第二楽章 十五小節 「混戦」
次から次へと見舞う事態に奏梛は疲労の色が隠せない。本来の力さえ十全に発揮できない己の不甲斐なさに苛立ちを覚える。ただでさえ、この体の中に封印してある四つの力が主人の意に沿わず顕現し出している。先程は「宵夜」が漆黒の脈を喰らい尽くす勢いで、封印を破り現界した。残る「ゲンティア」を含む他の三体もいつ制御が効かなくなってもおかしくない──。剣聖の称号を持つ者のみが従える事の出来る龍脈獣──神骸。
それが主人の封印を破って顕現してしまう程には、もう限界が近づいていた。奏梛の二対の刀は月の民から贈られた、ある力を顕現させない為に作られたものだ。白鍵と黒鍵──。これは奏梛のある力を小出しにしているに過ぎない。この力は月沙侵攻の際、ソラリスに抵抗した時を含めて生涯で二度、封印を解いている。その一度目を目撃した者が今、奏梛の眼前に降り立つ──。
「あれは...」
視線の先に──空中からゆっくりと、こちらに降りてくるシルエットが二つ。腰の二対の刀が呼応する様に振動を続けて淡く光り続けている。蒼く共鳴している。
「...見つけた」
金髪の少女が一人と、その後ろにもう一人。顔の右半分を仮面で覆う女が一人。こちらに向かって降りてくる。レイは瓦礫から何とか体を起こしながら、上空の存在を奏梛と同じく見つめている。ぼやけたシルエットがハッキリと徐々に形を成すと、途端に背筋が凍る様な寒気を感じてレイは震えが止まらなくなる。
「託宣使のアスタロス...と、グローザ様...」
ゆっくりと二人は地上に足をつけ、奏梛に──視線の全てを注いでいる。静寂を最初に破ったのは金髪の少女の一歩目であり、奏梛に静かに語りかけた。
「ねえ...ソウナって...アナタ?──グローザ姉様、アナタずっと探してた。一緒に来て」
「...」
グローザと呼ばれた奏梛と同じ銀髪の女性はゆっくりとこちらを見つめて──奏梛に笑いかけた。それは記憶の中の笑顔と同じだった。もう見る事は叶わないと知った。月沙が堕ちたあの時に──。誰よりもその女をよく知る剣聖が諦めざるをえなかった。彼女はまるで──数年ぶりにようやく会えた想い人に会えて堪らない、と言った表情で自然に、胸を締め付ける様な笑顔を見せたのだ。あの時と変わらないその声音と、独特の間で語りかける。
「...久しぶり、ソウナ...」
「──グローザ......?」
俺は一瞬意識が緩んだのを自覚すると直ぐに、鋭く女を射抜いて腰の武器に手をかける。彼女はもう自身の知るグローザではないのだ、と身体中の神経と脳内に相反する感情がぶつかり合いせめぎ合う。だが、その場を制したのは理性──。視線の先の女を、許すわけにはいかない対象として再認識する。だが──。
「...わたしは違う」と、静かに呟き首を振ると、腰のレイピアをゆっくりと抜いて奏梛に切先を向けた。
「──話したいこと...たくさんある。ここじゃ、話せない。だから一緒に来てほしい。楽にして」
「楽に...だと」
「──シヅルは元気ですか。きっとクルミに似て、とても美人に育っている頃。シヅルはどこにいるの。私も──会いたい」
「...お前が...それを言うのか...」
奏梛は脳内で反復する眼前の女性の記憶を強引に振り払う様に、凄まじい踏み込みの後、瞬時にグローザに切り掛かる。最初から腰の二対の刀を抜いてグローザの足元まで一気に距離を詰めるが──。だがグローザは動じずに言葉を続ける。時間にして数秒にも満たないその瞬間にも動じずに静かに言葉を続ける。
「ソウナ。無理をしないで。今のアナタと斬り合うつもりはない。それに今のアナタじゃ──」
「────!!」
奏梛は二対の刀を手首をひねり回転させると逆手に構え、全力で切り掛かる。なんなく受け止めたグローザの後方には受け止めきれずに吹き荒れた脈が暴れ回り周囲に轟音と破壊をもたらす。彼女のシルエット以外は全て消し飛ぶほどの威力──。だがグローザは眉一つ動かさず、そこから連続で繰り出される全ての剣戟をその場から一歩も動かずに受け止めている。
「──ソウナと剣を交わせて嬉しい。変わらずで安心してる。でも今は話したい事がある。大人しくして欲しい。無理に連れて行こうとなると──。私も、覚悟を決めないといけない」
「教えたはずだぞ──、覚悟無くして護れるものなど無いと──!」
「──そうだね」
グローザの声音が少し冷たく響いた。
