第三十小節「出立」
あれから半年が経った。志弦は戦闘から治癒、式の応用、脈に至るまで徹底的にクガネに鍛えられていた。
──そして今日、クガネの力を譲り受ける儀式の日。奏梛の力は与えた力の対象者が死ぬと、本来の所持者に還っていくのだが長い間の過酷な戦闘と旅路、龍脈中毒の影響で奏梛は戻ってきた力が奉還されきっていない。治癒と再生。封印と解除。進行と逆行。奏梛の持つ力でクガネが知っているのは三つ。進行と逆行は奏梛自身の力だと聞いている。
「──そして私が預かるこの治癒と再生…これを、志弦様に移します。志弦様に移さねばいけない理由はお話ししたとおりです」
「うん。大丈夫、私が奏梛の体を必ず元に戻すから」
「…その意気です、志弦様。この力を使って定期的に本来であれば、再生の力で奏梛様を癒し続けるのが役目なのですが──私は一度子を産んでいます。子を産んだ女は、自身の子供以外に再生の加護を与えられなくなります。小さい傷やちょっとした病なら癒せますが、奏梛様の病状には今の私は力不足なのです。ですから…ようやくお渡しできるこの日を、ずっと待ち焦がれておりました──私の全ては志弦様にお伝えしました。これからは志弦様、貴方が奏梛様の隣でこの式を行使する番です」
二人は今ルクセリア城の中心地下に位置する、海門の前にいる。この先はルクセリア海底に続く唯一外海へ出られる道でもある。そもそも脈獣の影響もあって脱出できる者など居ない。周辺の諸国との交通手段は全て空にかかる「霧」を利用する。
「力の移動には本来転移の式を使います。ただ転移の式は奏梛様しか基本扱えません。ですので、【宝珠】を使います」
「…え?それって存在するの?」
「もちろんです、元は奏梛様がある意味ではお造りになった物です」
「──何でも出来るね…奏梛って」
「よく仰っていましたよ、出来ることと出来ないことがあった方が、人でいる事を覚えていられる」と、言いながらクガネは懐かしそうに口元を緩め思い出す。
「さあ、行きますよ」
「う、うん」
「奏梛様、準備が整いました」
奏梛が、かつて胡桃が使用していた杖と宝珠を手にこちらに歩いてくる。クガネはこの半年間、できる限りのことを志弦に教えた。クガネ自身も奏梛と共に歩みたかったが、彼女自身、奏梛から託された力に不和が生じておりこれ以上は維持が出来ない。維持が出来ないと力の主にそのエネルギーが、巨大なうねりとなって本来の所有者に強制的に奉還される。力が主人に戻るだけなら良いのだが、その主人が特殊な状態にあり奉還時におそらく多大な負荷をかけてしまう為、安易に現状受け渡しが出来なかった。
──志弦は明るくなった。奏梛との事もあるが、元々生きる意味を探すくらいにはこの世界に興味を持ち得なかった。
「…志弦、準備は良いか?」
「うん!」
「──今から、俺が玖我音の力を宝珠に閉じ込める。それを宝珠を介して俺と同じ脈の流れで受け取るだけ…力が足りない場合、身体がおそらく弾け飛ぶ」
「…!」
「──心配するな。そのために俺がここにいるんだ」
「信じてる」
「──いくぞっ!」
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それからはあっという間だった。クガネの体内の脈を今後の生活に支障がない様、クガネ本来のものに修正をし、志弦が正式な奏梛との旅に出るためルクセリアと話し合いをした。しばらくの間他国へ見聞を広めるための旅へ出ることになったと国民には知らされた。
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ルクセリア卿国断崖絶壁の東
ーゲンディア海岸への霧道ー
「若様、荷物それだけですか?」
「ああ、動きにくいしな」
「志弦様、若様呼びしているの馴染みませんね」と、クスクスとクガネが笑う。
「──だって、恥ずかしくて」
「好きに呼べば良い、もう剣聖でもなんでもない」
「──世話になった…クガネ、志弦の事は安心しろ」
「ええ、若様といるのです、心配など…むしろ、心配はそっちではありませぬ──志弦様、若様は素敵ですが、ハメを外してはいけませんよ」とクガネが意地悪く志弦に合図を送ると、志弦は頬が一気に紅くなり「ちょっと?!」と慌てふためいている。
「あら、何を想像されたのですか?」
クガネが意地悪く笑っている。そんな二人のやりとりが一段落すると、奏梛は玖我音を真っ直ぐに見て、普段では聞き慣れない口調で言葉を発した。
「──クガネ、よく務め上げた。安心して残りの時間を過ごせ」
クガネの瞳が揺れている。
「はい…若様」
「────」
「クガネ!行ってきます!」
2人のシルエットは霧の先へゆっくりと揺れながら──ルクセリア卿国を後にした。
ソワレとゴズ、ルクセリアと宝珠の下りがあるんですが、もう少し先で出てくるのでそこでまとめて書きます!




