため、グローザの脈と媒介とした物を入れ替える事が出来る。

 志弦はその式を見ていて、やはり奏梛の式と似ていると感じていた。奏梛の鍵の効果の一つに同じ様な力がある。どうしてこの女はそれほどまでに、奏梛に「近い」のか──。理解したい思いと、何かこの女が自分の知らない奏梛を知っているという事実に志弦は胸の奥がざわめく。

 感情を振り払い、今は目の前の事に集中しなければと意識を切り替えて、グローザにその式を暴れる力の奔流と共に手のひらから送り出そうとする。

 だがその時グローザとルベドの【転化】が崩れ、同時にグローザは大きく血を吐き、その場に崩れる。


「…え」


 志弦は突然の事に意識を乱し、集めて練り込んだ脈を離散させてしまう。


「姉様!!」


「ルベド…あなた…まさか」


 土煙の中からゆったりとこちらに、崩れた四肢でぎこちなく歩きながらルベドは笑い声を上げ近づいてくる。


「ははっふははっははははは!!」


「──少し油断しすぎじゃないかグローザ!わたしは龍脈虫を体内で飼っているのだ…!脈で接続される対策がないとでも思ったか!?」


「龍脈虫は普通の人間には、そもそもが毒だが、私は龍脈虫を体内で飼いならす事に成功している…。龍脈まで一緒に自身に取り込んでいるのと同じ事!良くそれだけで済んでいるものだ、耐性があるとしか思えんが…賞賛に値するぞ…!」


 ルベドの話し方が少し先ほどと変わって冷たい物言いに変化していく。


「お前の転化は脅威ではあるが、接続を防げないなら毒の一つや二つ、三つ、四つと体内に用意しておけば──」


 グローザは苦しそうにうずくまって、吐血している。身体中に痣が現れ、彼女の雪の様に白い肌を黒く侵食し始めている。


「戦闘には相性というものが有るのだよ、さて、お前はもういい。私は剣聖とそこの女にしか興味はない。…ふっふふふははははは!」


 ルベドは喉の奥からさらに龍脈虫を無数に取り出し、自身の周りに展開する。夥しい数の虫がルベドの周りを覆っている。


「さて、お前たちも皆私の実験に、その生命が枯れ果てるまで付き合って貰うよ…」


 志弦はグローザに駆け寄り、治療をすぐさま開始する。封印と解除の式でグローザの受けた毒を解除していくが、複雑に脈が絡み合っており、龍脈を上手く除去ができない。


「シヅル…」


「喋らないで!大丈夫だから…!」


 ルベドから受けた毒を常識を超えた速度で、治療していく様をルベドは見て関心する。


「これだけ複雑な毒も解除できるのか、やはり【事象】の解除というのは文献通り…!」


「女、私と来てもらうぞ…!」


「っく…!」


 志弦は毒の解除に手間取っている。かなり複雑に色々な毒が絡まり合う様に繋がっており、グローザの脈とも繋がりかけている。封印と解除の式は強力だが、グローザの脈を傷つけない様に取り除くのには、今の志弦にはまだ時間がかかる。

 ルベドは腰にある短刀を抜いて、ゆっくりと距離を詰めてくる。アスタロスは治療に当たっている志弦と変わり、戦鎚を握り直し、ルベドの前に立ち塞がるが──。時間稼ぎになるかどうかなど知れていた。


「──死に損ないが…邪魔をするな」


「…気持ち悪い、それ以上近寄らないで」


「小娘、お前になど興味はない、退かないのならまた託宣同士でやり合うか?」


「…ワタシはこれでも託宣の一人、アナタの足止めくらい出来ないと姉様の側には居られない」


「…鬱陶しい」


 アスタロスがルベドを足止めし時間を稼いでくれている間に、何とか治療を終わらせたい。──その時、倒れている奏那の近くに懐かしい反応を確認する。


「すぐ戻るから、待ってて」


 そう言うと志弦は奏梛の側に駆け寄り、装備品の中から一つの楽器を見つけ出す。倒れている奏梛の額に手を当て、同時に脈を確認する。直ぐにヴァイオリスの弓と本体を構えると意識を集中して脈を纏わせ音呼びを始める。短い旋律を繰り返し奏で始める志弦。それに呼応してグローザを蝕んでいた龍脈と毒素が、瞬く間に解除されていきグローザの雪の様に透き通った肌が戻ってくる。


「……シヅル、ありがとう…」


「──音像詠唱式…!!!女ッ!!貴様──、どこまでも月沙を模倣してくれるとはッ!!」


 すると、後方からイグノアがやってきて──。イグノアが、ルベドに小さく耳打ちをする


()()です。ルベド」


 ルベドは途端に冷めた表情に変わり、何やら小声で言葉を発しながら、腰の短刀を納める。グローザは注意深く、ルベドとイグノアを注視しているが、唇の動きが読みきれない。だがその瞬間──。グローザは一つの単語を読唇術で読み取ると、顔色を変え志弦達に振り向く。


