第二楽章 十二小節 「共振」
ー連鎖の斜塔 イェグタリト第6層ー
女は憂鬱な表情で、支える主人が居る部屋の前で心を決めてノックをする。今日はソラリスから来客がある。普段であれば、たとえ誰が来ようとも一度決めた予定を組み替えたりはしない人だが今日は昼過ぎから主人の機嫌がすこぶる悪い。ルルシナでの大量の脱走者の件も伝えなければならない。
「恐らく捕まえていた女──。あの女...派手に建物毎吹っ飛ばしていったもんなあ...。ソラリスの来客にも影響ありそうだなあ...」
「イグノア様──」
「...今日は誰も通すなと伝えたぞ」
「──はい、申し訳ありません。ですが剣聖と名乗る者がイグノア様に面会を」
「ハッ...この時代に剣聖を名乗るなど、余程頭のネジが飛んでるらしいな、さっさと追い返せ」
「はあ...。それと連絡が遅れましたが、ルルシナ要塞から捕らえていた囚人や学者達120名程が脱走し...その中にはイグノア様が封印の枷を嵌めさせた例の剣聖も含まれていると報告が」
「なっ......どういう事だ...!あいつには枷が...動けるわけが...。あの枷を嵌めるのにどれだけ怪我人が出たと思っている!!忌々しい!...意識外であっても、条件を設定して暴れ回るなどと...!!」
イグノアは奏梛捕縛の際を思い返し歯をギリギリと鳴らす。
「待て...剣聖も脱走したのか?!」
イグノアは混乱し、理解が追いついていない。
「ですので──。階下にいる剣聖は恐らく”本人”かと...」
女は退屈そうな表情で淡々と報告を続ける。イグノアは拳を強く握りすぎて、爪が内側の肉に食い込み血が流れている。イグノアはあの時の光景が頭をよぎっていた。
「シルディの姿をした、あいつには映像用の転送式が組み込んである...。あの時、シルディに向かって放った”アレは”月沙侵攻の際にソラリスに壊滅的な被害を出した【グルムド】の腕と同じだった...。アレはマズイ......!」
イグノアは全身から冷たい汗が止まらない。
かつて──ソラリスが月沙を侵攻していた際に、僅か数体で天災級の災害を起こした剣聖に支える災害「神骸」
代々剣聖に受け継がれているとされる──この世の災害。それを従える剣聖がイグノアを訪ねてきている。
(一体何を考えている...?託宣使供に報告するか?しかし、捕らえた学者共々同時に行方不明...。元々託宣使に引き渡すはずが...!!)
イグノアは奥歯をギリギリと鳴らし、表情を歪ませている
「──次から次へと...!」
「イグノア様、託宣使には私が報告をして──」
その瞬間、凄まじい耳をつんざく様な高音と共に建物全体が揺れ始めた──。
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ーソノマ機械都市中央 連鎖の斜塔前広場ー
この機械仕掛けの都市には筒状に伸びている細長い建物が乱立している。無計画に立て続けたその建物たちは地盤の緩みや天災など──。さまざまな自然現象が要因となって、建てられた筒が倒れ込み、その倒れた筒にまた建物を繋ぎ合わせ、螺旋の様に建物が倒れ込み、絡み合っている。無計画に建造され続けた歪な集合体は、いつしかこの都市を表すシンボルになっている。その歪な集合体の中心に、中でも一際大きい目を惹く建物がある。ソノマ機械都市の中枢──
「イェグタリト──。いつ見てもおかしな建物の集合体ですね...ここは」
「どれか一つでも失えばバランスを失う積み木の様な...。まさにこの都市を象徴しています...。過度な成長と発展に人々の暮らしが全く追いついてない」
リディアンは奏梛の隣で建物を見上げて呟く。
「...ソラリスも...月沙も...かつての月の民も...。どうして人は地上から離れる事を望むんだろうな...」
「...奏梛様──」
「人は他者を蹴落とし、より高くどこかへ登って行かねば気が済まぬのだ。──何故なら、人は飛べない代わりに石を積み上げ......積み上げた先に何かがあると信じて......犠牲を払いながら、屍を積み上げながら後に引けぬ身を引きずり、焦がれている時が一番美しい」
