表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
24/86

第二十小節 da capo「目覚め」Ⅰ

 目を覚ましてから、何度も何度も確認した。指先に少量の蒼い脈を纏わせて虚空に描いた。いつも隣で真似しようと試みながら騒いでいた彼女はもういない。あいつが特に気に入っていたのはーー蒼い脈を線と線で繋いで空間に星座を描くものだった。聞いたこともない星座の名前を閃いては命名し、自分が名付けた星座の形は全て覚えていた。もっと──色々な事を共有しておきたかった。手を伸ばした先には何も掴めない。空間に描いた線と線で結んだ蒼い模様は、彼の拳の中で音もなく崩れた。


「ソウナ…」


「…あのね、今日は市場で新鮮な食材がたくさん手に入ったから……今日はご馳走だよ!これなんかほら…!凄い美味しそうだよ!今日はお鍋と…ラト鳥もあるし…」


「…ありがとう、ソワレ」


 伸ばした手を胸に落とし、自身の呼吸が非常に深くゆったりと上下する感覚を確かめている。どうしてこんなに冷静なのか自身が理解できない。それほど悲しんでいないのか、俺は何処かで狂ってしまったのだろうか。胡桃の存在は俺にとってそこまで軽いものだったのか。押し寄せるのは強烈な喪失感と、今自分だけが生き続けている事に対する違和感だ。隣では先日の戦闘に巻き込んでしまった少女、ソワレが食事の用意をしてくれている。

 だが、体が完治して──それから、どうするの?胸の奥に大きく何かが落ちて波紋を広げた。


「…あっ」


「駄目だよクガネさん!まだ起き上がっちゃ──」


「いえ…今は奏梛様の治療に私も…協力を…」


 クガネはそう言うと、長い黒髪を後ろで束ねて主人の元へと近づいて、膝を着く。その所作はぎこちなく腕を上げるだけでも顔を歪め傷の深さをまざまざと見せつけるようだ。彼女はそのまま髪を束ねると、ゆっくりと壁伝いに主人の元へ歩み寄る。身体中に隙間なく巻かれた包帯や治療の後を見て、玖我音は表情を歪め、何度も言葉を吐き出そうとし、飲み込み、適切な言葉を選べずに自分自身に苛立っているようだった。漸く絞り出した言葉も、酷く月並みなもので──。


「奏梛様…この度は…本当に…力が足りないばかりに──」


「玖我音…大丈夫だから…そんな顔をするな」


「……申し訳…ございません…」


 クガネは唇を強く噛み、主人の前でやり場のない感情を無骨な石畳の床に何度も打ち付けている様だった。


▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


 私はソウナとクガネが目を覚ましてからというもの、ずっと自問自答している事がある。


「治療をして、どうするのか?」


 目の前の二人の傷を癒し、完治したその先でーー。故郷を失い、大切な人を失った彼等はこれからどうするのだろうか。何処へ行くのだろうか?何の為に?何度も、頭を振り払ってはその度に浮かんできてしまう。これから歩み続ける理由──。考えに耽っていると、突如自分の体の所有権が奪われる様な違和感を全身に感じる。


「彼女」だーー。


「──奏梛よ、目をようやく覚ましたか」


 目の前の少女から発せられるとは想像できない、どこか独特な雰囲気をソワレの周りが包んでおり、その口から発する声音はやけに達観した物言いの古風な喋り方──。


「──ゲンティア…お前」


「…ふん、生死を彷徨う程だったのだ。妾とて本意ではない」


「奏梛──いや」


「────────────」


聴き慣れない発音の言葉が、この狭い空間に一瞬響いた。


「いつ迄もただ横たわっている訳にもいくまい…現状の其方の状態を話したい、そのままで構わぬので、耳を傾けて欲しい」


「…まぁ大体は検討がついておる様じゃが、な…」


間を開けてソワレの体を借りたゲンティアが言葉を続けた。


「──症状が再発しておる」


「…無茶な神骸の顕現、限界を超えて妾の力を行使し続けた弊害じゃな」


「──体内での龍速が極端に早い。これではいくら治療を施したところで、その場凌ぎにしかならぬ。其方の不死性もあってかこれまでは無茶も出来たが──胡桃が居ない今、其方のその力を封印出来るものがおらぬ…溢れ続ける脈と、体内での龍脈の濾過を続けた結果じゃ」


「これからは常に一つの場所には居続けられぬ。一つところに留まるのは半年が限界じゃろう。常に新しい龍脈を取り込み続けなければ、いずれ其方は…」


「……」


「おおかた…胡桃から聞いていたのかえ」


「正直言って…こんなに生きるとは思っていなかった…あの日、胡桃に会うまではいつ死んでも良いと思っていた。それがーー護るものが増えて…失って…」


「────────」


「…まだ失ってはおらぬものもある」


 大きく息を吐きゲンティアが続けた。その呼吸は酷く深く、何処か苦しそうに。それを伝える事を避けたがっているような、複数の感情が入り混じっているのを感じた。


「──志弦をあのままにしておくのか?奏梛」


「志弦…」


「あの赤子…ルクセリアが志弦と名付けた事にしてある様じゃが…おそらく…薄紫の脈を受け継いでおるぞ」


「…どうして…胡桃の脈は完全に飛散したしあの時も…」


「──時間じゃ、ソワレの身体が保たぬ。一先ず今日はこの小娘の手料理でも食べて体を休めよ」


「奏梛の脈が回復せんことには、いくら体を借りてとはいえ顕現するのも一苦労じゃ」


「待て……!」


 奏梛の問いかけの返事はなく、身体の所有権が戻ったソワレがそこに居た。額には汗が滲み出ており、ゲンティアの顕現がかなりの負担を強いている事は明白だった。


「…ソワレ」


「…は、はい…」


「…厄介な奴を預けてしまってすまない…本当に──」


「…ううん!…このくらいなんて事ないよ…二人とも…ご飯にしよう?」


 ソワレは精一杯の笑顔で笑いかけた。私は彼等の様に、上手く微笑んでいただろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