第十八小節 da capo「それぞれの向き合い方」
その日の夜、私達は新たに用意された王城内の部屋に戻ると、直ぐにゴズと二人で今後の事を明け方まで話し合った。ソウナとクガネの症状の共有。治療には何が必要なのか、物資の確保。王城に勤める医師達の協力も仰げない為、二人で手分けして、必要なものを念入りに準備をした。
ゴズは調律師の息子である事を活かし、持ち運べる小さな楽器を集めた。音呼びという性質を持つが故、一度奏者が決まってしまうと、奏者以外は楽器を鳴らす事は出来ないが、調律師は間を取り持つ存在だ。二人の症状と脈を見て、彼等に新たに共鳴しそうな楽器を見繕い準備をする。
傷の具合から見て、彼等自身が演奏できるとは到底思えない。だが、調律師は数少ない、複数の楽器を鳴らす事が出来る存在だ。彼等が演奏できなくとも、ゴズ自身で楽器を奏でソワレの治療式を増幅できるのではと考えた。ソワレは、父から教わっていた療養に向けた食事を作るための食材の確保、そして替えの包帯などの医療器具の調達に城内、そして城下を走り回った。
あれから、必要なものは女王を通じて、彼等が眠る部屋に少しづつ運び込んでいるが、情報が漏れない様に最新の注意を払うが故に必要な物が中々揃わずにいた。
そのため、ソワレとゴズは女王に説明して、そちら側で用意し切れないものは自分達で用意をすると伝え、国中を駆け回っていた。ソワレは早く奏梛ともう一度話がしたかった。絶望的な状況でも、必ず笑顔で振る舞った彼を。もう一度話しがしたい。その後の事は起きてから考えれば良い、もう一度──。
「…レ」
「──ソワレッ!」
「……!」
「ご、ごめん、考え事してた…」
「──いいか、二人を看病するって言っても俺らにも限界はある、自分達の健康管理が出来なきゃ意味がねえ」
「わ、分かってる、ごめん…」
「──ソワレ、一度休もう。もうこの前から連日夜通し準備を続けてる。あまり睡眠だって取れてないだろ」
「で、でも…」
「──ちょっと来い」
「...え、いやまだ──」
二人は今、侵入禁止区域の奥、元々二人の家が建っていた跡地に来ている。何か少しでも使えるものが残っていないかを確認するために、ひっそりと門番の目をかい潜りやってきたが──ゴズはソワレの額に手を当てて、熱を測る。交互に自分の額にも手を当てて、難しい表情を浮かべている。
「──────」
「...やっぱり、少し熱っぽいよ」
「──そ、そうかな」
確かに言われてみると、少し身体が怠く、頬も熱い。と言うか目を覚ましてから、ずっと──続いていると言うのが正しかった。
「走り...回ってたからだよ…それよりも、ここも特に使えそうな物は無さそうだし──」
「────」
「今日はここまでにしよう。帰るぞ」
「……え」
「待ってゴズッ...!もう少しこの辺りを見て──」
「駄目だッ!──ただでさえ、自分達の家の跡地に来て…精神的にも負担が大きい光景を目にし続けているんだ。それにソワレの脈が、ずっと波打っているのが分かる…少し眠らないと」
「────」
「ゴズ…そんな事も分かっちゃう様になったんだ…調律って凄いね…」
「──何言ってんだよ…良いから来い」
私はゴズに手を引かれるまま、廃墟の中で辛うじて破壊を免れた寝台に寝かされて強引に目を塞がれる。目を塞いでいるゴズの指先は暖かくて、少しゴツゴツしていた。指先が楽器をよく弾くためなのか、皮が厚く固くなっていて──少し冷たいその感触が心地良かった。
「……」
「ごめん──。私...これから、どうすれば──」
「...何言ってやがる。剣聖様をしっかり元通りにして──まずはそこからだろ…」
「──体が仮に良くなったとして──その後は?」
「そうだな...、いっそのこと二人でルクセリアを出て...旅に出るってのはどうだ?悪くないと思うぜ」
「…ふふっ」
「ゴズは偉いなあ...私なんて...あの時もただ、ばたばたと走り回って──」
「────」
「......」
ソワレの呼吸が一定のリズムに変化していく。ゴズは彼女の眼の上を塞いでいた手を退けて、廃墟の壁に静かに腰を下ろした。
「親父──俺…自身ねえよ...」