「──シヅル!すぐ此処から離れる!識狼に怪我人を乗せて!早く!」


 志弦は一瞬理解が追いつかず、動作が一拍遅れる。目の前の女が険しい顔で此方に伝えた言葉の重みを表情から汲み取ると、志弦は本当に危険が迫っていると感じ取り、すぐに奏梛に駆け寄り、識狼の背中に預ける。手早く移動体制を整えると志弦はいつでも動けると合図を送る。するとルベドが此方に向かって「もっと早く投降していれば良かったのだ…。お前達の”身体は此方で回収しておく、生きたままでないのが、心残りだ」と──。

 そう伝えると、イグノアとルベドはその場から突如消え去った──。グローザは消えた二人の痕跡を近くにない事を身体を起こして確認するとシヅルに駆け寄る。


「説明している暇がない…!簡潔に。ソラリスから【龍脈砲】で狙われてる。辺り一体を吹き飛ばすつもり。急いで移動する!」


「──龍脈、砲…?」


「ソラリスの破壊兵器の一つ。この辺りはまともに喰らえば跡形もなく消えてしまう…!急いで!」


「───待って…!それじゃあこの辺りの人達は?!関係のない人たちまで巻き込まれてしまう!」


「──姉様に従って、シヅル。龍脈砲は危険すぎる。何も残らない」


「…そんなのッ!!自分達だけ逃げおおせて、周りに被害を撒き散らして…!それじゃあ私達もソラリスと一緒だよ!私が何とかする…!!」


 シヅルはそう言うと再度結界構築のため式を展開しようとする。


「──シヅル、お願い。言う事を聞いて。まもなく一斉掃射される。早くこの場から…!」


「──貴方とは、一時的に共闘しただけ…!これは納得できないし、したくない!きっと奏梛だってこうする…!!」


志弦が疲弊した身体に鞭を打つ様に巨大な式を展開すると──。



「…よく言った、志弦」



「──奏梛…?」


「グローザ…ふざけた式をお見舞いしやがって…。おかげでこっちはガタガタだ…」


「ソウナ…お願い。志弦を止めて」


「──剣聖、あれを食らって意識を戻すなんて異常」


 アスタロスは呆れ顔で奏梛に視線を向ける。奏梛はグローザの静止を無視して身体を起こし、識狼から身体を降ろす。


「──志弦、協力してくれるな…?」


「うん!」


「…志弦。今の俺の身体の状態は、自分が一番よくわかってるつもりだが…かなり無茶をするから…”必ず俺を呼び戻せ”」


「──いいな?」


「私はそのために一緒にいるの…!」


「よし…」


 奏梛は大きく息を吐くと、自分の胸の前で手を合わせ、返し、指先で空間に印を切る。呼応する様に、二対の刀が奏梛の左右の地面に突き刺さり、そこから龍脈を吸い上げ始める。大地から吸い上げられた龍脈は奏梛の二対の刀、黒鍵と白鍵に吸い上げられ、そこから奏梛の手元に集められていく。志弦はその時初めて目にする──。奏梛の本当の力を。

 先ほど志弦が構築していた超高密度の脈の何倍もある脈の流れが奏梛に絡み合い吹き荒れていく。志弦は、絶対にそばを離れまいとすぐ隣で集められた脈の中で共に引かずにその場に留まっている。集まった脈は轟音を上げながらうねり、奏梛の左手の3本の指に集まると、奏梛はその3本の指で空間に印を刻む。

 すると突如、その空間に大きなひび割れた鍵穴が現れ、白鍵と黒鍵が大きく共鳴を始め鳴り響く。

地面から十分な龍脈を吸い上げた二対の刀は柄と柄が結びつき、一本の長い刀へと形を変えて空間の鍵穴に差し込まれる。鍵穴が回転を始め空間に歯形の様な扉を生成し、扉がすぐさま勢いよく開かれると、その空間から一人の、いや一匹の半身が獣の少女が姿を現した。半身が獣、口元を大きく包む割れた仮面、赤い髪と差し色の白い髪が特徴の──。


最上位存在、神骸(しんがい) 威列三位 

ドラグナド・ゲンティア


 ゲンディア天候学術都市に伝わる、天候を操る神として都市の名前の由来となった存在が姿を表す。この世界には天災と呼ばれる自然現象が数多く存在する。双眼の眼の風、冬を超えた寒さの暴風雪、鳴り止まない雷や、大量の流星の落下。それら全てを支配下に置く「天災そのもの」が顕現した。アスタロスは目の前の剣聖が起こす事象に震えが止まらず肩を抑えて震えを押さえている。


「ね、姉様…あれは…なに…?剣聖って…」


グローザは答えずに、アスタロスの肩を寄せる。


「奏梛よ、先程宵夜(ヨヨ)が悲しんでおった。久しぶりに主人に会えたと言うのに何一つ優しい言葉をかけられなかったとな…」


「勝手に顕現して帰って行った奴など知らん。それより…ゲンティア、どうだ?」


「…」


「お主、まさか今回の顕現の意味を忘れておらぬじゃろうな…」


ゲンティアはそう言うと奏梛をじっと見つめ言葉を続ける。


「…本当に人に戻れなくなるぞ」


「──構わない」


 奏梛は一つとなった白鍵と黒鍵を構え、「識」を構築する。奏梛の片目に紋様が浮かんでおり、辺り一体に都市一つ以上を丸ごと包み込む結界を瞬時に広げる。


「凄い…」


 志弦は溢れる奏梛の脈を後ろで感じながら、その式の緻密さと精度と規模に驚き感嘆する。ただ規模が大きだけじゃない──。結界としての強固さ、結び目の美しさ、全てが研ぎ澄まされていた。だが──結界が構築されていく中で一箇所だけ不自然に黒の脈が悍ましい程の量が凝縮されて、まさに今矢が引かれようとしているような箇所に志弦は気付く。


