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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第二楽章
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第二楽章 十三小節 「開戦」

 イグノアという男は「ソラリス」出身の貴族の家の出だ。昔からそつなく色々とこなす様なタイプではあったがこれと言って得意なものも無かった。そして他者に対して「極度に興味」がない。だから私の名前だって覚えているはずがない──。少なくとも私はそう思っている。イグノアの手を引きながら、迷い無く進んでいくつもりが──イグノアの幼少期の事や、今までの些細な出来事が脳裏を過ってくるのに少し苛立ちを覚えた。


「やっぱりこの状態だと、感傷的になるっていうかなんていうか...。早いとこ終わらせて家でゆっくりしたいな」


 手を引かれるままに、歩き続けるイグノアは眼前の少女にどこか見覚えがある様な気がしていたが思い出せない。それはそうだろう。この家計は興味の対象は自分達が認めた実験対象のみなのだ。思い出してもらっては困る。思い出して欲しくない。そんな私の気持ちなどつゆ知れずかれは呑気に気の抜けた声で私に問いかける。


「──おい!どこまでいくんだ!」


 痺れを切らしイグノアは私の手を振り払い一度立ち止まる。呼吸を整えて冷静さを取り戻そうとしている。本当に困った人だ。


「...先ほども説明しましたが?階下の剣聖がこの地震を起こしているのです。このままここにいてはイグノア様ごと建物の下敷きになります。私は()()死にたくありません」


「何を言っているんだ!反撃しなければ終わらないだろう!それにもう少しで託宣の連中が訪ねてくる時間だ!奴らに協力を仰ぐ!」


「ですが託宣使は今この状況のイェグタリトには来れないでしょう?どこで合流するんですか?」


 私はうんざりして、ため息混じりに言葉を吐き出す。その間も一時的に事象に干渉しているとはいえ、凄まじい揺れが続いているのだ。今は言うことを素直に聞いて欲しいのに──。


「シルディを呼べ!!あいつに連絡をとり、迎えに来させろ!」


「シルディ?わたし、シルディってあんまり好きじゃないんですよね。それにどうやってシルディと連絡を取るおつもりですか?」


 するとイグノアは汚い笑みを浮かべて、左手の小指に嵌めてある指輪に脈を通す。指輪が反応して、2度、大きく白い光を放った。あれは──。再度ため息混じりに自分の髪の毛先を回しながらつまらなさそうに答える。


「それ...。普通の人間には絶対仕込んだらダメですよ。シルディは人間辞めてるからまだ...」


「──構わん!あいつはリノザから奪った際にすぐに龍脈の人体実験で改造を施してある、この程度では()()()()!おい!俺を2層まですぐに連れて行け!」


「...はーいかしこまりましたー」


 私は彼を見ることなくぶっきらぼうに答えると、すぐにイグノアの手を取り走り出した。


▼△ ▼△ ▼△ ▼△


 奏梛は人混みの中式を続けているが額に汗が伝っており、疲れが出始めている。リディアンはその様子を見守ることしかできずに、奏梛の側で肩を支えている──が、突如奏梛が式を中断してリディアンにもたれかかる。


「そ、奏梛様!!」


 リディアンは憧れの剣聖と密着している状況に顔を赤らめているが、すぐに意識を切り返して奏梛の容体を確かめようとするが、奏梛はすぐに目を覚ましてこちらを見る。


「どっかのバカヤロウが、この周辺の地脈に干渉してるな...!」


「地脈──ですか?」


「...来るぞ、身体を起こしてくれ」


「あ、は、はい!」


 すると──奏梛達の眼前に凄まじい風を纏いながら、一人の女が轟音と共に現れた。凄まじい衝撃音と共に広場の周りの人間達が巻き込まれて悲鳴を上げている。その風は、この世界の人間には馴染みのあるものだ。そうこれは双眼の風だ。


「──随分物騒なもん纏ってんな...シルディ」


 現れたシルディには、凝縮された風が体に絡みつく様に吹き荒んでおり、辺りを侵食し始めている。周りの被害など気にも留めない、という顔でこちらをみて不適に彼女は笑った。また会えたことを喜ぶ様なその表情に私は背筋が少し冷たくなるのを感じた。おそらく彼女はもう──。