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気づくと外は既に陽が落ち始めており、潮風が酷く冷たい。ソワレを少しだけ休ませるつもりが、自分自身も眠ってしまっていた。
慌てて体を起こすと、そこに見慣れない姿の長髪の男が大きな道路の真ん中に立ち尽くしていた。
首元を押さえながら、何か得体の知れない言葉をぶつぶつと呟いている。手元には派手な装飾が施された、これもまた見慣れぬ短剣が一差し。
「……」
「──おい、アンタ...」
声をかけようと、壁に手をかけ立ち上がろうとすると、既にそこには誰もいなかった。言い寄れぬ焦燥感を感じ、ゴズは不安定な足場を駆け下りて、道路の真ん中に降り立つが、誰も見当たらない。ただ瓦礫の山が広がる大通りの真ん中でゴズは冷たい潮風に吹かれながら、先程の男を探そうと奥の方歩みを進めようとすると──。
「ゴズーー!」
ソワレが廃墟跡から顔を出し、こちらを呼んでいた。
「ソワレ……起きたのか」
「…今──誰か見なかったか?」
「え?誰も見てないよ?侵入禁止区域なんだから...誰かいたら問題だよ?」
「そう…だよな…」
「──ねえ、ゴズ!それよりこっち手伝って!使えそうな毛布とか色々見つけたから──」
「あ、ああ。今行く!」
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手にした物資を城の修繕や、怪我人の為という名目で、城内に運び込む。一度には運び切れない為、数回に分けて地下深く──二人が眠る部屋まで運び込んだ。
部屋の前まで来ると、いつも言葉に出来ない複雑な感情が込み上げて来る。静かに扉を開けて、部屋の中へ必要な物を無心で運び続けた。
この部屋は元々は、囚人用の牢だった様で、生きて行く為に必要なものが何も無かった。無造作に並べられた寝台が二つ、痛み切った枕とシーツのみ。部屋は随分と広く、複数人を収容出来る広さがあった。ソワレは室内で調理などが行える様に専用のスペースを確保し、直ぐに必要な物が取り出せる様に整頓していく。ゴズも運び込んだ小さな楽器達を、いつでも弾ける様な状態にと、手際良く設置し、人が過ごしていく事に違和感のない、出来るだけ生活に不自由がない様にと必要なものを配置した。
「よし──こっちは終わった。ソワレ手伝うよ」
「うん、お願い」
室内に静寂が広がる。響いているのは、ソワレの包丁が音を立てて食材を切っていく音、煮込まれた食材が煮立つ音。囚人達が本来いるはずの空間からは似つかわしくない生活音が溢れた。
「よし、これで...ここ二日分くらいの食糧にはなるね」
「じゃあ──始めようか」
「......うん」
ゴズは、眠り続ける奏梛と久我音の間の椅子に腰掛け、口元からそっと息を吹き込み、オカリナを吹き始める。ソワレはゴズの前で白い脈をゆっくりと纏いながら手元に脈を凝縮していく。凝縮された白い脈は、ゴズが旋律を奏でるオカリナに呼応し、横たわる二人に枝分かれしていく。奏梛と久我音を包み込んだ脈が身体中の傷口を包み、ゆっくりと組織の再生を促す──筈なのだが──
「......ッ」
ゴズは演奏を途中で止めるわけには行かず、ソワレの様子を注視しているが──ソワレから送られた脈が、奏梛と久我音を包むまではいいのだが、傷口の再生を行おうとすると──傷口が、再生を拒むように出血が始まってしまうのだ。何度も、何度も同様の事象を繰り返した。
ゴズは堪らなくなって、演奏を中断する。寝台を伝って辺り一面に血が滴り出していた。それはソワレも同じだった。彼女は口元から血が流れ出しており、脈を止めようとはしない。元々治癒の式など護身用に覚えた程度のものなのだ。いくら調律師と共に増幅しているとは言え、ただの少女には荷が重いのは明白だった。
「──ソワレッ!一度止めるんだッ」
「────」
「ソワレ......」
「…して…どうして…ッ!!傷が塞がらないのッ…!」
ゴズが駆け寄り、ソワレの式を中断させ、椅子に腰掛けさせる。ソワレの肩は小さく震えている。集まっていた白い脈は粒子となって飛散していく。
「治療が…出来ない──」
「────」
