第十二小節 da capo「観測機」Ⅰ
「…ソワレは王城で勤めているのか?」
「うん…お父さんが働いていて──ロナーって言うんだけど…」
「そうか…娘がいたんだな。ロナーの作る料理は絶品だった。ソワレもいつかは、あんな料理を軽々と作る様になるのか」
「わ、わたしはそんな──」
私はこんな切迫した状態だと言うのに、何処か興奮状態が続いていたと思う。他の事に気が回らなさすぎた。
城下の外れまで急いで移動すると、もう陽が昇り出している。この場に不釣り合いな傷を持つ男が朝陽に照らし出されて、一枚の絵画の様だった。
「ここだよ…よく調律師達が、毎朝ここで脈を整える為に精錬の儀を行なってる。ここは風が強いんだけど、陽射しが良く通るって──」
息を整えながら彼の方へ振り返った瞬間──世界が、歪んだ。見知った光景が突如として豹変したのだ。紅く。それは酷く嫌悪感、いや言い表すことが難しい、絶望を感じさせる色だった。あたり一帯を急激に飲み込んだかと思うと、一瞬の静寂が訪れ──。
「───ソワレッ!!!」
その瞬間──遅れてやってくる突風と轟音に私は訳もわからず目を閉じて、その事象に晒されることしかできなかった。何が起きたのか分からなかった。凄まじい轟音と衝撃に巻き込まれながら、かすかに眼を開けると、ソウナに手を引かれ、大きな結界の様なものが現れたのは見えた。
直後、耳を劈く様な高音が後ろから響いたかと思うと、空が割れ、その向こう側から巨大な浮遊都市が顔を覗かせていた。ソウナは私を庇う様に、その事象を遮ってくれた──。
「ソラリス空中浮遊都市」
この世界に住まう者であれば、今では誰もが知る国の一つ。ソウナの背中越しに、景色が一瞬歪んだかと思うと凄まじい風と衝撃波が再度、時間差で押し寄せると私は目を開けているのもやっとだった。あの時の光景は今でも忘れられない。──忘れられる訳がなかった。
昔聞いた事がある。ソラリスという国は「観測機」という巨大な兵器を用いて各国を脅かし、侵略を続けていると。暴風と轟音が鳴り止むのと同時に、私は瞼を大きく開くと海の一面が切り取られた様に蒸発していた。消し飛んだ海に水嵩を戻す様に急激な水流が生まれ、辺り一体が荒れ狂う天災と化していた。
ここは本当にルクセリアなの?見知った土地が突如として見知らぬ光景に変わり果てて、現実離れした感覚が拭えない。
「────────」
「こんなのって......…待って……これじゃぁみんな…」
「──見るんじゃ、ない…」
「どうして──こんなのってないよ...」
ソウナの静止を振り切って後ろを振り向くと、私達二人を除いてその場以外を抉り取る様に、城下の外れ一帯から中央広場の近くまでもが、同時に消し飛んでいた。破壊の跡には焦げ臭さが漂っており、ソウナ達がルクセリアにやって来た時と同じ、焼け焦げた香りが辺り一帯を包んだ。受け入れ難い光景が時間と共に私の意識に溶け合っていく。同時に、状況把握とともに私の大切な人たちの安否が頭をよぎる。
「────」
「…お母...さん…?父さん...…ゴズ…?」
たった今起きた一瞬の出来事に理解が追いつかない。ソウナの肩越しに広がる光景と、真後ろに広がる前後の出来事に意識を持っていかれていた。ソウナの背中からは、大きな印が刻まれた式が私たちを包む様に障壁を展開していた。
ソウナの背中も同じ様に焼け焦げていて──私を庇いさらに傷を負ってしまっていた。だけど、彼が居なければこの時、私は一緒にこの世界から消え去っていた。倒れ込むソウナの背中は、服は勿論消し飛んでいて──剥き出しの背中にまざまざと火傷の跡、そして無数の銃槍が散らばっている。
「ソ、ソウナ…!!ねえっ…!大丈夫?!ねえってば…!!!」
うつ伏せになりながら、顔を此方に向けるだけでも激痛が走る筈なのに、私の方を見てソウナはあの時と同じ笑顔で微笑った──血だらけの彼は目を開けるのもやっとのはずなのに。「大丈夫だ、俺のそばを離れるな」と数刻前に見せた優しい表情で私に微笑む。
「私っ…!どうすれば…どうすればいい!!?治療しないと!脈を…!!みんなは?!ねぇ...どうしよう...」
身体中が震えていて脈が上手く制御できずに、集めては飛散して、自分の無力さを──飛散する脈が私に”現実”を打ち付けた。
「ソワレ…俺の指先を…握って…脈を込めろ…」
