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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
29/86

第二十五小節 「奏梛と志弦」Ⅱ

 銀髪の青年が此方を真っ直ぐに見つめている。

普段なら絶対に目を合わすことなど出来ない。それは今でも、そんな、急になんて出来ない。いくら、あの夢の後から身体が軽いと言っても、普段出来ない、しようともしなかった事をこの数時間続けて行っているが、彼の眼は見続けられない。悲しみが流れ混んでくるのが耐えられなかったというのが正しい。志弦は意識してしまい、目を逸らし俯く。男はそんあ志弦を見て優しく問いかける。目の前の男が言葉を発する度に、心の奥が掻き乱されるような感覚が続いている。


「──此処には…良く来るのか?」


「うん……いつも来てて…。ええと…お兄さん?……奏梛って名前なの?」


「そう、だな…」


「…あれ、わたし、お兄さんの名前…なんで知ってるの…?」


「──そうだな…何処かの──天邪鬼な人が…夢の中で教えてくれたのかな」


「そっか…その人に、感謝…?だね?」


 困惑しつつも志弦はなんだか妙にしっくりときてしまう。以前から知っているのに、知らないとでも言うのか──。記憶が抜け落ちていて、知るべき人を知らずにいてしまったのか──心の中を懸命に押さえつけながら、会話を続ける。だが、この人をもっとよく知りたい──と。


「えっと…奏梛さん」


「…奏梛でいい」


「奏、梛…」


「──奏梛も…私の名前?知ってる…前に何処かで会った事…あるのかな…」


「……」


「あ、あの…ごめんなさい。わ、わたし、一度見たものや聞いた事は忘れないはずなの…だから──」


 初めて会う男に、自分の生来の性質を伝えようとし、気持ちの方向が定まらない。出会って最初からこんな話をして良いものなのだろうか。分からない、何も解らないーー。

だけど知って欲しいーー?

 纏まらない感情に流されずに意識を保っていると、禁書庫の扉がゆっくりと音を立てて開いた。二人のよく知る人物であり、今では、母であり王女であり、友人でもある。ルクセリアは禁書庫の扉の先に広がる光景に絶句した。ソウナと志弦を交互に見て驚いている。一緒にいてはならない者同士が同じ空間に揃っている事態に、言葉を選びながら──気取られないように声音を通した。


「…志弦、体調はもう良いの?クガネが心配していたので、寝室にも居ないし、もしかすると、と思ったら──それに──」


 女王は男の方を見つめて、しばらく無言になった後、震えた声で続けた。


「ソウナ…お帰りなさい」


「──ルク…」


「……」


「ソウナ…良く…今まで無事で──志弦…大きくなったでしょう…」


 母が涙を堪えながらこちらを見ている。どうしてそんな顔をして此方を苦しそうに見ているのか解らないーー。


「──母様…?」


 志弦は母と呼んだルクセリア女王に駆け寄ると、優しく抱きついて「大丈夫だよ」と優しく涙を拭っていた。


「ルク…すまない、こんな形で約束を…」


「──()()()()()()のです…何よりも優先されるものですよ…?」


 ソウナの方を見て言葉を連ねた母の嬉しそうな──悲しそうな複雑な表情が忘れられなかった。今までのどんな表情とも違う、と志弦はすぐに気づいた。


「二人が、こうやってまた出会えて…本当に良かった…」


▼△▼△ ▼△▼△


 その日は明け方になってしまったが、ソワレとゴズのところに謝罪の手紙を入れて、自分の家に戻った。長年放っておいたが、結界式で十年前を保存した家。全てを過去にしない為に。ここだけは、あの時のままにしてある。


▼△▼△ ▼△▼△



翌日 ー胡桃の間にてー



「志弦…もし…良ければソウナ殿と楽器を見に行きませんか」


 志弦は呆けた顔で母とソウナを交互に行き来する。


「彼はもうすぐ、この国を発つのですが…見納めになるやも知れないのです。志弦が良ければ一緒に城下を見て回ってはくれませんか?」


 奏梛は驚いた顔をしてルクセリアを見ている。志弦は突然の提案に驚きを隠せない。昨日の今日で、出会ったばかりの人と外に出かけるなど──


「ですが、お母様…私はあまり城下に詳しくありません。楽器というのも何処で買えるかさえ──」


「ーー彼は()()この国に滞在していた事があります。城下にも詳しいし良ければ、彼と一緒に…」


「…ルク」


 つい、奏梛は昔の女王の愛称で呼んでしまうが、彼の方は見ずに志弦の方を見ながら彼女は微笑んでいる。


「…分かりました」


「──志弦…無理をしなくて良いんだ」


「──ううん…してないよ?」


 志弦は興味を持っていた。自分と何か関わりがあると思われる目の前の男に。存在がぼやけた様なーー奏梛に興味が沸いていた。普段は”目にする対象を選ぶ”彼女が──彼のことをもっと知りたいと思った。心に留めておく必要があると感じた。


「では…改めて、よろしくお願いします、奏梛…様」


「……そう言えば…なんだか私と名前の語感?が似てますね」


 ふう、と一息ついた青年は続けて目の前の桜色の髪の少女に目を合わせて──膝をつく。


「……では志弦様、行きましょう」


「──志弦でいい…様は要らない」


「…では私の事も、奏梛とお呼びください」


「うん…….わかった」


 志弦は今まで誰にも見せた事がない、生き生きとした表情で奏梛に答えたのだった。

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