第十九小節 da capo「ソワレ・ピルグナー」Ⅲ
「ソワレ──妾を体内に飼ってみる気はないか?」
突拍子もない提案に、私は本来であれば理解が及ばない筈だったが、心当たりがあった。本来の出自──あの男も言っていた。私の脈は特別だと。ソラリスの出身だという事を──。
「テメエッ!いきなり何を言い出すかと思えば!得体の知れねえやつをソワレの中に住まわす訳がねえだろッ…!」
ゴズはゲンティアに向かい──いや、ゲンティアの声を発する横たわった剣聖に向かって感情をぶつけ昂らせる。そもそもが得体の知れない声だけの存在に気など許せるはずもない。警戒するのは当然の事だった。ましてやそれがソワレの体の中に住まうなどと──。
「小僧──ソワレはどうやら…そうではない様だぞ」
「私の中に住む事と、奏梛達を助ける事は繋がってるって思って良いの…?」
「──理解が早いの。妾と奏梛の契約があってな、本来であれば主人の体から離れる事など出来ないのじゃが…。そなたの生まれが本来であれば不可能だったそれを限定的にじゃが、可能にする」
「妾の力は常に奏梛と溶け合っていてな…良くも悪くも主人が動けない事には脈の行使すら本来上手く行かぬ。今回顕現したのはーー、其方に妾の欠片をねじ込んでおいたお陰じゃ」
「──んなッ!!てめえソワレに何をッ!!」
「喚くな小僧…。害などある訳が無かろう。妾の最初の顕現後に、彼奴を撃退したのは、妾の力の残滓をソワレに残していった余波、命の恩人に向かって何を言うか」
「……!!」
あの時──奏梛を守ろうとして無我夢中であの男を目掛けて脈を放った後、彼は粉々に吹き飛んだ。その筈だった。思い出したのはここ二、三日の事だった。あの時の記憶が不自然にすっぽりと抜け落ちていた理由は彼女が原因だった。
「────」
「まあ、直ぐに返事をする必要はない──と言いたいところじゃが、そうも言ってられん。今この場で決められぬのであれば、次に妾が顕現できるのは奏梛が許した時のみ」
「それが何時になるのか──判らぬ其方達ではあるまい」
ゴズは握りつぶした拳のやり場を失い、矛先のない感情を噛み潰すも、泡の様に次から次へと現れる感情に表情を歪ませている。突然顕現した異質な存在が全ての主導権を握っているこの状況がゴズは受け入れ難かった。ソワレと協力して、僅かでも先に自体を好転させるために駆け回ったのというのに──。またしても自分の手の届かない存在が強引に歯車を進めていく様な感覚に、運命とは形容し難い、自分の力が及ばない圧倒的な存在を感じ、俯いた。
「くそッ…」
「ソワレよ…其方がソラリスと縁深き者であるのは、今、この時の為だと考えよ。正直に言って、今を逃すと──これから奏梛を癒す方法は──現実的ではないものばかりになってしまう」
「……」
「今なんて──」
「待て待てッ…情報量が多すぎる!ソワレがソラリスと縁がってどういう事だッ!適当な事言ってんじゃねえ…!」
「────」
「…言っておらなんだか」
「ゴズ──」
私はゴズの方を振り向くと、目を逸らさずにその綺麗な瞳に事実を刻んだ。出来ることなら、伝えずに済むのであれば、それが一番良いとさえ感じた。親しい人がまた掌の先から解けていく様な恐怖に耐えられない気がして、逃げ続けていた。でも、私も覚悟を決めないといけない。自身の生まれについて──
「私──」
「──ソラリス出身なの…」
「なッ…」
「これが──その証拠…」
ソワレは着ていたワンピースを肩から外し、背中に刻まれた、落城の印をゴズに見せる。かつて母が刻まれた印は、その子供の代にまで受け継がれてゆく、呪いの印。背中越しにゴズの表情が予想できた。罵られる事は覚悟の上で──
「まだ私が生まれて間もない頃にね、母さんと──」
「どうして隠していたんだ…」
「ごめん…」
「……ずっと…怖くて言い出せなくて…」
「──生まれで他者を迫害し、追い込むのは其方達人の得意とする所であろう…ソワレとて、お主に隠したくてそうしていた訳ではあるまい」
「──黙ってろよッ!」
「この地上でソラリス出身者であると伝えるのは、ある意味受戒者であると伝える事と同義じゃ、ソワレを責めるでない小僧」
「────ッ!黙れって言ってんだッ!!」
「────」
「ソワレ…馬鹿野郎…抱え切れねえ癖に一人で背負ってんじゃねえよ…」
絞り出した言葉は、ゴズの心の内面を切り取った一部分でしかない。この時ほど、言葉がもどかしいと感じた事はなかった。想いを伝えるというのは、こんなにも困難な事だったであろうか。