「リディアン、すぐに此処から離れろ!今すぐだ!」


「し、しかし...!」


「あいつが今体に纏ってんのは、双眼の風だ。被害が大きくなる前に周りの人たちを此処から離れさせろ!」


「双眼のか、風?!わ、わかりました!!すぐに開始します!!」


 リディアンはすぐに言われた通りに周りの人たちの誘導を開始する。


「皆さん落ち着いて!わたしは剣影のリーダー、リディアンです!此処は危険ですから早くこちらへ避難してください!!」


 人混みをうまく誘導しながら、奏梛の方を確認するリディアンだが、相対しているシルディという女に、底知れない()()を再度感じて、背筋に汗が流れるのを感じた。


「シルディ...やり過ぎだ、あまり関係のない人間を巻き込むんじゃ──」言葉を言い切る前に、シルディは突進し奏梛に切りかかった。彼女が踏み込んだ地面は風の浸食によって黒く濁って腐敗している。


「ハハハっ!この前はあの小娘にも痛手を負わされましたが──かの剣聖も龍脈中毒では私の敵ではない!!イグノア様からもらったこの体があれば剣聖にさえ、臆せず斬りかかれるのだから!!」


 シルディの目の奥に何かが動いているのを察知した奏梛は、意識をそこに向けて──。


「行儀が悪いやつだな...。それにお前のその目、龍脈虫か」


 シルディは間合いを離し再度回転しながら飛び込み、斬撃の嵐を見舞う。


「相変わらず...!長く生きているだけはありますね!」


「おいおい...あんまり無茶させないでくれよっと」


 その斬撃を全て片手のみでいなし、瞬時に空間式を発動する。シルディが連れてきた双眼の目から送られた風の影響を──瞬時に吹き飛ばし、大きな音と共に空高く渦を巻いて風が飛散する。


「んなっ!?」


「──なんだ?これくらいで驚いてちゃあ、剣聖とやり合うんだ、腰が抜けっぱなしだぞ?」


「......きさまああああ!!」


 奏梛は眼前のシルディだったものが、やけに興奮状態にある事に違和感を感じている。おそらく龍脈虫の発現と関係がある。それにこの脈──遠隔で無尽蔵に送られ続けている。指示を出してる奴が近くにいるはずだ。呼吸を整えて、語気を変えてシルディに伝える。時間をかけていられないのだ。最初から解放していくしかない。発した言葉は、今までのどこかとぼけた感じの声音とは異質の──空間全体に、耳元に残響の様に彼女の耳にそれは届いた。


「五分だ──。五分だけ本来の俺の力で相手してやる」


 指で相手を挑発し、彼女の意識を全て俺に向ける。そうまでしなくとも彼女は全力で俺に向かってくるだろう。だが時間をかけずに力任せに押し通る。そのためには全力で正面から叩き潰す必要がある。周りの被害も考えて、迅速に素早く処理を開始する。


「...はっはははは!!そんな身体で本来の力など奮っては──今度こそ助からない!...良いでしょう」


「あんまり時間もないんでな、さっさと全力で来い。来ないなら俺からいくぞ」


 俺は腰に差した二刀の武器を抜く。本来であればこの力は解放するべきではない。体の負担を考えると尚更だ。それに志弦──。彼女が表情を歪め悲しそうにしている姿が目に浮かぶ。だが、今はこの被害を少しでも抑え、迅速に処理するために。意を決したその瞬間──辺り一体に凄まじい悪寒と背筋の凍る様な恐怖が植え付けられる。


「たまには使ってやらんとコイツらも拗ねちまうからな。どれ──」


 そう言うと杖を模した様な刀を大地に突き刺す──そこまでは見えていた。その瞬間、シルディの頭の上から刀が突き刺さっており串刺しになっている自分に気付く。前後の時間が、記憶が、認識できない。強制的に事象を()()する。


「っがっ?!?!あああああああああああああああああ!!!????」


 夥しい出血がシルディから吹き出す──。次の一瞬に──何もなかった様にその痛みが、映像が記憶が、元に戻っている。意識が切り替わり、一瞬の安堵と、圧倒的な恐怖から意識を平静に切り替えられと──思っていた。だが、また目の前の剣聖が地面に剣を刺そうとして──。


