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詩龍のCapotasto   作者: Ask
第一楽章
14/86

第十四小節 da capo「満身創痍」

 ルクセリア卿国。この世界で唯一双眼の眼の風の影響が最も少ないとされる国。海原の中心に位置している海上移動が可能な数少ない国家の一つ。ルクセリア全体に大きく連なる、海底から隆起した岩肌が防波堤の様に連なっており、移動国家であったのはもう随分と過去であり、周りを取り巻く巨大な岩礁がこの国を閉ざすのと同時に、外敵からの進入を許さない作りにもなっている。

 第十一代目国王、ルクセリア・ガラハッド──月沙の剣聖の親友の一人、そして数少ない胡桃と奏梛の理解者でもあった。


「トレス、近々奏梛達がこちらへ寄港すると秘匿文書で連絡が入っている」


「…はい、聞き及んでおります。ですが……この時期にいらっしゃるのは少々不可解です…」


「うむ…元々剣聖は()()()()の関係で、同じ地域には半年が留まっていられる限界だ…。前回の来訪からまだ二月程しか経っておらぬ」


「──アレは、敵も多い…我らとて一枚岩ではないが、妙な胸騒ぎがしてな…」


「トレス…何かあってからでは困る。其方に頼みたい事がいくつかあるのだ」


「ええ…」


 ルクセリア・トレスは気付いていた。

 今まで一度たりとも、ガラハッドが彼女に頼み事などしなかった事を──。



▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△



「──やっと……隙を見せてくれましたね」


「国王、様…?」


「ガラハッド…何故…っぐ……」


 巨大な鎌をソウナから引き抜くと、笑いながら此方を見てゆっくりと、堪らないと言った表情で言葉を連ねる。その声音はソウナとソワレの見知った男、ルクセリア・ガラハッドのものではなかった。顔立ちは国王のそれだが、その皮膚の下に得体のしれない狂気を感じ、同時に異質な脈を纏っている。指先で何も無い空間の中に、愛しい物へ触れるようにその爪先を風の吹く方へなぞりながら、視線の先に満身創痍の男を捉える。刃の先から滴る血を確かめながら──その指先には何やら黒い粒子の様なものが纏わりついている。


「お前………」

 

「私は……グローザ達が失敗した時の保険に過ぎなかったんですが…やはり予想通りこの地へ向かわれた。──月沙の者達は()()()()()()()()()()()ですから……ああ、安心してください。本物のルクセリア国王は──」


一瞬だった。言いかけた言葉が耳に届くよりも早く。ソウナがその男に斬りかかったのは。


「──まあまあ、そう焦らないで…下さいよっ!」


「……!!」


 男は巨大な鎌を地面に突き刺し、鎌の柄を踊る様に掌で滑らせ、踊る様に斬撃を躱す。不気味な笑みを崩さずに、楽しくて仕方がないといった表情で切り合いながら言葉を続ける。


「今回の月沙侵略にあたって、保険を用意しておいて正解でした。グローザだけでは、万が一の事を考えると少々不安がありましたから。アレは貴方達と関係が深すぎるのでね……」


「──それに月沙と親交がある国など、たかが知れております。もう少しお友達を増やしておくべきでしたね…。ふふっ…リドウかルクセリア位なものです。色々と、忍ばせておくのは容易でした」


「お前…!」


「少し賭けではありましたが、ね。あのままドラグナド・ゲンティアが式を行使していれば恐らく私は結界に弾かれてこの国の外へと強制的に排出されていたことでしょう。流石に私も焦りました…。だが貴方は式を()()()()()()()()()


「結界式の基本でしょう?守りたい物を定義する際に、式を行使した者の基準によって結界が成立するのは──ドラグナド・ゲンティアが式を行っていれば、私はここには居なかった。アレは、貴方と胡桃にご執心の神骸(シンガイ)の一つですからね。貴方達に害を成す者全てを、脈で認識し、弾き出した事でしょう…。ですが、貴方は強引に式を書き換えて行使した」


「────」


「まだ貴方の守るべき対象として認識されていてよかった…」とわざとらしく胸を撫で下ろすそぶりを見せる。


「普段の貴方なら、こんな初歩的な過ちはしないのでしょうが──やはり追い込まれると剣聖といえども、所詮は人の子と言った所でしょうか……。やはりその前の観測機の一撃が響いたのでしょうか?いやあ滑稽でしたよ…必死の形相で逃げ惑いながら仲間の死に涙し、挫けずにルクセリアを目指し護ろうとする行程は…」


