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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
32/86

第二十八小節 「約束して」Ⅰ

 奏梛がルクセリア卿国に滞在して一月が経った。

志弦は、城のホールでヴァイオリスを弾いている。毎週皆の前で演奏するのが定例になってきていた。志弦は奏梛と城に戻ったあの日から、何故か目に映る者全ての情報量が以前より減っていることに気づいていた。


「奏梛…式を解除してたよね…?どうしてだろう?」


 そんな志弦の疑問とは対照的に城内ではこの一月、志弦の表情の変化に、皆が気付き、驚き、喜んでいた。今までは無表情で、城内でさえ目を覆うため認識の仮面をつけていた事もある。目にする物全ての、その時々の感情まで記憶してしまうため、心を許しているクガネ以外彼女は積極的な接触を拒んでいた。どうやって接すればいいか分からず、腫れ物の様に扱っていた者も多い。それが奏梛と出会った日を境に別人の様に明るくなっていた。だが、誰もが気づいていく。別人などではなく、これが本来の志弦なのだと。


 志弦は本日の演奏を一通り終え、その場の喝采をさらった後は急にお腹を押さえ、だらしない音がホールに響く。恥ずかしそうに俯く志弦を見て、女王がすぐ食事の支度を命令する。皆でテーブルに移動し食事の準備をしていると、志弦が奏梛が居ないことに気づき再度席を立つ。


「ねえ、奏梛は?どこに行ったか知らない?」


 志弦は周りの兵たちやメイドに奏梛が何処へ行ったか気になってしまい、落ち着かずあちこちを回るが、行方がわからない。


「奏梛は…とても強いのはわかるんだけど、なんだか式と脈がツギハギなんだよね…何処に居るんだろう」


 志弦はなんとなく奏梛が心配で、城内を探し回っていると、メイドの一人が奏梛が胡桃の間の方へ行くのを見たと聞く。


「…胡桃の間ってこっちだったよね?」


 志弦が小走りに胡桃の間へ向かうと、扉の前で息を荒げ苦しそうに倒れている銀髪の青年を見つけた。


「────」


志弦の胸の奥が大きく鳴る。


「──奏梛っ!!」


 駆け寄って、奏梛の身体をすぐに起こし脈の流れを診る。まだ上手く操れる訳ではないがーー。


「っ….え…待って何これ…」


 奏梛の身体は形容し難い酷い状況だった。診ている志弦自身が痛みを覚えるのを錯覚するほどに凄まじい。体内の脈が、龍脈と呼ばれる特殊な脈と同化しており、そのエネルギーが奏梛の身体を媒介に【濾過】されている様なのだ。

 龍脈は人には扱えない。純粋過ぎるエネルギーの為、人が取り込むと受戒と言って双眼の眼に選ばれ浮滲結晶が滲出する。受戒すると人としては生きていけない。禁書庫でいつも世界中のことを調べ尽くしていた志弦だが、志弦ではなくとも、この世界の者なら誰でも知っている。選ばれたが最後──

 だが、何かがおかしい。奏梛には受戒者の紋様も無いし結晶もない。いや、そもそも「どうして生きているのか」志弦が考えを巡らせていると、奏梛が眼を覚ます。


「…っぐ…ああ…志弦か」


「ああじゃないよ、奏梛!──これ何…どうして龍脈を…体内で濾過してるの?!それに濾過しきれてない龍脈の膿が溜まっ…」


志弦は涙をぼろぼろと溢している。


「すごいな…その年でもう式で…他者の脈を視覚化出来るのか」


 志弦は泣きながら奏梛に問いかける。


「全然ッ…嬉しくないよっ!ねえどうすれば良いの?!ねえ、いやだよっ!奏梛!!」


 どうして良いか分からず、ただただ奏梛を腕の中で抱きしめる。その時──淡い薄紫の桜の様な光が志弦に集まっていく。


「…え?奏梛…この光…わたし…」


 二人を優しく薄紫の光が包み込むと「ああ…マズったなあ…」と奏梛は苦しそうにしながら、その目で志弦の状況を瞬時に判断する。奏梛は咳き込みながら、自身と志弦の周りにだけ幻影結界を瞬時に張り巡らせ「ふー」と大きく息を吐き、口元の血を拭う。


