第二楽章 八小節 「ソノマ」Ⅱ
ー二週間後ー
ここ数日のレナンは見張りのための交代の時間が楽しみになりつつあった。見張るものと囚われている者。立場は違えど、女と話すのがレナンは楽しみの一つになっていた。レナンはいつもの様に交代の手続きを済ませると、女がいるかどうかを扉の口から確認する。
──すると今日は、女の姿が見当たらない。門番の引き継ぎ報告によると、今日はイグノア宰相に面会と記載がある。交代時によく聞かずに来てしまった、そういえばそんなことを言っていたと思い返し、自分が少し浮かれていると思い気を引き締め直した。
しばらくすると、女が政府直下の騎兵団に連れられて戻ってくる。よく見ると、体にはあちこちに傷があり服の袖などもほつれている、ここ数日良くなった顔色も今日は曇っている。
「──では私たちはこれで、あとはお任せします」
そう言うと騎兵団員はレナンに挨拶を済ませるとすぐにその場を後にした。レナンは女のことが気になるが、声をかけようかどうか躊躇してしまう。何かあったのは間違いないが、言われてみればそこまで親しいわけでもない、名前も知らない相手のことだ。脳内をぐるぐるとしょうもない考えが巡っていると、女の方から声をかけてきた。
「あの...」
「──なんだ」
レナンは少しそっけなく言葉を返す。
「──もし、知っていたらで良いのですが、私が囚われた時に私の装備品がどこに...保管されているか知りませんか...?」
「...それは知っていても教えられない」
レナンは本当は知らないのだが、つい口をついて出てしまう言葉に少し罪悪感を覚えた。
「──この手錠のせいで、脈が封じられて思うように式が使えません...代わりに探していただけないでしょうか...」
「アンタ──脈使いか」
「脈、使い...?」
聞き慣れない言葉に女は首を捻る。
「──このあたりじゃ、機械に頼らずに脈を操る魔法使いの様な連中をそう呼ぶんだ」
「そうですか...」
「.......」
レナンは言葉を探しながら目線を虚空で泳がせていると、分厚い扉越しに女は目線の高さ程ある、中の様子が見れる四角い穴を布で覆った。するとレナンがすぐに慌てて声をかける。
「おい、そこは塞ぐな。常に見える様にしておけって言われてる」
「...少し汚れてしまったので、着替えたいのです...すぐ済みますから」
レナンは着替えとなると言い返せずに仕方なく見て見ぬふりをする。だがすぐに後悔する。あたりが暗いせいもあるのか、部屋から光が漏れ出し始めている。一瞬、こんな色の脈と式は見たことがないと、レナンは目を奪われ動作が一拍遅れてしまう。その間にも光はどんどん強くなっていき──。
「──おい、何をしてるんだ!この布を取れ!取らないなら中に入って取り押さえないといけない!」
「できません...!予想以上にここで足止めされました。奏梛とすぐ合流しないと...!」
光がさらに強く溢れ出して、もう目を開けているのも辛い程だ。レナンはなんとか扉にたどり着き、急いで鍵を開けるが、光が強く眩しすぎて鍵開けに時間がかかってしまう。なんとか扉を開けると、そこには部屋の隅々まで空間式が構築されており尋常じゃないほど書き込まれている。
「これはいったい...!?おい女!今すぐその式を止めッ...!!」
静止を聞かずに女は空間式を完成させると、ものすごいエネルギーの流れが辺りのものを吹き飛ばし、待機中だった見張り番の者たちも音を聞き集まってくる。
「──おい!一体なんだこれは?!レナン!!今すぐやめさせろ!」
兵たちは凄まじい脈の放出に近づけず、こんな狭い空間だと言うのに、立っているだけでも辛いほどに脈の奔流がこの場を包んでいる。
「...奏梛!すぐいくからね...!」
女はそのまま式を完成させると、薄紫の光が大きく筒状に月まで伸びて特棟を包み込んだ。
△▼△▼△
ー数時間前ー 宰相の間
「──さて、志弦と言ったな...。覚悟は決まったか?」
イグノアと呼ばれるこの国の宰相はこちらを鋭く射抜きながら答えを待っている。
「──はい、貴方にお伝えする事は何もありません」