「奏梛、我はソラリスを”赦して”はおらん。繰り返すが、罰は甘んじて受けよう。だが我と胡桃(クルミ)の仲は知っていよう。あの時の後悔──。決して癒えぬ傷となって我を蝕んでおる。忘れてはならぬ、奴らも我らも」


「何を──言っている...」


「──やめるんだ」


 すると両者の間に桜色の髪を揺らし、志弦が割って入る。


「ゲンティアさん──」


「ゲンティアさん…お願い、此処を今は守れればいいの。…そう遠くない未来で私と、奏梛が、必ず決着をつけるから。今は奏梛の言う事を聞いて…。周りも見て欲しい、私たちが暴れたせいで、少なからずソノマにも被害が出てる。目の前の脅威を払うためなら何したっていいなんてダメだよ…!!それは、自分達の視点からしか物事を考えられない人達と一緒だよ!綺麗事を言いたい訳じゃないの…!ただその時の感情に任せて動いてはダメなの!」


「……大きくなったな。胡桃そっくりじゃ」


「…初めまして、だと思うよ」


「──胡桃と同じ言葉を選ぶのじゃな…」


「胡桃──」


「────」


「志弦、成長した其方を見れて良かった。感無量じゃ」


「志弦…俺の役目は一先ず終わった。良いか、必ず呼び戻せよ?」


「奏梛それってどういう──」


「──信じてるぞ?志弦」


 奏梛はそう言うとゲンティアと自身の周りに結界式を構築する。一目見ただけでわかる。凄まじい強度を誇る結界だった。志弦はその結界を見にして自分で解除が本当に可能なのかと目を疑うほどにその結界は完成されていた。ゲンティアの発する脈を利用して構築している筈のその力は──。奏梛の力と、ほぼ同質の──。溶け合っていたのだ。


「────」


「溶け合う脈──」


▼△ ▼△ ▼△ ▼△


 どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。あの時、どうしてもっと早く二人を止める事が出来なかったんだろう。私は何処かで甘えていたんだ。この二人なら何とかしてくれるに決まってるって。そんな私の見え透いた幼稚な考えを二人は見抜いていたんだ──。


▼△ ▼△ ▼△ ▼△



「────ー!!!!!」


「▼△○!!!!▼▶︎○⬜︎⬜︎▼!!!!!」



 判別出来ない、聞き取れない言葉を放ったその直後、奏梛とゲンティアは一つに溶け合って──。

 ()()()()()()なってしまった。

 これほど高度な結界を構築したのは私達を力の余波から護るため──。それに気付いた時は、()()()()()()()()()()()()()()は其処には居なかった。

 奏梛とゲンティアが溶け合った()()は、聞き取れない叫びを上げると、ソラリスの方角に向けて聞き慣れない詠唱と共に式を構築し出す。途端に辺り一体には雨雲が集まり出し、都市一つ丸ごと覆う結界内にのみ降り出す雨──アスタロスは額に粒となって落ちた雨を掌で掬うと雨の正体が剣聖が練り上げた脈の残滓である事に気づく。


「──脈の残滓…?」


 アスタロスのその声を聞いて、グローザは顔を上げる。奏梛だった()()に駆け寄りながら志弦に命令する。


「──ッシヅル!!早く封印式で奏梛を固定して!!!」


「…え?」


「早く!!!」


 志弦は言葉の意味を何度も即座に頭の中で繰り返す。


「封印式で固定──」


「ッシヅル!!!!」


 グローザが再度シヅルに命令し志弦は気づいた──。


「──ッ奏梛!!やだよ!!」


 志弦が奏梛だった()()駆け寄り、触れようとするが、強固な結界の前ではかなわない。この結界毎保存しなければ二人は──。


「──ッ奏梛!嫌だよ!一人にしないって言ったのに!約束したのに!!」


「シヅル!!!気をしっかり持って!!!封印式はシヅルにしか出来ない!!」


 グローザは自身の式をすぐに構築し奏梛の脈との接続を試みるが、奏梛だった者の身体を突き抜けグローザの脈が行き場を失い虚空を彷徨う。するとほんの数秒だけ、雑音に混じりながら聞き覚えのある言葉が響く──。


「──志弦、任せ…..からな…それとグローザ…。俺が戻るまで志弦を全力で…守れ──話はそれからだ。出来るな?()()


「ソウナ!!待って──」


 その瞬間──。


 ソノマ機械都市はこの世界の移動法則を無視して、遥か遠方の砂漠地帯ルーグリッド帝国付近に都市毎転移した。


()()を残して──。


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