第二十二小節 da capo「目覚め」Ⅲ
見た目などお構いなしに乱雑に服を上から強引に被せたような格好でソワレは前を駆けている。ゴズはそんな彼女を背中から、見つめながら──自分がもし同じ状況なら彼女は同じように必死で駆けてくれるだろうか?そんな事を考えながらソワレと共に奏梛の元へ向かった。
扉を開けると、そこには本来身につけるべきものでは無いものを纏い、何処からどう見ても旅支度と言えるであろう装備を身につけた剣聖が機械的な動作で支度をしている。
こちらに気づくと彼は此方を見て優しく、また笑いかけ──剣聖が言葉を発するよりも早く、言葉を投げかけたのはソワレだった。
「…ソウナ!!どうして…?」
「──今まで全然起き上がる事も出来なかったのに…!それにその格好は…」
「ソワレ…ゴズ…すまない、迷惑をかけたな」
ソワレは眼前の剣聖の表情に見覚えがある。
「──────」
「…何処に行くの…そんな表情しないでよ…!」
ソワレは唇を震わせながら、奏梛に駆け寄り続ける。隣にいた玖我音が止めに入るも、奏梛はそれを制止する。
「今だって…私がこうやって抱きついただけで激痛が走ってるはずだよ…どうして…?それにゲンティアさんが言ってた。ソウナは絶対に…無理にでも旅に出るはずだって…」
剣聖はゆっくりとソワレの髪を撫でながら、肩越しにゴズに目線で合図を送る。ゴズはこの時、どうやっても止められないと悟っていたと、数年後に話してくれた。
剣聖の目の奥には形容し難い複雑な色が見え隠れしている。それは、悲しみ、怒り、憂い──どれも当てはまらず色々な物を無理矢理に一つの鍋に閉じ込めた様な──。
「──ソワレ…ゴズ。二人には…本当に感謝している。それに他国の問題をこの国に持ち込み、被害さえ出してしまったこんな俺を治療し守ってくれた。この恩は生涯忘れないと誓う」
「…て」
「どうしても…すぐに移動しなければいけない理由が出来てしまって…」
「──やめてよ!」
剣聖は本当に困ったという感じの表情で頭に手をやりおどけている。ゴズは違和感しか感じなかった。目の前の男は嘘は言っていないのだろう。だが──こんな辛そうに笑う人なのだろうかと。ゴズは冷静に問いかける。
「剣聖様…改めて理由をお聞きしたいのですが…先日女王様と志弦様と面会なさっていたのと関係が?」
「え…?」
ソワレは自身の知らない話しに困惑している。目の前の剣聖は真っ直ぐに此方を見て「そうだ」と告げた。
「二人には…隠すつもりはないんだ。昨日、志弦に封印式と加護の式を施した。ゲンティアがソワレの体を離れたのはそれが理由だ…」
「──でも、だって!!…ゲンティアさん言ってたもん!!今のソウナは命を削るしか…式を行使するのはもう不可能だって…」
喋りながら、ソワレは口に出した言葉を自分の頭で反復し理解する。そう、「命」を再度削ったのだ。
「───バカッ!!」
パンっとソウナの頬をソワレの手が勢いよく打った。月沙の剣聖がこんな町娘の平手など頬に受けるはずがない。止められると思っていた。だがソウナはそれを止めずに正面から受け止めた。隣にいた玖我音がそれを見逃すはずはなく、だが玖我音が反応するよりも前に、主人が手を此方に向けていた。
「…ソウナは何時もそう!!ソウナにはみんなを助ける力があるよ!それを私たちの事を思ってしてくれてるのはわかるッ!!でも……でも!!それじゃあ、ソウナの事は誰が守るの!!皆の為に傷つく道を選び続けたソウナは!!誰が護るの?!」
ソワレは口に出しながら理解していた。それを行い続けた人を失ったのだと──その場にいる者全てが、理解していた。
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夢の中でゲンティアさんが話してくれていた事の中で覚えている事の一つに、ソウナの命がある。夢の中での会話は記憶し続けるのが難しい為、ソワレ自身も全てを記憶できているわけではない。前後関係が不明なパズルの様に印象が大きい要素を記憶として留めている。