「志弦、聞いて──」


「──いやだ」


「…奏梛の事だもん、誰にも言うなとか言うんでしょ…」


 志弦は泣きながら奏梛を見て、奏梛の胸をとても優しく、トン トン とゆっくり叩く。小さな振動が、奏梛の胸の奥に波紋を広げ彼女の感情がうっすらと感じ取れる。その様子を見て、志弦を優しく抱き寄せながら背中をトントンと奏梛が手で応える。


「…俺は死なないし、大丈夫」


「──俺たち二人の力は、あんまり多くの人に知られちゃいけないんだ…この事は二人の秘密って事に」


 奏梛が指で志弦の涙を掬いながら優しく呟くが、志弦は涙が止まらなく、うまく喋れない。


「じゃあ…わたしを置いていかないでって約束して…」


「というか…無理にでも連れて行こうとしてる…」


「バカ…」


「…城に来てからも…たまに居なくなるのってもしかしてこのせい…?」


 志弦に集まった光が、奏梛の身体の龍脈の膿をあらかた取り除くと「奏梛は、もっと周りを頼って…」と呟き、泣きすぎたのか、力を使いすぎたのか、その場で奏梛に寄りかかって眠ってしまった。奏梛は志弦を抱えて起き上がり結界を解除する。自身の体に起きていた、龍脈中毒の状態を確認して「さすがお前の子だな…」と呟いた。


△▼△▼△▼△▼


 クガネは”主人”から志弦を預かり志弦の自室に向かっている。志弦はクガネの背中で寝息を立てている。


「今まで抑圧していた感情がこの一月に次々と解放されて体内に今まで溜め込んでいた脈との不整合が起きた」


 ──と、奏梛から聞いたものの、おそらく違うのだろうと言う事はクガネにはわかっていた。志弦の自室に着くと、彼女をベッドに移しクガネがそっと手を額に触れて、翠緑の光を纏わせる。


「──志弦様…ありがとう…」


 クガネは頬を伝った涙が志弦に溢れてしまわないようすぐに涙を拭い、寝室を後にした。


△▼△▼△▼△▼


ー翌日ー


「奏梛!」


 奏梛の名を呼んで飛び起きた少女は、起き上がると同時にひどい頭痛と目の奥が重い事に気づく。直ぐにクガネがノックと共に朝食を持ってやってくる。手際よく朝食のプレートを組み上げて行くクガネ。


「うっ…泣きすぎた…奏梛のばか…」


「志弦様、お目覚めになられましたか。お加減はどうですか?」


「──ねえ、奏梛の身体のことってクガネ知ってる…?」


 クガネはピクッと反応して紅茶を注いでいるカップから溢してしまう。


「どうして…ですか?何かあったのですか?」


 志弦はクガネは何か知っている様な気がして、奏梛は誰にも言うなって言っていたけど──。


「わたしの勘違いじゃなければ、奏梛、龍脈中毒だ…、生きているのがおかしいくらい…」


クガネは動揺してカップを床に落としてしまう。


「──やっぱり…知ってるんだね」


 クガネは床に散らばったカップの破片を集めながら静かに「はい」と頷いた。この一ヶ月、志弦は奏梛と過ごす時間を積極的に設けている。禁書庫にも二人でいき、特に話すわけでもなく本を読み、必ず夕食後の数時間、時間を作り奏梛と旅の話や式と脈の使い方などを教わっていた。過ごす時間が長いのと、二人の力の親和性から気づかない方がおかしい。時間の問題だった。クガネは指先に式で印を結ぶと、奏梛と同じ光を発した。