一つ確かな事──それはソワレを失いたくないという事。そして、仮に事実だったとして、それが二人の関係に容易くヒビを入れる程に薄っぺらい関係ではないだろうという想い──。心の何処かでは、すでに理解している。目の前で起こる奇妙な事象を起こしている存在のみが、横たわる二人を助けられる存在だと。
「ゴズ…ごめん、なさい…いつか必ず伝えようと思っていて…でもゴズに嫌われたらって…」
「それが馬鹿野郎だってんだ…!俺がッ!」
「──そんな事で、お前から離れるわけ…無いだろう…」
「──生まれだなんだで…迫害し蔑むなんざ…俺たちが一番嫌う事だろ…」
ゴズはソワレの肌けた背に自身の上着を被せ、落城の印を隠した。
「ソワレよ…時間がない。今ここで決めよ。…心配するな、其方である事は何も変わらぬ。ただ、健常な人間の体を一時的に借り受ける様なものじゃ」
「……」
「──分かりました」
「ゲンティアとか言ったな…ソワレにもしもの事でも起こしてみろッ…!絶対に許さねえぞッ」
「戯けが──万が一もない…ゆくぞ」
異質な脈が渦を巻いて、ソウナから浮かび上がると、先程と同じ様に室内に漆黒の雷の様な閃が飛び交い、黒い種の様なものが此方に向けて形を成していく。これが剣聖の操る力の一つなのか──だとすれば、どうしてこうも禍々しい脈を放っているのか。それにこの強烈な脈の影に隠れて何処か寂しさを感じさせる様な──ゴズは調律師である。脈の本質を見抜く力に長けているが、こんなに矛盾した脈は見た事がなかった。
「…ソワレ、それを口にすれば終わりじゃ」
「……」
「うん、分かった…」
ソワレは恐る恐る黒い種子を口へ運び──口の中でそれは弾けると、ソワレの口から先ほどの古めかしい少女の声が聞こえ、代わりに剣聖の口が閉ざされた。
「ーーーー」
「ーー▼○○◀︎ーーーー」
「……」
「──ふむ…違和感はないか?」
「──う、うん。私の口から違う声が聞こえて──ちょっと慣れない、かも」
「よい、無理をするな。さて、ここからが本題じゃぞ?妾の力をソワレの体を媒体として式を行使する。そこでじゃ、小僧──」
ソワレの口から、先程の古臭い口調が特徴の声が聞こえ、ゴズも困惑している。
「案ずるな──ソワレの身は妾が守り抜く」
「……」
「──ゴズと言ったな」
「ああ…」
「…これからソワレの体から治療式を行う、其方はその式を調律師の力を用いて増幅しろ」
「よいか、増幅するのはあくまでもソワレの脈じゃぞ?違えるな」
「──分かった」
ゲンティアはソワレの身体を使い、見た事もない式を空間に展開していく。ゴズは、再度オカリナに口を添え、二人の脈の流れを注視しながら演奏を始める。途端に凄まじい質量の脈が顕現し、ソウナとクガネを包んでいく。
「ッ!…」
ソワレの身体が少しだけ、傾いたかと思うと肌からひび割れる様に脈が溢れ出している。だが、表情を変えずに式を行使し続けるそれは、ゴズの調律によって二人を包み込み──ただ、裂けていくばかりだった傷はゆっくりと、だが確実に再生を始めていく。だが、式を展開してまだ間もないうちに、ソワレの体から溢れ出していた脈と式は粒子となって飛散してしまう。途端にソワレは膝から崩れ落ち、息を荒げて咳き込んでいる。
「──ソワレッ!!」
「やはり──小僧、今日は此処までじゃ。これ以上はソワレの身体が保たぬ。表面上の傷は塞げたはず。良くやったな」
「ゲンティア──」
「──何を見ておる……ほれ身体を返すぞ、ソワレを労わってやれ」
ソワレの眼の奥が赤く紋様を描いてたが、ゲンティアがソワレに身体をあけ渡すと同時に紋様も消失した。
「ゴズ──?」
「ああッ此処にいるぞ!大丈夫かッ!?」
「傷…塞がった…?」
「ああ、成功したよ…!安心しろ…」
「そっかあ…良かった──」
ソワレはゲンティアに身体を預けた弊害からかそのまますぐに眠ってしまった。ゴズはソワレを背負い、寝台に寝かせると彼女が目を覚ますまで優しく手を握りながら寄り添った。
翌日も、同じ様にソワレの身体をゲンティアに預け治癒を続けた。ソワレの身体への負担を考えて、治療は短時間で集中して一日に二度行われた。
そして、五日目の夜に──二人は目覚めた。
当初の想定より過去が少し長くなりそうです。
過去と胡桃パートが同時に進行すると思います。
読みづらいかもしれません、申し訳…