「──なっ...なんだこれは...!?っぐううううううううううううぁあああああああ!!!!」


 剣聖が地面に剣を刺すと──。またシルディの頭から自身の身体を、串刺しに刀が突き抜けた激痛が走る。身動きが取れない、恐怖、そして理解できない事象の連続、そしてこれは幻覚ではない。確かに自分の体を何度も貫き──そして元どおりに繰り返される。


「──んぐがっ?!?!ま、まって...!!!!」


 夥しい出血が再度広がるも、その激痛と衝撃も束の間──。意識が再び数秒ほど戻ったと思うと──再度剣聖が地面に刀を刺そうとしている。すると、眼前の剣聖はこちらを見て剣を止めた。凍りつく様な声音でこちらを射抜きながら、耳に響いてくるその声に、全身から汗という汗が止まらない。


「──なんだ、終いか。口だけは達者な割には根性がねえな...まだ一分も経ってねえぞ」


「なんだこれは?!?!いつのまにか身体を串刺しにされて──!無かった事の様に繰り返して...!!や、やめ...!!」


 俺は再度刀を地面に刺そうとした時──横から一直線に何かが、殺気と共に飛び込んできた。もう後数回で終わったものを──と内心舌打ちした。すぐに意識をそちらに一瞬で移した。かなりの使い手だ──。勢いよく振るわれたその斬撃をいなしながら、飛び込んできたメイド風の女──眼の奥のそれを見てため息が漏れた。シルディは間一髪で苦痛の再現から逃れ、すがる様に現れた二人の名をだらしなく呼び助けを求めた。


「イ、イグノア様!!レイ様!!た、たすけ──!!」


 レイと呼ばれたメイドの女──不釣り合いなほど大きな鎌を持っている。だがその不釣り合いさとは裏腹に、完璧に重心を操りその武器を使いこなしているのがすぐに見て取れた。かなりの使い手だった。これ以上時間はかけられないというのに、次から次へと──胸の奥で、少し波打つ感情に気づいた。だがこの程度で事態が覆ることなどない。考えに一瞬耽っていると、そのメイド風の女はすぐに、こちらに切り掛かってきた。


「また龍脈虫...アンタらの主人...お世辞にも趣味が良いとは言えねえな。シェヴァン家の戒律はどうなってんだ」


「わかってますよ、そんな事──。あなたも色々と知っているのでしょうから。余計な詮索は今はしないで欲しいです。それに私は──いまはただの雇われのメイドです」


「っは...!ただのメイドの動きじゃねえな...!」


 女は淡々と返しながら奏梛へ切りかかる。切り合いながら一瞬だが、イグノアを睨みつけると、後ずさるも汚い笑みを浮かべている。


「レイ!シルディ!お前達の龍脈虫の制限を解除したぞ!!すぐに剣聖を再度捕えてこちらに連れて来い!!ソラリスの託宣使に引き渡す!!」


「託宣だと...面倒な奴らと繋がってんな...!つくづく趣味が悪いぜアンタ」


 レイは全力で切り掛かっている筈だった。それなのに一切動揺せずに軽口を叩き続ける目の前の剣聖に少し苛立ちを覚えた。これが、かのリュドミラに続く歴史上二人しか成し得なかった剣聖──。口元にどうしてか自然と笑みが溢れた。だが感情はその真逆。それほどの力を持っていてなぜ、あの国を──。


「これだけ全力で切りかかってるのに、他に意識を移す余裕──なんだか気分が悪いです」


「──言ってろよ。それにお前の主人の性格の悪さに比べればなんてことねえだろ...!」


「その点については同意です...!」


 突き立てた大きな鎌をポールの様に、重心をかけ移動しながら体術と並行して足元に仕込んだナイフで致命傷を狙う。だが、目の前の剣聖は顔色一つ変えずにいなし続け──それにこの男。おそらくいつでも終わらせることができるのにあえて私の様子を伺う──いや憂いている様な──。


