第二楽章 二小節 「ゲンディア機械都市」Ⅱ
翌日も変わらず雨が降り続けている。陽も差さないため、辺りは夕方と変わらない。日が差し込み、目覚める事に慣れていた志弦は気付くと隣で寝ていた奏梛がいない事に気付く。慌てて体を起こすと、支度をしながら奏梛の脈を探っていると下からユリが起こしにきてくれた。
「志弦さんおはよう!奏梛さんなら先に──」
すでに奏梛は出かけたと報告を受ける。気を取り直しながらも今一目覚めが悪く、目を擦りながら下に降りてくる私に朝食を用意するユリ。今日のご飯は、ユリが作ったよ!と言って嬉しそうに運んできてくれた。椀の下には紙が挟まっており、そこには奏梛が騎兵団について少し調べてくると書かれていた。私はやってしまったと内心で後悔するも、すぐ頭を切り替えて朝食を勢いよく食べはじめる。
「──ユリ!美味しかった!ご馳走様!今日の夜はわたしが作るね!」
そう言って、私は奏梛の後を追って宿を後にした。昨日の夜、夕食時に話題に上がった一つ、ゲンディア天候学術都市は、去年この都市を治めるライガン侯爵が亡くなったのをきっかけに風向きを変えている。今までは天候学をこの都市全体で、式と脈の力を使い観測し、時には操作をしていた。
だが──ライガン侯爵死後、ゲンディアの隣国であるソノマ機械都市が領土主張をし、元々学術都市という事で独立した権利を持っていた都市はライガンの死後、侵攻を受けあっという間に制圧されてしまった。隣国のソノマは全てを機械工学に頼っている。武器、機械建物、食料などインフラのほぼ全てを機械に依存している。機械のエネルギー源は、もちろん大地の奥深く、巨大な龍脈を根こそぎ掘り出し転換する事で近年急速発展している国の一つだという。龍脈を過剰に取り込むインフラを整えた事で、双眼の眼というこの世界を東西に分断する風の影響を色濃く受けており、機械と天候学を用いて、自国に吹く双眼の眼から届く風向を変えようとしているのだとか──私は嫌な胸騒ぎを感じつつも、奏梛を追い機兵団宿舎へ向かう。指輪にわずかな式を構築すると、奏梛の方向を指して指輪が光る。
「──双眼の眼から送られる風には避ける術がないはずなのに…一体どうやって風を受けない様にするつもりなんだろう──。こっちか…奏梛の事だから、もう動き出してるよね…早く合流しないと…」
光の向く先へ走っていると、宿舎の前に人だかりができている。何やら喧嘩のような──野次馬が集まり盛り上がっている。「──すいません、避けてください!通りたいんです!」と、群衆の隙間を縫う様に間を抜けていくが、途中で手を引っ張られ、後ろに引き戻されて転んでしまう。
「いったたた…」
顔を上げると、そこには見覚えのある男達が数人。先日酒場で絡んできた──。「──またあなた達なの…」とウンザリした様子で志弦は深く溜め息をついて立ち上がる。その様子に苛立ちを隠さない男達は先日と同じように志弦を取り囲む。
「昨日はよくわからねえモンかけやがって!!おかげで、意識がなくなっても酒を飲み続けて、こっちは何人もぶっ倒れてんだ!」
「そうですか──、沢山お酒が飲めてよかったですね。それよりそこをどいてください」
「ふざけんな!!今日はしっかりその身体に教えてやるよ!!ちょうど良い、この人だかりは昨日の兄ちゃんと団長の一騎打ちで集まってんだ!」
「…え??奏梛…?」
男どもを瞬時に振り払って、奏梛の元に瞬間転移する。脈の大きさは最小限、色の判別はされないように瞬間的に発動する。
「…?!?!あの女ッ!今転移しなかったか?!」
ざわついている男どもを置き去りにし、奏梛に駆け寄る。
「──奏梛!ごめんなさい遅くなって!」
「…ああ、志弦おはよう。今日の朝ごはんのスープは俺が味付けしたんだけど…どうだった?」
「めっちゃ美味しかったし、わたしがわからないわけないじゃないですか──ってそうじゃなくて!これってどういう状況?」
「…いや俺も望んだわけじゃ──」
奏梛と対峙する大柄の男が奏梛に向かって吠える。志弦はいまいち状況が掴めていないが──。
「…もう準備はいいのか?!そろそろいくぞ!!」
「志弦、これ預かって」
奏梛愛用の鍵と呼ばれる2対の刀「白鍵」と「黒鍵」を渡される。
「んわわっと、奏梛!今は体術はダメだよ…!」
「なに、準備運動だ」
全身を機械兵装で身につけた大男は奏梛に向かって大きく振りかぶり、斧と銃が一体化した様なものを振り下ろす。瞬間、銃の引き金の様なものを引いて振り下ろすスピードが加速する。
「結構早いな…」
紙一重で交わすと、振り向き様に裏拳を大男の顔面に打ち込む。常人であれば、その拳が粉々になりそうなほど分厚い装甲の兜が、一瞬でひしゃげて男の顔があらわになる。
「ッんなっ?!なんだとぉぉ?!鉄で精錬したこの兜を素手でっ?!」
続いてそのまま回転し足払いを決め顔面に再度拳を打ち付けようとした所で声がかかった。
「──そこまでだ!!」
声の先を見ると、同じく全身を機械装甲で固めた女性の剣士がいる。何処かで見た顔だ──確か──。
「──何をしている、ドッド!」
「…姉さん!」
姉さん、と呼ばれた女性は、剣に指をかけて「其方も、力を誇示するためにここにいるわけではないだろう…手を引いてくれないか」と、此方へ鋭く視線を送る。
「──さっきの賭けはおれの勝ちって事でいいか?」
「っぐ…わかったよ」
ドッドと呼ばれた男は、起き上がり奏梛を睨みつける。志弦が駆け寄り「奏梛!無茶しないで!賭けなんてらしくもない!どうして?」と奏梛の身体に異変が無いかすぐに式を使い確認する。珍しく奏梛が膨れた顔をしている様な違和感を志弦は感じたが身体に意識を戻し異変がないことを確認する。
「よかった、問題ない….」
「──志弦は心配しすぎだ」
全身を機械装甲で覆った女性は二人をみて手招きしている。
「──あなたたちもこちらへ」
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「──わたしはシルディと言います。機兵団統括で、この隊を預かっています。ゲンディアの治安維持と、警護が主な任です」
「──治安維持…ねえ」
「そう、先ほどあなた方と揉め事を起こしたのは、私の弟ドッドです、すぐ頭に血が昇るのと…女好きもあってご迷惑をかけました。ですが──剣聖様ともあろう方が、随分と熱くなられた様ですね」
「剣聖」の言葉が出た瞬間、志弦が構え式を発動しようとする。目の前から意識を逸らさずに「──志弦、大丈夫」と逸る彼女を制止した。
「──シルディ…シルディか。母は──リノザか…」
「はい、初めまして、ですね」
志弦はキョトンとしている。
「──奏梛知り合い??」
「彼女がまだ、こんな小さい時のな」と、手で抱き抱える素振りをする奏梛。
「話には聞いていましたが、やはりそうなのですね──。この様な形でお会いするのは不本意ではありますが──母から言伝を預かってます。ソノマがもし──ゲンディアを我が物顔で闊歩する様な時代がきていたら、関わるな、とのことです」