咳き込みながら、ソウナは震えた指先を絡めて、私が行おうとしている式が、彼によって代わりに行使される。瞬間、意識が飛びそうになるが、なんとか持ち堪えると私の脈がソウナによって増幅されて巨大な治療式に置き換わる。いくら剣聖といえど、私程度の脈では限界がある筈なのに。
「死ねない」の──?頭を過ぎる言葉は口には出せなかった。
「…ぐううううううううっ…!!っがあああああ!!」
ソウナは激痛に耐えながら無理やりに「自身を動ける状態」にまで戻していく。彼は起き上がると、私の手を優しく握って離さなかった。思いの外、小さいと感じたその掌は微かに震えていた。
海と空が大きく割れている。振り返ると自分たちの立っている場所以外は全て抉り取られていた。ゴズと良く遊びに行った廃屋や、近所のお花屋さん、雑貨店。家の近くにあった、月沙とルクセリアの交易を祝し、建てられた桜の木──全てが、消し飛んだ。
私は気付くと胃の中の物を全て吐き出してしまっていた。全身を巡る強烈な嫌悪感──どうしてあの国は、未だこんな事を続けているのだろう。自分の中にあの国の血が流れていると思うと、何時も途端に気分が悪くなった。
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私がまだ、ドラン母さんのお腹の中にいた頃。
母さんは「落城」と言って、ソラリスから地上へ降りて来た。いや追放というのが正しいのか。一つ確かな事は、望んで降りて来たという事だ。
あの国では六年に一度、かつての「選民」にちなんで、自国に住まう事が出来る者と、そうでない者を選別し、そうでない者達を「追放」する。
当時、母はある貴族の文官として仕えていたらしい。詳しくは教えてくれなかったが、母はずっと言っていた。
「──ソワレ、私達は望んで地上に降りて来たのよ…?人は大地に根ざすのが基本でしょう?」
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「──どうしてこんなっ…!!うっ...うぅ...」
ソウナが私の手を握りながら、私よりも一回り大きなその身体で優しく包んでくれている。私は目の前の光景が延々と「死」を訴えてくるのに耐えられずに、彼の腕の中で泣きじゃくっていた。
「ソワレ…ソワレッ!」
私は呼びかけにハッと意識を戻し、視界が涙で濁ったままソウナを見つめる。私の肩を支えて、彼がゆっくりと言葉を続けていたが、この時の私はどこまで聞けていたのか──。
「...すまない...辛いとは...思うが教えて欲しい」
「──俺は今から龍脈を利用して…この国に結界を施す。結界が機能すれば…結界内の事象は干渉前に戻す事が可能だ…。辛いと思うがまずは龍脈を掬い上げる為に手を貸してほしい…」
「うっ…うっ……」
色々な感情が脳内を行き来しており、感情が追いつかない。一つだけ揺るがなかったのは、正直に言って殺意や復讐と言った気持ちだったと思う。その様子を見て、彼は何も言わずにただ抱きしめてくれていた。その腕が、怒りによってなのか──私と同じ感情なのかまでは分からなかったけど、彼の瞳の奥はずっと透き通っていた。
「大丈夫…大丈夫だからな」
「…うん」
眼の前の海は、急激な水嵩の変化に荒れ狂っており、本来そこには無いはずの海流を生み出していた。益々この国が他国から孤立していく未来が見えた。
「いくぞ...ソワレ…絶対に側を離れるな」
「う、うん…」
ソウナはそう言うと抱えていた私をゆっくりと下ろして、私は泣きすぎて腫れ上がった両目を擦りソウナの動きを目で追った。
彼は大きく息を吐くと、自分の胸の前で手を合わせ、返し、指先で空間に印を切る。呼応する様に、ソウナの腰の二対の刀が、左右の地面に突き刺さり、そこから龍脈を吸い上げ始める。大地から吸い上げられた龍脈は二対の刀に吸い上げられ、そこからソウナの手元に集められていく。
──すると突如、その空間に大きなひび割れた鍵穴が現れ、彼の武器が大きく共鳴を始め鳴り響く。地面から十分な龍脈を吸い上げた二対の刀は柄と柄が結びつき、一本の長い刀へと形を変えて空間の鍵穴へ──鍵穴が急速に回転を始め、空間に歯形の様な扉を生成し、扉がすぐさま勢いよく轟音と共に開かれると、その空間から一人…いや一匹の半身が獣の少女──口元を大きく包む割れた仮面、赤い髪と差し色の白い髪が特徴の少女が空間から姿を表した。




