第二十九小節「奏梛と志弦」Ⅴ
奏梛の隠れ家はボロボロではあるのだが、窓が多く陽射しが良く入る。家中の書物は見る人が見れば、喉から手が出る程その書物を求めて生涯をかける者が居るくらいには貴重な本が多い。
そんな中、あまり貴重ではない物を積み上げベッドの様な本達が積み上がっているスペースがある。そこにテーブルクロスをシーツの代わりにし、気持ちよさそうに眠る少女がいる。桜色の髪は差し込む陽に反射し、庭で揺れる木々の隙間から溢れる光に合わせ複雑な色味に変化している。その隣には銀色の髪の青年が横になっており、少女はその青年の腕を枕に寄り添う様に寝息を立てている。志弦は、目を覚ますと横で眠る銀髪の男の顔を確認する。
「なんだか眠ってる時は幼い…奏梛って睫毛長いな…」
しばらく動かずに奏梛の胸の動きを黙って見つめている。
息を吸うたびに高く、息を吐くたびに低く、静かに小さく上下している。胸の動きに夢中になっていると動きが止まり、志弦は顔を上げるとそこには長い睫毛から除く翠緑の瞳がこちらを向いている。
「奏梛おはよう…」
「…ああ、おはようってか…マズったな、そのまま寝ちまった…」
照れながらも志弦も嬉しそうにはにかんでいる。
「わたしも」
奏梛は身体を起こすと、いつもより体内の脈の流れが滞りなく循環しているのに気づく。
「…志弦」
「──大丈夫、無理してない。それにわたし、この力をどうやって使っているのかも解らない…。ただ、楽になれば良いなって思ってただけ」
奏梛は志弦を起こし正面に据えて起こす。
「志弦、よく見ていろ」
そういうと、奏梛の周りに小さな光が集まる。翠と蒼と、志弦の紫と同じ薄い薄紫。
「この三つの光はな、かつて世界中で式の色が七色だったとされる時代の名残りだ。どの色も混ぜ合わせて、色を変えようとすると、何かが足りないひとりぼっちの色さ」
「──地上にはもう、白と黒の式しか無い」
「志弦…俺は志弦には普通の生活を送って欲しかった。そのために志弦の色を隠すため秘匿結界を張った。だが志弦本来の感情も押さえ込んでしまっていたんだ」
「この世界はな…自分の式の色を知らずに成人である17を迎えると、脈を操れなくなるんだ。俺は当時、それを勝手に志弦のためと思い決断した。だが、俺自身が施した結界に綻びが出来てしまっていてな…抑えきれずに発露が始まってしまって…」
「だから──」言いかけた奏梛の唇に志弦は指を当てる。
「わたしは──奏梛と居たい」
「心の何処かで、ずっと感じていたの。どうしてわたしにはこんな能力があるのかって…。記憶のこともそう。わたしはこの記憶の力と式の力と不老の呪い…。受け取ったことに理由があるって信じてる。それに…心当たりがあったんだ。わたしに封印を施した人の瞳の色…。奏梛の色だったんだって」
「──初めて奏梛を見た時、胸がすごいざわざわして…」
「理由はわからなかったけど…決して恨んでなんかいない」
それに…奏梛は多分わたしに加護を──この事実はもう少し一人で独占しよう。そう思い言葉には変換しなかった。
ー加護ー
この世界に生を受けたものが、生涯自分以外に2つだけ施す事が出来るもの。加護の効果は対象が生命の危機を迎えた時発動する。効果の内容は、対象にかけた加護の時間によって様々だ。対象が生まれてすぐに加護を施すと、加護の庇護下にある対象が危機に陥った時【奇跡】が訪れるとされている。
「…」
「これからは…わたしも今は足手纏いだけど、すぐに…強くなるから」
「だから…ずううーーーっとわたしをそばに、置いてね?」
志弦の声が震えている。
「──約束だ」
志弦は顔を赤らめながら、目一杯の笑顔で奏梛に笑いかけた。
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ーソラリスー 天帝の間
玉座の前に一人のかつて人だったであろう何かが座っている。
半身が獣の”それ”は胸元に大きな鍵状のペンダントがぶら下がっている。胸元の鍵状のペンダントから滴る赤い液体が広間の床に波紋を落とし続けるほどに、部屋一面が赤一色に染められている。
「胡桃…何処にいる…」
玉座の前には、巫女と呼ばれる”それ”が行使しているであろう式の媒介者達がズタズタに引き裂かれて倒れている。
それは苛立ちを隠さずに、倒れ込む巫女達を椅子の代わりにし、気怠そうに腰をおろし、臣下からの報告を聞いている。
「──浮滲結晶の融和に予想以上の時間がかかっております。剣聖にあれだけの深傷を負わされて生きている方が奇跡です…」
「──もう暫くお時間を…」
「観測機を出しても構わぬ」
「ですが…」
「構わぬと言った」
「──すぐに、手配いたします…」
人の言葉では無い聞き慣れない音でそれは言葉を発した。
「龍還ごときでは逃げられんぞ胡桃…」