「──その色って奏梛の…」


 奏梛と同じ色の光。優しく穏やかな海の様な深い深い翠緑の輝き。


「どうして、奏梛と同じ光を使えるの?クガネ…….」


「私は──月沙の生き残りです、奏梛様に支えていたのですから、当然です」


 クガネが静かに微笑む。志弦は首元に革紐で繋いだ奏梛から預かった指輪を大事そうに握る。体を起こして首元の指輪を隠す様にぎゅっと枕を抱き抱えた。


「ねえ…クガネ」


「はい」


「…正直に答えて。わたしと奏梛の式の色って」


「──はい」


クガネは志弦が言わんとしている事がわかる。


「月沙の剣聖と胡桃が操った色と同じ…だよね」


「はい」


「…….」


「わたしの式の色って淡い薄紫で…クルミの色と同じだって、昔お母さんが言ってた事があったの。だから禁書庫で色々調べたんだ…」


「関係…あるの」


「…」


「──この世界の式の色は白か黒のみ…の筈なのに私は薄紫でしょ?この色って、中々ないし…」


「…その色は、()()()()()()が倒れ、志弦様に引き継がれたものです」


「…以前の所有者は胡桃様…。そして…月沙の剣聖とは奏梛様のことです」


「……」


「──クルミ様は、奏梛様と共に龍脈を巡り世界中に蔓延る双眼の眼の風と龍脈の影響である受戒者を治療して回っていました。受戒者はご存じですね?一度かかると不治の病とされ、人権を奪われただ死んでいくのを待つだけの存在」


志弦は奏梛が倒れた時を思い出し胸が苦しくなる。


「この世界に【選ばれた】存在…選ばれた事によって、この世界の不和となる存在。治療法もわからずに、ただただ理不尽に死を与える…。唯一、治療が可能だったのが【龍脈から集めた薄紫の式】だったと言われています」


「ただ健常な人間はそもそも龍脈を扱えない──取り込めば、龍脈に逆に取り込まれ獣と化す…龍脈から集めて式を構築するなどが、そもそも夢物語でした」


「その為、理論上可能ではあった方法、【誰も試せない】方法を紐解き治療を可能にしたのが胡桃様と奏梛様です」


「奏梛様は月の民からの呪い…不老を利用し自身の体内に龍脈を取り込む事に成功します。ただ取り込んだだけでは【受け渡し】が出来ない為、自身の能力を用いて龍脈の濾過という方法を作り上げたのです。お二人はその治療法を用い各地を回り、受戒者を集めて建国したのが今は亡き月沙という国になります」


