第十三小節 da capo「観測機」Ⅱ
「ソウナ…?」
私の問いかけに彼は振り向かず、呼び出された異質な存在と対峙している。目の前で凄まじい脈を留めることなく撒き散らし、一息で世界をどうにかしてしまいそうな程に──見た目の歪さや、纏う脈が大きすぎて見逃してしまいそうだが、どこか所作には気品というか格を感じた。さっきの現実離れした光景とはまた別の──理解し難い存在がそこに居た。半身が獣のそれは、両手を何度か動かし指先の感覚を確かめるように、自身の身体の感覚を確かめているようだった。何も語らずに、一通りの確認を終えると、それはとても複雑な表情で奏梛を見つめて、言葉を選んでいるようだった。
「…胡桃の状態は?」
半身が獣の少女はゆっくりと地面に降り立つと、ソウナに問いかける。口元を覆うひび割れた仮面が隠してはいるが、その声音から怒りや憎しみ、強い憤りを感じた。彼女が降り立った地面には脈が渦巻いて活性しており、空へ向かって行き場のない力が粒子となって飛散し続けていた。
「…今すぐに治療が必要だ。力を貸せ...ルクセリアにこれ以上被害を出さない為にも…どういう訳か、ヤツら龍脈を探知する術がある様だ…だから、お前を──」
「ソラリス……」
大きく息を怒りで震えさせながらその半身が獣の少女は続けた。
「──やはりあの時、滅ぼしておくべきだったのではないか?…あれだけの事をしておきながら、のうのうと浮かび続けるとは痴れ者共の集まりじゃなあ、あの国は…」
「今は結界と...ルクセリアを守ることが最優先だ」
半身が獣の少女の眼には、明らかに怒りという名の業火が灯っている。呼び出された目的を、制裁を、直ちに行う為、指先をなぞる様に空間に印を刻むと小さい門の様なものがソウナの前に現れる。小さく開かれたその門の奥には見たこともない色の脈が渦巻いており、ソウナの身体と繋がっている様な──
「…この規模じゃ。二十年といったところだ。じゃが、其方にはもう──」
「──構わない」
「...ふんっ、どうなっても知らぬぞ」
半身が獣の少女は、ソウナから脈の様な「黒い塊」を吸い出すと、それを口に運び噛み砕いた。黒い脈が凝縮された様な、実が砕かれたと同時に、更に異質な式が空間中に展開される。初めて見る文字列に聞いたことのない詠唱式──。
「構築完了じゃ」
「よし……再構築を始める...。この都市を守れればそれでいい、余計な事はするなよ…!」
「────」
先ほどの私と同じように、感情が昂りすぎて、呼吸が怒りや悲しみによってだろうか?感情の振れ幅に比例するその声音で、半身が獣の少女は、怒りに任せて、突如ソウナの手を払い、脈が飛び散り飛散した。
「──変わらずの甘ったれが…!!!奏梛よ、先々のことも考えるとあれは消しておいた方が良いじゃろうて…!妾もそんな長くは顕現しておられぬ。今のうちじゃぞ…!!」
「...まずは結界が先だ。無関係の人々がこんなにも被害を──」
彼女は言葉を遮るように、指先をソラリスがある方角へ向けパチン、と鳴らした。──するとその先で轟音と爆発音が鳴り響き、大地が大きく揺れる。そして、弓のような、粒子で構成された力が轟音と共に現れると、空に浮かぶあの国にむけて矢がつがえられ、ぎりぎりと蔓を打つように異音を上げている。
「──ゲンティア…!!」
「奏梛…あの国は今後も其方に害を為す。仕える主人の事を考えるのは臣下として当然じゃ!罰は受けよう…だが胡桃の件、忘れてはならぬっ!」
ゲンティアと呼ばれた少女は、もう一度先程とは逆の手で指を鳴らす。また大きく轟音が鳴り響き、大地全体が大きく揺れ動く。顕現している弓矢はさらに形を大きく変化させると、収束された粒子の数が増え続け力を溜め始める。ゲンティアを止めようと、脈を集めるも、飛散してしまうソウナはもう限界をとうに越えていた。元よりあれだけの傷を身体中に刻んで、此処に立てている事が既に異常だった。
「ゲンティア、やめろ!!再構築だけで良いんだっ!復讐の連鎖に囚われるなっ!報復は報復を呼ぶッ!まだ分からないのかっ!!」
「奏梛、妾はソラリスを決して赦さぬ。罰は甘んじて受けよう──報復の連鎖を妾達で断ち切るのだ、奏梛。傲慢なのはわかっておる。ただ…妾の唯一の親友と主人にまだ仇為す者がおるのじゃぞ…!!此処で終いにせねば、何より胡桃が…!」
「ゲンティア、さん──?」
私は無意識のうちに間に入っていた。ゲンティアは目を細めて、私を舐め回す様に身体中を視線で射抜く。その視線に私は全身の毛が逆立つ様な感覚に襲われる。対峙する恐怖に抗いながら言葉を続けようとする私を、ゲンティアは目を細めたまま訝しむ。