 私はこの時、初めて目の当たりにした。剣聖が本気で怒り、悲しんでいるのを。ソウナだって人なんだ。そんな事実をどこか置き去りにして神聖視していた。


「──お前達!!どこまでやれば...気が済むんだ!!!」


 ドンと大きな鈍い音が鳴ったかと思うと、二対の武器が形を奇妙に変えて、槍と杖の様な形に一瞬で変化する。刀の様な、刃物でありながらどこか杖の様な不思議な形へ姿を変える。ソウナが槍の様な形状の武器を虚空に構えると、空間に巨大なひび割れが起き辺り一帯に地鳴りが響く。

 世界が──共鳴していた。ソウナの怒りに、脈に、感情に声を上げていた。力の規模に表情が一瞬真剣な眼差しにかわるが、何処か、()()()()()()を前にして余裕がある。


「──いやはや、それは流石に躱せないですね…まあまあ、もう少しお話をしましょう?」


 戯けながら、国王の姿を模した男が、顔を撫でると脈によって固定されていた肉片が溶け出し、本来の──月沙の簪で髪を結い上げた長髪の男性がこぼれ落ちる肉片の隙間から、不気味な笑みを浮かべ、こちらを覗いている。


「若…これは裏切りなどではありません。胡桃の脈を用いて原色の時計台を目指す第一歩です。貴方達は、皮膚がただれ、のたまう虫ケラ同然の人々の治療に熱を上げていましたが…私は違います」


「……!!」


「…流花(ルカ)!!あの時、胡桃を庇って観測機に焼かれたはずじゃ…!!」


「ええ、確かに焼かれましたよ…。本当に危なかったんですから…遺体の処分を後回しにされたのがいけませんでしたね…」


「──あ、貴方は…」


 ソワレもその男が誰なのかすぐに気づいた。ソウナ達がルクセリアに寄港した際に、焼け焦げた()()()()()()()()()()()のを。


「──流花ァッ!!!!」


「っと…若……流石にそれはまずいので──」


 流花は戯けながら、こちらを見て不気味に笑ったかと思うと、一瞬で間合いを詰めて、私の首筋に刃を立てると、ソウナの斬撃に合わせて私を身代わりにと前面に押し出す。


「……!!」


 先ほど空間に巨大な割れ目を作ったその槍の様な刀を、ギリギリで踏みとどめるが、それに合わせる様に流花がソウナを再度鎌で切り裂く。だが、ソウナは切られる事を想定して無理やり流花の眉間に鋭い突きをそのまま強引に見舞った。流花の額は空間に起こった事象と同じく額がひびわれて、後方に大きく吹き飛ぶ。瞬時にソワレだけを奪い取って、ソウナは眼前の男に意識を向けているが、一撃をもらう前提での立ち回りだった。更なる深手に息を荒げ、もう限界が近い。


「はぁ…はぁ…っぐううう……」


「ソウナッ!!もう無茶だよっ!!」


「大丈夫だ…怪我はないか…?」


「わ、わたしは大丈夫だよ…!早く手当てを…!」


 奏梛によって、大きく遠方へ吹き飛ばされた筈の男は、轟音を上げて瓦礫を大きく吹き飛ばすと、土煙の中からゆっくりとこちらへ向けて平然と歩いてくる。額にはひび割れた隙間から、脈の様なものが飛び散っており、()()()()()()()()


「かつての部下なんですから、もう少し手加減してくれてもいいじゃないですか……いやはや、全く気が抜けませんよ」


「──()を辞めた元部下に加減する必要など…!!」


「いやいや、心外だなあ。()()()言われたくないですよ…」


「もう一度ソワレを楯に取る様な事をしてみろ……次はない!」


「ふふっ…」


「何がおかしい…!」


「若ぁ…()()()()()()のでしょう?」


「──若…その少女は恐らくソラリス出身者だ。私の額から血が出ていないのが()()()()。侵略された国の人間を護るというのですか?」


「──それが間違いだってんだよ…!どうして分からないっ…!」


「若は、グローザがああなってしまったのは、どうしてだと思いますか?……私には解ります。グローザの生まれもソラリスです。そして私も。ソラリス出身者が()()()()()()を押されるのは知っていますね?」


「…それがどうしたってんだ…!」


「…生まれからしてソラリス出身者は特別です。この世界には、若と胡桃を除いて脈は白と黒しかありませんが…ソラリス出身者には()()できるのですよ、脈の色を…」


「──貴方達の、そのどこまでも等しく平等に人を扱うその姿勢が…却って我々を追い込んでいるのが解りませんか?」


「…もういい、少し黙ってろ!」


「──最後まで聞いてください、脈の受け渡しが出来るっていうことは……」


「……!!」


 突如、わたしは身体の自由が奪われる様に身動きが取れなくなる。黒い粒子状の歪んだ脈が掌に集まっており、その手のひらの先をソウナへゆっくりと──必死に抵抗するが、自由が効かない。