「そして志弦様は……おそらく奏梛様と同じく──」


「……」


「当時、月沙はただでさえ受戒者を抱えた国。争いが絶えず、主に他国が要因ではありますが、月沙の民を迫害する国々が多く共存の為、お二人は心を擦り減らしておりました」


「…….」


「この国の御伽話で雲上の騎兵という物語がありますね、志弦様がよくお読みになっていた絵本です」


「うん」


「その多くは事実であり、奏梛様はこの世界の龍脈を巡って終わりのない旅をしていました」


 クガネが続けようとすると「クガネ、その後は私が話します」と、後ろからルクセリア王女が歩いてくる。


「母様…」


「志弦…いい機会です、そのままお聞きなさい」


「…はい」


ルクセリアはゆっくりと話し出した。


「かつて月沙には四人の有名な将がいました…彼らは奏梛からの力を与えられた者たちです」


「──クガネもそのうちの一人です。受け継いだ力は再生と治癒の翠緑の光」


「…志弦も見たでしょう」


「うん…」


「そして志弦が受け継いだのは封印と解除の光、貴方の淡い薄紫の光です」


「そして、この力は”ソラリス戦役”…つまり月沙を滅ぼす事になった戦争以降、ソラリスが全世界に向けて禁忌目録を流布した際の最重要禁忌の3つの中の一つです」


「──これが、明るみに出ればまた多くの人が亡くなり権力闘争、戦争に巻き込まれるでしょう…」


「人の噂に戸は立てられません、城内の者には箝口令を敷いていますが…」


 だから奏梛は出かける時にあの式を──。


「月沙の運命とは残酷ですね…奏梛は志弦には平和な暮らしを心から望んでいます…それに、亡き胡桃の力が志弦に移る事が分かった時もとても苦しんでいました…」


「志弦の式の色が明るみになれば、この国にはもういられません…その力を欲するものも現れるでしょう」


「出来れば月沙の運命に関わらずに生きて欲しい──これが母からの願いです」


ルクセリアはどこか寂しそうな目で志弦を見つめていた。


「どちらにしろ──まずは力をつけなさい。奏梛には志弦にはある程度話したと伝えておきます。これから嫌でも生きて行くために力は必要になるでしょう」


「それに奏梛には療養を命じていますが、良い機会です。ゆっくりと力を蓄えて、学べる事はなんでも奏梛から学びなさい。奏梛は龍脈中毒の影響もあって、同じ地に長く止まれません。半年後に旅立てば、次の龍脈周期である6年後までルクセリアには戻れません。それに──剣聖の称号など、この世界の歴史で2人しか存在しません。天帝リュドミラと奏梛のみです」


「志弦…絵本の中の様な存在に、御伽話のようなあちら側にもう足を踏み入れてしまっているのです、母としては奏梛であればあなたを任せられます、覚悟を決めておきなさい」


「さあ、忙しくなりそうですね…」


 そう言って女王は席を立った。その後ろ姿は寂しそうで──。


「…ありがとう」


ルクセリアは頷いた後、その場を後にした。


△▼△▼△▼△▼


 その日の夜。志弦は、奏梛から貰った指輪を使い、城下の幻影結界越しにある奏梛の隠れ家に来ていた。


「勝手に抜け出しちゃった…」


 外の風に当たりたくて散歩をしていたが、結局抜け出してきてしまった。結界の前で、ほんの少し自身の脈を指輪にこめると建物内部に瞬時に移動する。


「って…あれ奏梛」


「──志弦、寝られないのか」


「奏梛がわたしに、隠し事たくさんしてたみたいだから…ねえ知ってた?」


志弦は意地悪い顔をして奏梛の膝の上に乗っかる。


「聞いたんだな…」


「聞いた」


 志弦は奏梛の膝の上に乗り、肩に手を回して奏梛を見つめる。


「──奏梛、クルミ様とはどういう関係だったの…?」


奏梛は、ピクッと眉が反応したがそのまま続けた。


「…戦友?が一番近かったな、誰よりも信頼していた…何度も背中を守り、押して、支えてくれたんだ」


「でも…守れなかった」


 志弦は奏梛の眼が揺れている事に気づいて、優しく頬に手を触れた。


「わたし…が引き継いだから…もう一人にしないから…大丈夫だよ」


 奏梛を揶揄おうと思っていたのに、それよりも、自分にかけられた言葉を奏梛にかけてあげられる人はいるんだろうか?そう思うと志弦は胸が苦しくて奏梛の胸に顔を埋めた。


「志弦…ここで寝るな」


 奏梛がそういうと、志弦は回した手を解かずに小さく震えていた。


「今日はわたしのわがまま聞く日にして…」


「…約束して」


「──もう無茶しないで。…わたしを守るときだけ無茶をして。わたしは奏梛を守れるんだ」


「私が奏梛を護るから──奏梛は無茶をしなくてよくなるの…」



沈黙が流れる。



「返事は…」



 奏梛は胡桃との約束を思い出して「約束しよう」と答える。それを聞いた志弦は少しだけ口角を上げて、涙は奏梛の胸で拭った。



「じゃあ、許してあげる…」



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