「──ソウナって不死なんだよね?」
「まあ…そうじゃな」
「…不死って事は命がずっと続いていくって事でしょう?」
「ふむ」
「──ソワレよ、不死と言っても奏梛の場合は少し違うのじゃ。正確には体内の龍速という脈の流れを変えている、と言うのが正しいかのう」
「それって、つまり奏梛の命は…私たちと同じく有限だって言いたいの?」
「うむ、ソワレは賢いの」
「妾はな、ソワレ。奏梛には人としての死を送ってやりたい。本来の生命を削るのは…」
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泣きじゃくるソワレの肩をゴズは支え、眼前の剣聖に問う。
「剣聖様…先ほど封印と加護とおっしゃいましたが…加護とはもしや、俺たちの知る加護と同じでしょうか?」
「そうだな…」
「では封印とは?」
「……」
「…志弦が引き継いだ薄紫の脈を秘匿する封印結界だ」
「──俺たちの運命に巻き込みたくない、それに成人するまで維持できれば、脈を完全に封じ込める事が可能だ」
「…その様な事が可能なのですか?」
「…幾つか条件さえ満たせば可能だと…判断した」
「……」
「式を執り行った者と、対象者は同じ龍脈影響下に居てはならない」
「この世界には龍脈という、大地から溢れ続ける力が有るのは知っているだろう?この力だけは、原則人の手で操れない純粋な力の一つ」
「そして、その龍脈はこの大地から溢れ続けている力。よって人間もその影響下に常に晒されている。その影響度合いを龍速という。志弦にかけた封印はかなり大掛かりなものだ。本来色付きの脈を成人するまで隠し通し、発現を不可能とするのが目的だ。だが…」
隣の玖我音が厳しい表情をしている。剣聖も表情が険しい。
「──代償として、志弦本来の性格や人間性も極度に抑え込む」
「なっ…」
「──人である事に干渉してまで、隠し通す、と…」
ゴズとソワレは、目の前の玖我音と奏梛を見つめ言葉を失っている。
「────」
「今…出来る事の最善を尽くしたつもりだ…」
「──そんな大掛かりな式を行ったらソウナだってこれから…」
ソワレは腫れた目を擦りながら、此方を見つめ訴えている。
「少し話を戻すが…。先ほどの龍速は生命が終わっても暫くその場に残り続けるんだ。大地に完全に溶け合う迄に暫くの時間、大気を漂うとされている。そして、それが天災と言われる異常現象の引き金ともなっている──つまり…志弦に行った封印式は、胡桃が残した龍速…。胡桃の残滓を利用して発動させたんだ」
「──それって…胡桃さんは生きてるって事…?」
「いや…完全に対消滅を…」
隣にいた玖我音が主人の会話を遮った。
「ソワレ様──不確かな事が多い状況です。もう少しだけお時間を頂けませんか…?」
「────」
「どうして一緒に居てはいけないの…?志弦ちゃんだってまだ一人では何も出来ないし…せめて一緒に成長するまで寄り添って…」
ソウナは少し考えた後、ソワレと玖我音を交互に見やり言葉を続けた。
「どうしても確認しなければいけない事があると言ったが…それは一人でも出来るんだ。代わりに玖我音を志弦の護衛として成人するまで──」
「奏梛様っ!!いけません!私もご一緒せねば、時計台には──」
「玖我音、頼めるな…?」
「──しかしっ!!」
「…必ず、戻ってくる」
「────」
「…わかりました…」
玖我音は感情を抑えつけながら搾り出す様に返事をした。当時、あまり多くを話してはくれなかったし、ソウナは全部自分一人で背負い込んでた。それから十年後──奏梛はボロボロの状態で再度私達の前に姿を表した時には正直言って別人の様だった。大切な人が残した命を護る筈なのに、一緒にいる事は許されない。幼い私は、当時復讐の為に旅に出ようとしている様に見えて放って置けなかったのを覚えている。