「やってしまえレイ!!この計画にどれだけ時間と金が掛かっていると思っているんだ!いきなり出てきた剣聖に阻止などされてたまるか!!」


「イグノア様──笑い方汚いです。うるさいので気が散ります。静かに指を咥えて見守れないのですか?」


「う、うるさい!!さっさと捕まえろ!!」


「後三分だ──お前らちょっと黙ってろ。もうあんまり時間もかけたくない。そろそろ終いだ」


 奏梛がそう言うと、杖を模した刀、「白鍵」を地面に刺そうとする。その瞬間──レイの目の奥が怪しく光ったと同時に、凄まじいスピードで再度奏梛に突進した。轟音を上げながら奏梛の刀にギリギリと音を立てて切りこむ。この力は使いたくないのだが、仕方がなかった。後ろで見ている主人が制限を解除したのだ。使わなければ後で、またうるさく喚くのだから──。


「っぐ...この力...!!アンタ!!それ以上はダメだ!死ぬぞ!その力をそれ以上利用するな!」


 突進を受け止めながら鎌と刀で鍔ぜりあっている。ギリギリと異音を上げて、剣聖の足元はレイの押しこんだ威力によってひしゃげ、沈み出している。


「へえ...私のこと、心配してくれてるんですか。なんというか──あなたは、()()()()()なんだろうとは思っていましたので──想像通りです。つまらないですね」


 レイは力を弱めず目の奥の龍脈虫を更に解放していく。禍々しい龍脈がレイを包み、黒い粒子が彼女の鎌を腕を両眼を覆いながらそれに呼応する様に──膂力をさらに何段階も急速に押し上げる。この力──これは代償があるのだ。代償を受け入れたものにとって──。もう使わないという選択肢はないのだ。手遅れなのだから。


「──バカヤロウ!それ以上...解放するな!俺でも治せなくなる!いいか!その力は龍脈虫を利用した取り込むことが本来できない筈のものだ!それを濾過せずに取り込んで使用すれば...!」


「自分を殺そうと刃を交えている相手を...助ける前提でいるなんて......甘い人です。知っているのでしょう?私たちはもう──使()()()()()()()()()()()()()()んです。それは使っても使わなくとも──変わらないのですから」


 レイは躊躇わずにどんどんと力を解放していく。片手の「白鍵」で凌いではいるが、支える足が地面にどんどんとめりこみ、沈んでいく。もう半身以上は地中に沈み出すほどのその力に、俺はどこか躊躇していた。だが──話しても無駄なのであれば、そう。強引に治療するしかない。()()()がそうだった様に──。


「年長者の言うことは聞けって教わらなかったか...!ばかやろう!俺なら治せる!さっさとその力を...!」


 凄まじい力のままに叩きつけられた斬撃を片手で辛うじて抑えながら、俺はそのまま片目に力を集めるとその場に式を空間中に──彼女を包む様に書き出す。目の前の──レイという少女から龍脈を強引に吸い出し治療を始める。


「んなっ!...なに...してるん...ですか!やめてください!!!私は治して欲しいなんて言ってない!!」


「言うこと訊かねえガキは──言って訊かせるしかねえだろ...!」


「や、やめてください!私はもう既に一度死んでて...!虫の改造だって受け入れて...!」


「良いから!!黙ってろ、舌噛むなよ...!」


 レイから発する龍脈を奏梛が取り込み始めている。イグノアはその光景を見た瞬間、なぜ「ソラリス」が長年剣聖に拘り続けてきたのかを理解した。人の身でありながら、他者からも龍脈を吸い上げる──。あってはならないその力──。これが剣聖──。


「シルディ!加勢しろ!もう一度今なら追い込める!シルディ!!!」


 イグノアがシルディの方に視線を移すと、先ほど受けた事象の恐怖が拭いきれていないため、脚がすくんでいる。それを見たイグノアはイェグタリトにある研究室から持ってきた薬をシルディに投げ出した。


「それを飲んで早く加勢に行け!!私はこのまま託宣使共を呼んで来なければならん!」


 シルディは震えながら──その薬を疑いようもなく飲み干した。イグノアが汚い笑みをさらに歪ませて笑ったことをシルディは見る事は無かった。

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