第二楽章 六小節「ドラグナド研究所」Ⅲ
ーソノマ機械都市 黒鉄の間ー
男は山積みの書類を手際よく捌きながら、来客中の女からある報告を受けている。
「──イグノア様、ソラリス側に進捗報告が遅れていると連絡が。雨の影響下での、龍脈獣の報告書は来月までにとの事です」
イグノアと呼ばれたその男は手を止めて女に告げる。
「毎度毎度こういう時だけはせっかちな奴らだ。全く…それで?月沙のかつての剣聖の居場所はまだなのか──」
女は背中に悪寒を感じ冷たい汗が伝うのを感じる。
「剣聖らしき男がゲンディアにいたと言う報告がソラリスの調査員から上がっています。おそらくやつはゲンディアとソノマの間にまだ居るはずです、全力で探していますので──もう少しだけお時間を…」
そう伝えるとイグノアは刀傷と思われる右の目を押さえながら汚く醜い笑顔で目の前の女を睨みつけ、笑いを必死に堪えながら──。
「──剣聖には手を出すな、わたしのものだ」
「はい…」
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ードラグナド地下一階 培養室ー
志弦は、眼前の脈獣に致命打を与えられないでいた。ダメージを与えても与えても瞬時に再生してしまうのだ。
「龍脈との距離はまだ十分にあるのに…!この距離ですらこの再生速度なの…」
志弦は今日一日ずっと高負荷な式を続けていたため、疲労が溜まっている。奏梛を献身的に想うあまり、背伸びをしてしまっていた。呼吸を改めて整えると封印式を空間に書き出す。深く息を吐いて奏梛が先程書き足してくれた印を加筆し出力を最適化する。
「この威力の共振は打ったことがない…けどやってみるしかない──!中途半端に再生するから、こうなるんだからね…!」
生半可な威力じゃ再生されるため、本来の共振の威力を解放する必要があると感じた志弦は、出力を目一杯上げていく。同時に高速で空間式を完成させると、勢いよく共振を発動させた。手元から放たれたそれは、円丈に広がり脈獣をひしゃげさせ、そのまま建物を突き破って研究所を──月に向かって轟音と共に貫通していった。
「…やりすぎ…た」
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ードラグナド研究所一階 ホールー
奏梛は眼前のシルディだった者と体術だけでやり合っている。
「──へえ、中々やるじゃないか」
剣聖が、腰に刺した武器を使わずに体術のみで対応する姿にシルディは苛立ちを覚えている。
「何故、武器を振るわないのだ!」
「──お前如き体術のみで事足りるって事だ」
そう言うと、シルディが振るう斬撃を全て左手のみでいなしている。だが──奏梛は志弦と合流してから龍脈中毒の治療を受けてはいるが、万全ではない。体術で、万全時の出力で動き回れるのは十分というところだ。目の前の獲物がいつまでも本気を出さない事にシルディが痺れを切らし、空間の式を拡大していく。
「…面倒な事するな、そんなに武器を取って欲しいのか」
「当たり前でしょう!!腐ってもこの世界に二人しか成し得なかった剣聖!!それが目の前にいながら、試さずにいられますか!!」
シルディは式の拡大解釈を展開する。拡大解釈とは式の巨大化、威力増幅法の一つだ。シンプルに出力を上げるには最適の方法の一つである。
「おい…そんなもんぶっ放したら、建物が吹っ飛ぶぞ」
そう言うと、瞬時にシルディの目の前まで移動し、勢いよく回転させた回し蹴りを浴びせようとする。凄まじいスピードが十分に乗った十分な破壊を与える威力──。その瞬間、限界を越えた合図なのか──激しい激痛が胸のあたりに走ると、口から吐血していた。
「──全く、この体は…!!」
バランスを崩して胸を抑えながら奏梛は呼吸を整えている。シルディは目の前の剣聖の状況を訝しみながらも一息に決めてしまおうと攻勢を仕掛ける。
「──どうやら万全じゃないようですが、これも戦!消し飛びなさい!!!」
「...くそっ...無理が効かねえ体になっちまったなあ…!」
一瞬で不利な状況に陥るも口元には不適な笑みが浮かぶ。収束する光にやむを得ず腰にある武器を解放しようとするが、その時──。地下から、見覚えのある光が突き上がり凄まじいスピードで、シルディを勢いよく射抜いた。
「ッガ….!!!!なんっだこれは…?!」
光は勢いよく天井をも突き破り、月の方角を目指し減衰して行った。まざまざと破壊の残滓を残しその光の発生源からは焦った顔で志弦がこっちを見ている。
「…はは、奏梛に当たってないよ…ね?」
志弦は焦って奏梛の元に転移する。
「…奏梛!大丈夫…?」
「…問題ない、志弦は?」
「──うん、少し疲れたけど大丈夫…だけどごめん、派手にやっちゃった…」