私は真っ直ぐとその視線に切り返しイグノアを見ている。イグノアは続けて「あんまり、強引な方法は取りたくないんだ、奏梛殿の安否も気にならないか?」と挑発的に──舐め回すように視線を動かしている。私は真っ直ぐに目を逸らさずにハッキリと答えた。
「──奏梛は、貴方如きが掌握し切れるような人ではありません。いい加減私を解放してください」
「困った子だ...。貴方の脈を私たちの龍脈兵器に取り込ませてもらうだけです、すぐ済む話です。それにこの世界の式の色は”白か黒”だけでしょう??それ以外でもそれ以上でもないのでは?」
イグノアは笑いながら、とぼけた口調で──私の周りをゆっくりと歩きながら、度々覗き込むようにこちらの顔を伺ってくる。
やっぱり私の色を知ってる──。ドラグナド研究所であれだけ大きな共振を使ってしまったのだ。私は平然と「私にはそんな特別な力はありません、これ以上拘束を続けるのであれば私にも考えが──」そう言いかけてイグノアは眼前に映像式を展開する。その映像に絶句し、思わず目の前に広がるその光景に手を伸ばしてしまう。そこには銀髪の青年が血まみれで鎖で繋がれており、全身に拷問を受けたような傷がある。
「奏梛!!...貴方たちッ!!なんて酷い事を!!!!!」
「...何か勘違いしてますねえ。協力ですよ?奏梛さんが龍脈を【濾過】しているみたいなんでねえ、この辺りの龍脈を「全て」彼に”請け負ってもらってる”だけですよ?これで、ソノマに住まう人々はこれからも安心して機械を使っていける!隣国のゲンディアも雨の脅威から救われます!」
「絶ッ対に..........!あなたはッ!!!」
イグノアに怒りのままに近づこうとすると、騎兵団員に地べたに押さえつけられた。押さえつけられながら、眼前の忌々しい笑みを浮かべる男を睨見続けた。
「──奏梛さんもさすが剣聖ですよ。ちょっとやそっとでは悲鳴どころか一言も発さないのです」
「──ッ!」
「我が国が発明した脈と式を抑える鎖を繋ぐだけでも一苦労でしたが、鎖をつけたあとは従順にエネルギーを濾過していただいてます──人の為になってるんですよ?何をそんなに怒っているのですか」
イグノアはニヤニヤと笑い続けている。
「奏梛...!いまの状態であんな龍脈を強制的に注がれたら!!」
「私はね、シヅルさん...。”貴方たち”の様な御伽話の向こう側にいる様な人達が許せないんですよ...。それにソラリスは月沙を完全に根絶やしにした筈なのに...残り香が臭っては...ねえ」
イグノアは騎兵団員に命じ──すれ違いざまに「ニ日だけ、待ちますので良い返事を期待しています」と告げた。引きづられるままに私はその部屋を後にする。特棟に連れ戻される道中、奏梛の姿が目に焼き付いて離れなかった。
「どうしてあんな拷問を...!そもそも奏梛が捕まる事自体がおかしい...それにこの脈と式を抑える鎖...これのせいで思う様に式が組めない...」
考えを巡らせながら部屋に戻されると、看守がいつもの少年に交代していた。志弦は部屋を見渡すと、捉えられている間に少しづつ書き溜めた空間式を見て、脱出を決意する。
「出力に不安があるけど、迷ってられない!この鎖のせいで、共振の式を書くのに思った以上に時間がかかる...!未完成でもやるしか無い...!」
奏梛から貰った月沙の羽織を部屋の入り口の監視口にかけ、視界を塞ぐ。見張り番の男が慌ててそれを取れと言ってくるが、着替えだと言って誤魔化し続ける。空間に描いた脈を使った式を指でなぞりつなぎ合わせていく──。一つの紋様が浮かび上がると、式が起動を始め、凄まじい光を放ち始めると、志弦は冷静に構成を確認しながらつなぎ合わせていく。
「一分で発動させる!集中!」
「この鎖のせいで、思うように力は使えないけど──!」
奏梛との思い出が頭をよぎり、自身の力について説明する奏梛の言葉を頭で復唱する。
「封印と解除を司る薄紫の光だよ!そもそも抑え切れる訳ない!...奏梛!すぐ行くから!!」
その日、特棟が筒状の光に覆われた。