「──少し痛いけど...我慢して欲しい」
彼女はそう言うと、剣撃を払いのけた後、舞の様な構えを取りレイピアに光が集まり収束しだす。奏梛の二対の刀も呼応する様に淡く光を纏い振動を始める。
「──無理矢理呼び起こすつもりか...!」
「──さっきも伝えた。話したい事、たくさんある。ここで斬り合っても他の託宣とソラリスから監視されてる。あまり時間もない」
そう告げると、グローザはレイピアの先端に式を展開する。途端に蒼い光が奏梛に触手を伸ばす様、瞬時に奏梛の脈と溶け合いはじめ、侵食していく。
「っぐううううあああああああ!!...グローザッ!お前っ!」
奏梛が激痛を訴えてその場に膝をつくが、グローザのレイピアからの光がさらに強くなり、筒状にその場に天高く伸びて行く。雲を突き抜けその光は月の民からの啓示と見紛う様な──。
「抵抗しないで...楽にして」
グローザは表情を変えずに蒼い脈を奏梛に無理矢理吸わせ続けている。二人の周りには尋常ではない脈の奔流が渦巻きだしており、その光を見て、静観していたもう一人の託宣使、アスタロスがグローザに駆け寄り式を止めようと武器を構える。涼しい顔をしてはいるが、かなり強引な方法で剣聖を押さえつけている事など容易に想像できるからだ。
「──姉様、無茶をしすぎ」
「アスタロス、邪魔しないで。ソウナを連れて行くのに無傷では難しい、私も覚悟を決めている。どうしても伝えなければいけない事もある」
「でも血が──」
グローザの口元から血が溢れており、表情一つ変えないグローザだが、アスタロスは彼女が血を流す所など今まで見たことがない。一緒に過ごす様になって十年──。一度だって目の前の完璧な姉様は、ましてや血を流すことなど──。
「──もうすぐ終わる、もう一度言う。邪魔しないで」
グローザがそう言うと、蒼い光がさらに奏梛に集まり目も開けていられない程に光が収束し輝きが増していく。
「──グローザッ!!!!ぐぁあああああ!!!」
光が大きく弾けると、音もなく静かに、そこには剣聖が膝を着いたまま意識を失っている──。かなりの無茶を体に強いたのは彼女も同様だが、呼吸が乱れながらも、静かにグローザは奏梛に近づき優しく包む様に抱き寄せる。鼻先を掠める奏梛の香りに、記憶が駆け巡り、言葉にできない感情の奔流に身を任せながらも、ただ一つ確かなことが彼女にはあった。
「...会いたかった──」
小さく呟き、グローザは奏梛を抱え、立ち上がる。表情でこそ汲み取れないが、かなり消耗していたのだ。奏梛を無力化し、一瞬判断が遅れてしまった。普段であれば彼女が奇襲を受けるなど考えられない。それ程までに剣聖を捉えるために行った先程の式は負担が大きかった。
遠方から、凄まじい勢いと共に凝縮された脈が一点に集まり──正確にグローザを目掛けて射抜こうとした。グローザは一瞬反応が遅れ、直撃を免れず──。
「──ッ姉様!!」
アスタロスが瞬時に駆け寄り、巨大な戦鎚を構えその脈を弾き飛ばそうとするが、受け止めきれずにその場で爆発し、二人が立っている空間以外の地面が──抉れて隆起していく。アスタロスは突然の攻撃の規模の大きさに言葉を失っている。爆炎の中から風に吹かれ現れたのは、薄紫の脈を纏う桜色の髪の女と白銀の狼だった。女は吹き荒れる自身の脈を抑えることをせず、怒りに任せて自身の周囲に力の奔流を顕現させている。戦争でも始める気なのか──錯覚するほどに凄まじい脈を怒りに任せて顕現させている。その手には見慣れぬ杖を携え、恐ろしいほどの脈を収束させている。
「...ッ奏梛を、返して!」
女は息を荒げるも、此方に向けて複数の式を更に展開し、「次」は無い、と威嚇する。アスタロスは式の規模を感じ取り、眼前の女を睨み警戒を高めるが、手にした戦鎚に力が入らない。気づくと右腕が今の攻撃で焼けただれ、使い物にならない程の重傷を負っている。これは「龍速」に影響があるほどの深傷になった。此処では直ぐに治療が出来ない傷だ。なんとか左腕で戦鎚を持ち直し、地面を引きずりながらもグローザの前に壁の様に立ち塞がると、後ろを見ずに、前方の薄紫の髪の女に意識を向けたまま──。
「──姉様、見間違いで無ければ薄紫の式と脈を操っています。かなり危険です、それにこの威力、次は防げるかどうか──、下がって──」
「クルミ...?」
「────────」
「姉様...?」
