第二十三小節 da capo「目覚め」Ⅳ
目が覚めてから、首を動かすのでさえ一苦労だった。
変わらない天井、変わらない香り、変わらない人──。ただただ、じっとしている事しか出来ない。
出来ることは体内の龍速を調整して、回復を促すように操るのが精一杯だった。そして、その方法を見つけ出した自分の片割れが居ない。
時折り、涙が勝手に溢れていた。大きく声を出して泣いたりなどは出来なかった。だが、夜になると、わずかに差し込む光に照らされて涙だけは絶えず流れた。そんな様子を玖我音は気づいていない振りをしてくれていた。気丈に振る舞い、自身の傷もあると言うのに俺の治療に協力してくれている。
「…私は奏梛様あっての今ですから──」
そう言って、ただただ優しく付き添ってくれている。
玖我音はいつも、何も言わずにただただ俺達に付き従ってくれた。彼女を初めて月沙に向かい入れた時の事が頭を過ぎる。今自分の関わりがある人たちが、走馬灯のように心を巡り続けている。
ソワレやゴズにもかなりの負担をかけている自覚があった。ソワレは「ピルグナー」の名を持ち、ゴズは「調律師」ときた。どう足掻いても、自身の周りには「月」が集まるのかと思うと、どうしようもない複雑な感情がいつも込み上げてきた。ピルグナー家の者がまだ生きていたなんて、グローザが聞いたら驚くだろう。
グローザ──四将の中で一番と言っていい。出来うる限りを教え、鍛え、理解し、支えてくれた。そんな彼女がどうして──。
瞼が自然に閉じていくのを感じる。昔のように。あの幸せな時間をずっと続くようにと。
何度も胡桃と二人で願っていたのに──。
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意識が薄れ、何度目かのおそらく夜。病室にソワレ達が来るはずのない時間に、扉が音を数回立てた。すぐに玖我音が警戒をし、扉の前で小さな小刀を逆手にドア付近で構えたーー。だが、予想に反して扉はゆっくりと開き、見慣れた女性が一人で立っている。
「ソウナ──」
「ルク…」
人差し指を優しく口元に添えるのと同時に胸元に、赤子を抱いている。暗くてよく見えないが、壁にかけた小さな松明がパチンと音を立てながら、近づいてくるルクセリアの胸元に抱かれた赤子を照らした。何処か見慣れた面影、薄い桜色の髪──。
剣聖の前で足を止め、椅子に腰掛けながらこちらを見つめているルクセリアの顔はーー泣き腫らした子供のように赤く腫れていた。彼女がこんな顔をするところなんて今まで見た事が無かった。そう、それだけの事を俺たちはしてしまった。自責、と後悔が心を揺さぶるよりも早くルクセリアが言葉を発する。
「──ソウナ」
「これが──龍還を経て生まれた子です…」
何を言っている──?胡桃はあの時、選民と龍還を同時に受け、選民の力を退ける為に俺とゲンティアで行った式が上手くいかず──いや、だが胡桃の脈は──?まとまらない思考を今、この状態で理路整然と整える事などは不可能だった。そのまま口をついて出てしまう言葉。
「……何を言っている…?」
「胡桃はあの時…身体ごと対消滅してしまった…お腹の子と共に脈の残滓さえ消えてしまったんだ…」
「──俺は…留めておく事が…」
ルクセリアは大きく息を吸って暫くして、震えながら溜め込んだ空気を吐き出した。一体なにを──。
「──ガラハッドが…宝珠を起動して胡桃の脈の残滓を記録しました。胡桃の脈は大分漏れ出てしまいましたが、この宝珠の中に…」
「…待て…その宝珠はなんだ…?以前この国に来た時はそんな物…」
「これは、代々ルクセリアに受け継がれた翠緑の宝珠。貴方の瞳を模したうちの一つです」
「少し…心当たりがあるのではないですか…?ガラハッドから聞いているのではと思っていましたが…」
「…ガラハッドは……?」
ルクセリアの眉が一瞬歪んだように見えた。
灯の加減なのか、たまたまそう見えたのか、それにガラハッドはあの時の約束を──。
「…そう、か…」
「この子は…生まれながらにして多くの犠牲の元に生きながらえました…。胡桃、ガラハッド…罪のないこの国の民草…まだ、貴方が生きなければいけない理由がある──それをただ…伝えに来ました。そして、この子は胡桃の脈を完全に引き継いでしまっている…」
待ってくれ──。引き継ぐだと?あの時確かに胡桃は対消滅を──。
「そこで、今日は私からソウナ…あなたに提案があります」
ルクセリアは心を決めて、提案といえるのか──それはもう、方法が残されていない者に選択肢を与えるようで、実質それしか選ぶ事が出来ない提案だった。
「──あなたと胡桃の脈を使い、彼女の色を封じ込めたい」
「前に進むための話をしましょう、奏梛」