ゴズは懸命に思考を加速させ、原因を突き止めようとするが、具体的な解決策が浮かばない。調律師の増幅を持ってしても治癒が出来ない。
調律師の治癒式の増幅量は、通常の式のおよそ三倍から五倍ほどと言われている。いかにソワレの治癒式が未熟であったとしても、その増幅量から、王城に務める治癒式を使えるもの達と同等──もしくはそれ以上の効果が見込める筈だった。
「ソワレ……まずは開いてしまった傷口を塞ごう」
「うん──」
「────」
開いてしまった傷口を再度包帯で包み、止血をし二人は無言で視線を虚空に漂わせた。ルクセリア女王が言っていた言葉を思い出す。
「二人には、治療式が効かない可能性がある──」と。
辛うじて、口元に作り置いたスープを運ぶとなんとか飲み込んでくれてはいる。二人はまだ生を諦めたわけではない筈なのに。口元に運んだスプーンが床に転がり、ソワレは絞り出す様に──
「…ソウナッ…ねえ、お願い──また、この前みたいに笑いかけてよ…」
「ねえッ…お願いだよ…」
「────」
「ソワレ、今日は此処までに──」
暫く途方にくれていると、ソウナの口元だけが突如、勝手に音にならない異音を発し始め、身体中に異様な質量の脈が集まり始める。ソワレには見覚えがあった。この異質な背筋が凍りつく様な感覚──それでいて何処かで憂のある様な──。
「ッ△○⬜︎⬜︎⬜︎△!!!」
「△⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎○○△ッ!!!!!」
「ーーーーーーーーーー」
「ッい!ーーーーーおるーーか」
「ーーーーーー」
彼女だ──。
「──ゲンティアさんッ!!聴こえていますかッ?!?!」
「ソワレ?!何言ってんだ!この脈はヤバいッ!すぐに離れて──!!」
「──ねえッゲンティア!!返事をしてッ!!ソウナがッ!」
突如異音が収まったかと思うとソウナの口だけが饒舌に言葉を連ね始める。ゴズは固唾を飲んでその光景を見届けているが、初めて対峙する異質な脈に冷や汗が背中を伝っていくのが分かる。
「○⬜︎⬜︎⬜︎ー、ーーー」
「──」
「小娘──お主か…」
「ゲンティアッさん…」
「…妾の脈を良く、見分けられたものじゃ…」
「──ゲンティアさん!治療が上手くいかなくて...!」
「──其方達…治療を行っておるのか」
口だけが饒舌に動き続けるソウナから発せられる声音は、彼本来のそれとは違い、少女の様な──それでいて妙に古臭い喋り方をする声だった。
「はい…」
「────」
「...ゲンティアさんッ!治癒式が拒まれてしまって──調律で増幅してるのに、傷が...塞がらなくて…」
「私、どうしたら...」
「────小娘」
「傷は──塞がらぬよ。恐らく此処数年はこのままじゃな」
「…それってどう言う──」
「......言葉の通りじゃ。玖我音はまだ手の施し様がある。だが奏梛は──強引に鍵の封印を破り妾を顕現させ、こやつの生命の半分以上を捧げ妾を呼び出したのだ。後先考えずに、な...」
「いくら不老といえども──今回ばかりは手の打ちようがない」
「…朽ちていくのを待つだけじゃ」と、奏梛の口元から溢れる少女の声は、二人に告げた。
「そんな…」
「妾も、力を貸してやりたいのじゃがな──」
「............」
「一つ、提案があるのじゃが────」
「提、案…?」
「おい、ソワレッ!こんな得体の知れない奴の言葉なんて──」
「失礼な奴じゃのう…妾の声を聞けるだけでも誉れだというのに」
「アンタは一体なんなんだッ!ソラリスに関係してるんじゃ──」
「──戯けが」
室内に漆黒の脈が雷を模して、怒りを模倣するかの様に飛び交い、一瞬で室内が異空間にでも入り込んでしまった様な威圧感がこだまする。
「──妾は、最上位存在の一つ。位列第三位、ドラグナド・ゲンティア。かつては、奏梛、胡桃と共にこの地を駆けた一人。妾は奏梛のように甘くはないぞ...言葉は選ぶのじゃな小僧」
「────」
「──ゲンティアさん、さっき言ってましたよね、提案って」
「ああ──そうじゃな…ソワレよ」
「妾を体内に飼ってみる気はないか?」
この時──いつか向き合わないとならなかった、それと向き合う時が来たと感じた。