「──瓜二つですね、シヅル...」
グローザは目の前の女にシヅルと呼びかけた。アスタロスは怪訝な表情で視線をシヅルと呼ばれた女とグローザに交互に移している。
「シヅル、アナタにもずっと会いたかった。ソウナと一緒に来て欲しい」
「...ッ!貴方なんか知らない...!いきなり何を言って...!奏梛を、離して...!!!」
「それは無理。私はソウナをずっと探していた。やっと...会えたの、話したい事がある。シヅル、貴方にも話したい事がある。お願い一緒に──」
「奏梛と話したいなら──!どうしてそんな奏梛を傷付けるの...!」
「それは──、......ごめんなさい。少し...無茶をした」
俯きながらグローザは答えると、本当に申し訳無さそうに表情を歪めている。志弦はそれを見てますます理解できずに感情が昂っていく。握り込んだ杖に力が自然と入ると、それに呼応する様に脈がまた、溢れ出す。その様子を見て、アスタロスが二人を遮る様にグローザに耳打ちする。
「姉様、あの女の隣。白銀の狼...。多分【識狼】だよ。まともにやり合うと危ない。さっきので私、片腕がもう使えない」
「うん...わかってる」
志弦はようやく会えたと思った奏梛が、目の前で傷だらけで倒れているのに冷静さを失っていた。丸三日は寝ないで移動してきた。疲労はもちろんだが、志弦は奏梛の脈が弱くなって行くのを遠方から肌で感じていた。
そして白鍵と黒鍵の封印が弱まっている事──。不安要素しかない中、奏梛を思い続ける事は冷静さを欠くには十分だった。極め付けは先ほどの筒状の光に見覚えがあった。あれは【奉還の儀式】と同じだった──。旅立ちの前、クガネの力を志弦に移した時と似ていたのだ。つまり、目の前の銀髪の女は、奏梛から以前力を分け与えてもらっている可能性が考えられるのだ。
「ねえ...奏梛の知り合いなのは、嘘じゃないって分かる...でも──」
「...奏梛を傷付けるなら話は別...!!」
そう言うと志弦は封印と解除の式を空間中に張り巡らせる。辺り一体を志弦の式と脈が覆い、世界が閉ざされていく──。辺り一体に志弦の式が展開され、強固に空間ごと閉じ込められた。
「これは...シヅル、その式をすぐ解いて。ここでこれ以上騒ぎを起こすとソラリスと他の託宣に見つかってしまう」
「...奏梛を離して。まずはそれが最優先...それにソラリスに見つかるってどう言う事...?貴方はソラリス側の人間でしょ...?」
志弦はグローザの胸元の飾りを指し、続けて指先を動かし封印式をさらに強固に練り上げる。
「ねえ、そこで倒れてるキミ...。キミには封印式を除外してる。早く此処から逃げて」
瓦礫の中で意識を何とか繋ぎつつ状況を伺っていたレイは突然の呼びかけに驚くが──。
「ええ、ありがとう...」
「──キミはあの人達とは別?なの...?イグノアは何処?」
「...イグノア様は託宣使を迎えにと此処を離れています...」
「貴方達とあの二人は別...なの」
「──確かにそうですが、同じソラリスに関係がある点は否定しません...」
「......」
「正直に教えてくれてありがとう、私は奏梛を連れて帰りたいだけ──」
志弦が言いかけて意識を一瞬だけレイに逸らしたのを見逃さず、片腕が焼けただれた金髪の少女は、一瞬で志弦の間合いに入り込み十分に膂力の乗った一撃を見舞う。──だがその一撃は志弦には届かない。志弦とアスタロスの間には見えない空間の壁があり、アスタロスはそのまま、空間に動けずに保存されて動きを止める。
「なに...これ」
「──大人しくしてて。わたしは奏梛を取り戻したいだけなの。貴方達と戦うのが目的じゃない」
するとグローザがその場の感情に相応しくない笑顔で志弦に笑いかける。志弦は不快感を露わにするが、グローザは構わずこの場に不釣り合いな優しい声音で言葉を続ける。
「とても良い式。やっぱりクルミとそっくり。それに良くソウナに鍛えられてる。式の構築もキレイ。でも、それは──。私には手の内を晒しているのと同じ」
グローザがそういうと、抱えていた奏梛を地面にゆっくりと寝かせて腰のレイピアを再度抜刀する。
「もう一度、確認したい。貴方にも話したい事たくさんあるの。此処で戦いたくない。今はこの式を解除して欲しい」
「...奏梛を返して...お願い」
