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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
16/86

第十六小節 da capo「残された者」

 目を覚ますとそこは病室だった。天井はひび割れた石が敷き詰められていて、横を見るとたくさんの兵達や、城下で過ごす人たちが手当を受け横たわっている。家族と離れ離れになって泣き喚く子供達。妻の安否を聞いて回る初老の男性。自身の無くなった腕が受け入れられず、苦しみ呻く人。うなされながら、家族の名前を呼び続ける人。此処は、何処なんだろう───。身体を起こすと特に外傷もないため、ベッドから抜け出ようとすると、医師の一人が此方に向かって駆け寄ってくる。複雑な表情で駆け寄ってくるその男性から安堵感が見て取れた。


「──ソワレちゃん…!まだ横になっていた方が...」


「………」


 額に手を当てながら、必死に前後の出来事を思い出そうとするが、酷い頭痛が同時にソワレを襲い、思考が中断されてしまう。確かーー、奏梛を助けようとして…。ダメだ、上手く思い出せない。だが、段々とルクセリアが一瞬で焼き払われた光景が断片となって押し寄せる。そうだ、ソウナ以外にも───。


「父と…母は…ゴズ、は…?」


「…ゴズ君なら、隣の病室で休んでるよ。幸い軽傷だったんだ」


「───良かった…父と母は何処に?」


「とにかく今は体力の回復に努めなさい。無理をせず休んで」


 時間はあるんだからと、その医師は告げると次の患者の所へ向かって行った。隣のおじいさんが、今の会話が聞こえていたようで、不機嫌そうに医師の方を見ながら呟いていた。

 「時間は解決をしない。時間が経っても傷口が瘡蓋になるだけ。傷を治したいのなら、向き合うしかない。遅いか早いかの違いなんだ。ただ、ただ、残酷なんだ」と。

 ソウナと一緒に、あの気持ち悪い男と対峙していたのは覚えている。だけどその後の記憶がすっぽりと抜け落ちている。今まで記憶が断片的に飛ぶ事など一度も無かった。思い出そうとすればする程、悪寒と吐き気が湧き上がってきて、上手く向き合えない。


「…母さん…一人で心細くなってるはず」


 私は病室を抜けて、母を探しに建物から抜け出た。私達が治療を受けていたのは王城だった。城の一階を解放して、怪我人を集め、集中的に治療を行っている様だった。その様子を横目に、私は建物の入り口から城下へ出ると、普段と変わらずに行き交う人々がいて───。

 だが中央広場のハズレの方から先は、侵入禁止区域となっており、その光景を見た瞬間に雪崩れ込むようにあの時の記憶が戻ってくる。

 巨大なスプーンか何かで掬われた様な断面に、焦げついた匂い。大きな巨人がこの国を食べてしまい、満腹になって手を止めた───そんな幼稚な発想が、だがしっくりと来るような破壊の跡。頭の奥の方に大きな鐘があって、それを鳴らし続けられている様な不快感が全身を襲う。


「──ううっ…」


 断片的に記憶が戻ってくる──。調律師が集まる精錬の儀を行うあの場所で、ソラリスが全て吹き飛ばしていった事や、奏梛が命懸けで私を護り、この国に結界を張った事。そして、母が──。


──思い出せない。でも体が肯定している。

()()()()」と。


 私は当時理解できなかった。あれだけの破壊があった筈なのに、この国に住まう被害を被る事が無かった人達は、いつも通りに今日を生きて、一日の始まりを迎えている事に。


 言い表せない感情に一先ず強引に蓋を閉めて──。そうだ、私の家は侵入禁止区域の向こう。もう残ってなどいない事は分かりきっているが──。今は一人ずつ確かめていかないと。ゆっくりと壁を伝いながら直ぐ近くの病室にゴズが居ると聞いて、様子を見に向かう事にした。其処には、両腕を共に包帯で大きく縫い合わされたゴズが居た。


「ゴズ…」


「───ソワレッ!無事だったか!」


「良かった…本当に…」


「ゴズも…無事で良かった。ねえ…」


「──────」


「──母さん…何処にいるか知ってる…?」


「──────」


「うん───」


「……一緒に行こう、こっちだ」


 頭の中で、肯定も否定もしていない。

なのにずっと私の中の全てが「そうだ」と言い続ける。そうこの目で確かめるまでは───否定も肯定も、曖昧のままにしておくのだ───。


 ゴズの後をついていくと、そこは見覚えのある場所だった。ソウナ達が、小舟で寄港した場所───。途端に私は胃の中の物を全て吐き出してしまった。何も口にしていないのに、この身体は何を吐き出そうとしているのかと、自分自身が理解できなかった。ゴズは何も言わずに、そっと包帯で手の原型が隠れるくらいの大きな腕で私に胸を貸してくれた。


「俺はもう、()()()()から。此処で待ってる。挨拶してこいよ…」


「───ねえ…ゴズ…()()()()って…なに…」


「…母さんと、父さん…やっぱりもう……居ないの…?」


「───」


「さっきから頭の中で、もう一人の私がうるさく喚いているの…」


「私…一人に…」


 自分でも制御できないほど、涙が途端に溢れた。いつも現実は、私の気持ちなど無視をして曖昧で静かに揺蕩う現実を確かなものへと───激流の中で何処までも真実を突きつけてくる。



▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△


 ゴズに付き添ってもらい、波止場に着くと、そこは亡くなった人達を桜の花弁と一緒に送り出す水葬の場だった。水葬の名簿には母と父の名前が連なっており、番号が振られている。亡くなった者たちを識別するために、本来の呼称が記号に置き換えられて、それ以上でもそれ以下でもない───ただの識別子と化していく。


「───ゴズッ…!」


 全身の震えが止まらなかった。感情が昂りすぎて上手く立っていられない。


「──私の父さんと、母さんの名前…ゔぁんごうに…!」


 私は二人の亡骸が包まれた小舟の前で、泣き続けた。何が悲しいのかすら分からない。気持ちが追いつかずに事実だけが重しとなって私を深い深海へと息をつぐ間もなく沈めていった。


▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△



 私はあの日から四日ほど眠り続けていたらしい。城下では今回の事故の憶測が様々に飛び交っていた。近海の主が現れた、突如現れた天災による避けられない被害、他国からの密航者が港で大量の爆薬を仕込んでいた、ソラリスの観測機の仕業では無いか、月沙の者達が侵攻してきた等、だ。


 当時のあの王城での事件を目の当たりにして、生き残ったのは私だけだったという事も後から知った事だ。

城内にいた兵達は惨殺、国王は身体が焼けただれた状態で王城の地下で発見されたという。


あの王城での出来事に遭遇して生き延びた唯一の人間───。


 国民に事実は徹底的に伏せられていた。そして、翌日に飛び込んだのがルクセリア・トレスが正式に王位を引き継ぐ事になった事。そして()()の知らせだった。


その翌日だった。私とゴズが王城に呼ばれたのは───



▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△



 ルクセリア・トレス女王。優しい瞳をした人だった。彼女の側には生まれたばかりの「志弦(シヅル)」と名付けられた子が小さなベッドで寝かされている。人払いが徹底的に行われており、今この場には、私とゴズと女王様のみ。ゴズが呼ばれたのは私に身寄りが無かった事を配慮しての事だった。


「さて…何処から話したものですかね…」


「女王様、俺たちが今日呼ばれた理由って…」


「ええ…まずは見てもらった方が早いかしらね。」


「───付いてきて下さい。…見せたいものがあります」


「───」


「…はい」


 徹底的に人払いをされているのか、通路にも誰一人、警備の兵さえ居なかった。あれだけの事があった後で、此処までの人払いをする理由───地下へ進む階段をゆっくりと進みながら、女王はある国について───月沙について話し始めた。


「…二人とも月沙という国は知っていますね?」


「───」

「───はい」


「月の民に選ばれた不老の力を用いて、この世界に広がる受戒者を癒やし治療する唯一の国。その長である剣聖、奏梛殿が率いていた国です」


「──────」

「……」


「───どこから説明すれば良いのか私も、探りながらとなるのですが…。この世界の受戒はご存じですね?双眼の眼の風に長時間当てられ、選ばれてしまうと起こる不治の病───併せて、かつて月の民が地上の民に力を分け与えていたという御伽話はご存知ですか?」


「はい…雲上の…」


「───そうです。まずそれは過去、実際に起こり続けていた事実です。そして受戒者とは、その月の民が力を分け与える今で言う落月…選民と同義なのです」


「───」


「……」


「十三年に一度の選民と、受戒者がどうして同じなのかは私も分かりません。今となってはこれは奏梛殿しか分かり得ない事なのですが…彼が言うには───」


「いえ…少し話が逸れましたね…。奏梛殿と胡桃殿。このお二人が初めて、この世界で受戒者を治療する術を発見したのが丁度二年前…。いや、正確には世間に隠さなくなったと言う方が正しいのでしょうか…」


「そんな彼らが、今回…ソラリス空中浮遊都市に…侵略され滅ばされました…。…ソワレさん、貴方は奏梛殿と行動を共にしていた時間が長いと聞いています。薄々気づいていたかもしれませんね」


「───」


「どうして、ソウナ達の国が狙われたの…ですか」


「…この世界には脈の色が白と黒しか無いのはご存じですね?白は主に治療方面で、黒は他者を攻撃する方面で有用な脈の色です。ですが───」


「はるか昔、その色は七色あったとされています。その失われた色については各国で研究が進んでいましたが…五年ほど前、ソラリスが禁忌事項として各国に流布した事によって各色の研究は頓挫してしまっています」


「脈の色が複数色あったと言うのは子供達でも知っている事ですが…。問題なのはあのお二方は…その失われた色を操る最後の人だったと言う事。───そして、ソラリスは正にその色を求めて月沙を侵攻したのが始まりです」


「───」

「……」


「この世界の常識の一つとして、他者が扱う脈は受け渡しが出来ないと言うのが基本です。たとえ自身と同じ色であっても。ですが───ソラリス出身者の場合にのみ、脈の色を移植して譲渡する事が可能だと言う事が発見されています」


「……」


「この辺りからですね、ソラリスが特に各国に対して大胆に干渉するようにってきたのは…。観測機という、未知の遺物を使い各国を監視し、場合によっては攻撃をし、力の元にねじ伏せていく…。運悪く…今回巻き込まれてしまったのが貴方達です。そして───生まれたばかりの志弦…彼女も複数色を操る者として胡桃殿の力を受け継いでしまった」


「───彼女は私の子ではありません…亡くなった胡桃が宿していた子です…」


「……!」


「───さあ、着きましたよ」



 女王が扉を開けると、そこは薄暗い、牢屋と言われたら頷いてしまいそうな空間にクガネとソウナが横たわっていた───。


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