「──いやッ!ねえ勝手に…!ソウナ!!」


「こういう事だって…可能なんですよ…!?」


「────ソウナ避けてッ!!!」


 手のひらから放たれた脈はソウナに直撃すると、体を縛りつけ黒い粉の様な物を撒き散らす。同時にソワレは膝を突き剣聖を攻撃してしまった事実と、身体の自由が効かない現象に混乱して動転している。


「……っが!!」


「───この黒い、粒子…お前、どこでこの力を…!」


「剣聖と正面からやりあって勝てるなどと、私もそこまで思い上がってはおりません。良くも悪くも貴方は最強ですから……」


「直に、意識が薄れていくでしょう。私はその間に胡桃から脈を()()()()()きますから……。起きた時には、もう何もかも終わっています。安心なさってください、若──」


 流花は言いかけて異変に気づく。たった今体の自由を奪ったはずの少女──ソワレを見て眉を顰めた。


「…やめておいた方がいいですよ」


「う、うるさいッ!!」


 ソワレの掌には白い粒子と先ほどの黒い粒子が同時に集まり、反発しあっている。少女の細い腕は力の大きさに耐えられずに今にも弾けてしまいそうだ。


「…ふむ」


 私は怒りに任せて動いていたと思う。この時のことはよく覚えていない。ただ助けないと。その一心で動いていた。身体の自由が効かない状態でも精神が体を凌駕する様に、ただ目の前の男を死なせるわけにはいかない、その一心だった。


「貴方……興味深いですね。セグメラが喜びそうですね()()は…!」


「ふぅっふぅっ……!」


「…もう一度言います、()()は貴方には余る力──」


「私達の…!この国から早く出ていって!!!!!」


「──うわあああああああああッ!!!!!!!」


「……!!」


 先の事なんて考えてなかった。感情に任せて、不快に笑い続けていた男に。ソウナを傷つけ続けた男に体中の脈を全て注いで放ったのを覚えている。瞬間、視界が明るくなって──生まれた国が違うだけで、こんな──。



▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△ ▼△▼△



ー数刻前 王城救護室ー



 久我音は、つきっきりで胡桃の治療に当たっている。受戒してしまった四肢から、浮蔘結晶が起こるのを防いでいるが、もう久我音の力では抑え込めなくなる手前まで来てしまっている。


「奏梛様…!!お急ぎください…!」


 ルクセリアにたどり着いた三人は、誰もが満身創痍だった。奏梛と胡桃が最も信頼を寄せていた、臣下の裏切り。

突如として攻め入ってきたソラリスから、民を護るために夜通し寝ずに戦い続けている。一人また一人と倒れ、最後まで残ったのは三人。途中で流花も、胡桃を庇い観測機の照射で焼かれた。奏梛自身も、延々と()()()を行使し続けて、恐らく溜め込んだ龍脈はほぼ底をつきかけているはず。それに先ほどの脈の振動と余波は恐らく神骸(シンガイ)の召喚──。

 結界が貼られた筈なのに、胸騒ぎも未だ収まらない。それにルクセリア国王不在と、畳み掛ける様に事態は不可解な方向へ加速していくばかり。結界を構築していても、いくら剣聖といえど亡くなった人達までは、干渉前に戻せない。

 久我音は自問自答し続ける。私たちはそれほどの罪を犯したのか。この力は、こんな事の為に受け継いだわけではない。一人の銀髪の女性が久我音の頭を過ぎる。我らが主人と同じ銀髪の女性。物静かで要点しか言わない、思った事は直ぐ口にするその独特な物言いが個性だった。彼女はいつだって、あの二人──。特に我らが主人を慕っていた。胡桃と奏梛の一番の将。あの時、彼女の身体を終始纏い続けていた、不気味な黒い、漆黒の脈──。分からないことが多過ぎる。どうして──。


「……」


 すると、胡桃に向けて行使していた翠緑の式が、突如輝きを失い久我音は倒れこむ。四人の将が剣聖から受け継いだ治癒に特化した力だが──。輝きが消える理由は主に二つ。

力の主が死亡、または瀕死の危機による力の回帰「奉還」だ。突如倒れ込む久我音に、周りの医師達は駆け寄り体を起こすが、久我音にはもう立ち上がる気力が残っていない。

「奉還」とは、主人に力が戻ることを指す。奏梛から分け与えられた力によって、ここまで無茶な式の行使が可能であったのだ。その本人が──それほどの危機を迎え「奉還」を望んでいる事態に久我音は動揺を隠せず張り詰めていた糸が切れた。


「──奏梛様…」


 玖我音は薄れていく意識の中で主人に呼びかけるのが精一杯だった──。


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