「一度でも振り返れば、積み上げた石と屍の数に罪の意識を感じてしまうのだから──」
リディアンは聞き覚えのある一説に気付き、目を伏せる。
「雲上の騎兵──。ですね。幼い頃ソラリスの子供達は皆その本を読み聞かせられます。──今思い返すと、人の矛盾を表す性をよく表しています...ですが私はそのお話はあまり好きではありません...」
「──リディアン」
「はい」
「どんなに時間が経ってもブレないものは確かにある。だが、自分を形造る世界に対して、俺たちは無防備すぎる。変わっていく事を......”世界が変わらない事を担保に”俺たちは問いかけられ続けるんだ──このままで良いのか?ってな」
リディアンは奏梛の言葉が妙に胸に鋭く刺さり、言葉が詰まってしまう。それでは私達は何故一人で生きていけない──いや、生きていかないのだろうと──。
「──すまない、少し感傷的になった」
奏梛に目線を戻すとそこにはいつもの剣聖の姿があった。
「さて、まずはうちの大事なモン傷つけてくれた礼をしなくちゃあな。ただ訪ねたって出て来てくれる訳がない...。ちょっと荒っぽいが手伝ってくれるか?」
「はい!」
建物入り口から素直に取り次いでもらおうなどとはハナから考えていない。門番を通じて訪ねてはみたが、永遠に尋人が出てくることはないだろう。奏梛は踵を返すと、連鎖の斜塔入り口の広場にてあぐらをかき地べたに座りこむ。地面に手を当てて、何かを探す様にとても細い脈を地面に這わせて何かを探している。
「奏梛様...?」
リディアンが何をしているのか見当も付かず奏梛に尋ねる。
「どうせ待っても出て来やしない...。だから向こうから来てもらうのが一番早い。この国の地下の龍脈を利用して俺の脈と共鳴させる」
「そんな事が...」
「──まあ見てろ」
奏梛はゆっくりと小さな脈を地中深くの龍脈目掛けて流し込み続けている。
「龍脈ってのはこの大地の生命の根源だ。脈には必ず”うねり”がある。同質の脈の流れを逆回転で同じ速度でぶつけるとな、溶け合わずに絡み合い共鳴が起こる...」
「──こんな風にな」
突如連鎖の斜塔全体が細かく軋みを上げ始める。目の前の歪な建物全体が揺れ始める。
「無関係な人を傷つけるつもりなどは勿論ない。向こうから出て来てくれる」
リディアンは奏梛が行っている式のあまりの緻密さと高度な応用に絶句している。
「建物だけに、地震を起こしている...。それも崩れないギリギリの所でとどめ続けて...」
連鎖の斜塔──。この機械都市の、権力者達が集まる塔から形相を変えて付き人や兵達が一斉に外へ駆け出し避難してくる。奏梛は顔色一つ変えずに地面に手を当てた式のコントロールを行っている。広場には波の様に人が集まり避難した人々で溢りかえる。その中心に、地面に胡座をかき手を当てる青年とその隣の女の周りには空洞が出来ていた。
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ー連鎖の斜塔 イェグタリト第6層ー
突如として起こった揺れに、イグノアはバランスを崩し床に突っ伏してしまう。周りの本棚から一見して高級だとわかる調度品が床に一斉にばら撒かれ、一瞬で室内の静寂は混沌へと様変わりする。
あまりにも凄まじい揺れに立っていることもままならず、すぐさまソノマの機械兵団を呼び出すよう秘書の女に指示を出そうとした瞬間、秘書の女はイグノアが見たこともない式を使い部屋の中の事象に干渉する。
「はあ...まったく」
女はゆっくりとその空間で起きている強烈な振動を中和し始める。左の眼から血が流れていて、瞳の奥に”何か”が蠢いているのが見えた。
「イグノア様の近くは退屈しませんね。...私ではこの振動を完全に止めることは出来ません。おそらく階下の剣聖達の仕業でしょう。さあ早く此方へ」
秘書の女が式を行使する中、もう片方の手でイグノアに手を伸ばす。
「お前は一体...。それにその眼は...」
「説明している暇はありません、このまま剣聖に十数年かけた計画を台無しにされても良いのですか?ここは私に従って下さい」
イグノアは言われるがままに手を引かれて、女の跡を頼りなく追い、部屋を後にした。