「──其方は…妾が怖くはないのか…。其方は…この国を一瞬でここまで破壊したあの国が、憎くは無いのか」
「ねえ、お願い…ソウナの言うことを聞いて…」
ゲンティアからすれば、千はくだらない程に歳の離れた少女から、言うことを聞け、と諭されるなど初めてのことだった。その間、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ気がした。ソワレは何度も擦り続けた、その赤く腫れた目で、だが確かに殺意を持ってソラリスの方角を睨みつけ、言葉を続ける。
「…私にはあの国の血が流れてる…私の大切な物を消してしまった国と同じ人の血が。本当は…!!…今すぐソウナと貴方にやり返してほしいとさえ思ってる…。でも、今一番…大事なのは結界…でしょ?…わ、わたし…あまり良く分かってないけど…報復は今、じゃない…」
正直に言って、全然説得力なんてなかったと思う。この時、ゲンティアと呼ばれた彼女には全て見抜かれていたと思う。そう──ソウナにも。
「…全く持って解らんぞ。其方の脈は、復讐と殺意に塗れておる。その内に秘める激情が有りながらも、反撃はせずにただ結界を貼れ、じゃと?」
「──事のついでに教えてやろう、小娘。妾達は此処に来るまでの間、一度も反撃という反撃をしておらぬのじゃ。その全ての脈を月沙の民を護ることだけに費やした。──されるがままに追い込まれ、国を焼かれたのじゃっ!なんと無様な事か…!!妾を呼ばずとも、奏梛自身の力で反撃も可能であった。だが、此奴はそれをしなかった──」
「何故か、分かるか?──そう、胡桃が望んだからじゃ。最後まで話し合おうと、分かり合えると奏梛に説いつづけたのじゃ──。そしてその結果がこれだッ!!月沙は跡形もなく観測機によって焼き払われ、人々は全て、殺されるかソラリスに捕えられた…妾の我慢も限界をとうに超えておる…漸く主人が呼び出したかと思えば、今度は胡桃は瀕死の重症、国を追われ、かつての将は散り散りときた…」
「妾の唯一の…!」
どうしてだろう。ゲンティアさんの瞳がずっと揺れていて今にも泣き出しそうな──私と、そう変わらない少女の面影を感じる。この人も本当は──
「ゲンティアさん、もしかして──」
すると、ソウナが遮るように二本の武器をゲンティアに向けて構えると、顕現していた巨大な粒子の弓矢は彼が構えた武器に吸収されていく。それと同時に空間に敷き詰められていた式を凄まじい速度で、上書きして──
「ゲンティア、もういい。後で幾らでも付き合ってやる……」
「どっちがわからやずなのか...!式の強制転化…!」
ゲンティアはすぐにソウナに手を向けて式を構築しようとするが、間に合わない。
「──いいか、ゲンティア…俺はな、お前の言う通り今すぐにでもソラリスを滅ぼしてやりたい……だが!!お前も言ったはずだ!」
「──胡桃がっ!アイツが…!!それを何よりも望んだからだ!!」
ソウナは空間中に敷き詰められた式を強制的に自分の脈で上書きし、強引に結界を発動する。途端に国中を淡い翠緑の脈が包み込み、外海から完全にこの国を遮断した。あたり一面の動きが静止して、風が止み、雲も動きを止めている。時間がまるで隔離されたような──。
「はぁ…はぁ…っぐ…」
「────」
「──ゲンティア、少し頭を冷やしてこい…」
ソウナはそう言うと二本の武器をそのまま目にも止まらぬ速度で一瞬にしてゲンティアに間合い詰め、突き立てた。彼の武器刺し傷から淡い光が溢れて、彼女は粒子となって飛散していく。散っていく身体を見つめながら、彼女はソウナの耳元で去り際に何かを囁いていた。
「────」
「───。────────」
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私はその時、結界が貼られた事で安心しきっていたと思う。万全であれば、絶対に躱せていたはずだ。ソラリスから逃げ続け、やっとの事でルクセリアに到着し、自身の傷も癒えぬ内にこんな巨大な結界式を行い──。とうに限界を迎えていたんだ。
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「────」
訪れた静寂と、差し込み出した朝陽を、ドスっと鈍い音が揺さぶった。そこには、この国の者であれば誰もが知る──男の顔がそこに在った。
「ルク…セリア…?」
ソウナは口元から大きく血を吹き出し、膝から崩れ落ちる。大きな鎌のような刃物でソウナを深く貫いたその男は、二人にとっては──いやこの国の者であれば良く知る人物だった。
「国王…様?」