上を見ると、屋根は吹っ飛び地下から勢いよく上がってきた力の奔流が研究所に破壊の爪痕を残している。
「確かにな…流石にこの規模の破壊だ、人が集まってくる。一度引くか…」
「──奏梛、先に進もう」
「────」
「この先で、龍脈の洞穴を見つけてるの。普通の人間なら近寄れないし、騒ぎと一緒に地上へ戻っても怪しまれる。今は進もう」
「…分かった、志弦に任せる」
志弦はバツが悪そうではあるが、奏梛と共に地下へこじ開けた穴を通じて潜って行った。
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ードラグナド研究所地下三階ー
前を歩く志弦は「確かこの辺に…」と周りを確認しているが、疲労の色が出てきている。あれだけ大きな共振を起こしたんだ、そろそろ休ませないといけない。考えに耽っていると、志弦が研究所の壁を小さな共振で再度破壊する。
「志弦、無理をするな」
「うん…大丈夫」
志弦が壁を共振で破壊するとそこには、巨大な降雨機と思われる装置と、龍脈の鉱石が剥き出しの空間が広がっていた。
「ここだよ…さっきマッピングの時には見つけられなかったけど、さっきの共振の破壊の余波で見つけたんだ」
奏梛は辺りを見回すと手早く装置を破壊して行く。装置の根本には、不気味な光のうねりが土の中から込み上げている。間違いなく此処で、龍脈の膿を雨にしてばら撒いていた。
「──奏梛…何か分かった?」
「──間違いない、此処から龍脈の膿を雨にしているな。だが、これは…」
奏梛が考え込んでいると横にいた志弦が奏梛にもたれ掛かる。
「──ごめん、ちょっと休んでもいい…?」
志弦はそう言うと奏梛にもたれて目を閉じている。
「志弦、無茶し過ぎだ」
「奏梛に、言われたくない…」
少し横になれば大丈夫だからと志弦は呼吸を整える。志弦をその場に横にさせて、奏梛は巨大な装置の根本、光の元へ近づくと、手を当てて地面を隆起させる。龍脈の膿が溢れ出ているところに蓋をしたような形だ。奏梛はその黒い光の残滓を見つめながら違和感に気づく。
「これは龍脈の膿などではない…一体これは…」
「──奏梛!!!」
振り向くとそこにはシルディが、志弦の首に剣を当てて此方を突き刺すように見ている。
「はあ…はあ…さっきのは本当に危なかった、さすが剣聖と共に旅をしているだけあるな…!」
「──おい」
奏梛が鋭い刀の様な視線をシルディに向ける。
「──剣聖よ…わたしは忠告したぞ…関わるなと。動けばこの女の首は飛ばす」
「奏梛…!ごめんなさい…わたし…」
「志弦、黙ってろ。すぐ終わる」
「すぐは終わらないさ!これからがお楽しみだ!そんなぼろぼろの体で何が出来るんだ!こいつはソノマまで連れて行く!」
「──イグノア様がどうやらお前たちに会いたがっている様でなあ…なに、傷つけやしないさ──」
シルディのもつ剣が志弦の首を僅かに割いて血が流れたその瞬間──。
「俺の大事なモンに手ェ出してんじゃねえよ」
奏梛は言葉を発した瞬間に、二刀の腰にさす槍状の武器、黒鍵を振るった。同時に鐘の音がその場に鳴り響き、空間に凄まじい脈が集まり、大きな亀裂が空間にはいると、そこから、巨大な腕が姿を表す。
「──奏梛ダメ!!今の状態で鍵を振るったら…!!」
志弦が奏梛の元へ駆け寄ろうと抵抗するが、シルディは抵抗する志弦を抑え付けながらも、眼前の理解できない事象に困惑している。空間の亀裂から禍々しい脈を放つ、「何かの腕」が飛び出そうとしながら辺りに圧倒的な脈を撒き散らしている。
「な、なんだその力は……!!」
その時──。バチンという音と共に空間の亀裂が突然閉じてしまう。シルディは亀裂があった虚空から奏梛へ視線を移すと、全身にヒビが入った様に亀裂が入りおびただしい血が流れている。奏梛は膝を着き、呼吸を荒げ胸を押さえている。
「──奏梛!!!!」
志弦は奏梛に手を伸ばし抑え付けられている。すぐに、共振を起こそうと式を展開するが──、式の構築が遅くシルディに防がれてしまう。
「──静かにしていろ!これ以上暴れるとその舌切り落とす!」
目の前のかつての剣聖の状況を凝視しながらシルディは口角をゆっくり上げて続ける。
「…ふふっ。かつての剣聖様はおとなしく此処で倒れていなさい。すぐに警備の者も来るでしょう、貴方が今まで知り得た龍脈の情報なども全て頂きましょう…。かつての剣聖ともあろうお方が”中毒”症状とはねえ…」
奏梛は苦しそうに息を荒げ、だが視線だけはシルディを突き刺すように睨んでいる。
「この女からも聞きたいことがありますし…。お借りしますよ?次会うときにはもう少し”体調管理”しておいてくださいね?」
シルディはそう言うと、影の様な靄を周りに広げて志弦と共に消えて行った。