「...ソラリスは一枚岩じゃない。私もそう。それにソラリスは地上で起こる事象を常に監視してる。この規模の戦闘を起こしてしまったら、もうおそらく観測されている。此処でシヅルにソウナを渡しても、ソラリスから捕捉されたら逃げられない。今までは上手くやってたみたいだけど...。ソラリスはずっとソウナを探し続けてきた。見つかるのも時間の問題だよ。だから、私と来て話を聞いて欲しい」
「────」
「...ごめんなさい、信じられない。貴方のことを知らなすぎる...」
その時、外部から式に干渉する反応に気付く。志弦はすぐさま、干渉を受けている出所を探すと、そこにはイグノアともう一人見慣れない男が一緒にこちらへ向かってくるのを察知する。同時にグローザも詳細を瞬時に察知して言葉を続ける。
「...見つかった」
「今、シヅルの式に外部から干渉しているのは別の託宣使。隣は...アレはあまり良い趣味を持っていない。よりによって、ルベドが一緒にいる」
「シヅル、わたしはこれから落城するの。今──信じてもらえないなら落城して証明すれば、話を聞いてくれる?」
「簡単に──落城なんて...!」
「──ううん、できるよ」
グローザは真っ直ぐに真剣な表情で志弦を見つめ応えるが、志弦は目の前の女がどこまで本気なのか測りかねている。奏梛を傷つける存在なのに、話をしたい、と彼女は言う。
「──ねえ、お願い。奏梛を置いて此処は引いて欲しい、貴方とこれ以上戦いたくないの...!」
「戦う必要はない。まずはシヅルに証明する。外にいるイグノアとルベドという託宣使を始末すれば、私の話を聞いてくれる?」
「待って...!勝手に話を進めないで!それに、仮に外の二人を無力化したとしても、貴方が奏梛を連れて行く事が前提で話をしないで!」
「時間がない。それにシヅルの式は脈の消費が大きすぎ。もう維持するのも辛くなってきている筈。封印式を解除すれば、再度構築するにしても一瞬の切れ目がある──。イグノアの隣にいる、ルベドという託宣使は、このソノマ機械都市に機械工学を広めた最初の男。そして天帝リュドミラとソウナ...。二人の剣聖の力を研究している男だよ。出来ればシヅルとソウナはあの男には会わせたくない」
「──あの男は託宣使の中でも、特に残忍でソラリスの汚い部分を具現化した様な男。危険。この国は何十年も前からルベドの【実験場】になってる。ゲンディアもそう。雨が降り続けてるのも、龍脈を雨にして垂れ流してるのも、全て剣聖の複製を造るための実験に過ぎない」
「──今...なんて、言ったの......」
「──あの男は剣聖の複製を造ろうとしているの。人工的に。この世界に二人しかいない剣聖。今も生きているのはソウナだけ。剣聖は月の民が選ぶ。そして月の民は、シヅル──。貴方を最後に選民を辞めてるの」
「それってどういう...」
「今はもう時間がない、どうかわたしを信じて欲しい」
「────」
「......奏梛をこれ以上傷つけないって...約束して」
「うん」
「それでいい。まずはアスタロス──。彼女の拘束を解いて欲しい」
「...」
志弦はアスタロスを捉えている空間の式を解除すると、アスタロスは地面に倒れ込んだ。アスタロスは無事な左腕で体からほこりを払いながらグローザに問いかける。
「...姉様、話しは終わりましたか」
「──うん、後で説明する。今は何も聞かずに協力して」
「はい」
「それとレイ、貴方はすぐに此処から逃げたほうがいい。ルベドに見つかれば、ただじゃ済まない。それと──ソラリスからここにくる途中、ルベドの実験棟を解放した。イリアを助けにすぐにソラリスへ帰りなさい」
「貴方は一体...」
「早く行きなさい」
「...はい。ありがとう、気をつけて」
「シヅル、準備はいい?」
「────」
「シヅル?」
「──まだ...許した訳じゃない」
「それでいい」
「私はシヅルの式が解けるのに併せて、新しく式を展開する。援護して」
「...」
納得がいっていないが、此処は一時的な共闘で従うしかない。志弦は直感でこの銀髪の女が奏梛と親しい関係であることに気付いていた。
「シヅル、行くよ」
「...わかってる」
志弦が展開している式を一度解除する。途端に外部から干渉していた存在がそれに気づき、志弦達の前に瞬時に転移してくる。一人はイグノア。もう一人は顔の半分を仮面で覆う男──。託宣使の第五位、ルベドと邂逅した。




